この愛しき空の世界   作:じぶよる

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スカーサハの金鱗

朝日が登って随分経った頃。

ノイシュは、アイルスト共和国会議所の屋上へと赴いた。

(まだ眠っているのか)

と、ノイシュはやや呆れ半分に思った。長く伸ばした金髪が美しい青年である。

そんな彼の目の前に、真龍がいる。真っ白な毛に覆われた巨躯が、目をつぶってすやすやと寝息を立てている。

「スカーサハ」

と、彼女の名前を呼びながら、ゆさ、とその身体を揺さぶってみる。

「起きてくれ。もう朝だ」

すると、

「む……?」

のそり、とスカーサハがその白い体毛を震わせる。

そのまま、ゆっくりと目を開けて、

「なんだ、ノイシュか?」

眠そうに、そう言う。

「何故お主がここにいるのだ?」

くぁ、とあくびをしながら、スカーサハ。

開いた大きな口元から、鋭い牙が覗いている。

「なんだ、私がいてはいけないのか?」

若干、ノイシュが不服そうな声を出す。

「いや、いつもならば、吾を起こしに来る役目はエルバハだろう」

と、スカーサハはまだ眠そうな目をしながら、

「何故お主が来たのか、と思ってな」

そう、ノイシュを見下ろしながら言う。

「……ああ」

そういうことか、とノイシュは思い、

「母上に、折角ここに戻ってきているのだからたまには自分が起こしに行きなさい、と言われてな。だから今日は私が迎えに来た」

簡単に、経緯を説明する。

「成程な」

と、スカーサハはそこまで興味もなさそうである。

「もうすぐ、朝食の時間だ。人の姿で来てもいいし……」

と話しながら、ふと、ノイシュはスカーサハの足元に散らばっているものに目が向いた。

それは朝焼けを受け、きらきらと輝いている。

「……?」

ノイシュは、屈んでそれを手にとってみる。

色は黄金色。

大きさは手のひらの半分にも満たず、丸っこい。

手触りは滑らかで、指を這わせるとすべすべと心地よい感触がした。

「スカーサハ。これは……?」

指先でそれを持ちながら立ち上がり、ノイシュは聞いてみる。

「ああ」

ようやく目が覚めてきた様子で、スカーサハがノイシュの頭上からそれを見ながら、

「鱗だ。吾のな」

「鱗?」

ノイシュが聞き返す。

「表には見えんが、真龍の身体には金色の鱗がびっしりと付いている。そして、時折それが剥がれ落ちる」

別に珍しくもないだろう、と言わんばかりにスカーサハが説明してやる。

「そうだな。朝に目覚めた時など、とくに剥がれやすい」

そう言って、

「ヒトの子で云うなら、抜け毛のようなものだな」

ふふ、とスカーサハが含み笑いをする。

「……もう少し品のある言い方をしてくれないか」

顔をしかめながら、ノイシュは指先につまんだスカーサハの……真龍の金鱗を、改めて眺めてみる。

黄金色が朝日に反射し、美しくよく映えている。

小さな丸こい鱗の形は綺麗な均整を保っており、滑らせた指の手触りは、まるで高級な陶器を触っているかのようだった。

(抜け毛にしては)

ずいぶん、美しい。

仮にこれが宝石などと一緒に店に並んでいても、十分に商品として通じるどころか、かなりの高値がつく一品なのではないか、とノイシュは思った。

「……」

ぼう、としながら、しばらくその金鱗を食い入るように眺めていると、

「おい」

訝しげな声が、頭上から飛んできた。

「いつまでそんなものを眺めているつもりだ」

その声には不審が籠もっており、

「あ、ああ。すまない」

慌てて、ノイシュはスカーサハを見上げて言う。

全く、とスカーサハがため息をついて、

「その辺に捨てておけ。その内、風に流れてどこかへ飛んでいくだろう」

と、言う。

そう言われたが、

「……」

勿体なさそうな顔をして、ノイシュは金鱗を手に持ったままである。

とても、その辺に捨ててしまっても良いようなものを持っている顔ではない。

「お主、まさか」

その姿を見て、スカーサハがなお訝しげに言う。

「欲しいのか?」

そんなものが?と言いたげな声音で、

「……ああ」

それに、素直にノイシュが頷く。

「捨てるにしては、あまりに美しすぎる」

素直なことをまたノイシュが言って、そのままうつむいてしまう。

「……」

スカーサハが、困ったように身じろぎをする。

そのまま、しばらく考えるように黙って、

「……ヒトの子というのは、やはりよくわからんな」

そう独り言をつぶやいた後、

「構わん。くれてやる」

妙な顔をしているノイシュに向かって、諦めたように言った。

「いいのか?」

再び顔を上げるノイシュ。

「欲しいのだろう?」

仕方のない奴だ、という顔をしながら、スカーサハ。

「良い。減るものではあるが、惜しいものでもない」

「……そうか」

ノイシュは嬉しそうな顔をして、

「ありがとう、スカーサハ」

大事そうに、指先の金鱗を手のひらに握りしめる。

「大切にする」

「ふん」

と、スカーサハが鼻を鳴らし、

「で、どうするつもりだ?それを」

一応、と聞いてみる。

「……そうだな」

ノイシュは少し考えて、

「装飾品屋に頼んで、これをあしらった首飾りにでもしてもらうか……」

と、ノイシュはまだ地面にいくつも散らばっている金鱗を見て、

「そうだ、スカーサハ。貴女の分も」

「要らん」

すげなく、スカーサハ。

「言っただろう。それはヒトの子で云う抜け毛のようなものだと。お主は自分の抜け毛をあしらったものを渡されて喜ぶのか?」

「……そうか」

残念そうに、ノイシュ。

「こんなに美しいと言うのに……」

そう言うと、

「おい、ノイシュ」

スカーサハが怒ったような声を出した。

「な、なんだ?」

「何度も云うが、それはヒトの子で云う抜け毛のようなものだ。そんなものを褒められても、嬉しくもなんとも無いぞ」

「そ、そうか。それはすまなかった……」

困ったようにノイシュが謝ると、

「そういう事は」

スカーサハが目を細める。

「抜け毛などではなく、本人に直接言うがいい」

風が吹く。

地面に散らばったスカーサハの金鱗が流れて、屋上からどこかへと飛び去っていく。

「……ああ、わかった」

ノイシュがスカーサハを見上げて、言う。

「ふん」

と、スカーサハが鼻を鳴らして、

「スカーサハ」

「なんだ」

「鱗だけではなく、スカーサハ自身も」

「……」

「この上なく美しい、と私はいつも思っている」

金鱗を手に持ったまま、ノイシュが言い、

「……いきなり言うやつがあるか」

呆れたように、スカーサハが言う。

「全く、この馬鹿」

少しだけ嬉しそうなその声音は、朝日が登った空に、静かに消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 

後日。

真龍の金鱗をあしらった首飾りを身に着けたノイシュを、

「……」

彼が所属する騎空団の団長が、何やら目の色を変えてそれを見ていたのだが……

それは、余談である。

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