魔法使い×あさき☆彡   作:かつたけい

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第四章 カズミちゃんはアイドル?

 

     1

 (あき)()家に、朝が来た。

 まあ日本全体等しく朝であるが。

 

「朝メシ出来たぞー」

 

 (あき)()(とも)(なり)が、よれよれのスーツ姿で、小皿大皿を次々無造作に、ちゃぶ台へと並べていく。

 

 スーツなのは、これから仕事に行くためである。

 よれよれなのは、貧乏なのと、あまり気にしないためである。本人も家族も。

 

「やったー! 起きたばっかだけど腹減ったあ!」

「腹減ったあ!」

 

 叫び声と共にふすまが開いて、(あき)()(かず)()と弟の(かける)が、寝間着代わりのTシャツとショートパンツ姿のままで、何故だか理由は分からぬがバタバタずりずり匍匐(ほふく)前進で部屋へと入ってきた。

 

「あたしの胃袋は常に準備おっけえええい!」

「おれもだあ!」

 

 ずるずる這い上りながら、ちゃぶ台に着く姉と弟。

 しかし、テーブルの上に置かれた料理を見た瞬間、二人の表情は冬の北風に当たったかのごとくに凍りついていた。

 

「なにこれ……」

 

 ぼそり呟くカズミ。

 

 ハンバーグの上に目玉焼きが乗っており、横にはポテト。のみならず、朝からなんではあるが、小さなハムカツまで添えてある。

 

 と、メニューだけなら、ごく普通。

 

 ならば何故に北風が吹くかであるが、ことごとくが、なんともしょぼいのである。

 しょぼいというか、一週間ほっといてカリカリ乾燥して縮んでしまったかのような感じだ。

 シベリアの永久凍土から、数万年前のハムカツやフライドポテトを発掘して、電子レンジにかければ、このようになるだろうか。

 

「なにこれ、ってちょっとハワイっぽいだろ? こうするだけで」

 

 朝から手間暇を掛けたこと、ありがたく思えといわんばかりの智成の表情であるが、期待通りにならないのが世の常。世の無情。

 

「まずそ」

 

 カズミは、げんなり顔で首をガクーッと落とした。

 

「犬も食わねえ」

 

 駆が、左手で鼻を摘まみながら、手にした箸で皿をぐいーっと遠ざけた。

 

「食ってからいええ!」

 

 怒鳴る智成。

 ズダーン、と足を激しく踏み鳴ら、そうとするが畳に着く寸前にブレーキを掛け、ふわっと落としたのは、以前にこんなことして畳どころか床までぶち抜いて、大穴を開けてしまったことがあるからである。

 

「しょうがねえな。空腹という名の調味料に一縷の望みをかけて、いざ! ……いただきまーす」

「いただきまーっす」

 

 と、箸を口に運ぶ二人。

 

「まずっ! 見た目通りまずっ! 道に落ちてるハンバーグっぽい形のなにかを拾って洗ってソースかけただけじゃねえの? それと横にあるこのゾウリみたいの、ひょっとして駄菓子屋で売ってるビッグカツ? 好きだけど、でもこれお菓子だろ」

「普通のハムカツだよ! まずかろうとも食えよ。せっかく早起きしての手料理を、好き勝手ボロクソ抜かしやがって!」

「兄貴だって、あたしが作るのけなすじゃねえかよ!」

 

 智成とカズミは、週替りで料理当番をしているのである。

 そしていつものこと、お互いに不味い不味いいい合っているのである。

 

「だって、お前の方が、おれより遥かにクソまずいじゃんかよ。女のくせに料理もまともあーーーーーっ、なにすんだ!」

 

 カズミが身をさっと乗り出して、智成の目玉焼きの、ぷるぷる目玉を箸で激しく突き破ったのだ。

 

 目玉にそっと開けた小さな穴に、醤油をちーっと流し込んで食べるのが兄の楽しみであること、知っていてわざとやったのであろう。

 

 がくり肩を落とす智成。

 

「畜生、最悪だ。……おれ今日仕事休む」

「行けよ!」

 

     2

 手に黒カバンを提げ、肩にレクリエーションバッグを掛けた制服姿の女子生徒が歩いている。

 県道356号に並走する、裏側の道を。

 

 日々通い慣れた通学路、(あき)()(かず)()、中学二年生、現在登校中である。

 

 裏路を折れて路地に入り、コンビニの脇を抜けて県道へ出ようとするところで、不意に足を止めた。

 

 コンビニ建物の角っこ、イートインスペースの大きなガラス張りのところに、防犯ポスターが貼られており、それに注意を奪われたのである。

 

 女性警察官の制服を着て、「なにかあったら110番」「なにかの前にも110番」とフキダシ文字の笑顔で訴えているのは、アイドル歌手の(ほし)(かわ)()()()

 

 カズミは、この星川絵里奈が好きなのである。

 自分に無いものばかり持っているからなのか否か、理由はさておき。

 

 ふんふんふん、と無意識に鼻歌を口ずさんでいた。

 二年前のヒット曲、「星空を飛べたらね」だ。

 

 ポスターの前で立ち止まったまま、しばらくふんふん続けていると、不意にカズミの顔に疑問の色が浮かび、続いて焦りの表情になっていた。

 

「あれっ、やべっ、なんだっけ? 思い出せねえ!」

 

 曲がちょっとあやふやになってしまっていて、その部分の歌詞も忘れてしまっていた。

 どちらかでも思い出せれば、連鎖して記憶が引き出せそうなのに、まったく思い出せない。

 

「うおおおおおおっ! あたしはファン失格だあああああああ!」

 

 頭を抱え、天を仰ぎ、絶叫していると、

 

「おっはよーーっ」

 

 抜けるような、すかーんと脳天気な(りよう)(どう)()(さき)の声が、その叫びを吹き飛ばした。

 

 明木治奈も一緒で、彼女たちもまた制服姿でカバンを提げている。

 

 治奈とアサキは家が近いため、いっしょに登校しており、また、ここは通学路の交わる地点なのである。

 

「朝から元気というか、通り越してうるさすぎじゃけえね」

 

 片耳に小指突っ込んでしかめっ面の治奈。

 

「あれ」

 

 アサキは、ポスターに目を向けた。

 そこからピンと来たようで、

 

「星川絵里奈だー。カズミちゃん、好きなの? 叫んじゃうくらい」

「ま、まあな。つうか、好きだから叫んでたわけじゃねえよバカ。……ところでアサキさあ、星川絵里奈の『星空を飛べたらね』って知ってる?」

「うん。知ってるよ。嫌いじゃないな、あの歌」

「お、そ、そうか。ちょっと歌ってみな。嫌いじゃないとか、上から目線でムカつくけど、それはそれとして」

「やだよー。わたし、歌がそんなに上手ってわけでもないからあ」

 

 ちょっと照れた笑顔のアサキ。

 それほど歌いたくないようにも見えないが。

 

「いいから! 歌詞が思い出せなくてさ。曲もちょっとおぼろげで。ちょこっと歌ってみてよ。最初のワンフレーズだけでもいいから」

「えー。どうしようかなあ」

「お願いっ! 先っちょだけっ! 先っちょのちょっと入ったとこまででいいからっ!」

「ごご誤解招くようなこと大声で叫ぶなあ!」

 

 治奈が、真っ赤な顔でカバンをぶうんと回して、カズミの後頭部をブン殴った。

 

「いてっ! ば、ばか、そんなつもりでいったんじゃねえよ。ただアサキに歌ってもらおうとしただけだよ」

「紛らわしいんじゃ!」

「そんなにいうなら……じゃあ、歌ってみるね。でも恥ずかしいから、ほんのちょっとだけね」

「やった! ありがとう。このもやもやした気分のままだったら、学校休むとこだった」

「休むなあ!」

 

 と、突っ込む治奈の横で、

 

 こほん、

 と、咳払いをするアサキ。

 

 人差し指で、スカートの上から自分のももをトントン叩きながらリズムとって、そして口を開く。

 歌い始めた。

 

「♪ はじめてえ手を取りあてえあるくうなぎさああ ぅおくのすなあきらきらアアア ♪」

「はあ?」

 

 カズミと治奈の顔に、無数の縦筋が入っていた。

 歌っている本人は楽しげな顔だが、音程もリズムも無茶苦茶な、酷い歌声であった。これを歌と呼ぶのであれば、だが。

 そうでないなら単なる怪音波だ。

 

「おい、ちょっと……アサキ」

 

 怪獣が街を破壊しているかのような、凄まじい光景に、すっかり呆然としてしまっているカズミであるが、ようやくそれだけを口から発した。

 

「♪ わたしたちもおこんなあはてなくううう広がるう星空の中アア ♪えいえんの中のおおおお」

 

 アサキ、手マイクを口に当てて、ノリノリである。

 最初の部分だけとかいっておいて、いつまで続くのかこの破壊活動は。

 

「すっかり自分の世界に入り込んでしまっとるようじゃ」

 

 治奈が苦しそうな顔で、自分の両耳を手のひらで塞いだ。

 

「アサキってば! おい!」

 

 怒鳴るカズミ。

 

「♪ 永遠にまぶた閉じずにいたら乾いてヒビが入るんでしょうかあ……」

「うるせええええええええ! このド下手があああああ!」

 

 ボッガーーーン!

 

「あいたああああっ!」

 

 天へ轟かんばかりのアサキの絶叫。

 

 一体なんのボッガーンかというと、カズミのアッパーカットがアサキのアゴにクリティカルヒットしたのである。

 

 のけぞるアサキの髪の毛を、カズミはガッと掴んでグッと地面に押し当てて、

 

「歌の神様に土下座して、いますぐ許しを請えええええええい!」

 

 ガスガスガスガス叩き付ける叩き付ける。道路が陥没しそうなほどに叩き付ける、いや既に少し陥没している。

 

「だ、だって、いたいっ! 痛いっ! か、カズミちゃんが、いっ、う、歌えってえ! 痛いっ! そ、そんな下手ですかあ?」

「犯罪級だよ! 近所の住民にも野良の犬や猫や鳥たちにも迷惑っつーか、地球に謝れってレベルだよ! つうかエリリンがいつ目が乾いてヒビ入るとか歌ったよ! 誰のと混ぜてんだあ! うおりゃあああああ!」

 

 カズミは姿勢を組み替えて、スカートまくれるのも気にせず腕ひしぎ逆十字でぎちぎちアサキの腕を締め上げた。

 

「痛い痛い痛い痛い!」

 

 涙目で、顔を苦痛に歪め、バンバン路面を叩きまくるアサキ。

 

 しばらくしてようやく解放して貰ったアサキは、ゆっくり立ち上がって、上着やスカートの汚れを丁寧に払うと、鼻血と涙でみっともなくなっている顔を、明木治奈へとぐいーっと寄せた。

 

「治奈ちゃんに、ちょっとわたしの愚痴を聞いて貰いたいんだあ。嫌だっていうのに歌わされて、なんでこんな目に合わないといけないのかなあって」

「あ、あまりの上手さにカズミちゃん嫉妬したのかなあ」

 

 笑ってごまかそうとする治奈であるが、ぴくぴく引きつってしまっている。

 

「いやあ、下手とかいってたよお」

「下手だろうが! どう考えても。でもまあ、おかげで曲を思い出せたし、あたしが見本を披露してやるよ」

 

 そういうとカズミは、指をパチンパチン鳴らしリズムを取り、歌い出した。

 

「♪ はじめて手を取り合って歩く渚

 億の砂 きらきら光るね

 わたしたちも

 こんな果てなく広がる星空の中 ♪」

 

「……へえ、なかなか上手だなあ。さすが、わたしにあれこれいうだけのことはある」

 

 アサキが、汚れた顔を治奈から貰ったウエットティッシュで拭きながら、うんうん頷いている。

 

「お前は歌声テロだろが! クソが!」

 

 歌の丁度よい合間に、指を突き付けシャウト。

 

「そこまで酷かった? 治奈ちゃん」

 

 アサキはまた一瞬にして涙目になって、情けない顔を治奈へと寄せた。

 

「さ、さあ、うち歌はよく知らんけえね。アイドルとか特に」

 

「♪ 永遠の中の一瞬で出会えた奇跡 ♪」

 

 右拳をマイクに見立ててカズミは歌い続けている。

 

 なんだが釈然としない、といった表情のアサキであったが、しばらくするうちにその声や表現力にすっかり聞き惚れてしまっていた。

 

 歌だけではない。

 実に愛らしい顔で歌うのである。

 元の顔は怖いというのに。

 

「それにしても……」

 

 アサキは、ふにゃっとした顔で笑った。

 

「なにがおかしいんだよ」

 

 歌の合間に尋ねるカズミ。

 

「だってえ、カズミちゃんってば、暴走族みたいな顔してるのにアイドルの歌が上手なんだもん」

「はあ? あたしのどこが暴走族だあ! ロープで水戸街道を引き回すぞお!」

「ぎゃーーーーぐるじいやめてええええええ」

 

 つい余計なことをいってしまい、首を締められるアサキであった。

 

     3

 天王台第三中学の、アサキたちの教室である。

 現在は、一時限終了後の休み時間だ。

 

「それで三人揃って、遅刻ギリギリ五秒前だったのかあ」

 

 (へい)()(なる)()は、はははあと笑った後、

 

「バカだなあ。三人とも」

 

 容赦なくズバっと刀で斬り下ろした。

 

「なんでバカの人数勘定の中に、うちが含まれとるんか、理解出来んのじゃけど」

 

 不満顔でそういうのは、(はる)()である。

 

「だって一緒になってすっかり聞いちゃってたんじゃんか。遅刻までしそうになって」

「ほじゃけど……」

 

 バカはいいすぎじゃろ、と口をもごもご。

 

「まあ、あたしの歌声に魅せられちゃうのは当然だよなあ」

 

 机に足を乗せ、頭の後ろで手を組んでいるカズミは、ふふんと笑うと調子に乗った表情でまた歌い始めた。

 

「♪ はじめて手を取り合って歩く渚 ♪」

「ねーっ、カズミちゃん、ほんと上手なんだよおお。 ♪ おくのおすなああきらぎたあひかるねええ ♪」

 

 アサキもつい一緒になって歌っちゃう。

 

「♪ はてなくうひるおがるううほしぞらのおおお ♪」

「怪音波で勝手にハモってくんなよ! あたしまで超絶ヘタだと思われるだろがああ!」

「そこまで酷くないよ!」

 

 といいつつ、ふと教室全体見回すと、男子女子、みんな苦虫噛み潰した顔をしていたり、もだえていたり、苦しそうに耳を塞いでいたり。

 

 バツ悪そうに肩を縮めるアサキ。

 

「わ、わ、わたしのことはともかくっ、カズミちゃんがとても上手なのは分かったでしょお? ……音楽事務所のオーディションとか受けてみたらあ? 目指せアイドル!」

 

 右手を突き出すアサキ。

 

「ははっ、なにいってやがんだこの小娘は。でもまあ、そうなれたなら、ガサツな自分からは卒業出来るかも知れないなあ」

 

 カズミ、褒め殺しにまんざらでもない表情である。

 

「受かってさ、デビューしたらさ、歌って踊れる魔法使いだね」

 

 魔法使い、のところだけこそっと声を潜めてアサキ。

 

「そ、そうだな」

「よっ、マジカル天使カズミン! K A Z U 我らのアイドルラブリーカズミ!」

「いやあ、ははっ。つうかセンス古いんだよお前は!」

 

 ボガン!

 

「あいたあっ!」

 

 褒めても殴られるアサキなのであった。

 

     4

 ここは、(あき)()(かず)()の自宅アパートだ。

 

「そんで、ここで塩を少々、と」

 

 カズミが、苦手ながらも料理に奮戦しているところである。

 

 今週は、兄である(とも)(なり)が当番なのだが、仕事で遅くなるとのことでカズミが作るしかないのだ。

 

 現在なにを作っているのかというと、八宝菜。

 熱したフライパンに具を放り入れて、塩を振ったところだ。

 

「今日は食えるの? 姉貴の料理」

 

 居間と寝室の境界のところで、弟の(かける)がごろごろ転がっている。

 貧乏な昭刃家はテレビも漫画もないので、子供は暇を潰せるものがなくて退屈なのである。

 

「食うために作るのが料理だろうが! ボケが!」

 

 フライパンをガシャガシャ振りながら、カズミは怒鳴った。

 

「いやあ、でも味がさあ。兄貴のは不味いながらまだ食えるけど、姉貴のは人間の食うもんじゃねえからなあ。兄貴よお、なんで今日に限って残業なんだよお」

「お前さ、いい加減にその口を塞がないと、唇を切り取ってフライパンで炒めるよ」

「ゆ、許してくれえ! クソ不味くても我慢するから許してくれえ!」

 

 などと、弟とどうでもいいやりとりをかわしているカズミであったが、突然、左腕にぶーーーーーーと強烈な振動。

 フライパンに集中しながらも、リストフォンの画面にちらり視線を向ける。

 どうやら、(りよう)(どう)()(さき)からメッセージが入ったようだ。

 

「なんだろ、アサキの奴」

 

 なんか大事な用あったっけ?

 

「ひ ら く」

 

 とリストフォンへ音声で命令を送って、メッセージを画面に表示させてみて愕然。

 顎が外れかけた。

 

 画面には、次のような文が表示されていたのである。

 

 

 さっきの帰り道での話だけどお、

 やっぱり私の方がどう考えても主人公ぽくないですかあ?

 赤い魔道着だしい、武器が剣だしい。

 私、髪の毛が赤毛だしい。

 

 

「はああ? 人が苦手な料理を頑張ってる時に、なんだこいつ。……き ん きゅ う お ん せ い!」

 

 と、リストフォンを緊急時用強制通話モードに切り替えると、マイク部分に口を近付けて大声で怒鳴った。

 

「赤なんて、ベタ過ぎて恥ずかしいからみんな選ぶの避けてただけだ! バーーーーカ! ブアーーーカ!」

 

 ったくもう。

 あのオモシロ顔のヘタレ女は。

 赤毛っつっても、アホ毛じゃねーかよ。

 

 などと心に呟きながら、いつしかカズミは微笑んでいた。

 

 令堂和咲は、転校する先々で友達作りを失敗して、ろくに誰とも話さず暗い青春時代を過ごしてきた。と聞いた。

 それが、こんなくっだらないメッセージを送ってくる、つまり自分のことを友達だと思ってくれていることに、なんとも心地よい気分になったのだ。

 

「不思議な奴だよな。あいつは」

 

 地味でバカで天然ボケで泣き虫で胸が幼児で頭にはピンとアホ毛が生えてるけど、全然他人を悪く思わないし。

 

 あれ、そういや八宝菜の具を炒め始めて何秒たったっけ……

 嫌なにおいが……

 

「おわっ、いかん! 焦がしてしまったあ!」

 

 慌てて木ベラでガシガシ、くっついた部分を懸命に剥がそうとする。

 

「くっそー。やっちまった。アサキのバカのせいだ。……まあ、この部分は、駆のバカに食わせればいいか。どのみち、人間の食いもんじゃねえとかいってんだから、大差ないだろ」

「おい!」

 

 相変わらずゴロゴロしながらも、しっかり抗議の声だけは上げる駆である。

 

「嘘だよ。真っ黒焦げのとこだけは捨てるけど、そうすれば問題なく食えるだろ。味は保証出来ねえけど。なにせ『姉貴の料理』だからな」

「というありがたみ出すために、わざと焦がしたんじゃないよね」

「さあな」

 

 焦げを木のスプーンで引っかきながら、カズミは不意に吹き出していた。

 さっきの、アサキからのメッセージを思い出してしまったのだ。

 

 

 赤い魔道着だしい、

 主人公っぽくないですかあ?

 

 

「幼稚園か、あいつは。ナル坊と同じくらい、いやもしかしたらそれよりガキンチョかも知れんな。……二人も子供のお()りをしながら、果たして我々は、襲いくる人類の驚異に打ち勝つことが出来るのであろうかあ」

 

 ぶーーーーーー

 ぶーーーーーー

 

「しつけえなあ! アサキの奴はもう!」

 

 リストフォンの度重なる振動に、さすがにちょっとイラつきながら画面を見たらびっくり仰天、

 

 

 emergency(エマージエンシー)

 

 

 ヴァイスタ出現の情報表示であった。

 

 カズミは、木ベラとフライパンを置くと、こそっと玄関の方へと移動しながら、リストフォンの画面をチェックする。

 

 三体同時。

 出現ポイントは、浅野谷九号公園のあたり。

 

 自分が一番近くて、次に(せい)()

 

 治奈たちは、ちょっと時間が掛かりそうだな。

 まずは、あたし一人で行くか、それとも正香を待つか。

 

「みんな、聞こえてっか?」

 

 カズミは、サンダル履いて玄関の外へ出ると、リストフォンを口に近づけこそっと囁いた。「はい」「聞こえてるよ」「おるけえね」「カズにゃーん」など、みんなの声が小さなスピーカーから聞こえる。

 

「あたし近いだろ。まずはあたし一人で行って様子見つつ食い止めてるわ。正香がきたとこで本格的に戦闘開始。苦戦して長引くこと考えて、三人もなるべく急いでな。んじゃっ」

 

 通話を切ると玄関ドアを開けて中に入り、サンダルから靴に履き替える。

 

「駆、姉ちゃんちょっと出掛けてくるわ」

「えーーー。なんだよ突然。ご飯どうすんだよ!」

「フライパンのは七割出来てるから、姉ちゃん遅かったら、そのままご飯に乗っけて食え。味が薄かったら塩を振っとけ。不味いと思ったら、ご飯を倍に増やせば不味さ半分だ。じゃあ留守番よろしくう」

 

 再び外へ出ると、

 

「いつ殺されるかも分からねえっつうのに、なんだかすっかり日常になっちまったよなあ」

 

 苦笑しながら左腕を立てると、カーテンを払うかのように横へ動かした。

 

 一歩進むと、視界が完全に変わっていた。

 同じ場所の、裏の世界へ入ったのだ。

 

 建物や道路がことごとく歪み、見える物の色調すべてがネガフィルムのように反転している、瘴気漂う世界。

 

 異空、である。

 

 カズミは、両手を頭上へ振り上げると、ゆっくりと下ろしながら、リストフォンつまり変身アイテムであるクラフトの、側面にある小さなボタンを押した。

 

「変身!」

 

 白銀の服に、白銀に青装飾の防具。下半身は黒いスパッツ。と、一瞬にして青の魔道着姿へと変化していた。

 

 両手には、アメリカのドラマや映画で軍人が使うような、無骨な形状の大きなナイフ。

 くるんと身体を回し、そのナイフをぶぶんと振りながら、

 

魔法使い(マギマイスター)カズミ! 見参!」

 

 などと叫び、二本のナイフを持ったままポーズをつけてみるが、自分のしたことに恥ずかしくなって顔を赤らめた。

 

「一人っきりでなあにやってんだか。そういうのはアサキのバカに任せて。さ、いくぞおお!」

 

 カズミは腕を振り、走り出した。

 

 瘴気漂う異空の中を。

 

     5

 (おお)(とり)(せい)()は、(あき)()(かず)()の身体を脇に抱きかかえたまま、ヴァイスタの胴体を強く蹴って、大きく後ろへと飛びながら、くるんと宙返りして着地した。

 

「怪我はありませんか? カズミさん」

 

 正香は、華奢な身体に似合わぬ力強さで、仲間の危機を救うと、華奢な身体に似合う上品でやわらかな笑みを浮かべた。

 

「ああ。正香のおかげでな。サンキュ」

 

 カズミは礼をいいながら、自分の足でしっかり立つと、前方のヴァイスタをきっと睨み付けた。

 

 ここは異空の、空の下。

 

 二人は現在、三体のヴァイスタと交戦中だ。

 

 正確には、ほんの十秒ほど前まではカズミ一人だけで、あわやというところへ正香が駆けつけたばかりである。

 

「時間を稼ぐだけのつもりだったんだけどさ、こいつら連係で攻めてきやがって、追い詰められちまったんだ」

 

 悔しそうに、言葉を吐き捨てるカズミ。

 

「段々と強くなっているのは感じていましたけど、賢くなってもいるということですね」

「本当にそんな感じがする。こいつらがこのままどんどん強くなっちまったら、どうなるんだろうな、この世界は」

「いつか『新しい世界(ヌーヴエルバーグ)』が訪れてしまう。でも、こうやってわたくしたち魔法使いが戦い続けて『新しい世界』を阻止し続けていれば、いつかギルドが対策を見つけてくれるはず。現在はそれを信じて戦う以外ありません」

「ま、そういうことだな。……よおし、そろそろ本気を出すかあ」

 

 カズミは、両手のナイフを構え直すと、身を低くして走り出した。

 前方、三体のヴァイスタへと向かって。

 

 正香が鎖鎌を両手で持ち、続く。

 

 一体の懐へ入り込み、斬り掛かろうとするカズミであるが、だがそうはさせまいと、別の一体が群からすっと離れて、カズミの真横へと回り込んだ。

 

「避けて!」

 

 正香は叫びながら、鎖鎌を背中越しにぶんと振って、横へ回り込んだヴァイスタへと叩き付けた。

 腕の一振りで鎌は弾き返されるが、その間にカズミが後ろへ跳躍して、とん、と正香の横に立った。

 

「正香の声がなかったらやられてたな、あたし」

「今のような連係で苦しめられていたというわけですね」

「そうなんだ」

 

 武器を構え直す二人。

 

 二人掛かりで一体へと挑もうとするのだが、三体がお互いを庇い合って、なかなか各個撃破するための隙が生じない。

 

 まだ戦いの序盤、まだ様子見の段階ではあるが、この状況は明らかに苦戦の様相を呈しているといっていいだろう。

 

「もうすぐ武器や魔道着のバージョンが上がるって話だけど、それまではこんな、我慢の戦いをするしかねえのかな。あたしの性には合わねえけど」

 

 そのパワーアップに負けないようにヴァイスタも強くなる、ということならば所詮いたちごっこということになるが、でも現在は早くその武器や魔道着の能力が欲しい。

 ここでやられては、なんの意味もないのだから。

 

 そんな言葉を胸に、我慢の戦いを続けるカズミ。

 

 と、ここで正香が、普段の上品さから考えられない、大胆な行動を見せた。

 二体の間に、切り込んだのである。

 

 同士討ちを避けるため一瞬動きを止めたヴァイスタの、その隙を狙い、一体へと両足を使っての強烈な蹴りを浴びせると、その勢いで飛びながらもう一体へと肘を打ち込んだ。

 

 二体が、ぐらりよろけた。

 

「サンキュー、正香!」

 

 礼をいうカズミの、全身が青い光に包まれていた。

 

 このための時間稼ぎをしてくれたことに、カズミは礼をいったのである。

 

「超魔法、グローゼンブリッツ!」

 

 地を、いや足元に生じていた五芒星の魔法陣を、蹴った。

 うねる青い光に包まれて、身体を高速回転させながら、ヴァイスタの一体へと突っ込んでいた。

 

 必殺の一撃、

 のはずであったが、結果は無情。

 次の瞬間、横から伸びる白い腕に打たれて、カズミの身体は地面に叩き付けられていた。

 

 ぐうっ、顔を歪め呻き声を上げるカズミ。

 

「大丈夫ですか? すみません、本当は全員の動きを封じるつもりだったのですが」

 

 両足で蹴ってよろけさせた時、本当はヴァイスタ同士をぶつけさせるつもりだった、ということだろう。

 正香の角度計算は完璧だったが、ぶつけられるはずだったヴァイスタが、その目的を読んだのか、すっと立ち位置をずらしたのだ。

 

「なんとも、ねえよ。正香は悪くない。……あたしの踏み込みが甘かっただけだ」

 

 カズミは前方を睨みながらゆっくり立ち上がると、ぶるぶるっと首を振った。

 

「くそ、魔力だけ消耗しちまったな。さて、どう戦うかな」

 

 ピンチに強がって、ニヤリ笑みを浮かべるカズミ。

 

 と、その時であった。

 

 上空から、

 

 うわあああああああああ、

 

 勇ましいような、頼りないような、

 なんともいえない雄叫びを張り上げながら、

 赤い魔道着が、もの凄い速度で落ちてきたのは。

 

 (りよう)(どう)()(さき)である。

 

 落ちてきた彼女は、両手に握り締め振りかぶった剣を、一体のヴァイスタの頭部へと叩き付けていた。

 しかし……

 

 ぼよん、

 

 懇親の一撃を弾かれて、

 

「むぎゃ」

 

 しかも着地に失敗して、地面に思い切り顔面を打った。

 

「やっときたな、お笑い芸人」

 

 なんだなんだとあ然としていたカズミであるが、状況を飲み込むと、明るい顔になって、そんな軽口をいいながら、ははっと声を出して笑った。

 

「えー、それ酷いよお」

 

 アサキは、自分の髪の毛や魔道着よりも赤くなった鼻を抑えながら、立ち上がった。

 立ち上がって前を見た途端、びっくり仰天。

 

「そ、それよりもっ、全然ダメージ受けてないじゃん!」

 

 アサキの驚きも当然だろう。

 あんなに懇親の力を腕に込めて、剣を打ち下ろしたのだから。

 なのにそよ風に吹かれているがごとく、ヴァイスタは平然としているのだから。

 

「いいえ、相当なダメージは与えたはずです。でも、アサキさんの攻撃を察知して一瞬早く身をずらしたために致命傷にならなかった。ヴァイスタは致命傷でない限り、すぐに回復してしまうんです」

「今回のこいつら結構賢くてさ、各個撃破の隙を与えてくれねえんだ。……どうしようかと途方に暮れていたけど、お笑い芸人の捨て身のギャグを見てたら明るい気持ちになったよ。ありがとな」

 

 歯を見せて笑うカズミ。

 冗談に乗せて、本心を込めた。

 

 アサキは相当なビビリで、ここにくるのだって誰より不安で恐ろしいはずなのに、それでもこうして明るく振る舞ってくれている。

 と、そのことに対しての感謝の気持ちを。

 

「誰もギャグなんか、やってないんですけどお。酷いなあ。でもさ、ピンチこそチャンスだよ!」

 

 アサキは、ぐっと自分の拳を握った。

 

「そうだ、マジカル天使はいつも笑顔なんだ。カズミちゃんっ、歌い踊りながら戦うんだああ!」

「え?」

 

 ひょっとしてこいつ、素でボケてる?

 それとも、これも怖さ隠すための明るい振る舞いなのかな。

 という思いが一瞬よぎったせいか、カズミはついノッてしまっていた。

 

「おう、そうか、その手があったかあ! ……♪ 君のいる街にいつか行って ♪」

 

 と、(ほし)(かわ)()()()の歌を歌いながら前へ出るカズミへと、しゃっとヴァイスタのにょろにょろ長い腕が襲い掛かった。

 

「……っとあぶねええっ! 歌いながらとか、出来るわけねえだろバーカ! 頭おかしいのかあ!」

 

 青ざめた顔で、だだだと慌てて戻りながらカズミは、怒りの形相でアサキの顔面にケンカパンチくれた。

 

 まさか味方からこんな攻撃を受けるとは思っていなかったようで、パンチは見事にクリティカルヒット。

 首を捻ったアサキは、瞬間的に意識を失ってどうと地に沈んだ。

 

「ふー。正義は勝つ」

 

 カズミはそういいながら、おでこの汗を袖で拭った。

 

「仲間を気絶させてどうするんですか!」

「あ、そ、そうか。ついムカついて。あの、ごめんな、アサキ、ほんとごめん。っと、ヴァイスタくるって! 起きねえかアサキィィ! 起きろってんだよてめえ!」

 

 抱え起こして肩に腕を回させると、ずるずる引きずり逃げながらも、バヒバヒ器用に頬へと往復ビンタを浴びせる浴びせる浴びせる。

 

「へにゃあ?」

 

 とろーんとした感じに、アサキの薄目が開いた。

 殴られて気絶させられ、殴られて起こされて、いつものことながら散々なアサキであった。

 

 この後、(なる)()(はる)()が合流して、人数による力押しでなんとかヴァイスタを倒せたからよかったものの。

 

     6

 (りよう)(どう)()(さき)が、なんだか情けない表情で、自分のほっぺや鼻を撫でている。

 

「うええ、まだ顔が痛いよお」

「ああ、そういやそれどうしたの? 鼻の頭が擦り剥けてるけど」

 

 義母、(りよう)(どう)(すぐ)()が尋ねた。

 

「あ、いやっ、なんでもないよ。転んだだけっ」

「そうなの? どんだけ派手に転んだんだよお」

「えへへえ」

 

 恥ずかしそうに笑いながら、後ろ頭を掻いた。

 そして心に呟いた。

 

 いえるわけないからな。

 怪物……ヴァイスタと戦ったなんてさ。

 いつどこでパニックが広がって、世界がメチャクチャになってしまうか分からないから、誰にも存在を話してはいけない。そういわれているからな。例え家族であろうとも。

 まあ、この顔の怪我はヴァイスタ関係なく自爆ですけどお。

 

「それよりもチケットチケット、っと」

 

 ここは令堂家自宅マンションの居間である。

 

 テーブルに置かれたリストフォンから、空中にモニター画面、テーブルの上にキーボードが、それぞれ画像投影されている。

 

 ソファに腰を下ろして、リストフォンをクラシックパソコンモードにして操作しているところだ。

 

 磁界層相違認識という技術を利用したもので、空間投影された画面やキーボードを、タッチしたりタイプしたりして操作するのだ。

 キーボード操作という昔のパソコンライクな点がクラシックというだけであり、空間認識入力の技術自体は最先端のものであるが。

 

「ダメだなあ」

 

 アサキは、ふーっとため息を吐いた。

 

 直美も、ため息こそ吐かないが腕を組んで難しい顔になって、

 

「こっちも同じだよ。そもそもページに繋がらなかったり、繋がっても混雑してますのしばらく時間をおけと表示される」

「うーん。超人気のアイドルだからなあ」

 

 アサキは、渋い顔で自分の赤毛をぐしゃぐしゃっと掻き回すと、またため息を吐きながら、切っても切っても何故か直らないアホ毛を人差し指に巻き付けた。

 

 現在、二人でなにをしているのかというと、(ほし)(かわ)()()()のコンサートチケットを購入しようとしているところだ。

 

 苦戦中である。

 小遣い前借り覚悟で買おうと思ったのに、そもそもどうやってもゲット出来ない。

 

 途中から、義母の直美も手伝ってくれているというのに、二人掛かりでも超人気による超混雑の壁を超えらない。

 

「どうにか入手して、カズミちゃんにプレゼントしてあげたいんだけどなあ」

 

 アサキは腕を組んだまま、また難しい表情を作った。

 

「カズミちゃんて、あたしも駅で会ったことある面白い娘だよね。そんな星川絵里奈が好きなの?」

「わたしが歌ったら、下手だってダメ出しされたよお。見本とかいってまあノリノリで歌っちゃって。あ……」

 

 そこまでの熱狂的なファンというよりは、純粋に憧れてるような感じだったよな。

 

 もしかしたら、

 いや、たぶん間違いない……

 

 ……カズミちゃん、アイドルになりたいんだ。

 

     7

 (あき)()(かず)()は腕を組み、見るからにいぶかしげな表情で尋ねた。

 

「ちょっと、なんなんだよ、こんなとこ連れてきてさあ」

 

 いぶかしげにもなるだろう。

 ここは彼女らの通う中学校に近い児童公園なのであるが、五人のうち誰の家とも異なる方角にあるため、まず普段は立ち寄ることがないからだ。

 

 みな、鉄棒近くに置かれたベンチに座っている。

 昭刃和美と(りよう)(どう)()(さき)の二人と、(あきら)()(はる)()(おお)(とり)(せい)()(へい)()(なる)()の三人に分かれて。

 

「来月の中旬から、(ほし)(かわ)()()()の幕張公演があるの知ってる?」

 

 アサキが尋ねた。

 こちらのベンチは二人きりだから、スペースに余裕があるのに、何故だかぎゅうっと密着させながら。

 

「モチのロン吉よ。つうか、あんまりくっついてくんなよ」

「ああ、ご、ごめん」

 

 アサキは、お尻をずらして少し距離を空けると、頭を掻いて笑った。

 

「そっちこそ、よく知ってんじゃん」

「たまたま知ってさ」

 

 本当はたまたまではないが。

 

「……うちド貧乏だけど、どうしても行ってみたくてさあ、よし家計をちょろまかしてチケット買っちまえ、って思ってネットでチャレンジしてみたんだけど、すげえ人気な。とても買えなかったよ」

「えーっ、そうだったんだあ! いやあ、危なかったああ! ふいーーっ」

 

 びっくりして思わず立ち上がって、座ってほっと胸をなでおろして、忙しいアサキである。

 

「なにが?」

「あ、いや、その……ええい、いっちゃえ。実はわたしも……手に入ってれば、そっちの方がよかったのかも知れないけど、わたしも、買おうとしていたんだ、チケット。……カズミちゃんにプレゼントしようと思って。こないだの、キーホルダーのお返しにってさ」

「いいよそんなん。そもそも、バクゲキレッドのキーホルダーとエリリンのチケットじゃ、価格がダンチだろうが」

「でもまあ、結局手に入らなかったんだから。ページに全然繋がらなくて、悪戦苦闘している間に売り切れになってたよ」

「あたしもだよ。その気持ちだけ貰っておくよ。ありがとな」

 

 カズミは、アサキの背中をぽんと叩いた。

 

「うん。……でもわたしね、入手しようとしているうちに、どうしても見たくなっちゃってね。星川絵里奈のコンサート」

「エリリンの?」

「うん。あ、いや、別にエリリンでなくてもいいんだ。アイドルのコンサートって、一体どんな夢に溢れるステージなのかなあ、って興味が沸いちゃったんだ。……だから、というかなんというか、プレゼントをするつもりだったのが、逆におねだりになって申し訳ないんだけど、教えて貰いたいんだ。カズミちゃんに」

「へ?」

 

 きょとんとした顔のカズミ。

 

 その間の抜けた表情を可愛らしく思ったのか、アサキはふふっと笑うと立ち上がり、リストフォンを左腕から外して、数歩の先で屈んで、地面に置いた。

 

 ぎょん、

 

 と映像が最大倍率で空間投影されて、ステージのセットが映し出された。

 現実の視界と溶け合って分かりにくいが、ここは野外ステージ、と思えば思えなくもない、そんな雰囲気の映像が出来上がっていた。

 

「おい、これって……」

 

 カズミがベンチから立ち上がったその瞬間、映像であるステージの両端から、ドドーンと低い音が飛び出した。

 

 星川絵里奈の曲、「星空を飛べたらね」のイントロだ。

 

 先日アサキが、歌えといわれて歌ったら下手すぎて顔面にパンチ食らった、あの曲だ。

 

「はいっ、マイク!」

 

 なんだかオモチャっぽい、いや間違いなく幼児のオモチャであろうマイクを、アサキが素早く手渡した。

 

「え、え……」

 

 マイクを受け取り握り締めながら、うろたえているカズミ。

 

「ほら、歌のとこ始まっちゃってる! ほら早くっ!」

「あ、は、はいっ…… ♪  はじめて手を取り合って歩く渚 ♪」

 

 まるで背中を突き飛ばされるかのように、カズミは歌い始めた。

 

「♪ わたしたちも こんな果てなく広がる星空の中 ♪」

 

 よく分からない表情ながらも、歌い始めれば、そのまますらすら声が出ている。

 

「確かに、アサキさんたちがいっていた通り、上手ですねえ」

 

 彼女の歌声を初めて聞いた正香が、驚きの混じった笑みを浮かべて小さく頷いている。

 

「でしょお?」

 

 アサキの、なんだか自分が褒められているかのように嬉しそうな顔。

 

「歌声もさあ、普段のドスがなくて可愛らしいねえ」

 

 と、成葉も楽しそうだ。

 

「♪ ゆうらゆらりゆらりらりらりい ♪」

 

 なんだか分からん、というおどおど感も完全に吹っ飛んで、マイクを握り締めノリノリで熱唱している。

 

 いつの間にか、四人はすっかり観客になりきって、左手にペンライトを握って振っている。

 本物のペンライトではなく、リストフォンから投影されている映像であるが。

 

「♪ 永遠の中の一瞬で出会えた奇跡 ♪」

 

()()()のアイドルマジカルガール、ケーエーゼッユウーエムアイカズミ!」

 

 アサキが、昭和のアイドル親衛隊的な声を張り上げるが、すぐに顔を真っ赤にして、

 

「えーーーっ、練習したのに、なんでみんなやんないのおお!」

「だって恥ずかしいもん」

 

 成葉がクールでシュールな一言をかましている間に、カズミの歌う歌は一番部分が終了して間奏に入った。

 

「みんなあ、あたしのソロコンサートにきてくれてありがとーーーーっ! 二番も気合入れてえ、いっくぞーーーーーーー!」

 

 どかーんと右腕を突き上げるカズミに呼応して、うわーーっと賑やかな歓声が上がった。

 

 歓声は、アサキたちだけではなかった。

 公園で遊んでいた幼児たちや、その母親までがついつい集まっちゃって、楽しそうに手拍子を送っていたのである。

 

「♪ 信じれば空だって飛べるはずだね! ♪」

 

 ぶんっと、右拳を突き出すカズミ。

 

「飛べる!」

 

 合いの手を叫びながら、笑顔で同じポーズをとるアサキら観客たち。

 

「♪ 君とならどこまでも輝けそうだよ! ♪」

 

「輝ける!」

 

「♪ 会えたこと奇跡と呼びたくない。

 ドラマなんかいらない。

 ただそこに君が……

 I can meet you so I can fly to any distance.

 今、一緒に! ♪」

 

 曲がすべて終了すると、ふっとステージの映像が消えて、元の児童公園に戻った。

 

 盛大な拍手が起きた。

 アサキたち、そして幼児やお母さんたちから。

 

 カズミは、なにがなんだか分からずといった表情に戻って、ぽかーんとした感じに立ち尽くしている。

 

 そのカズミへと、アサキが拍手をしながら、一歩二歩と近付いていく。

 

「キラキラ、輝いてた。歌、とっても上手で。笑顔も、とにかく眩しくて。……天使みたいだったあ」

 

 興奮感動隠せず、といった感じの笑みを浮かべて、拍手を送り続けるアサキ。

 

 ようやく現実に返ったカズミは、つっかえつっかえで、

 

「いや、そ、そんな、あたし、こんなガサツで乱暴で、地声は低いし……」

「それもまたカズミちゃんだ。わたしは、大好きだよ」

「ア、アサキ……」

 

 カズミの目が潤んだかと思うと、涙がボロボロとこぼれていた。

 ず、と鼻をすすった。

 一歩出ながら、震える手でアサキの手を握った。

 そして、

 腕の表面を滑らせながら肩へ、首の後ろへと手を這わせると、

 

「コブラツイストオオオオオ!」

 

 後ろへ回り込み、絡み合わせた身体をぎゅわっと締めながら叫んだ。

 コブラツイスト、いわゆるプロレス技である。

 

「いたっ! いたたたたあっ! なっ、なんでだあああああああ!」

「嬉しいからに決まってんだろうがよお!」

 

 笑顔で涙を流しながら、絡め取った獲物をぎちぎちと締め上げるカズミ。

 

 獲物、アサキもまた、とっても嬉しそうな幸せそうな顔で、襲う凄まじい激痛に顔を激しく醜くみっともなく歪めていた。

 

     8

「今日はとても楽しいことがあった。

 

 昨日の日記に書いた、人気アイドル歌手である星川絵里奈のチケット。なんとカズミちゃんも、手に入れようとしていたらしい。貧乏だし買うわけないだろ、とか言っていたくせに。

 でもやっぱり、あまりの人気のため手に入らなかったとのこと。

 だから、数日前から治奈ちゃんたちと計画していた、あれを実行したのだ。

 学校の近くにある公園で、「カズミちゃんリサイタル大作戦」を。

 

 リストフォンを使って舞台映像や伴奏を用意して、私たちがお客さんになって、カズミちゃんに歌わせたのだ。

 最初はわけが分からずにうろたえていた彼女、でもさすがというべきか、あっと言う間に慣れたら、まあはしゃいじゃって。

 

 以前も聞いたことあるけど、カズミちゃんの歌、本当に上手だった。

 歌う時だけ声が妙に高くかわいらしくなるの、なんでだろうな。

 全然かすれてないし。

 反対に、なんで普段はあんな低くてかすれてるんだろうとも思うけど。

 歌声の方が実は地声で、普段が声色だったりして。

 

 もともとは、キーホルダーのお礼にちょっと奮発して、私から星川絵里奈のチケットをプレゼントするつもりだったのだけど、一転して出費ゼロどころかこちらがプレゼントを貰うことになっちゃった。

 

 でもカズミちゃん、とっても喜んでくれて、抱き着いてきたりして。

 私までなんだかほんわか嬉しい気持ちになって、泣きそうになってしまった。

 

 そのあと何故だかプロレス技でぎちぎち締め付けられて、痛くて本当に泣いちゃったけど。

 カズミちゃんの、ああいうところだけはやめて欲しいなあ。でもまあ、照れ隠しでそういう態度をとってしまう不器用なところが、かわいらしくもあるのかな。

 

 ヴァイスタと戦うための仲間として、私たちはいるわけだけど、疎外感とはちょっと違うけどまだ私だけちょっと入り切れていないようなものを感じていたので、だから今日のことは良かったのかな。

 

 私が、というだけでなく、みんなもみんなともっと仲良くなれた気もするし。

 

 戦いは、怖いよ。

 いつ自分が生命を失うか分からない。

 

 でも、この世界がなくなるのはもっと怖い。

 親しい誰かがいなくなるのは、自分がいなくなるよりも嫌だ。

 

 だから戦う。

 怖いけど戦う。

 だからこそ、日々を楽しく送るんだ。

 悔いは色々あるかも知れないけど、せめて楽しく。

 

 さて、そろそろ寝よう。

 

 明日もみんなが笑顔でありますように。」

 

     9

 両手に茶碗お椀を持った、(あき)()(かず)()は、

 

「さあ、くっそ不味い朝メシが出来たぞー」

 

 ちゃぶ台にそれらを置くと、キッチンに戻って、今度は料理の乗った平皿を運んでくる。

 

 雀が元気に騒ぐ時間帯、これから昭刃家は出勤前登校前の朝食である。

 

 カズミが行ったりきたり、あくせく準備をしていると、兄の(とも)(なり)と弟の(かける)が、眠たそうな顔で、隣の部屋からずるずる這い出て来て、眠い目を擦りながら、這い上るように席へ着いた。

 

 眠気で頭フラフラぼーっとしている男子二人は、なーんとなく視線を上げたその瞬間、揃ってあ然とした顔になっていた。

 

「いつもは、していないエプロン……」

 

 ぽそぽそっ、と呟く駆。

 

「しかし、ただそれだけではないような」

 

 こそこそっ、と小声で口を動かす智成。

 

 二人はお互いに顔を見合わせると、揃って小首を傾げた。

 

「なんだよ?」

 

 小皿を持って、立ったまま尋ねるカズミ。

 

「いや、その、なんというか。……料理は相変わらずそんな美味そうには見えないけど……お前、ちょっと可愛らしく……なった?」

 

 いきなりそんなこといわれ、カズミはちょっと身を引くように驚きの表情を浮かべたが、すぐに照れた笑顔になった。

 

「そ、そ、そう見える? つうか当たり前だろ! まだ中二されど中二、可愛さどんどん成長中なんだ。美少女から美女へ、ロケットスタートで置いてかれないよう、今のあたしの姿をしっかりそのしょぼい目に焼きつけとけええええええい!」

 

 ぐるるるんと回った瞬間、遠心力で皿の中身が吹っ飛んだ。

 

「うおお、しまったああ!」

「しまったじゃないよ! 皿を持ったままそんな勢いで回ったらそうなるに決まってるだろ! バカか!」

「で、でもっ、吹っ飛んだのが、たまたまちゃぶ台の茶碗の中にキャッチされてる! 神! コロッケが一つ、床に落ちただけだ! ……だからこの落ちたコロッケは兄貴が食ってな」

「えーー! だからの意味が分かんねえ。……今日、仕事行くのやめようかな」

「行けよ!」

 

 怒鳴りながら洗面所へ。

 床を拭くために、雑巾を取り出して水に濡らした。

 ぎゅーっと絞りながら、ふと顔を上げ鏡を見る。

 笑顔の自分を。

 

 なんだろう、ただの日常、楽しいことなんか今なんにも起きていないのに。

 昨日の楽しさが忘れられず、顔に残ってしまっているのだろうか。

 楽しいというより、嬉しかった。

 みんなが自分なんかのために、色々とやってくれたことに。

 

「もう、憧れない……」

 

 (ほし)(かわ)()()()に、というよりも、アイドルとか、そういう可憐な世界に。

 

 なれたらいいなー、とかも思わない。

 目指さない。

 あたしは、これでいいんだ。

 

 と、そう思えるようになったから。

 

 アサキのバカに感謝だ。

 そういう気持ちにさせてくれたことに。

 

     10

「だからって、なんでお前が目指すんだあああああああ!」

 

 (あき)()(かず)()の悲痛な絶叫が轟いた。

 

「♪ おくのおすなああきらきらあっ ♪ ……特に理由はないけど、カズミちゃんが諦めるのもったいないから代わりにわたしが、って思ってえ。♪ はあてなくうひろがるほひぞらのおおなかああああ ♪」

 

 ここは学校の屋上。(りよう)(どう)()(さき)が楽しげな笑顔で、手マイクで歌い続けている。

 

「だからって、よりによってなんでお前が……。こ、鼓膜がっ、脳があ……」

 

 両耳を押さえて、苦悶の表情で身悶えしているカズミ。

 

 カズミだけではない、横にいる(はる)()たちも、それぞれ苦行に耐えているような凄まじい顔だ。

 

「下手を、遥かに、通り過ぎておる」

 

 治奈が青ざめた顔で、身体をがくがく震わせた。

 

「これ新種のイジメだよおお」

 

 成葉が泣きそうな顔になっている。

 いやかなり目に涙が滲んでいる。

 

「心頭滅却、心頭滅却。臨・兵・闘・者・皆・陣・列……」

 

 正香が目を閉じ、必死に精神を集中させて、快音波から意識をそらそうと努力している。

 額の脂汗が凄い。

 

「♪ うわれあえたぁあ奇跡イイイイイイイイ ♪」

「いい加減にしやがれええええええええ!!」

 

 ボッガーーーーン!

 

「あいたあっ!」

 

 頬に魂全力パンチを食らったアサキは、くるくるっと周りながらフェンスに物凄い勢いで顔面直撃して、ずるずるぐでーっと伸びてしまった。

 

「わたくし、カズミさんの乱暴なところは好きではありません。ですが、今だけは……今だけは感謝致します」

 

 正香は、ハァハァ息を切らせながら、カズミの両手をがしっと握った。

 

「このままだったら、あたしたち全滅してたからな。助かっても、脳機能に後遺症が出たりとか。しかしすげえな、こいつの歌声。ヴァイスタ倒せるんじゃねえの?」

 

 ブーーーーーー

 

 五人のリストフォンが、一斉に振動した。

 

「ヴァイスタ出よったって」

 

 治奈が、いち早くリストフォンの画面を開き、出現位置の確認をしている。

 

「カズにゃんが余計なこというからあ」

 

 成葉、不平顔で糾弾だ。

 

「あたしが呼んだわけじゃねえよ! つうか、そうだとしたら張本人アサキじゃねえかよ!」

「昼でも出るんだあ」

 

 張本人が、ゾンビのごとくむくーっと上体を起こした。

 

「出るよ。一回、戦ったことあんだろが。平日に学校を抜け出して、ってのは、お前は今日が初めてだろうけど」

「そうか、日曜の昼に戦ったっけ」

「……はい。分かりました。すぐ向かいます。後で報告します。ほいじゃ」

 

 リストフォンで()(ぐろ)先生との通話を終えた治奈は、振り返りみんなの顔を見回しながら、

 

「あとのことは先生に任せて、うちらは行こうか」

 

 左腕を立てると、カーテンを開くようにすっと横へ動かした。

 と、その瞬間、その姿が消えていた。

 

 同じ場所にある異なる空間、()(くう)へと入ったのである。

 

「お先っ」

 

 続いて、成葉と正香の姿も消えた。

 

「うっしゃ、やるぞお!」

 

 カズミは、アサキの肩に腕を回すとぐいと引き寄せた。

 

「なるべくフォローはしてやるから、未熟モンは無茶だけはせずしっかり経験を積め。分かったか?」

「うん。頼りにしている」

 

 微笑を浮かべるアサキ。

 

 カズミの顔にもくすぐったそうな可愛らしい笑みが、でもそんな自分に照れたように、ニヤリ粗野な笑みへと作り直した。

 

 肩を組んだまま、二人の姿も異空へと消えた。

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