皆さんは、遠野物語を知っているだろうか?
柳田国男先生の初期三部作(他に後狩詞記・石神問答)の一つであり、日本の民俗学の先駆けともいえる名著だ。
岩手県の遠野市在住だった佐々木喜善(民話蒐集家兼小説家)から聞いたその地由来の伝承を柳田先生が筆記・編纂する形で出版され、作者も大学当時民俗学の講義で大変お世話になった。
その内容は主に三つに分かれており、妖怪関連に神とその祀り方や行事・風習等、そしてそれらに分類されない不思議な記録等から構成される。
当時の人々の暮らしや文化を調べる上でとても重要な内容であり、ファンタジーが、神秘が復活したこの世界で、改めてこうした民俗学の分野が注目を集める事となった。
全国で復活した妖怪変化に魑魅魍魎、そして発生したクトゥルー系の怪異やクリーチャー。
これらの存在の内、前者に対抗するため、日本国内ではこうした知識が大いに重宝された。
専門家が多忙故に手が借りられず、警察では対処不可能で、自衛隊では出動に多大な手続きが必要だ。
そういった時、こうした知識が必要であり、各地に存在する文系大学の民俗学的資料とそれに詳しい教授や大学生らは専門家との繋がりから、しょっちゅう呼ばれるようになる。
また、今はインターネットがあらゆる分野で全盛であり、多くのアニメやゲームでの妖怪ブームもあり、そうした知識に触れる機会は多くあった。
政府でも自治体レベルでこれ幸いと簡単なガイドブックが配られ、少しでも知識を補完しようと躍起になった。
そのため、初期も初期、緊急性の低い案件では民間レベルで十分とは言えぬまでも対処できていた。
しかし、相手が土蜘蛛や鬼、龍や気合の入った悪霊ともなると話は異なる。
当時の人々ですら大変難儀した物理的に強い存在、通常の対処では対応できない神格や霊格、怨念を持った存在は専門家が一致団結して対処する必要があった。
しかし、そんな専門家は各霊地や政府の重要機関や要人を守るために掛かり切りであり、とてもではないが各地に派遣できない。
これには各地の霊的守護を司る専門家らも頭を抱えた。
が、ここで一つの事例が彼らの方針を転換させた。
とある20年ものの猫又が、悪霊から飼い主を守ったという報告。
元々この猫は飼い主の祖母が飼っていたが、祖母が死んでからは孫が面倒を見ていた。
銀座事件後間もなく猫又になり、近くの寺に相談した折、人語にて住職と「今後もよろしくお願いしますね」「任せな」と仲良く会話してのんびりと暮らしていた(元々近所のボス猫だった模様)。
しかし、飼い主がカラオケの帰りにうっかり悪霊を連れ帰ってしまい、危うしという所でその猫又が活躍し、撃退に成功したのだ。
この事例を受け、専門家らは悟った。
曰く、「人間が足りないなら、人外の手を借りれば良いじゃん。」と。
そういった事例は古今東西あり、畏れ多いがそもそも神仏の威光や加護を受ける事だってその範疇に含まれる。
こうして、その地の妖怪変化と契約し、人々を守ってくれる契約を交わす事例が増えていった。
この傾向は特に国家災害級の事案が比較的少ない東日本(詳細不明の厄ネタや土蜘蛛案件はある)を中心に全国的に広がっていった。
結果、ネットの掲示板等を中心に山中で遭難中に天狗に助けられた、増水した川に落ちた子供が河童に助けられた、風呂を洗おうとしたら垢舐めが綺麗にしてた等の報告が数多く寄せられ、何とか人外との共存及び治安の向上が見られた。
無論、女っ気のない自分が濡れ女と同棲中とか、うちの死んだ犬三匹がケルベロスになって帰ってきたとか、納屋の古道具が動き出して何処か行ったとか、不思議体験とか突っ込み所満載の話も多数出てきたが。
なお、恐山等の有名な霊山や霊地、有力な寺社仏閣の敷地やその近所は安全地帯だったので、この人外ブームからは外れていた。
こうして、取りあえずの安息を得た日本の人々だったが、それと同時にこの動きに対して現代では当然とも言える動きも起きた。
「保護して10年の猫が猫娘になって嫁になってくれた。」
とある掲示板に投稿され、専門家らも頭を抱える事件の始まりだった。
投稿主の話では、嫁になってくれた猫娘は現在妊娠(動物・人間向けの病院両方で確認)しており、事が事なので、清められた大学病院(各種専門家付き)で様子を見ているそうな。
投稿主は現在、家内安全・安産祈願の後利益の名高い神社で毎日朝早くお祈りをしているそうだが、この一件に対して世間は大いに揉めていた。
即ち、「妖怪とそのハーフに人権を付与すべきか否か」である。
これに対して、人権派と言われる人々の間でも大いに意見が割れていた。
妖怪よりも先に多くの人間に日本国籍を与えるべきだ(無関係派・売国奴多数)
妖怪もそのハーフもダメだ(積極的反対派)
もう少し様子を見てから判断すべきだ(消極的反対派)
妖怪は兎も角、そのハーフなら与えるべきだ(消極的賛成派)
人と共存可能な妖怪とそのハーフなら与えるべきだ(積極的賛成派)
こんな具合で世論やマスゴミは揺れ動いており、子供が生まれるまでに決まるかどうかも定かではなかった。
また、今は共生しているとは言え、いつ何時関係が拗れて敵対するとも限らない妖怪の扱いには慎重にならざるを得なかった。
この解決には、どうしても時間が必要だった。
なお、日米首脳部においては、
「特に金かけずに新しい票田増やせるし、共存可能な個体かつ本人の賛成もあるなら良いかと。」
何より、人口増加のカンフル剤になるかもしれないぞ。
そんな甘言に日本政府はホイホイ乗り、ホワイトハウスの主は「将来、特地のアニマルガールが来てくれた際の事前準備としては良いかもしれない」と官僚と相談するのだった。
なお、東北沿岸部ではロシア系、つまりスラブ系の怪異の出現も多数報告されたが、現地の共生関係のある怪異の協力もあり、割とあっさり対処したり共生関係を結んだりと特筆すべき事態にはならなかった。
……………
で、残りの海外=主にロシアと欧州だが、未だ混乱が続いているものの某半島みたいに国家機能や経済が麻痺する様な事態には至っていない。
それぞれ最善に近い次善を打てたからだ。
欧州はその古い歴史から、多くの怪異への対処法が残っており、また教会を始めとした霊的防御力を持った歴史的建造物が多数現存していた事から、「何かあったら教会に逃げ込め。十字架やお守りを手放すな。」で大体解決していた。
ロシアの方は長年の社会主義政権下でそうした施設の多くが破壊されてしまったため、この様な手は取れなかった。
では、どう対処したのか?
「怪異とて銃弾を完全に無効化できる訳ではない。ならば効くまで撃ち続けるのだ。」
プ〇チン大統領の声に従い、ロシア軍は各地に小規模だが多数の即応部隊を設立し、即時出撃可能な体制を整えた。
民間が通報→警察が報告→軍が許可→近場の即応部隊の一部が出撃というプロセスを取って、ロシア軍は圧倒的鉄量によって怪異を掃討していった。
無論、その分戦闘のあった場所は荒れるし、民間人への被害も馬鹿にできない。
だが、分かりやすく効果のある対策だったために、銃弾を無効化する様な怪異を除いて、基本的に一律この様な対応を続けていく事となる。
流石は嘗ての超大国、兵が畑から取れるの逸話に偽りは無しだった。
「それはそれとして、ちゃんと怪異の研究もする。予算は付けるから、専門家を集めたまえ。」
が、柔軟な思考の下で、しっかりとするべき事はしていた。
……………
特地、某街道にて
「あ、あの大丈夫ですか?」
一人の少年が、断続的に痙攣しながら股間を濡らして倒れている黒ゴス少女に声をかけていた。
「マスター、心配は無用だ。彼女はどう見ても大丈夫ではないが、大丈夫だ。」
「何処が!?」
突っ込み所満載の相方の一本角少女の言葉に、少年はつい突っ込みを入れてしまった。
「彼女の症状は降霊、それも超連続かつ長時間続いたが故の精神的疲労によるもの。また、その肉体は既に人類を逸脱しており、体力や外傷による消耗は自動的に回復されるため、問題ない。」
「え、いやでもこのままじゃ…。」
おろおろとする少年に、一本角の少女は言葉を重ねる。
己の主君にして契約者たる少年を、少しでも成長させんと。
それこそが執筆者たる父を亡くしても生き残った魔導書の務めだと知っているから。
「再度言うが心配は無用だ。彼女はただ単に長時間性的快楽を受け続けていただけだ。簡単に言うと連続絶頂し過ぎてアヘってるだけだ。」
「うん、取り敢えず君がこの人に関わりたくないと言うのだけは分かったよ。」
少年はその美貌を、銀髪金瞳の人外的なまでに美しい様子を呆れの形に歪めた。
「肯定。しかし、同時に否定。彼女からこの世界に関する情報を得られる可能性がある。」
「つまり、関わり合いになりたくないけど関わる必要があるって事か。」
がしがしと、母が困ったり悩んだりした時と同じ様な仕草で、やや垂れ目の少年はため息をついた。
「仕方ない。リトル・エイダ、僕が近場の村か街まで担ぐから、周辺警戒よろしくね。」
「了解、マイマスター・アレク。」
こうして、邪神の血を四分の三引く少年とその魔導書は異世界での第一歩を刻んだ。
「ここ何処ー!?お兄ちゃん、僕は此処だよーー!!」
「いぁ……お腹減った……。」
なお、妹とその魔導書もいたりする。
最後まで悩んだけど、全人類規模の大災害を一組では対処し切れないと判断して子供組も出しました。
なお、二闘流のお二人は出ません。