魔法使い×あさき☆彡   作:かつたけい

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第三十五章 あなたの作る世界なら

     1

 虚ろな表情をしている。

 たまに、はっと我に返るのだが、だけどすぐにどんより沈んだ暗い表情になり、そのまま虚ろな顔になって、そうなるとまたしばらくそのままだ。

 

 カズミのことである。

 別に、怪我の影響で意識が飛んでいるわけではないだろう。

 身体はもう、少なくとも怪我は癒えている。

 一時は傷に打撲に全身の骨は粉々になって、さらには胴体を皮一枚残して切断されるという即死で不思議のない大怪我を負った彼女。瀕死状態から自分の魔法で応急処置し、加えてアサキに強力な治療を施して貰ってなんとか回復したものだ。

 

 だけど、体力はまだほとんど回復していない。

 それ以上に、心の傷は微塵も癒えていない。

 当たり前だ。

 だって……

 

 そばにいる、赤毛の少女を見る。

 赤毛の少女、アサキはえっくひっくと声にならない声で泣いている。拭っても拭っても溢れる涙を、ぼろぼろこぼしながら泣いている。

 もうずっと、この調子だ。

 

 たまに虚ろから我に返るカズミは、そのたびその姿に申し訳なさそうに小さくなってしまう。

 

「……治奈を殺したの、あたしだ」

 

 自責の言葉は何度目だろうか。

 カズミは頭を抱える。

 

「ち、ちが、カ、カズミちゃんは、わる、悪く、ない、じっ、じっ、自分、せめっ責めない、で」

 

 その都度アサキが、泣きながら、しゃくり上げながら、否定をする。

 

 優しいやつなのだ。

 この、赤毛の女は。

 あたしの、最高の親友は。

 でも、悪くないわけがない。

 誰が一番ということなく悪いのはあたしだ。

 考えるまでもない。

 

 カズミは思う。

 

 だってそうだろう。

 手負いの()(だれ)を追う提案をしたのは他でもない、あたしなんだから。

 

 シュヴァルツたちは生体ロボットで行動制限が掛かっているため、超次元量子コンピュータの管理領域へと踏み入ることは出来ないし、例え遠隔であろうともとにかく直接的な危害を加えることが一切出来ない。

 対して、魔法という奇跡からこの現実世界に誕生したあたしたち三人、それと至垂のクソ野郎いやクソ女には、そうした行動制限はない。

 つまり至垂は、この人工惑星を破壊することも出来るってわけだ。

 神になるのが目的なのにそんなことをするか? とアサキはいっていたけど、そんなの分からないじゃねえか。

 闇の世界に狂って自暴自棄になるとか、破壊をやめる交換条件にこちらを脅してくるとか。

 宇宙延命を阻止して消滅させようとしているシュヴァルツと、もしも手を組まれなどしたらどうなるか分からないじゃねえか。

 だからあたしは、逃げる至垂を追ったんだ。

 正確にいうと、死んだと思っていたら姿がなくて砂に残った移動の痕跡を追った。

 アサキが一人で苦労を抱え込んで疲労にダウンしてしまい、まともに動ける状態じゃあなかったため、あたしと治奈の二人で。

 

 タイミングとしては追って正解だった。

 いやちょっと遅かったか。

 至垂が実は生きていたのか、それとも死から蘇ったのかは分からないけど、とにかくシュヴァルツがその至垂の巨体を乗っ取って一つになってしまっていたからだ。

 正確には、乗っ取ろうとしてやり合っていたとこ利害一致で共生したということらしいが、そんなことたどうでもいい。大切なのは、あいつらが手を組むという、想定しうる最悪の事態が起きてしまったということ。

 

 だからあたしたちは、生まれてしまった怪物を倒すため必死に戦った。

 アサキを呼びに行く猶予など、なかったから。

 仮に呼んでも、疲労に身体がまともに動く状態ではないと思ったから。

 

 でも、分かっていた。

 アサキに頼ろうとしなかったのは、そんな理由ではないことを。

 

 自分たちは足手まといなんかじゃない。

 そう、思いたかったんだ。

 

 疲労だろうが怪我してようがアサキの方が遥かに強いのに。

 実際、あたしらがまるで歯が立たなかった相手を、疲れてボロボロのアサキが簡単に倒してしまったというのに。

 

 ならアサキを頼る時間稼ぎこそすべきだったんだ。

 あそこで無茶をしちゃあいけなかったんだ。

 あたしらは凡人で、アサキは超人で。そこを認めたって、親友という関係は揺らぐものではなかったのに。

 

 ふう、

 小さなため息を吐いた。

 

「しかし、すっげえパワーが宿ってたよな」

 

 いつまでこうしていても仕方ないと思って、カズミは話題を変えた。

 罪悪感をそのままにしておくのも嫌だったけど。

 

 すっげえパワーとは、至垂シュヴァルツを倒した時に、アサキが見せた力のことだ。

 疲労に立っているのもやっとだったアサキが、真っ白な輝きに包まれたかと思うと、あっというまに劣勢を挽回し、宿敵をいとも容易く倒してしまったのだ。

 

「……きっと治奈ちゃんが、力を貸してくれたんだ」

 

 アサキは、泣き腫らした顔に僅かの笑みを浮かべた。

 

「違います。分散所持していた能力が、持ち主に戻っただけです」

 

 白い衣装の少女ヴァイスが、小さなでもはっきりとした声で否定する。

 

「え……」

 

 アサキとカズミは、同時に声をあげていた。

 

「もともと、アサキさんが持っていた能力だといっています」

 

 ヴァイスは、え、に対して回答した。

 

「いや、だからそれ、どういうことだよ?」

 

 その能力を制御出来ずに、治奈の身体はボロボロになったのだ。

 制御が出来ずとも知ってさえいれば、ああまではならなかったかも知れない。

 死なずに済んでいたかも知れない。

 それに、分散ということは自分にもその能力が眠っているということ?

 そう思って、カズミは尋ねたのである。 

 

「さっきもいいましたが、カズミさんと治奈さんは別に必要ではない存在です。アサキさん一人で充分です」

「確かに、いってやがったな」

「でも、どうせ余計な人物まで転造されてこちらへくるのならば、アサキさんの持つ膨大な魔力や素質は分散させた方がより安全確実である。と、ロードバランサーが自動で働いたのでしょう」

「いちいち腹立ついい方。……じゃあさ、あたしもいま強いってわけか? あたしも、アサキの力の一部を持っているわけだろ」

「秘める能力は、アサキさんにしか認識されません」

「そっか」

 

 残念がるカズミ。

 

「治奈さんは、念の強さから使ってしまった。それ自体、ある種の奇跡が起きたといえるでしょう。ですが、結果はあの通りです」

 

 内に秘めた力を制御できず、身体を崩し、四肢を失いながら、最後には自分の魔法で吹き飛んで死んだのだ。

 

「やっぱりアサキじゃなきゃ、ってことか。ああ、でもなんかやべえこと起きてピンチになったら、あたしがわざと死にゃあそれでアサキが無敵にパワーアップするわけだ」

「カズミちゃん、冗談でもそんなこといわないで! 怒るよ!」

 

 いきなりアサキが激しい形相で怒鳴った。

 それはアサキらしからぬ怒鳴り声、アサキらしからぬ心底怒った険しい顔であった。

 

「ごめん」

 

 カズミは、素直に謝るしかなかった。

 不謹慎な冗談を。

 

 珍しく友へと怒鳴ったアサキであるが、ふっと笑むと、静かにカズミへと抱き着いて、腕を回して抱き締めていた。

 そして、優しい声でいう。

 

「強くなんかないよ、わたしは。でも、もしも強くなれたとしてもね、強い一人よりも、弱い二人の方が絶対にいいよ。きっと、その方がずっと強くなれる」

「お前は最強だろうがよ。一人も二人もあるか」

「空手じゃ師匠には勝てないよ」

 

 アサキは腕を緩めて少し距離を取ると、師匠の顔を見ながらクスリと笑った。

 

「そりゃそうだ。負けねえよ」

 

 師匠も強気な笑みを返し、そのまましばらく見つめ合っていると、

 

「いいですね、あなたたち二人の関係は」

 

 ヴァイスがぽそっと言葉を掛けた。

 表情をまったく変えず、相変わらず涼やかな顔のままで。

 

「二人、だあ?」

 

 カズミは、ぎろりヴァイスを睨み付けた。

 

「ああ、すみませんでした。アサキさん、カズミさん、治奈さん、の三人ですよね」

「わたしは、ヴァイスちゃんともそうなれたら、嬉しいな」

 

 アサキの素直な言葉に照れたのだろうか。

 ヴァイスが、口を閉ざしたまま黙ってしまったのは。

 

 だけど、

 どれくらい、経っただろうか。

 いつも薄い笑みをほんの少しだけ強め、そして、

 でも……

 

「そうですね。そして、もしもこの世界を救うことが出来たのなら、わたしは……」

 

 わたしは、の後に続く言葉をアサキたちは聞くことが出来なかった。

 

 ヴァイスの腹部から、なにかが突き出していた。

 凝縮され固体化したエネルギーとでもいおうか、青白く輝く触手に、ヴァイスは白い衣装を背中から貫かれていたのである。

 

     2

「シュヴァルツ?」

 

 カズミは、険しい顔で視線を左右に走らせた。

 名を呼んだというよりは自分への確認だろう。シュヴァルツ自身は、そう名付けられていることなど知らないのだから。

 

 アサキも、やはりシュヴァルツを感じていた。

 膨大なエネルギーを、先ほどやりあったあの冷徹な気配を、感じていた。

 でも、間違いなく倒したはずなのに。

 それなのに、一体なんだ、この気配は。闇に包まれたオーラは。

 どこにいる?

 

 ヴァイスは、青白いエネルギーの触手に背後から貫かれたまま、悲鳴も身悶えもない。もともと表情がないので、生きているの死んだのかも分からない。

 

「ヴァイスちゃん……」

 

 アサキはすぐに助けたいとは思うものの、この状況、迂闊には動けなかった。敵が、シュヴァルツが、どこに隠れているのかが分からないからだ。

 でも、それはすぐに分かった。

 ヴァイスのすぐ背後に、魔力の目を凝らさなければ分からないほどの透明なエネルギー体が立っていたのである。

 その姿は、やはりシュヴァルツであった。

 遠隔から攻撃したのではなく、姿の見えないシュヴァルツがヴァイスの背後へと忍び寄って揺れる炎で刺し貫いたのだ。

 

 シュヴァルツは単身、単体だ。

 蜘蛛とも至垂とも融合しておらず、アサキたちが初めて遭遇した時と同じ黒い衣装に小柄な身を包んでいる。

 分離したのか?

 いや、違う。

 至垂を完全に取り込んだのだ。

 渦巻くエネルギーの凄まじさで、アサキにはすぐ分かった。

 

 シュヴァルツはにやり笑うと、手に握った揺らめく炎をヴァイスの背中へとさらに押し込んだ。

 

 ぐ、

 ここで初めて、ヴァイスが反応した。

 微かな呻き声を発した。

 

「おかしいだろ! 互いを攻撃することは、出来ないんじゃなかったのかよ!」

 

 カズミが怒鳴る。

 

 確かに、以前ヴァイスはいっていた。

 惑星のAIが作った疑似人格である(ヴアイス)(シユヴアルツ)の、作られた目的は意思を競わせて正解を導くことのみにある。

 お互いを傷付けることは出来ない、と。

 だから実際、二人がはからずも戦闘になった時には攻撃が弾き合っていたではないか。

 

「あたしは、お前のこと好きじゃねえけど!」

 

 カズミは舌打ちすると、私服姿のまませめてナイフだけを両手に握って、身を貫かれているヴァイスへと駆け寄った。

 回り込んで、まるで幽霊のように透明なシュヴァルツのいやらしい笑みを浮かべた顔を睨み付けた。

 

「いま助け……」

「待って! 様子が変だ!」

 

 アサキがなにかを察して叫んだ瞬間、真っ白な中にすべてが包まれていた。

 それは爆発であった。

 突如、どこからか激しい爆発が起こり、すべてを真っ白に包み込み、そして爆風がすべてを吹き飛ばしたのである。

 

     3

 どれくらい、経っただろうか。

 大爆発の激しさなどいつのことか、静寂が戻っていた。

 ただし、周囲は本当にすべてが消し飛んで、なくなっていた。

 床も、地下室も、すべてなくなって、地中がえぐれて、直径数十メートルもある蟻地獄が出来上がっている。

 建物の上階も、何層分も消失して大きな吹き抜けになっている。

 

 すべてが吹き飛んで、そのすり鉢状になった底には、薄く透けた球体が輝いており、中には二人の少女がいる。

 アサキが片手を天へとかざし、片腕でカズミの身体を強く抱いて引き寄せている。

 魔法障壁である。

 アサキは咄嗟に非詠唱魔法を使って、大爆発から自身とカズミとを守ったのだ。

 

 ぱらぱらと、まだ細かな欠片が落ちてくる中、張った障壁が溶けて消えた。

 アサキは息を切らせながら、カズミを抱えた腕を離すと顔を見て無事を確認した。

 

「カズミちゃん、大丈夫だった?」

 

 確認したけど声も掛ける。

 

「……あ、ああ。ありがとな。……でも、ヴァイスが……粉々に消し飛んじまった……」

「いや、無事だよ。ヴァイスちゃんは」

 

 なにが起こったのか、アサキは見逃していなかった。

 だからこそ、咄嗟に魔力障壁も張れたのだ。

 

 先ほどの大爆発は、単なる目くらまし。

 それと、ついでにアサキたちが死ねば有り難いというあわよくばだ。シュヴァルツの目的はヴァイスを連れ去ることだが、それを確実にするために。

 

 真っ白な光の中、ヴァイスを連れ去ろうとするシュヴァルツの姿はアサキにはっきり見えていたけれど、急に膨れ上がるエネルギーを感じて慌てて障壁を張って身を守るのが精一杯でなにも出来なかった。

 

「無事っつっても、どうかされちまうんだろ?」

「分からない……」

 

 隔離されるだけなのか。

 それとも……

 

「くそ、シュヴァルツの奴! 至垂のアホを取り込んで、さらにヴァイスまでがあいつのいいようにされたら、あっという間に宇宙が滅ぶぞ!」

「そうだね。ヴァイスちゃんに魔力糸を張ってあるから、すぐに追い掛けよう」

「はあ? お前、いつの間にそんな……」

 

 魔力糸とは、魔力で作った精神力の糸だ。

 ヴァイスが連れ去られるのを阻止は出来なかったが、魔法障壁を張る直前に魔力糸を投げ付け絡ませておいたのだ。

 

「行こう、カズミちゃん」

 

 宇宙が、世界が、という話も大切だけれど、それ以上に、友になれるかも知れない女の子を助けるために。

 

「おう」

 

 広い部屋の、深くえぐれて地中が覗く底辺で、二人は決意を固め、見上げ、駆け上がろうとした、その時である。

 

「そうは、いかない」

 

 不意にそんな、気味の悪い声が聞こえたのは。

 

 巨大な蟻地獄の傾斜の上に、ゆらゆら揺らめく透明な人影が見えた。

 

     4

 身体にぴったりとした黒服を着た三人の少女、アインス、ツヴァイ、ドライ、その姿を見てアサキとカズミの顔が驚きと警戒とに曇りかげった。

 何故なら、三人は死んだはずだからだ。

 治奈(はるな)とヴァイスの戦いによる超魔法の巻き添えを受けて。焼け焦げて、生体ロボたる肉体は完全に崩れ散ったはずなのだから。

 

 現在、三人の姿は半透明で、身体も服も透けている。

 そして、ゆらゆらと揺らめいている。纏った輝きがではなく、彼女たち自身の肉体が、ゆらゆらと。

 

 これは、幻影か?

 これは、魂なのか?

 いずれにせよ、このタイミングである。先ほどのシュヴァルツと同じ類の存在だろう。あのシュヴァルツがなんだったのかも、まだ分からないことだが。

 分かっているのは、みな、敵であるということだ。シュヴァルツも、目の前で揺れるアインスたち三人も。

 

 ならば、細かいことは、

 

「どうだっていい!」

 

 カズミは叫びながら、斜面を駆け上がる。

 先ほどのシュヴァルツとの戦いで地面が大爆発して出来たすり鉢を、砂に足を取られることもなく軽やかに。

 

「変身!」

 

 駆け上がりながら左手に着けたリストフォンのスイッチを押しすと、走るポニーテールの少女の姿がデニムのミニスカートから青い魔道着へと変わっていた。

 そして両手それぞれにナイフを握り締め、黒い揺らめきの中へと突っ込んでいく。

 実体があるのかないのか透けて揺れている、まったく同じ顔をした黒服の少女たちへと。

 

 同じといっても、カズミには三人の誰が誰か区別は付いている。ヴァイスが、識別子を書き込んでくれたためだ。黒服の三人に対してではなく、アサキとカズミの魔力の目に対して。

 ただ、判別が出来るようになったところで、それで戦局がどうなるものでもなかったし、またカズミのやることが変わるわけでもなかったが。

 ただ三人を倒すだけである。

 そして道を切り開くだけである。

 アサキがヴァイスを助けに行くための道を。

 

「うらあああああ!」

 

 怒鳴り声を張り上げる。

 

 斜面の一番上に立つ、アインス、ツヴァイ、ドライ、彼女たち三人の手からは、いつの間にか白い光が棒状に伸びて握られていた。

 真っ白な光の剣。アサキがたまに魔力で作るそれとは、また別理論による、純然たる物理科学により生成される彼女たちの武器である。

 

「なにを持ってようと、何人が束になろうとも関係ねえ!」

 

 言葉通りカズミはまったく怖じけ付くことなく、身体を飛び込ませて、三人と打ち合い始めた。

 

「なに見てんだ! 早く行けよ!」

 

 斜面の途中で心配そうな顔をしているアサキへと、カズミは黒服と剣をかわしながら怒鳴り付けた。

 

「一人でなんて無茶だよ! わたしも、一緒に」

 

 アサキはそういうと、腕を振り上げリストフォン側面のスイッチを押そうとするが、それはますますカズミの気持ちを爆発させるだけだった。

 

「んな場合かよ! お前の相手はこいつらじゃねえ! あたしもこいつら倒したら、すぐに追い掛けるから! お前は澄ました顔の白服女を早く助けてやれ!」

「……分かった。……絶対に無事でいること。約束だよ、カズミちゃん。わたしは、笑顔の報告しか受けないからね」

 

 笑顔の報告しか受けない。

 ()(くろ)先生が口癖にようにいっていた言葉だ。

 それはいま、アサキの本心でもあっただろう。

 高尚な心理でもなんでもない。

 もう友はカズミしかいないからだ。

 だけど確かに、連れ去られたヴァイスを放ってはおけない。

 だからアサキは、目尻の涙を拭うと走り出した。

 

 斜面を駆け上がるアサキへと、ツヴァイ、ドライが、カズミから離れて迫る。白い光の剣で挟撃する。

 対してアサキの取った行動は単純だった。

 両手それぞれに魔法障壁を作り出して叩き付けられる剣を跳ね返しながら、中央突破したのである。

 

 跳ね返された剣の軌道を修正しつつ再び打ち掛かろうとするツヴァイたちであるが、打ち下ろすことは出来なかった。二人の足元に五芒星魔法陣、つまりは呪縛陣が張られていたのである。

 く、

 どちらからともなく二人は呻き、下半身、膝から下を輝かせて魔法陣を砕き消滅させた。

 顔を上げると、もう赤毛の少女の姿はどこにもなかった。

 黒服たちの前には、残った青い魔道着の少女が不敵な笑みを浮かべているだけだった。

 

     5

 青い魔道着の魔法使い(マギマイスター)が、黒い服を着た三人に囲まれている。

 魔法使い、カズミである。

 黒服を着た三人は、アインス、ツヴァイ、ドライだ。

 

 アインスたちは、身体が透けて向こう側が見えている。

 黒い服も白い肌も、まるで空間投影した映像であるかのように、透過してなおかつゆらゆらと揺らめいている。

 

 ドライが、カズミへと口を開く。 

 

「お前は頭が弱いのか? 実力の格段に劣る者が一人残って、なにが出来る? (りよう)(どう)()(さき)と一緒であれば、まだ勝算もあっただろうに」

 

 あきらかに嘲笑といった台詞であるが、透けて揺れている顔は無表情のままだ。

 

 代わりにというわけではないが、カズミがにやり唇を釣り上げた。

 

「はっ。てめえら劣化コピーが束になろうとも、このカズミ様が負けるかよ! まとめてかかって……」

 

 言葉終わらぬうち、アインスが短い距離を走り出して、身を低くカズミへと飛び込んでいた。

 大言壮語であるのか証明を生命で求めようと、右手に握った白い光の剣が唸りを上げ、真空を真横に引き裂いた。

 

 カズミが間一髪、屈んでいなかったならば、間違いなく首を落とされていただろう。

 とはいえカズミも、慌ててデタラメに動いたわけではない。

 しっかり見切ってかわしたのだ。

 屈んだのは、膝のバネを溜めるため。溜めた次の瞬間には、一気にバネを伸ばして、アインスへと肩で豪快な体当たりだ。

 

「うおりゃ!」

 

 ぐらりよろけたアインスへと、カズミは空中に浮いたまま身体を捻って蹴りを叩き込んだ。

 もう片方の足で、今度はアインスを押すように蹴って、その勢いで離れて着地した。

 

 まるで幻影のようにゆらゆら揺らめくアインスの肉体であるが、攻撃は通用した。

 つまりは実体だということ?

 

 今度はカズミから攻撃だ。

 アインスへ、と思わせツヴァイへ踏み込み、蹴り、と思わせナイフを叩き下ろす。

 だが今度は存在の感触なく、武器がするり突き抜けてしまう。

 舌打ちしながらツヴァイの光の剣を身を低めてかわすが、次いで襲う膝は避けられず、顔面をガツン蹴り上げられて、後ろへよろけて倒れそうになった。

 

「くそ。……実体は実体だけど……」

 

 半分エネルギー体でもあるってわけだ。

 手足や武器に魔力をしっかり込めないと、なにをやっても通じないってわけだ。

 厄介……いや、ネタが割れりゃあこっちのもんだ。

 

 カズミは跳ぶように走り三人の間を抜け出して距離を取ると、くるり反転して向き合った。

 小さく呪文を唱える。ナイフを持った左右の手が、青白く輝き出す。

 腕を交差させて、右手を左手のナイフに沿って滑らせて、続いて左手を右手のナイフに沿って滑らせると、輝き伝播してナイフ自体が輝き始める。

 武器の魔力強化(エンチヤント)である。

 続いて、腰を屈めて右足と左足にも同じ魔法を施した。

 

「それで勝てるというなら、世話はないな」

 

 ドライが無表情のまま呟いた。

 

「そうだな。もうてめえらに構ってやる世話は、なくなるよ」

 

 カズミはニヤリ笑い、黒服三人との戦いは続けられる。

 

 アインスたち三人と絶妙な間合いを取りながら、カズミは両手のナイフで切り付ける。受ける。払う。

 時に蹴りを放ち。

 時に瞬間瞬間で込める魔法を強めて攻撃を強化させて。

 攻め続けた。

 

 ナイフで突くと見せてのハイキックが、ドライの顔面を捉えた。

 とと、とよろけるところへ瞬時に詰め寄り、足払いで転ばせた。

 

「強くなってんだよ、あたしも」

 

 それは、自分を鼓舞するための言葉。

 でも、本心でもあった。

 

 攻撃が、通じている。

 初めて戦った時は、あれほど苦戦したのに。

 思っていたよりも、遥かにやれている。戦えている。

 こいつらはシュヴァルツと違ってまったく表情がないけど、でも、ままならないという焦りは感じるぞ。

 押し切れるか?

 いや、ここで絶対に押し切る。

 早くアサキの加勢に行かないとならないんだから。

 だから……いくぞ!

 

 カズミは倒れているドライの頭を蹴り付けると、右のナイフをツヴァイへと投げた。

 

 白い光の剣でナイフを払うツヴァイであるが、もう目の前にカズミの姿はなかった。

 目の、上であった。

 

「まず、ひとおおおおおおり!」

 

 瞬時に発動させた追加魔法強化(エンチヤント)により、眩く輝く右足をツヴァイの胸へと叩き込んでいた。

 同時に、残る一本のナイフを投げ、それはツヴァイの額に深々と突き刺さった。

 着地。

 敵を一人減らしたことにドヤ顔のカズミであったが、すぐその顔が不安に陰る。

 

 魔力を込めたナイフで頭部を貫いたはずだというのに、ツヴァイになんの影響もみられなかったのである。

 

 何故なのか、カズミにはすぐ分かった。

 膨れ上がっていたのである。

 急速、急激に、ツヴァイの中から。

 そして、アインス、ドライの中から。

 気、とでも呼ぶべきなのか、滲み出るエネルギーの片鱗が。

 

 ツヴァイの、額に刺さっているナイフが、ことことと揺れる。

 触れてもいないのに、するりぬるり、ゆっくりと抜けて地に落ちた。

 額は白く綺麗。刺し傷など痕跡すらもなかった。

 

「なんだ、こいつら……」

 

 カズミは唾を飲んだ。

 無意識に後退っていた。彼女たちから膨れ上がり、噴き出している、ただならぬエネルギーを感じて。

 

 なんなんだよ……

 こいつら、とんでもなく、強くなりやがった?

 濃く、冷たい気が、どるどると吐き出されている。

 ん……知っているぞ、この気は。

 シュヴァルツ?

 でも、どうして急に。

 

「まさか……」

 

 シュヴァルツが、ヴァイスの力を取り込み始めたからか?

 ()(だれ)を取り込んだように、ヴァイスのことも。

 だから、シュヴァルツから生まれた存在である三人も力を増したってことか。

 でも……

 

「その、まさかだ!」

 

 アインスの光の剣が唸りを上げる。

 油断していたわけではないが、カズミの身体は魔道着ごとぶった切られて高く飛ばされていた。

 

     6

 激痛ではあったが、とにかく魔道着が庇ってくれた。

 袈裟掛けにざっくり切られた肌が露出しており、また同じところを狙われたら一巻の終わりだ。

 でも、というかまだ死んでいない。

 戦えている。

 戦える。

 劣勢ではあったが。

 圧倒的なまでに、押されていたが。

 

 アインス、ツヴァイ、ドライ、黒服三人が振り回す白い光の剣を防ぐのがやっとの、どうしようもない状況。

 最初に会った時のシュヴァルツよりも、劣化コピーである彼女たち一人ひとりの方が強いのではないか。

 そうであれば、つまりシュヴァルツは現在もっと強大な力を手に入れているということになる。

 

 何故というのも、段々と分かってきた。

 最初は単にシュヴァルツが、至垂の時と同じようにヴァイスの存在を取り込んだからだろう、と思った。

 でも、どうやら違っていた。

 アインスたちと刃を合わせるたび、なにか思念というべきものが流れ込んで分かるのだ。

 

「シュヴァルツがヴァイスを取り込んでいるから、というよりも、むしろ……」

 

 激しい戦いの最中、カズミはふと独り言を発していた。

 

 その独り言が、予想もしない事態を呼んだ。

 不意にここにいない誰かの声が聞こえたのである。正確には、思念が声として頭の中に響いたのである。

 

 そこから先はいうな。

 

 という、誰かの声が。

 それは威嚇なのか、単なる不快の意思表示か。カズミはアインスたちを相手に劣勢を必死に防ぎながら、きょろきょろと見回し、そして叫んだ。

 

「てめえの思い通りには、させねえんだよ。()()()()!」

 

 ヴァイス、白い服を着た少女の名である。

 シュヴァルツに身を貫かれて、連れ去られた、少女の名である。

 現在アサキが助けようと追っている、少女の名である。

 

「よそ見とは愚かな」

 

 アインスの声と同時に、投げられた光の剣がカズミを貫いていた。一本ではない。ツヴァイからも、ドライからも。三方から三本の剣が。

 だが、そこにカズミはいなかった。くしゃり潰れて地に落ちたのは、魔道着の上に羽織っている袖なしコートだけだった。

 

 カズミはどこ?

 上であった。

 

「させねえって……」

 

 コートを脱いだカズミが、彼女たちの頭上から落下しながら、

 

「いってんだよ!」

 

 ツヴァイの頭部を蹴った。

 その反動で飛び、今度はアインスの胸を蹴り、

 

「ヴァイス!」

 

 着地し足を踏み込みながら、ここにいない白服の少女の名を叫びながら、ナイフでドライへと切り付けた。

 

 反撃は、ここまでだった。

 そもそも魔力を込めた一撃で頭を貫いても死ななかった相手である。

 奇襲だろうとも致命傷など与えられようはずもなく、その奇襲を凌がれてしまってはもう打つ手がなかった。

 

 アインスの右手から放たれた真っ白な光球が、カズミの身体を突き抜けた。

 細胞崩壊の激痛に、ぐ、と呻いた瞬間、ドライとツヴァイの白い光の剣が、カズミの胸から、背から、打ち下ろされる。

 

 青い魔道着を切り裂かれたカズミは、白目を剥いて膝を落とし、地に崩れた。

 

「他愛もない」

「まあ、無駄ではなかったが。微々たるものではあったが」

「では合流し、今度こそ(りよう)(どう)()(さき)を……」

 

 黒服の三人は、倒れているカズミへと背を向け歩き始めた。

 

「合流して、アサキを、なんだって?」

 

 三人の背後に、カズミが立っていた。

 ズタズタに切り裂かれた青い魔道着から覗く胸や腹の切り傷から、じくじくと血を滲ませながら。

 

「てめえらが、(シユヴアルツ)だか(ヴアイス)だかに、自分から取り込まれてやってチンケなパワーアップをして、今度こそアサキを殺すってか?」

 

 がくり、カズミの膝が崩れ掛けるが、なんとかこらえ踏ん張って、ナイフを握り直した。

 

「もう理論上の計算値は上回っている。念には念を入れて、というだけのことだ」

 

 アインスが、静かな口調で答える。

 

 カズミは、小さなため息を吐くと、

 

「そうか」

 

 傷だらけの顔に微笑を浮かべた。

 

「はは、こりゃあ楽でいいや。……ここであたしがお前らを倒すことが、アサキを守ることになるんだから」

 

 その笑みの後、その言葉の後、場をしばらく支配したのは静寂であった。

 なにを返すことも出来ずに、三人は黙ってしまっていたのであるが、やがて、アインスがおもむろに口を開いた。

 

「わたしたちに感情があったならば、ここで大笑いしていたのだろうな」

 

 皮肉であろう。

 身のほど知らずに対しての。

 だが、カズミはそれを受けても、ただ笑みを深くするだけだった。ちょっと照れたような、笑みを。

 

「よせやい。あたし、お笑い芸人なんかじゃなく……アイドル歌手に、なりたかったんだぞ」

 

 この場において誰も予期し得ないことをカズミはいう。

 それだけでは、なかった。

 

「♪ ララ なにげなく過ごした ラララ きみと夏過ごした ♪」

 

 歌い始めたのである。(ほし)(かわ)()()()の、「きっとほしになって」を。

 

「♪喧嘩もしたよね いっぱい笑ったよね 短い青春なんかじゃなかったんだよ ♪」

 

 歌いながら、カズミはみんなのことを思い出していた。

 

 (おお)(とり)(せい)()(へい)()(なる)()

 (よろず)(のぶ)()ら、第二中の死んでいった仲間たち。

 仮想世界の中で、いまも生きているであろう仲間たち。

 ()(ぐろ)()(さと)先生や、()(しま)(しよう)()

 兄貴と、弟。たった二人だけの肉親。

 

 歌いながら、笑顔を輝かせながら、カズミはみんなのことを思い浮かべていた。

 

 疑似人格の生体ロボットなおかつそのコピー、といえどもさすがにこのカズミの態度には面食らったようで、黒服の三人は呆気にとられていた。

 といっても、ほんの数秒であったが。

 あらたな白い光の剣を作り出して、それぞれ右手に強く握ると、楽しげに歌っているカズミへと一斉に飛び掛かった。

 

 カズミはようやく歌うのをやめて、後ろへと飛のいた。

 もう、笑みは消えている。

 そして、拳をぎゅっと握り、真顔でいう。

 

「アサキ! お前の力、使わせてもらうぞ!」

 

 青い魔道着を着た身体が、真っ白に輝いた。

 

     7

 文字通りに、跳ね飛ばされていた。

 黒服三人組の一人であるドライの身体が、体重などなきが如くに。

 カズミは別にさしたる攻撃を仕掛けたわけではなく、踏み込みながら肩を当てたという、ただそれだけだというのに。

 とはいっても、カズミの全身は真っ白な輝きに包まれており、滲み出る闘気はこれまでとまるで異なる強烈な威圧感を放つものであったが。

 

 真っ白な輝きに包まれ、その強烈な威圧感を放ちながら、カズミはちょんと地面を蹴った。

 自分の吹っ飛ばした相手であるドライに一瞬で追い付くと、空中で頭を掴んで地へと叩き付けた。

 地が粉々に砕け、間欠泉の如く噴き上がった。

 

「♪ 見ていてくれていたんだねSTAR(スター) あれはキミだったんだねMY(マイ) ANGEL(エンジェル) ♪」

 

 カズミが口ずさんでいるのは、(ほし)(かわ)()()()の歌である。

 別に、歌いたい気分なわけではない。

 こんな状況で、楽しい気持ちなはずがない。

 ただ、冷静に考えるまでもなくもう二度とこのように歌などは歌えない気がして。

 それは仕方のないことだけど、でもちょっと寂しくもあり、だからつい口が動いてしまう。

 だからつい歌ってしまう。

 思い残すことないように、などと考えているわけではないけれど。

 

「♪ 流れ。落ちる。キラッ。満ちる。わたし。キラッ ♪」

 

 右手に、なにかを摘み持っている。

 白と水色の太いストライプが走っている、度の入っていない、そしてやたらと大きな、アクセサリーとしての眼鏡である。

 (よろず)(のぶ)()がいつも身に着けていた、形見の品。仮想世界内の中で、()(だれ)の率いる魔法使いと戦っていた時に、死を覚悟した彼女から手渡されたものだ。

 

 何故、幼馴染の(ぶん)(ぜん)(ひさ)()ではなく、自分に託したのか? 他校だから頻繁に会っていたわけでもなく、なおかつ会えば喧嘩ばかりしていた仲だというのに。

 まあ、おそらくは喧嘩ばかりしていた仲だからなのだろう。

 

 そんなことを考えながらカズミは、形見のオシャレメガネを額に掛けた。

 

「ふざけているのか?」

「油断させるつもりなら無駄だ」

 

 ツヴァイとアインスが、無表情のままカズミへと歩み寄りながら、白い光の剣を振り上げた。

 

 と、その瞬間、カズミの身体がゆらり揺れる。すすっと足が動いて、二人の間へと素早く入り込んでいた。

 

(てつ)(ざん)(こう)

 

 ばう、

 低く震える音と共に、ツヴァイが背中を強く弾かれたようによろけ、足をもつれさせて倒れた。

 

 鉄山靠とは、中国拳法の技である。

 背中を使っての、体当たりだ。

 

 ツヴァイだけでなく、ほとんど同時にアインスも倒れていた。カズミが、鉄山靠を放った直後に素早く屈んで足を払ったのである。

 

 ふう、

 カズミは、ゆらゆら揺れる白い輝きに全身を包まれながら、息を吐いた。

 

 この白い輝きは、自分の体内に負荷分散のため埋め込まれていた、アサキの魔力が溢れ出たものだ。

 さらに、万延子が以前に見せた爆発呼吸を見様見真似て自分なりにパワーアップさせたものだ。

 中国拳法の技など一度も練習したことないが、延子のオシャレメガネを掛けていたらなんだか出来そうな気がして。

 それよりなにより、なんだかんだと腐れ縁だった延子と一緒に戦いたくて。

 

 一息をつく暇は、本当にため息の一息分だけしかなかった。

 背後からツヴァイが静かに走り寄って、白い光の剣をカズミの背へと振り下ろしたのである。

 ただし、アサキのパワーを発動させているカズミには通じなかったが。

 振り返りながらカズミは、左手の甲で剣を弾いていた。

 そして、

 

「カズミパアアアアンチ!」

 

 叫びながら右腕を突き出すと、拳がツヴァイの腹の中にめり込んでいた。

 

     8

 カズミの拳がツヴァイの腹へめり込んで、どおん、と重たい音と共に振動の衝撃波が拡散するが、さらにその瞬間、どおん、もう一発。今度は左の拳がめり込んで、振動衝撃音に厚みを加えた。

 さらに一発もう一発、とカズミは重たい拳をツヴァイの身体へと叩き込む。

 殴り続けているうちに、奏でる音が変わっていた。

 衝撃の重たさはそのままバキリボキリと骨の砕ける音が加わっていた。肉が潰れて裂ける音が加わっていた。

 ツヴァイの身体が潰れている? 砕けている? それもあるが、それだけではなかった。

 殴り付けているカズミの拳が砕けているのだ。

 いつの間にか指の皮膚がなくなっており、血にまみれてひびの入った骨が見えている。

 殴り付ける都度、ツヴァイの衣服に血が拭われて骨が白くなる、だがすぐにじわり滲んで赤く染まる。

 カズミは、痛みなどまるで感じていない表情で殴り続けていたが、やがて手を休めると、自身のひびが入った血みどろの拳を見て苦笑した。

 

「おんなじだな、あたしも、治奈と。……やっぱり、アサキの力はすげえんだな。凡人にゃあ過ぎるか」

 

 アサキの力とは、つまりアサキの魔力である。

 魔法使いは、魔力によって肉体能力を向上せることが出来る。このような凄まじい破壊力は、つまりはそういうことであった。

 

 強大な力の反発に耐えうる能力がなく、その歪みが自らの破壊という凄惨な状況を招いているのだ。アサキの本来持つ魔力の、ほんの一部しか分け与えられていないというのに。

 

「不満ならば、渡せ!」

 

 アインスの右手にある白い光の剣が、カズミのいた空間を薙いだ。もうそこにカズミはいなかったが。

 

「冗談コロッケだ」

 

 紙一重で避けていたカズミは、避けながらぶんと身体を回す。

 アインスの顎へと、後ろ回し蹴りが作烈。首がもげるのではないか、というくらいの凄まじい衝撃音と共にアインスの身体は空中高く打ち上げられていた。

 実際にもげたのは、カズミの足であったが。

 自ら放った打撃に耐えられず、右の足首から先が完全に消失していた。

 カズミはちらり足元を見るが、自分の足がなくなったというのにさして気にした風もなく、

 

「さっき、あたしにとどめを刺さずに去ろうとしたけど。……お前らじゃあ、吸収しきれないからだろ? あたしの中の、アサキの魔力を」

 

 問う。

 ふらふらと片足立ちをしながら、足のちぎれた痛みをまったく感じていないのか薄い笑みさえ浮かべて。

 

 問いに対して、すぐさま無言の返答があった。

 また背後から、今度はツヴァイが飛び掛かったのである。アサキの魔力が込められた凄まじい打撃を浴び続けて、裂かれ砕けてボロボロになった身体で。

 

 カズミは、ふんと鼻を鳴らすのみで動かない。

 振り返らない。

 ただ、肘から先を上げただけだった。

 それだけで、背後から襲おうとするツヴァイの顔面がぐしゃり潰れていた。頭部が粉々に吹き飛んでいた。

 カズミの裏拳だ。肘の回転と手首の返しで手の甲を叩き付けたのである。

 

 さすがに頭部を失ってはたまらず、ツヴァイの胴体はその場に崩れた。

 

 カズミは自分の右腕を見ながら、またふんと鼻を鳴らした。

 いまの裏拳により、手首から先がなくなっていたのである。

 

 破壊力は変わらず圧倒的であるというのに、魔力への反発耐性がどんどん衰えているため、変化見て取れるほどに身体が壊れやすくなっていく。

 どうであれ、右手を失う運命には変わりなかったようであるが。

 直後、ドライが振り回した白い光の剣で、カズミは右肩から先を落とされていた。胴体を両断する勢いのひと振りを、片足ながらもなんとかかわしたものの、切っ先を避けきれなかったのだ。

 

「丁度いいハンデだよ!」

 

 眉と唇を釣り上げて、残る左腕だけで戦い続けるカズミであるが、その左の拳も皮膚が裂けて砕けた骨が見え機能しているのが不思議なくらいボロボロであった。

 それでも気にせず構わず全力でドライを殴り付けると、ガキリと嫌な音がして手首が折れた。

 

「こんなんもういらねえや!」

 

 腰と腕とを激しく振ると、折れた左手があっさりちぎれて飛んだ。

 言葉は投げやりであったが、カズミはただ自らの手をもぎ取ったわけではない。左拳が唸りを上げて飛びながら一瞬にして巨大化し、アインスとドライをまとめて叩き潰したのである。

 そして起こる大爆発。

 ザーヴェラーの()(せん)(かい)と同じ要領で、カズミはちぎった自らの肉体に破壊エネルギーを込めて飛ばしたのだ。なおかつアサキの巨大パンチを真似して、ぐしゃり叩き潰してやったのだ。

 

「たいしたことねえなあ、てめえら」

 

 自らを破壊しながら、両腕のないカズミは身体をふらつかせながらニタリと笑みを浮かべた。

 

     9

 もつれあい、倒れているアインスとドライ。

 一体どれほどの爆発が二人を襲ったのか。服の半分以上が消し飛んでおり、白い肌が見えている。いや、白かったというべきだろう、大半が焼け焦げてしまっているからだ。

 二人は、カズミを睨みながらゆっくりと立ち上がった。

 

 二人の横に、ふらりふらりとした足取りでツヴァイも並んだ。首から上を失って、胴体だけの状態で。

 

「雑魚と遊ぶのは、もう終わりだ」

「分かっている。早く追い付き、今度こそ(りよう)(どう)()(さき)を始末せねばな」

 

 二人の小声の会話。追い付くとは、シュヴァルツの元へということだろう。

 

 アインスとドライ、首のないツヴァイ、三人は白い光の剣を構えてカズミへと一歩詰める。

 

 カズミは焦るでも怖じけ付くでもなく、ただぷっと吹き出した。

 

「その雑魚に、三匹で挑んで負ける奴は誰かなあ」

 

 いい終えるかのうち、茶色い髪の毛がなびいていた。

 身に纏う気が、一瞬にしてどんと膨れ上がっていた。

 ポニーテールを結ぶ紐がぷつり切れ、茶色い長髪が激しい上昇気流を受けたかのようにばさりばさり上へとたなびく。

 足元に光が浮き上がると、それは直径十メートルはある大きな五芒星魔法陣の形になっていた。

 戦いの中でこっそりと仕掛けておいた魔法陣を、時は今と発動させたのだ。

 カズミを中心に、アインス、ツヴァイ、ドライの身体も完全に五芒星の中に入っている。

 

「く」

 

 アインスが忌々しげに呻く。

 三人とも、動こうにも動くことが出来ずにいる。足がぴたり地面に張り付いているためだ。魔法陣によって呪縛されているためだ。

 だが、

 

「児戯に等しい!」

 

 アインスが、右手に握った白い光の剣をなにかを断ち切るように振り下ろすと、途端に魔法陣の輝きが鈍くなった。

 それはつまり呪縛が弱まった、ということなのだろう。三人は、白い光の剣を地へ、魔法陣へと叩き付けて、その勢いを使って大きく跳躍したし、呪縛陣の支配下からあっさりと逃れることに成功した。

 

「だろうな」

 

 通じないことは分かっている。

 だが、その一瞬の足止めでカズミには充分だった。充分もなにも、こうなるように仕向けたのだから。

 

 カズミは残る片足で強く地を蹴り、大きく飛んでいた。

 飛翔魔法も発動させて、大きく、高く、瞬きのうちにアインスたちを追い抜いた。

 白い光を輝き放つカズミの身体が、さらに白く、白く、白く、輝いていた。凝視に耐えないほどに、すべてを溶かすほどに、明るく、眩く。

 くるり身体を前転させながら軽く天を蹴ると急降下。超魔法の呪文を唱えながら、三人へと突っ込んでいった。

 

 直後に起きたこと、それは超新星をも凌ぐ激しい光の放出と、万物すべてを吹き飛ばすかのような大爆発であった。

 

     10

 ふわふわと、浮いていた。

 カズミの身体、いや、意識? 感覚の中に漂いながら、考えていた。

 

 死ぬんだな。

 あたし。

 

 直感ではなく、事実として、現実として、これからそうなることを受け止めていた。

 

 まあ、いいや。

 疲れたよ、あたし……

 悪いけど、後のことは任せたからな……アサキ。

 すべてを解決して、そして、いつか復活した宇宙に新たな世界を築くことを。

 どんな世界になるのか、あたしに分かるはずはないけど、でも、お前が作る世界なら、きっと誰もが幸せになれるよ。きっとね。

 信じている。

 一人きりに背負わせちゃって、悪いとは思うけど、でも、ごめんはいわねえぞ。

 だってこれ、笑顔の報告だから。

 あたしの、心からの、笑顔の。

 

 でも、もう会えないのは、ちょっと寂しいなあ。

 

 

 すべての思い。

 過去。

 希望。

 すべてが真っ白な光の中に集束したかと思うと、溶けて闇の中へと消えた。

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