早朝。
誰もいないグランサイファーの細い廊下を、一組の男女が、小さなあくびをしながら並んで歩いている。
片方は茶髪の少年。片方は蒼い髪の少女。
二人共、その頭には寝癖が跳ねており、どうやら今しがた起きたばかりらしい。
「あ、そういえばグラン」
と、蒼い髪の少女の方が、何かを思い出したように、歩きながら隣の茶髪の少年を見る。
「ん?」
少年の方が、眠たげに目をこすりながら短い相槌を打つと、
「えっと、なにか欲しいものってありませんか?」
少女が、ちょっとはにかみながらそんな事を言った。
「……?欲しいもの?」
唐突にそう訊かれて、ぴんと来ない顔で、少年が少女の言ったことをオウム返しにすると、
「ほら、グラン、もうすぐ誕生日じゃないですか」
ふふ、と少女が嬉しそうな顔をする。
「誕生日……ああ、そっか」
そういえばそうだった、と今思い出したような顔で、少年が寝癖の付いた頭をぽりぽりと掻く。
「もう、忘れちゃったんですか?」
少女がやや呆れたような顔を作る。
「あ、いや、そういうわけじゃないけどさ」
忘れていたというわけではないが、そこまで意識をしていたというわけでもなかった。
仲間のそれならともかく、自分の誕生日をこの少年はさほど特別な日だとは捉えていないため、
「別に、そんなに気を使ってくれなくてもいいよ。気持ちだけでも」
やや遠慮がちに微笑みながら、社交辞令ではない本心を言う。
すると、
「ふふ」
と、少女が微笑んで、
「気を使ってるんじゃないですよ。私が、グランになにかプレゼントしてあげたいんです」
少年をどきりとさせるようなことを言った。
「そ、そっか」
少し、顔が赤くなる。
こういうことに、少年はまだ免疫がない。
「そうです」
照れている少年の様子が可笑しいのか、ふふ、と少女がまた可愛らしく微笑む。
「え、えっと」
少年が恥ずかしそうに少し目をそらして、
「ほ、欲しいもの?だっけ?」
その恥ずかしさをごまかすように、件の質問を確認してみる。
「はい。なにかありますか?」
少女が微笑みながらそう言ってきて、
「……んー」
なんとか心の動揺を抑えつつ、少年は少し考えてみる。
が、とはいえ、
「んー……?」
いきなり言われても、すぐには思いつかない。
別にずっと欲しかった物などがあるわけでもなく、しかしだからといって贈り物をしたいという気持ちを無下にするのも嫌で、
「何かあったかな……」
と、あれこれ考えていると、
「なんでもいいですよ?」
少女が、覗き込むようにして少年の顔を見てきた。
その顔は、何故か、悪戯っぽい笑みを作っていた。
跳ね放題の寝癖など全く気にならないほど、とても可愛らしく、とても愛おしく、
「……あ」
少年の頭に、欲しいものの名前が出てきた。
それはものと言えばものであるし、物扱いするのは酷い侮辱になるようなものでもあった。
「え、えっと」
さすがに今思いついたそれの名前を言うわけにはいかず、だが少年の頭にはもうそれしかなくなってしまった。
どうすればいいのかわからず、
「ど、どうしようかな……?」
目をそらし、少年は必死で考える素振りをするが、
「あ、今の顔。もしかして、なにか思いつきました?」
あっさりと悟られてしまう。
「いや、その」
「思いついたんですね?」
「え、えっと」
その反応は少女の問いを否定しておらず、
「ふふ。ほら、遠慮しないで、言ってみてください」
朗らかに、少女が笑う。
「あんまり高いものとかだったら、ちょっと難しいけど……」
どうやらこの少女は、少年が何かを思いついたことは察せても、何を思いついたかまでは察していないようで、
「でもグランが欲しいものなら、私、がんばってなんとかしてみせますからっ」
今の少年の頭を支配しているものなどつゆ知らず、ひたすらに無垢な言葉が廊下に響く。
「……う」
罪悪感なのかなんなのか、言葉にできない感情を胸に覚えながら、少年は適当な別の物を言ってなんとか誤魔化せないか、と必死で頭を働かせるが、
「ねえねえ、なんですか?グランはなにが欲しいんですか?」
無垢な笑みが目の前にあり、他の何を言っても誤魔化せない、と少年は悟った。
嘘は言えない。
特に、この少女に対しては。
「……えっと」
意を決して、少年は口を開いた。
「はい」
「……その」
「その?」
「…………その」
「?」
きょとん、と首を傾げる少女に、
「……………………ルリア」
ぼそり、と少年は言った。
「…………へ」
歩みが止まった。
周りには誰もいない。
いつの間にか、目の前には男女に分かれている二つの洗面所のドアがあった。
ああ、そういえばここを目指していたんだっけ、と全然関係のないことを思った。
「…………」
見れば、少女がみるみる顔を赤くしながら俯いている。
「ご、ごめんっ。や、やっぱりなんでも……いやなんでもないわけじゃないけど、い、今のは、その」
同じく真っ赤になっている少年が、前言を撤回したいのかしたくないのかよくわからない口調で、もごもごと言い訳染みたことを口走っていると、
「あ、あの」
少女が、
「……ほ、欲しい、ですか?」
俯きながら、ぽそっ、と、そう言った。
「…………っ」
「…………」
沈黙。
お互いに見つめ合った。
他の何も見えず、他の何も考えられなかった。
「……その」
「……う、うん」
「お、大人になったら……かな、今のは……」
「お、大人になったら?」
「……うん」
「い、今は?」
「……今もだけど、でも」
「じゃ、じゃあ、大人になったら……」
また、沈黙。
「大人になったら、もらってくれるんですか?」
とは、少女は言えず、
「本当は、今すぐ欲しい」
とも、少年は言えなかった。
「……ご、ごめん。変なこと言って……」
結局、この沈黙に耐えきれなかった少年がこの話題を打ち切り、
「あ、い、いえ……」
少女も、それに合意した。
ほぅ、と二人はため息をついて、
「あ、あのさ」
「は、はい?」
「誕生日……なんでもいいよ。ルリアが選んでくれたものなら、なんでも嬉しいから……」
「あ……は、はい」
少年が、少し申し訳無さそうな顔をして、
「……顔、洗おっか」
「そ、そうですね……」
何ともいえない空気のまま、二人は各々の洗面所へと消えていった。
おぼつかない手付きで寝癖を直し、歯を磨き、そしていくら顔を洗っても、鏡に映る染まった頬は、なかなか元に戻ってはくれなかった。