冬場の夜明け頃。
騎空艇グランサイファーの一室にて、茶髪の少年がベッドの上で半身を上げている。
冬の明け方はとても寒く、少年の体は少し震えているが、彼にそれを気に留める様子はない。
少年はついさっき目覚めた。そして彼は起きてからというものずっと、首を少し傾けて視線を右隣へと落としている。
そこでは、
「くぅ」
蒼い髪の少女が、少年の方に横顔を向けながら、低く小さな寝息を立てていた。
(ルリア)
心の中でその少女の名前を想いながら、薄闇の中、少年は眠っている少女の顔を見つめる。
起きるには早すぎる時間にぼんやりと目が覚めた少年は、何事もなければそのまま、またぼんやりと眠っていたのだろう。
(きれいだな……)
しかし、ふと目に入ったこの寝顔のおかげで、少年の眠気はすっかり飛んでしまっていた。
こうして当たり前のように一緒に寝るくらいには見慣れている少女の顔だが、それでも、こういう顔はいつもより特別に感じた。
部屋はまだかなり暗いが、完全に真っ暗闇というわけではなく、少年は少女の顔立ちから輪郭からまで、その茶色い瞳でちゃんと見ることができた。
ささやかな唇が、きゅ、と可愛らしく締まったり緩んだりしている。
閉じた瞼は薄く細い線を描き、白い頬が呼吸をする度、ふわりふわりと小さく揺れる。
(本当に、きれいだ)
少年は、思った。大げさでもなければ衒う気持ちもない、素朴な感想だった。
そのまましばらく眺めていると、少年の内にふっと、ある情動が起こった。
それは男が女に、あるいは女が男に、それぞれ抱くであろう、ごくごく当たり前の情動であり衝動だった。
少年はその情動と衝動のまま、
――ぴと
と、右手を伸ばして少女の寝顔に触れた。
何も考えてはいなかった。ただ触りたいと思った、それだけだった。
白く柔らかい頬に触れた右手から、ほのかな温もりが伝わってくる。
かと思うと、
「ん……」
もそ、と少女の体が揺れた。
あ、と少年が小さく声を上げて、すぐに手を引っ込める。
だが、少女はそのままゆっくりと半身を上げて、
「あ……おはようございます」
少年と同じような姿勢になった。
「早いですね、まだ真っ暗ですよ?」
目をこしこしと擦り、おぼつかない声音で少女が言う。
どう見ても、まだ眠そうな様子だった。
「ごめん、起こしちゃって」
申し訳ない気持ちになった少年が謝ると、
「?」
きょとん、とぼんやりした目で少女が少年を見つめてくる。
「なにがですか?」
この少女は、どうやら自分が目の前の少年に起こされたことに気づいていないらしい。
「あ、いや」
少年は少し言い淀んで、
「その、つい触っちゃったから。まだ寝てたのに……」
苦い顔をしながら微妙な説明をする。
その様子を見て、少女はようやく得心がいったようで、
「ふふ」
と、微笑った。
何を気にすることがあるのだろう、と思ったのだ。
「そんなこと、別にいいのに」
ふわ、と少女が小さくあくびをする。
「私たち、他人なんかじゃないんですから」
そこには、だから何をされても構わない、という含みがあった。
その言葉の裏に隠れた心は、少年はもちろん少女自身も気づいていない。
「だとしてもさ」
少年が静かに言う。
「寝てる所を、大した理由もなく起こすのはよくないよ」
「あれ、意外と繊細なんですね?」
「む。意外とってなんだよ」
少年が少しぶっきらぼうになる。
「ふふ」
少女がくすくすと笑って、
「くしゅん」
と、くしゃみをした。体が少し震えている。
「寒い?」
少年が、言う。小声だったが、その声は冬の静かな部屋によく響き渡った。
「はい。少しだけ」
少女がはにかんだ。
その顔を見て、少年の中にある情動が起こる。
それはさっき少女の寝顔に触れた時のそれと、全く同じものだった。
「それなら」
少年は、少女を抱き寄せた。
腰のあたりに乗せて、正面から、熱を伝えるように両腕で抱きしめる。
「あ……」
小さな声が上がった。
少年はそのまま、腕に少し力を込める。
「どう?」
とか、
「暖かい?」
とか、そういう事は言わなかった。何も言わなくてもいいと思ったのだ。
抱きしめたいと思ったから抱きしめた。それだけで、他の余計なことは別にしなくてもいいと思った。
少女も何も言わなかった。ただ少年の行動を静かに受け入れ、少年の硬い胸にそっと顔をうずめた。少し微笑んでいる。
時間がゆっくりと流れていく。
冬の朝は寒い。
一人でいれば凍えてしまうだろう。
だが、今この場にいる二人とも、寒さなど、何も感じてはいなかった。