この愛しき空の世界   作:じぶよる

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退屈と好みのタイプ

「ふあ……」

と、ゼタが定期便の欄干に肘をつきながら、退屈そうにあくびをした。

「六回目だな」

バザラガが、こちらは欄干に片手を乗せながら、むっつりとした調子で言う。

よく晴れている。空は蒼く、春先の気候はとても暖かい。

「なにがよ」

ゼタが、目をこすりながらバザラガの方を見ると、

「お前の欠伸の回数だ」

むっつりとした調子をいっそう強くして、バザラガが言う。

「うわ、なに数えてんのよ。気色悪いわね」

と、ゼタが引いたような視線をバザラガに向ける。

「数えたくて数えていたわけではない」

ふぅ、とバザラガがため息をついて、

「やることがなくてな」

ゆっくりと空を飛ぶ定期便の甲板から、流れていく空の景色を退屈そうに眺める。

「静かなのは嫌いではないが、静かすぎるのもそれはそれで問題だな」

広くはない甲板には、この二人の他には誰もいない。

ただ、静かすぎる風の音と、彼らの話し声だけが空に響いている。

「あたしは騒がしい方が好きだからもっと問題よ、ったくもう」

うんざりした調子で、ゼタが愚痴をこぼす。

「しかし、そうは言っても」

と、バザラガ。

「この定期便の他に、移動手段は無かった。残念だが仕方あるまい」

「わかってるわよ」

まだ、この二人が所属していた『組織』が崩壊する事件が起こる前。

彼らはその『組織』より、主に星晶獣を討伐する任務を請け負っていた。

「わかってるけど、飛行時間は十時間になります、はないでしょうよ」

「……仕方がないだろう」

今回、その討伐する対象となる星晶獣はファータグランデ空域の果ての果て、聞いたこともない名前の島にいる、という。

調べた所、その島へはこの鈍足の定期便のみが巡回ルートとしているようだった。

今回は『組織』が持つ騎空艇に空きが無く、自分達の手で向かうこともできない。

「はー、退屈……」

なので、仕方なく二人はこのひどくのろまな騎空艇に乗り込む羽目になったのだった。

「ふあぁ……」

と、ゼタが伸びをして、またあくびをし、

「七回目か」

と、バザラガがまた数える。

「数えなくていいっての」

下手な漫才のようにゼタが突っ込みを入れ、そのまま少し会話が途切れる。

風が静かに吹き、とっくに見飽きた空の景色が、欄干からうんざりするほど見える。

任務の移動中だとはいえ、やはり、退屈なものは退屈であった。

なので、

「ねえバザラガ」

ゼタが、

「あんた、好みのタイプとかいるの?」

何の前触れもなく突然こんな事を言ったのは、やはり、退屈だったからなのだろう。

「……なんだ?急に」

バザラガが訝しむような目でゼタを見る。

「だってヒマなんだもの」

「だからなんだ」

「ヒマな時は恋バナするもんなのよ」

「そんな掟は聞いたことが無いぞ」

「あたしが今決めたもん……ふあぁ」

と、ゼタがまたまたあくびをする。

「八回目だ」

「いや、あたしのあくびの回数はもういいからさ」

ゼタが呆れたように言って、

「……で、どうなの?」

体勢を変えて欄干に背中をあずけ、バザラガに視線を向けながら訊く。

「何がだ」

「好みのタイプ。あんた、そういうのってないの?」

と若干興味深げな様子で、ゼタ。

「思いつきで言ってみたけどさ。そういやあんたのこういう話は聞いたことなかったな、って思って」

いつの間にか、その顔は退屈のそれから、好奇心のそれに変わっていた。

「ま、退屈しのぎにっていうか、ちょっとだけ気になるっていうか?別に大して興味なんかないけどー」

憎まれ口を叩くゼタに、

(……ふむ)

と、バザラガは少し考える素振りをする。

「好みのタイプか」

退屈しのぎと言うのならば、付き合ってやるのもやぶさかではない。

興味がないというのなら、興味が出るような内容にしてやろう、と思った。

あくびの回数を数えるほどに、こちらも退屈していた所でもある。

彼は、内心の悪戯心を表に出さないようにして、

「そうだな。まずは、ヒューマンの女がいい、と思う」

言った。

「あれ、そうなの?ドラフじゃなくて?」

意外そうな顔をする、ヒューマンのゼタ。

「ああ」

「へえ、意外ね。同じ種族じゃないのがいいんだ」

「今や、異種族間での交際などさして珍しくもない話だ」

昔は違ったがな、とバザラガ。

「まあねぇ……他には?」

「ふむ、他には……」

そうだな、とバザラガは溜めを作り、

「身長は、少し高いくらいがいい」

と、欄干の側に立っているゼタを見ながら言う。

「身長?」

また、意外そうな顔をするゼタ。

「あんた、そういうの気にするんだ」

「ああ。ヒューマンの女ならば、そうだな……」

また、バザラガは溜めを作り、

「160前後。そのくらいが、俺の好みだ」

そう言う。

「へえ、160前後……」

と、

「ん?」

ゼタが、何かに気づいたような顔をする。

「どうした?」

バザラガがわざとらしく訊ねると、

「いや、あたしの身長……」

ゼタが、何やら頬を少し赤く染めながら、

「ちょうど、そのくらいなんだけど。……ひゃくごじゅうきゅう」

そんなことを言う。

「ああ」

少し前の『組織』の健康診断の時に、聞いてもいないのに聞かされた事がある。

が、それは言わずに、

「そうだな、次は……」

「え、いや、ちょっと待って、ヒューマンの女で?身長が160前後で?」

妙に慌てた様子のゼタを無視して、

「髪は金髪がいい。その明るい色は、暗い世界に生きた俺には眩しく、だが暖かく感じる。さらにそれを二つに結んでいれば、なお可愛らしいと俺は思う」

バザラガが滔々と続ける。

「ちょ、待ってまって」

ゼタの二つに結んだ金髪が、狼狽したように揺れる。

「後、瞳は蒼ければいい。蒼は空の色だ。やはり俺には眩しく、だが羨ましい。美しい色だ」

「いや、だからちょっと」

ゼタの蒼い瞳が、困惑しきったと言わんばかりに揺らぐ。

「それから、性格も明るい方が良い。特に、少々がさつだが芯が強く、与えられた任務は絶対にこなす責任感の強い女など、俺はとても好ましく思う」

「いや、あの、だから」

「あとは、そうだな。少々厭らしい話になるが、胸もないよりはある方が……」

その言葉の途中で、

「だ、ちょ、ちょっと待てって言ってんでしょうが!」

この空全てに響かんばかりの、とんでもない大声が上がった。

「……くく」

たまらずバザラガが吹き出して、

「なんだ?いきなり大声を出して」

くつくつと笑いながら、顔を真っ赤にしているゼタに言う。

「さ、さっきから言ってるそれ!あ、あたしのことじゃないの!?」

ヒューマンの女で、身長が160前後ほどで、金髪を二つに結んでいて、瞳は蒼く、退屈な定期便に乗ってまで任務をこなそうとするほど責任感が強く、胸がある。

そんなゼタが、いっそう赤面して叫ぶ。

が、そんなことは全く意に介していない様子で、

「さて、な。何のことやら」

バザラガが、くくく、と尚も笑いつつ、

「俺は自分の好みを言っただけだ。何を言っているのかわからんぞ、ゼタ」

わざとらしく、そんなことを言う。

「う、うぐぐ……」

してやられた、と言わんばかりに、ゼタが悔しそうに唸り声を上げながら、

「に、二度とあんたに好みがどうとか、絶対聞かないわ……」

恨み言をぶつぶつと言う。

が、バザラガは全く意に介さず、

「くくく……」

楽しそうに笑っている。

「あ、あんたねぇ……」

わなわなと震えるゼタに、

「……嘘は言っていないぞ」

ぽそり、と、バザラガ。

「え」

途端、さっきまでの怒りをどこかへやったかのように、ゼタが呆けた顔をして、

「……さて」

それを無視しながら、

「俺は船室に行ってくるぞ。少し寝させてもらう」

「へ?せ、船室?」

「退屈は凌げたからな」

と、バザラガが歩き出す。

「い、いや待ってよ。船室ってなによ」

慌てて付いていくゼタに、

「空いている個室を使ってもいい、とのことだ。長い航路だからと、艇長が気を利かせてくれたらしい」

普段と変わらない調子で、バザラガが言う。

「え、き、聞いてないんだけど」

「今言ったからな」

「な、なんでよ」

「驚くかと思ってな」

「驚くか!さっきのがよっぽど驚いたわ!」

「……くく、そうか」

「な、なにまた笑ってんのよ!あ、あんた時々こういうことするの、心臓に悪いからやめてくれない!?」

痴話喧嘩をしながら、二人は甲板から、船室への階段を降りていく。

やがて、そんなやり取りも聞こえなくなり、誰もいなくなった甲板には、穏やかに空を駆ける定期便が緩やかに風を切る音だけが残った。

航路は、まだまだ長い。

二人の道中と任務に、どうか幸あらんことを。

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