銀座事件から二か月が経った頃。
当事者の日本では事態の責任追及ならび憲法改正や特別法案の通過等で首相の交代含む政治劇が行われていた頃は、同時に世界各国が神秘が戻ってきた事による混乱に対して慌てている頃だった。
妖怪が、精霊が、幽鬼が、動死体が、カルト教団が、狂信者が、崇拝者が。
ありとあらゆるファンタジーの負の側面の存在がそれまでの静寂を破る様に表に現れだした頃だった。
歴史ある国や民間にまだまだ呪術師や祈祷師が息づく国や地域は対処法もしっかりと伝わっているために、まだこの混乱に民間レベルでは対処できた。
しかし、その歴史の上で過去を汚物として排除した国や過去を蹂躙して成立した国ではそうはいかない。
地脈やその土地固有の存在を鎮めるための寺社仏閣に神殿や巨大石等を取り除いてしまった結果、その土地は荒れ果て、人に仇成す怪異を呼び込んでしまう。
中東やアフリカを始めとした宗教・民族対立が酷い地域では互いの信仰を懸けての紛争が激化した。
対して先進国はと言うと、多くの者が崇める三大宗教の神々の降臨を願いつつも、噴出するファンタジー系問題に対処するので精いっぱいだった。
また、ヴァチカン等は頻発する悪魔や悪霊の脅威に専門の悪魔祓いの神父らが駆り出され、余りの人手不足に悲鳴を上げていた。
こうした混乱はその歴史から中国・ロシア・アメリカが最も酷く、混乱が続いた。
そして、この中で最も早く立ち直ったのが、唯一の超大国となってしまったアメリカ合衆国だった。
アメリカ合衆国国防総省 統合参謀本部付き大会議室
アメリカは大なり小なり混乱する他国よりも遥かに迅速かつ積極的に行動していた。
その結果、ここには今現在、米軍の中から選抜された陸海空全てから集まった軍人達が集まっていた。
その内訳は多種多様過ぎて、最早混沌としている有様だ。
老若男女は言うに及ばず、階級は新兵の二等兵や初等空兵から一目で歴戦と分かる佐官まで揃っていた。
今日、彼ら彼女らがこの場に集まったのは、たった一つの新設部隊に配属される前の合同説明会に参加するためだ。
対COD特殊任務部隊、それが新設される特務部隊の正式名称だ。
アメリカ国内のみならず、世界各地で続々と発見される人類に敵対的な非科学的存在及び現象に対処するために新設される部隊であり、主に通常の軍では対処できないと判断された場合に出動が決定する。
場合によっては国内のみならず、国外にも迅速に展開する必要もある。
また、対CODをメインに新たな戦略・技術・概念等の立証実験や実戦試験等も行うため、特殊部隊と試験部隊の相の子の様な感じになる予定だ。
そして今日、今まで機密とされていたこの部隊の指揮官が姿を現した。
「今日から君達と共に対魔術戦略研究教導隊に所属するリーア・アシュトンだ。」
「同じくアーリ・アシュトン。よろしくー。」
室内に動揺が走る。
彼女らをこの場の全員が知っていた。
驚く程美しい、銀髪碧眼の双子の美少女。
あの銀座事件において、彼女らの活躍が撮影された多くの資料を彼らは全員が穴が開く程に閲覧していたのだから。
しかし、それでも彼女らの外見は幼い少女だ。
幾人かはその実力を映像で見たというのに、懐疑的な表情を浮かべている。
「ふむ、皆こう思っているだろうな。『どうして此処にいるのか』と。」
にやにやと笑うアーリを横に、リーアが壇上でそう告げる。
実力的にも、日本で活動していた事実からしても、彼女らがアメリカで新部隊の指揮官になる理由が分からない。
「とは言え、色々語る前に必要な事を済ませよう。」
「全員、歯ぁ食いしばれよー。下手すると死ぬ。」
は?と疑問に思った者が大半で、幾人かの勘が良い者だけは(あ、やばい)と思って言う通りにした。
その次の瞬間、
「では死ね。」
リーアが「少しだけ」威圧した。
少しと言っても、それは彼女の主観からだ。
普段は抑えているものを、ちょっと開放したに過ぎない。
邪神一家相手なら、遊んでる最中にちょっと漏れたり出し合ったりする程度のジャブにもならないもの。
しかし、考えてみてほしい。
彼女は白と黒の王に続く、灰の王。
そして、今や渦動破壊神をも討伐した、三千世界でただ一振りとなってしまった魔を断つ剣なのだ。
そんな半邪神半人の気当たりが、鍛えているとは言え普通の人類にはどう感じるのだろうか?
「「「「「「「「「「「「「………………ッ!?」」」」」」」」」」」」」
その場にいた全員の総身が総毛立つ。
凍る寸前にまで冷えた水を浴びせられた様な寒気が全身を走り抜ける。
全身の神経一本一本全てが抉り出され、冷氷に浸したと思う程の強烈で鮮烈で、悍ましい感覚。
そのまま凍死するに違いない程の、物理的衝撃すら感じさせる威圧感。
それは、その場の全員にこれまで経験したどんな体験よりも死を実感させた。
Q、どうなってんの?
A、マステリ初登場時の威圧相当。失神するか最悪魂消る。
広い会議室に沈黙が横たわる。
この場にいた多くの者が圧倒的強者の、絶対者の存在感を前に気絶という形で逃げたのだ。
何とかギリギリ気絶していない不幸な者もいるが、そんな彼らをしてガチガチと歯の根が合わない有様だった。
こんなもん食らっといて動けるとかシスター・ライカと九郎君はすごいなぁ(こなみ)。
「困ったな。この程度では対COD戦で前には出せないんだが…。」
「まぁそれは要訓練って事で。」
不意に、物理的圧力すら感じる気配が消えた。
それで漸く室内に喧噪が戻り始める。
何とか気絶しなかった(出来なかったとも言う)者が周囲の気絶した者を起こす。
酷い者は失禁・脱糞のオンパレードなのだが、周囲は嫌そうな顔もせず起こす。
彼彼女らは思ったのだ、アレは仕方ないと。
「君達が戦う事となる者、遭遇する可能性がある者の中には、今の様な事を呼吸する様に行う存在だっている可能性がある。それを念頭に置き、職務に励んでほしい。」
「で、説明会を始める前にー」
ぐるり、と今まで黙っていたアーリが告げた。
「先ずは30分の休憩な。トイレと着替え済ませてこい。」
ぎこちない動きで、全員が一斉に動き出した。
なお、同じ様な訓練を定期的に繰り返す事で、ある程度耐性が付く事になる。
被害?徐々に減っていったけど、新入りは毎回洗礼の如く「見せられないよ!」してるよ。
……………
「トイ・リアニメイター」という自動作業ロボットがある。
元々はあのドクター・ウェストの作品だったのだが、無限螺旋の最中にデモンベインの応急修理用キット(後にデットウェイト扱いで削除)として組み込まれ、一緒に覇道財閥へと所属しちゃった代物である。
これの良い所は一体作ると自分を複製し、登録されたものの作成・修理をほぼ全自動で行ってくれる処にある。
「と言う訳で、これがそのトイ・リアニメイターだ。」
殆ど端折った説明と共に実物を示すリーア。
学者や科学者、整備班等がおぉ…と声を漏らし、ジャンクの山から自分の同型個体を複製しまくっているトイ・リアニメイターへと注目していた。
「君達の仕事は簡単だ。こちらの渡すデータに則って色々作ってもらう。」
「それに任せてはダメなんですか?」
一人の年配の整備員の声に、リーアは首を横に振った。
「ダメだ。あれはデータにあるもの、或いは計測したものしか作れないし、整備できない。あれにデータを入れるためにも、一度は我々で実物を作る必要がある。」
既に米軍で採用されている大抵の兵器や装備のデータは入れてあるので、それらの複製・整備に関してはできるのだが、それはさておき。
正面に設置されたモニターに、とある図面が表示された。
「我々が作るのは先ず2つ。歩兵用汎用パワードスーツ、仮称ウォーマシーン。対中型怪異用汎用人型兵器、仮称エステバリスの2つとなる。」
ウォーマシーンはデザインそのままのアイアンマンの親友が装備しているアレである。
が、こちらは飛行機能はオミットし、生産性・整備性・信頼性を優先した構造となっている。
飛行機能を付けるのはノウハウを積んだ後の予定だ。
エステバリスは後に対鬼械神並び下位神格用のイェーガーや破壊ロボ等を作成・運用するためのノウハウを積むために作成する。
性能的には高級なATとも言うべき代物で、戦車も入れない不整地かつ戦闘ヘリでは火力や閉鎖空間等の問題で対処できない様な状況で運用するためのもので、装備にもよるがある程度は鬼械神にも対抗できる(魔導理論採用したレールガン等)。
なお、脱出機能はあるが、バリア機能も換装機能もワイヤードフィストもないし、頭部デザインはアカツキ機のデザインなので悪しからず。
運用思想としては、鉄のラインバレルに登場する対マキナ用パワードスーツ?であるパラディンが近いだろうか。
「これらを作るのが我々の仕事、ですか…?」
「いや、これらはノウハウを積むための下地であり、最終目標はそこじゃない。」
次に表示された図面に、先程よりも大きな動揺が走った。
「対鬼械神用汎用人型兵器、仮称イェーガー。これこそが現在の我々の最終目標となる。」
そこに表示されたのは、映画でも登場したある有名なロボの姿だった。
全長は50mと原作よりは小さいが、その分コスト等は抑えられ、尚且つややこしい操縦系統はしていない。
機体を操る操縦士と武装ほぼ全般を担当する火器管制の二人乗りは同じだが。
限定的ながら魔術理論を組み込む事で対鬼械神・下位神格用の決戦兵器として設計された機体だ。
元々はループ中にデモンベイン用兵装や新構造、新素材等を試験するために生まれた人型ロボットが原型だが、ドクターの下にいた頃にはデモンベインと幾度も戦った実績ある機体でもある。
それらから試験用の要素を取っ払い、実戦用に信頼性・整備性・生産性を高めたものがこちらだ。
デザインはほぼそのまんまジプシーデンジャーだが、動力炉は新開発の熱核融合炉(これだけで米国の州一つの電力を余裕で賄える)を使用し、両肩にマウントしたレールガン並び腕部に内蔵した電磁加速式パイルバンカーを主武器とする他、幾らかの内蔵武器やオプションを持つ。
「核兵器を使わずに鬼械神を撃破するための兵器」であり、エステバリスで対処できない大型怪異等に対して、その質量と大火力を用いて撃破する。
当初はプラズマ兵器の採用も視野に入ったが、ノウハウが足りな過ぎるので持ち越しになった。
お値段?リーア&アーリが基礎設計も実戦運用も終わらせてる分のコストが浮いてなかったら、アメさんでも二の足踏む位です(白目)。
「さて諸君、我々に残された時間は少ない。それぞれ大いに励んでくれ。」
こうして、各人はお気に入りの玩具を得た少年の様な生き生きとした目で作業に取り掛かるのだった。
……………
「百聞は一見に如かず!先ずは実際にクリーチャーと戦ってみようか!」
そんなアーリの言葉と共に、兵士達の目の前でナイトゴーント(夜鬼)が召喚された。
四肢の構造は人間に似ているが、皮膚はクジラやイルカの様な質感かつ真っ黒であり、コウモリに似た翼を持ち、顔があるはずの所には何もなく、牛の様な角と長い尻尾を持っている。
まるっきり西洋の悪魔を彷彿とさせる姿に、さしもの兵士達も驚き、数歩後退る。
「大丈夫だ。こいつは私が召喚したから、指示あるまでお前らに害さない。」
召喚されたっきり、ずっと動かない怪物の姿に、徐々に兵士達にも落ち着きが戻ってくる。
それでも警戒を解かず、腰のホルスターに手をかけている辺り、ちゃんと警戒はしているようだが。
「さて、今日は先ずはコイツとサシでやりあってもらう。クリーチャーの類がどんなもんか、実地で体験してみようや。」
にたり、とアーリが分かりやすく意地悪な笑みを浮かべる。
「全員やるまで返さないかんな。ただし誰か一人勝てば終了な。」
「あの、武器は……?」
「栄えある米軍なんだから、先ずは素手で頑張ろうか。」
室内演習場に、兵士達の悲鳴が響き渡った。
如何に一体だけとは言え、ナイトゴーントは立派なクトゥルフ神話のクリーチャーである。
武器無しで簡単に勝てる相手ではない。
特に天井のある室内演習場(体育館みたいなもの)であっても、ある程度は飛べるし、鞭の様にしなる尾もある。
屈強な兵士と雖もクリーチャー相手は新兵同然な彼らは、あっさりと捕まっては天井付近から落とされて死亡判定を受け続けた。
それでもなお、無事夕飯前に終わった辺り、彼らの適応力と実力は本物であると言える。
「よーし、明日は屋外演習場で装備ありの状態で、同数のナイトゴーントと対戦な!」
しかし、アーリによるしごき(ループ中に九郎始めミスカトニック大学生らで実践済み)は終わりが見えなかった。
何故原作デモベSS増えないん…?
いや、ここで書いてる方々は皆面白いSSばっかりなんだけどさ
Fate系とかに比べると数がね?