それは人型だった。
それは刃鋼だった。
それは神の似姿だった。
それは間違いようもなく、激怒していた。
憤怒していた、赫怒していた。
その姿はまるで不動明王の其れであり、漆黒の装甲から覗く真紅の瞳には、邪悪へのこれ以上無い程の怒りに満ちていた。
「Guuuu……。」
アイオーン・リスタート。
数々の改修を経たアイオーン・リペアシリーズの情報を改めて精査し、燃費ではなく汎用性に重点を置いて再設計された。
というのも、複数の鬼械神を運用するのは例え招喚が可能でも、術者側への習熟の問題がある事から、それを解決した上での汎用性、あらゆる環境下・敵戦力の殲滅が求められた。
その結果、この鬼械神は要求性能を満たすために設計段階から機体を構成する無数のパーツを再配置する事で必要に応じた性能を満たす形態へと変化する。
今は人口密集地という事で過剰な火力を控え、白兵戦を主体とした最もオーソドックスな形態になっている。
そんな鬼械神の各部から、唸り声に似た稼働音が漏れ出す。
デザインされ、しかし長らく平和だったために使われてこなかったが故の各機関の試運転によるものだ。
「やるぞ。」
「あいよ!」
「■■■■■■ッ!!」
先程の反撃とばかりに衝撃から復帰したベルゼビュートが吠え、掴み掛る。
それをアイオーンはサイドステップで小さく回避、その拳を叩き付ける。
「む」
しかし、相手は腐肉と蛆と蠅、一部に魔術にて編まれた金属パーツを持つ
再生能力に特化したベルゼビュート。
あっさりと表面を砕かれ、内部構造にまで攻撃が及ぶも、破損した部分は逆再生する様に復元し、ダメージにならない。
「■、■、■、■。」
「右腕、結界術式展開。」
「よーそろー。」
まるで笑う様にその身を震わせ、再度殴り掛かるベルゼビュート。
それに対し、点の打撃で通らないのならば面の打撃でとばかりに右掌に展開された結界で、ベルゼビュートの体躯を殴打し、衝撃によって押し戻し、強制的に距離を取らせる。
「魔銃展開!」
空かさず、左手に編まれたスタームルガー・ブラックホーク似の銃より、一瞬の内に6連射され、発射直後に再装填される。
命中した銃弾は狙い通りベルゼビュートの装甲を貫通、内部に達した時点で炸裂し、その躯体を大きく破損させる。
「ひっ!」
「うわぁ…。」
固唾を飲んで見守っていた人々が、その損傷した部分を見てうめき声を上げた。
その場所には、無数の肉塊が蠢いていた。
しかも、ただの肉塊ではない。
それらは、顔だった。
帝国軍の兵士の顔だった。
犠牲になった日本人の顔だった。
老若男女を問わない、この戦いで犠牲になった人々の顔だった。
彼らの顔は一様に苦悶と絶望、苦痛と恐怖に染められていた。
それも当然だろう。
彼らは全員本来の所属する世界の理を捻じ曲げられ、ベルゼビュートのパーツとして燃料として使用されているのだから。
「あ、ぁあぁぁああぁぁぁぁあ」
「な!?おい、しっかりしろ!」
そして、そんな光景を直視してしまったが故に、精神の均衡を崩してしまった者も出てきた。
幸い、周囲の人間に取り押さえられ、今は被害は出ていないが、この状況が続けば錯乱して周囲の人間を害する者から自殺者まで大量に発生する事だろう。
一刻も早く、ベルゼビュートを排除する必要があった。
「っ、力を与えよ力を与えよ!」
「魔刃鍛造、多重召還!」
しかし、それには今一つ手をかけねばならなかった。
ここは破壊と再生、混沌と秩序の坩堝たるアーカムでもなければ、世界最大の財閥のお膝元でもない。
極々普通に発展した世界有数の商業都市であり、人口密集地のど真ん中なのだ。
暮らしているのは騒動慣れしたアーカム市民ではなく、平和ボケして久しい日本国民が殆どなのだ。
彼女ら二人と伊丹他大勢の有志と警官達の活躍によって主戦場からの退避は完了したが、取り残しは多い。
故に、未だ周囲のビルには逃げ遅れた人々が取り残され、細い路地には帝国兵の生き残りもいた。
「■■■■■■■■!」
ビル内の生き残りの保護のため、バルザイの偃月刀を再度多重召還し、攻性結界の構築を試みる。
しかし、それを狙い澄ましたベルゼビュートの攻撃により中断されてしまう。
「ちぃ!」
別に、勝てなくはない。
この程度の相手、その気になれば10秒とせずに塵にしてしまえる。
しかし、その後に残るのは嘗ての消された歴史にてクトゥグアの炎で灰燼と化したロンドンと同じ光景だ。
それだけは避けねばならない。
何故なら、自分達は魔を断つ剣の一振りなのだから。
その矜持と背負ってきたもの、踏み躙ってきたものに賭けて、その一線を超える事は出来ない。
「アーリ、術式制御に専念!」
「あいよ!超攻性防御結界、展開!」
ほんの10秒にも満たない無防備な時間、それを狙って再度ベルゼビュートは攻撃を行う。
しかも、今度はただの打撃ではない。
全身の黒い皮染みた装甲が剥がれ落ち、飛び散っていく。
否、それは装甲ではなく、死体を苗床に育った人食い蝿の群れだ。
蝿の群れはアイオーンに纏わりつくと、その装甲の隙間から構成術式に侵入、存在情報を破損させていく。
「■■■■■ッ!!」
更に蝿の皮を失って、再び内部の肉塊を晒したベルゼビュートは、自身を構成する人々からその怨念を吸収・収束していく。
元気玉の負のバージョンと言えば分かり易いだろうか、数万もの無念の死を迎えた人々から抽出した怨念は、並の魔術師と鬼械神では一撃で破壊されてしまうだろう。
その技の名は怨霊呪弾。
術者が今まで殺し、収集してきた魂から怨念を抽出して放つという、魔道書「妖蛆の秘密」に記された最大攻撃奥義である。
「緊急防御!」
「エルダーサイン!」
その直撃を受けたアイオーンは辛うじて防御結界、独特な星形した旧神の印が盾となって現れる。
しかし、構築こそ間に合ったものの、無数の蝿に集られて全身から攻撃を受けている状態ではまともに受身も出来ない。
放たれた怨念と呪詛の塊を諸に受け、蝿諸共倒れ付す。
「■、■、■、■、■、■!」
その無様な様子を嘲笑うベルゼビュート。
さぁ邪魔者はいなくなった。
次は面倒な結界を破壊し、更なる虐殺をして更なる力を蓄えよう。
そう思って、ふと立ち止まる。
何故、アイオーンを倒した筈なのに結界が消えない?
その解答は、あっさりと返ってきた。
「攻性防御結界、展開完了。」
銀座周辺のビル郡、それら全てを守るように飛来したバルザイの偃月刀。
それらを基点に発生した結界が暖かな光と共にビルを包み、戦闘の余波から人々を守っていた。
つまり、もう余計な気を回さずに済むという事だ。
「焼熱呪法、発動。」
傲!と倒れ伏した蝿の塊から、真紅の炎が巻き上がり、全てを灰塵と化していく。
まるで超小型の恒星の様な膨大な熱量と共に、ソレは炎の中から新生する様に立ち上がった。
全ての蝿は塵も残さず燃え尽き、放たれた怨念と呪詛は最早その残滓も感じ取れない。
一歩踏み出せば、舗装されたアスファルトや電柱、車両等が瞬く間に赤熱し、炎上し、溶解していく。
しかしてその瞳だけは炎よりもなお赤々と燃え盛り、その余りの威容に、威圧に、異常に、誰もが息を飲んだ。
「■■、■!■■■!?」
馬鹿な、信じられない、有り得ない。
信仰する神より授けられたこの力が破られる等、在ってはいけない。
「そんなに不思議か?ご自慢の術式が破られたのが。」
炎を纏い、漆黒の装甲を燃える炭の様に紅く染め上げ、ベルゼビュートへと一歩ずつ迫るアイオーン。
その姿を見て、ベルゼビュートは恐れ戦き、後退りした。
「なーに、簡単な理屈さ。」
まるで明日の天気予報を教える様な軽さで、二人は答えた。
「こんなもの、当の昔に食い飽きた。」
思い出すのは、無限螺旋の序盤にて体験したティベリウスによる十年を優に超える陵辱の日々だ。
身体の自由を奪われ、やたら露出の多いサーカス風の衣装を着せられ、あらゆる命令を下された。
ある時は身体を凌辱されながら、身体を死ぬ一歩手前まで破壊されるも、無理矢理快楽を感じる様にさせられた。
ある時は若男女問わずあらゆる人種の人間を殺させられた。
ある時は感謝と喜びの声を上げさせながら、触手の海で凌辱された。
ある時はティベリウスの操る亡者達の苦痛や恐怖、憎悪を一身に浴びせられた。
ある時は蟲達に満ち溢れた暗闇の密室に長期間放置された。
ある時はブラックロッジの構成員達に輪姦され、孕まされ、出産した赤子を目の前で殺され、その死肉を無理矢理食わせられた。
ある時は、ある時は、ある時は……。
そんな日常を、時に人里で普通に過ごす期間を挟んで、不定期に繰り返される。
凡そ人間が想像し、人外の力を用いて初めてできる様な所業は凡そ体験させられた。
お陰で目は完全に死んで、表情筋は働くのを止めた。
少しでも心を鈍くする事で身を守る事を選んだが、ティベリウスはそうしたオレの防衛術を全て抜いて「オレ」の心を蝕み続けた。
結果的に、あの日々は自分の中の邪悪への憎悪を芽生えさせる決定的な体験となり、こうして魔を断つ剣の一振りとなったのだが、あんな濃過ぎる体験、薄れる訳がない。
他にも、無限螺旋の中においては精神を破壊されかける事は腐る程にあった。
そんな彼女らにとって、今更この程度の呪詛など、何の益もない野次に過ぎない。
「■■■■■!!」
ベルゼビュートが苦し紛れに不可視の使い魔、スターヴァンパイアを放つ。
数は8と先程よりも多く、四方八方から迫ってくる。
「馬鹿め。」
「魔銃展開。」
アーリが今度は二挺拳銃を編み、リーアは霊視にて不可視を見破り一瞬の内に全ての星の精を撃ち落した。
次いで、即席で編んだ特製の銃弾を三発打ち込むと、ベルゼビュートはその動きを大きく鈍らせた。
「■、■■…!?!」
「生憎と、実は火よりも水の方が得意なんだ。」
暴君より譲渡された二挺の特製魔銃の一つ、イタクァを模倣した氷結弾。
本家よりも威力は劣るが、その分コストが低い良心的な代物だ。
これにより、衝撃や斬撃に滅法強いベルゼビュートをあっさりと無効化した。
「そろそろ決めるぞ。」
「オッケー!
二挺の銃が魔術文字に解け、更に追加で空中に無数の光り輝く魔術文字が乱舞する。
まるで巨大な光の柱の様なそれは、ただ一つの魔術式の螺旋だ。
光が終息し、アイオーン・リスタートの手に現れたのは、その全長を超える程に巨大な黒金の質量。
アイオーンの頃から殆ど変わらない、魔法使いの杖にして銃。
巨大な杖を両手で腰だめに構えると、その先端が獣の咢の様に展開して砲口を形成、その先に魔方陣が浮かび上がる。
アイオーンの持つ最大火力にして最大奥義を放つ、必殺の構え。
しかし、このまま放っては如何に結界で守ってあるとは言え、周辺への被害は甚大なものとなってしまう。
「フーン機関、展開!」
「突撃ぃ!!」
「ヒャッハー!!」
アイオーンの背部、そこにあるバックパックの装甲の一部がスライドし、内蔵した推進器たるフーン機関を露出、呪文螺旋を銃剣の様に構えると、動きの封じられたベルゼビュート目掛け突撃する。
その物理法則を超越した加速力を遺憾なく発揮し、一歩目から音速を超過、大気の壁を蹂躙しながら突撃する。
「確保ぉ!」
その一突きは狙い違わずベルゼビュートの胸部を穿ち、しかし展開された術式によって貫通もされずに捕縛され、突撃の勢いのまま進む。
「ブレーキィ!」
しかし、そのまま突き進む事なく、ベルゼビュートが招喚された門の付近まで行くと急停止、その杖先を真上へと向け、ベルゼビュートを持ち上げる。
それはつまり、もう誰も巻き込まないという事。
「収束完了!射線確保!」
「イア・クトゥグアーーーーーッ!!」
そして、杖先から炎が放たれた。
その炎は巨大な獣の形を取り、怒りに満ちた咆哮とその顎に捕らわれたベルゼビュートと共に空高く上っていく。
やがて、地表より遥か遠く、それこそ一部の航空機しか到達できない高度に達すると、
「「爆・散!」」
莫大な熱量と光が炸裂し、消滅した。
それらが収まった時、既に銀座には瘴気の残りも人々の遺骸もなく、無数の人食い蝿や蛆は勿論、二体の鬼械神の姿もなく。
先程までの絶望が嘘だったかの様な、綺麗な青空しか残っていなかった。
後に、生き残った銀座事件の被害者達は挙って語る事になる。
曰く、「あの日の銀座には太陽が三つも存在した」と。
覇道財閥もなけりゃアーカムでもないんだし、そりゃ格下でも苦戦するわなって
ただし元々の性能差がダンチなので苦戦以上はしないというね