特地 コダ村から20km地点の街道にて
「へー、皆さん自衛隊の方々でしたか。」
「そーそー。んでドラゴンが出たから避難する村人達のお手伝い中。大人数は動かせないしねぇ。」
逃避行を続ける村人達の列の最後尾にある高機動車の助手席、本来なら一人用のそれには今、二人の男性の姿があった。
一人は伊丹二尉。
二条橋の英雄として昇進し、嫁に「生きて帰って来てください!」と泣きながら見送られてきた、特殊作戦群に所属する自衛官だ。
もう一人はアレク・アシュトン。
銀髪に金瞳、少し垂れ目がチャーミングな絶世の美ショタである。
黒いコートと同色の半ズボンから覗く太腿がまぶしく、その手の嗜好が無くてもつい犯罪に走りかけそうな人外の美貌の持ち主だ。
「ボク達は母さんがこっちに来てると聞いて会いに来たんですよ。もう何年も会えてなくて、でも元気でやってるって分かったから。」
「ほうほう。」
なお、アレクと連れの黒ゴス少女を見つけたのは街道であり、アレクは兎も角黒ゴス少女の方は気絶していたために(診察した黒川が顔を引き攣らせていた)今は持っていた大型のハルバートと共に高機動車の後部スペースにごろりと転がされていた。
(しかし、こっちに母親がいる?容姿からして日本人はあり得ない。んで、特地に来ている米軍さんに女性は多少はいるが、こんな如何にも怪しい子と関係あるなんて一体誰だ?)
終始和やかな会話をしていながらも、伊丹の内心は警戒が過半を占めており、少しでも情報を得ようと会話を続けていた。
最底辺とは言え特戦群、その手のスキルも本人の持つ他人に警戒され辛い雰囲気を利用して、多少は得意としていた。
「あ、そう言えばこの車何処に向かってるんです?ボク、一応アルヌスに用があるんですけど。」
「なら、俺らの駐屯地も今そこにあるから、この人達を安全地帯に送ってから一緒に行こっか。」
「Oh,Japanese Army!噂以上に紳士的ですね!」
「あはは、一応世界でも災害対応や平和活動が得意だからねぇ。あと、自衛隊だからSelf Defense Forceって言ってくれると助かるかな。」
「あ、すみません!」
面と向かってのちょっとアレだが称賛の言葉に、伊丹も苦笑いが出てくる。
現時点において、この美少年が脅威にならないとは言い切れないが、それでも僅かながら警戒度を下げるのだった。
……………
特地 帝国首都 帝都にて
「ふむ……。」
その地に住まう人々の動きを鋭角の中から見つめる姿があった。
「やっぱ本命の痕跡は無しだ。見つかるのは深き者共や邪神崇拝者、グール共の痕跡だけだ。」
「そうか……。」
アーリの言葉に、リーアは眉根を寄せる。
彼女らの目的は一つ、以前助け損ねた日本人拉致被害者の保護である。
しかし、既に残った幾人かの姿は帝都にはなく、奴隷として売り払われた後だった。
しかも幾つかの人手を介して売り払われたらしく、売った側もその後の行方を知らないと来た。
「何としても見つけてやりたいんだが…。」
「取り敢えず、目につく問題から解決してくしかないわなぁ。」
言って、周囲を見渡す。
鋭角の中、通常の生物が存在し得ない位相空間。
ならば、そこにいるのはこの世ならざる存在に他ならない。
「Grrrrrr…….」
「Gygygygy!」
「Gofuuu….」
全体のシルエットこそ犬に似ているが、その体を構成するのは正体不明の複数の臓器から成る肉塊であり、乱杭歯の奥から覗く舌は太く曲がりくねって、鋭く伸びた注射針にも似ていた。
粘液塗れの青みがかった脳漿に似た肉片を全身から滴らせる様は、余りにも不浄で異常で冒涜的だった。
「「「Gygaaaaaaaaaaaaa!!!」」」
目の前の新鮮な餌を前に、獰猛で絶えず飢えて執念深い事で知られるティンダロスの猟犬が我慢なんて出来る訳がない。
時間が生まれる以前の超太古、異常な角度をもつ空間に住む不浄な存在にして、マイノグーラ(這い寄る混沌の従姉妹にあたる女神)とシュブ=ニグラスの子らは涎を滴らせながら飛び掛かった。
……………
「来る…。」
「各員、周辺警戒!」
ふと、空を見つめて呟いたアレクの言葉に、伊丹は直感的に無線機に怒鳴っていた。
自衛官としての経験よりも、オタクとして、生物としての直感が叫んだのだ。
曰く、「何か恐ろしいモノが来る」と。
殊、自衛隊内でも特に才能ありと対人外への対処訓練で専門家に判を押された伊丹である。
加えて、原隊である特戦群において危機察知能力においては群を抜く彼の判断は正しかった。
不意に避難民の隊列の後方に影が差したかと思うと、上空から巨大な質量が降ってきたのだ。
古代龍、その中でも炎龍に分類され、しかも人や亜人の血肉の味を覚えた個体。
特地に住まう人々にとって、絶望と同意語たる存在が現れたのだ
「ぎゃあああああああああ!?」
「うわあああああああああ!!」
「逃げろ!逃げろおおおおおおっ!」
我先にと避難民は散り散りになって逃げ惑う。
狂乱し、暴れ出した馬による事故が多発し、碌に逃げ出す事も出来ない。
そして、驚きに固まった人間はその場で炎龍に踊り食いされていく。
逃げようとした者は手加減された炎の吐息によって火炙りにされ、絶叫しながら死の舞を踊り、やがて食われていく。
それでも必死に逃げていくが、次々とその甲斐無く捕食されていく。
起きたばかりで空腹で、更に言えばとある理由から余計に空腹である炎龍にとって、彼らは程良く抵抗して楽しませてくれる餌だった。
「戸津、軽装甲車に積んでたミニミ取って来い!各員戦闘用意!」
だが、彼らは奇跡的に幸運の女神の前髪を掴んでいた。
「アレク君、荷台に移るんだ!」
「あ、お構いなく。あの程度では死にませんから。」
「…あーもう!怪我しても知らんからな!」
にっこりと笑う少年の笑みに、伊丹は時間がもったいないと思考放棄してぶん投げた。
「全車、ドラゴンの気を逸らすんだ!攻撃開始!」
こうして、史上初の自衛隊お家芸「怪獣退治」が始まった。
「くそ、小銃じゃ通らない!」
「軽装甲機動車は牽制!キャリバーを叩き込め!」
「了解!」
街道を出て、整地されていない凸凹だらけの平野を第六偵察隊の車両が駆けていく。
その奇妙な姿に炎龍も警戒するが、先程から飛んでくる鉄の粒では傷つけられないと分かると、途端に煩わしさが湧く。
今までの小銃や機関銃とは異なる大きな銃声が響いて炎龍は一瞬驚く。
が、それだけ。
有効打にはならない。
「効いてないッスよ!?」
「良いから撃て!当て続けろ!」
「っ、ブレス来ます!避けて!」
炎龍の呼吸及び首の動作から次の行動を読んだアレクの警告に、空かさず伊丹が指示を出す。
「こっちを向いた!ブレス来るぞ、回避ー!!」
全車が素早くハンドルを切った次の瞬間、平野を一直線に炎の吐息が奔り抜ける。
辛うじて全車が回避に成功するが、その威力たるや直撃すれば確実に搭乗員全てが消し炭になるだろう。
(威力とかも調整できるのか!?だとすればヤバい!)
もし広範囲に対して薙ぎ払いや連続照射が可能なら、次の一発で全滅する可能性も高い。
否、手持ちの装備で有効そうなのが一発しか持ってきてないパンツァーファウストの点で「あ(察し)」だった。
「目!目を狙ってください!そこなら鱗がない!」
「! 全員、目を狙え!」
その指示に、全車が素早く炎龍の両目に火線を集中させる。
結果、顔面への攻撃に警戒を強めた炎龍がその翼で身を守る様に覆い、動きを止める。
「勝本、パンツァーファウスト!」
「後方の安全確認……撃ちます!」
そして、一瞬の間を置いて、ロケット弾頭が炎龍目掛けて飛翔した。
「…?」
その飛んでくる何かを、炎龍は無防備にその胸部で受け止めた。
途端、今まで経験した事が無い程の衝撃と熱量、閃光と激痛がその巨体を襲った。
「■■■■■ーーッ!?」
誰もが初めて聞く炎龍の悲鳴が、平野に長々と響き渡る。
爆発による粉塵が過ぎ去った時、炎龍の胸部は肉が大きく捲れ上がり、一部では骨が見えていた。
「■■■■■■■■■■…!」
だが、それはまるで映像の巻き戻しの様に、見る見るうちに塞がっていった。
「な……。」
その光景に、想像力豊かな伊丹も思わず絶句する。
虎の子のパンツァーファウストはあれ一本。
そして、今ので確実に士気は落ちた。
最早、全滅を覚悟で時間稼ぎに徹するしかない。
(すまん、梨紗!)
内心で残してきた妻に詫びる。
生きて帰るという約束を破る事になってしまう事、これから部下を死なせてしまう事。
その二つに深い罪悪感を抱きつつも、ここで伊丹はその身を散らす覚悟を決め
「あぁ、何だ、こっち案件か。」
ようとして、ゾッとする程の威圧感に気付いた。
「、アレク君」
「あぁ、伊丹さん。後はこっちに任せてくださいね。」
にっこりと微笑む様は、先程と変わりない。
しかし、その金の瞳の奥で燃え盛る怒りの熱量に、伊丹は絶句した。
「伊丹さん達は避難民への対処を。後は仔細こちらにお任せを。」
「何を言っている!危険だ!君だけでも逃げろ!」
染み付いた自衛官としての経験故の叫び。
しかし、伊丹は内心で察していた。
その優れた直感が告げるのだ。
曰く、「目の前の生き物は、己よりも遥かに格上だ」と。
「っ、隊長!ブレス来ます!」
「回避ー!」
全車が指示通りハンドルを切るも、炎龍は彼らの想像を上回った。
嘲笑う様に一瞬の溜めを作ると、そのブレスを真上に吐いたのだ。
そして降ってくるのは炎の雨、炎龍を中心とした周囲一帯を焼き尽くすための応用技だ。
(あ、やば)
その範囲の中に、誰あろう伊丹の乗る高機動車が入っていた。
今度こそ死んだと、搭乗員全員の脳裏に走馬燈が走っていく。
「エルダーサイン!」
しかし、その炎は車体を覆う傘の様に展開した独特な五芒星の結界により阻まれた。
エルダーサイン、旧神の紋章。
自衛官では今や誰もが知っている、とある人物らの使用するクトゥルー系魔法の一つ。
「アレク君、君は…!」
「詳しいお話は後で。今は、アレをどうにかする事を優先しましょう。」
にっこりと微笑む超絶美少年に、伊丹は色々と飲み込んで叫んだ。
「任せたヒーロー!怪獣退治を頼む!」
「任されました!」
途端、アレクの懐からページが、0と1の輝く数字が溢れ出し、宙を舞う。
それらは魔導書「死霊秘本 機械言語訳」に記された無数の魔術文字。
世界を侵食する情報因子たる字祷子が複雑に絡み合い、幾重にも螺旋を描き、星気領域に情報を刻み、意味を形成し、人の可識領域を容易く超越する。
これが魔術の発動、言霊の蛮名化であり、人智を超えた論理が世界に干渉し、奇跡を具現化するための方程式。
後はそれを承認するための最後のコードが入力されるだけ。
「おいて、リトル・エイダ。」
「マスター、コード入力。」
いつの間にか、少年の隣には一人の少女が浮かんでいた。
金髪碧眼の、人にしては余りにも無機質な印象を受ける少女は額から機械の様な角を生やし、その左半身は未だ0と1の輝く数字に解けている。
その光景に、その姿に、その異様に、しかし伊丹は見覚えがあった。
あの日、あの灼熱にして地獄の銀座の日。
伊丹は確かにこれと酷似した光景を見ていた。
そして、唱えられるは世界最強の聖なる詩。
絶望の海、誰かの嘆き、人ならざる存在の理不尽を砕くための怒りにして祈り。
幾度世界が滅びようとも連綿と受け継がれてきた、人々の希望。
「 憎悪の空より来たりて
正しき怒りを胸に
我らは魔を断つ剣を執る!
汝、砕けぬ刃 デモンベインーーー!! 」
最終コード承認と同時、虚空より立体的な魔法陣が展開され、異なる位相と繋がる。
「虚数展開カタパルト起動。鬼神招喚。」
リトル・エイダの言葉と共に、術式が完成する。
この邪悪に侵食された世界に一体の刃金が顕現する。
瞬間、汚染された世界の理そのものが悲鳴を上げ、周辺に存在していた怪異や汚染情報が駆逐され、退散していく。
そう、彼こそは嘗て無限の螺旋にて無限に鍛え上げられ、無限に折られた剣の後継。
世界を犯す邪悪を相手に、幾度負けようとも無限に立ち上がり、戦い続ける最弱にして最強の狩人。
消滅してしまった先代の予備パーツと新たに書き上げられた設計図を元に生まれた、新しい魔を断つ剣。
その銘をデモンベイン・R。
こうして、彼の初陣が始まった。
???「やっべ、演出しといてなんだけど超ワクテカするw」