リングの中央に出向かう時から、両者の構えは鏡合わせのようにスタンダードで決められていた。一部の隙も見せない油断のなさは、このラウンドの価値が替えの効かない…伝説の一幕になることを示唆していた。
これから行う最後の、命題の獲り合いをするために必要な意志を込めて。
ゆっくりと、天と地の拳がリング中央で挨拶を交わす。一瞬の密着を終えて離れる瞬間の切なさを、もう囚われてやるものかと振り払う。
実力差があったとしても、ゴンザレスはひと時だけ忘れようと決意した。恐れを封じ込めるために、そして前に進むことを止めないために。
「調子乗らせっかァ‼︎」
「シッ───────」
その決意表明を買って出たのは、人類未踏の地…リカルド・マルチネスの12ラウンド目に踏み込んで興奮するミキストリだ。呼応するように応えるリカルドの左拳は、ステップを刻んでもいないのに体重を乗せたときと遜色のない速さ威力で飛んでくる。
相変わらず巫山戯た漢だった。第12ラウンド、ゴンザレスたちがシフトウェイトで補っている体力の消耗分の威力を、リカルドは第1ラウンドと同等の威力で返すのだから。
ただ、当のリカルド本人は。
(いまはここが限界か……)
心の中で珍しく不満を吐いていた。
疲労が溜まっていることは事実だ。特殊な体質だとしても、カバーが間に合わないほどのダメージをゴンザレスは与えている。この状況を体験することも初めてだ、身体が思うようにいかない原因の1つだ。
リカルドは自分に問いかける。
(なんのための無敗神話だ)
喝を入れるというよりも、誇りの所在を問うもの。
アーティットが成せたであろう■階級制覇を台無しにして、自分が上にいくことを許せなかった。無敗神話の歴史はそのままアーティットへの罪の意識の大きさになる。その贖罪から解かれて、より鮮明になった思考で自分を見据える。
ただ勝ってきただけではない。アーティットの指導を終えて、自分の答えを出すときがきた。ゴンザレスとミキストリの視点に立つことも、ウォーリーの野性を当てはめる必要もなくなった。
なら、簡単だ。
ボクシングが好きだということを体現する。
(それが私の
第11ラウンドの猛反撃の正体は、無意識下にまで浮上していたリカルドの覚醒の上澄みだ。
この覚醒がリカルドに与えたものを、本人は少ししか認識できていない。
性能はバイオレンスと変わらない。このラウンドでも1ラウンドのような威力を出せるのは元々からだ。
相手を観察する余裕が増えた。今はこれだけである。
(どこまで行けるか、私にも分からない)
ただ、見えている。ゴンザレスの
無意識に
ゴンザレスたちが懸念していた分岐点をリカルドはここに来て完全に見切った。この挙動を見切れれば、ウォーリーの野性も、幕之内のデンプシー・ロールもその手で粉砕するのは容易い。
詰まるところ、リカルドを倒す手段は更に減った。
この試合が終われば、無敗神話は完成する。
終わりへ向けて、リカルドは駆け出した。
▼
冥界を侵食する。歴史を塗り替えていく。
ゴンザレスの世界を喰らいながら、長年封じてきた向上意欲が肥大化する。
視点が違う。規格の桁が違う。元々の度量が違うのに、リカルドのソレはここに来て爆発的に広がっていく。
どちらかが止まらなければ、リカルドの成長は止まらない。ゴンザレスが1秒でも早く倒れなければ、ゴンザレスが1秒でも早く倒さなければ。神の器は最終ラウンドで完成し、次に挑む者たちの勝ちの目は無くなる。
会場にいる観客たちの鼓動が震え出す。
リカルド・マルチネスの背中に確実に迫る敗北の2文字。そして、アルフレド・ゴンザレスが吐き出し続ける限界を目前にして。勝敗を度外視して、勝敗を決める瞬間が待ちきれないからだ。
(ぐ……見えてんだ……手応えは、あんだよ…!)
意識がギリギリ保てるように被弾を抑えながら、死力を振り絞った左右の拳を打ち続ける。
当たる、確かに手応えはある。だがリカルドはお構いなしに突っ込んでくる。
当たっている、手応えはある…はずなのに!ヤツは俺たちのK.Oレベルのパンチを平然と受けて、カウンターを浴びせにくる。
(いいのか、このまま続けて。ジリ貧だろ!?)(攻めたらカウンターで痛ェ‼︎退いたら野郎のステップでボコられる‼︎どう転んでもダメージやべぇぞ⁉︎)
リングの原型を歪めそうな勢いで、突き抜ける暴風が会場を駆け抜ける。それ程の威力を感じる。それ程の洗練されたフォームだ。あれを受けて尚も骨が砕けない方がどうかしている。
「迷うなーーーーー!そのまま維持しろ!!!!
リカルドは時間が無くて焦ってる!!手数で相殺しないと倒れる証拠だ!!そのまま攻め続けろゴンザレス!」
「──────────あぁ!」
限界を迎えて死に果てかける背中に激が飛ぶ。
1回の瞬きで3歩置いていかれる。
越えられない太陽を倒すには、これ以上の速度とパワーがいる。ただそれだけのことが、第12ラウンドでは最も難しい。
その差を埋めるための方法が1つある。掴みかけた新しい境地がゴンザレスとミキストリにある。まだ不確定なものだが、最後のインターバルで結論は出した。ぶっつけ本番で成功させると。
少したたらを踏んでしまったが、ブラスの言葉で覚悟を再び思い出せた。
まだ身体は動いている。左右から同時に飛んでくると錯覚する速さのパンチを捌いている。
歯を食いしばり、さっきのラウンドの感覚を思い出して、ミキストリとの“連携を切る”。
(チッ、もうかよ…!)
瞬間、視界が、消し飛んだ。
「────────────────────────………………………………………あ、………ぁ?」
気がつけば倒れていて。
頭上を見上げれば、こちらを厳かに見下ろす漢がいる。
『た、倒れてしまった。痛恨…!
限界に先に足が着いたのはゴンザレスか!?』
1ラウンド目なら、7ラウンド目なら、10ラウンドまでなら耐えられた拳でも、突如として打ち込まれたら限界寸前のゴンザレスに耐える術はない。集中力が疲労で落ちている。この土壇場でやっていいことじゃない。
(右から入ってきた。この試合で初めてのパターンだ。
………けど、いまの衝撃で全部のプロセスが見えた)
やれる。
(ミキストリが庇ってくれたおかげだ。次からは…)
上手くやれる。そう感謝を伝えたとき、内側の異常にやっと気づいた。
(うそ、だろ、、)
返事がない。
ミキストリからの返事が、いつまでもない。
立ち上がりつつ、何度か内側に向けて叫ぶ。
だが、カウントが終わるまでにミキストリが戻ることはなかった。
ミキストリと2人でなら、という大前提がひっくり返された。心が折れたなら、どうにでも呼び戻せる。だが、ゴンザレスを庇って落ちた意識は、太陽の拳によるものだ。残り2分で戻ることは…。
「ゴンザレス!前だ、顔を上げろ!」
ブラスの声で先に身体が動く。
上げた両腕に間髪なく打ち込まれる一撃。疲労に蝕まれる身体に、更なる追い討ちをかけてきた。
この身体を埋め尽くしていく熱線、その1つ1つが手の届かない世界から放たれている。過去の仕業か、未来の暗示か、現実味のないほどに疲れを感じさせない威力と速度で、完璧な暴力が身も心も打ち砕きにきた。
「どないしたんやゴン!ここにきてビビる奴があるか!」
「体力が無いんです。意識を保つことに必死なんだ…」
「そ、それに時間も無くなってきました。本当にまずいですよ…判定ならダウン差で負けます。そうじゃなくてもK.O寸前なのに!?」
「不吉なこと言うな!ゴンが勝つったら勝つ!」
「そ、そんなこと言ったって…」
リングを駆け抜ける空振りの風圧が、観客席で騒ぐ千堂たちの視線を引き戻す。
ロープを揺らす振れ幅が大きくなっていく。大きくなるにつれて、ゴンザレスの身体も徐々に沈んでいる。
(少し…人間離れし過ぎている。
だが、分かっていたことだ。覚悟していた)
頭上の遥か先、天上の頂きが見えたというのに、なんと皮肉な事実だろう。イカロスが空を目指し、太陽によって羽が溶かされたような当たり前の事実を目の当たりにしている。
太陽を見続ければ目が灼かれる。次に身体、最後に魂を灰にまで落とされて、冥界にも還らない存在となるのに。
(きつい………キツいよ…………………きついけど…………少しでも、近づきたい…!)
このまま時間が経つのを待って、惨めに立ち尽くして死を待つくらいなら、リングの中で燃え尽きるべきだ。
ロープ際、リカルドが踏み込む時間を使って、大きく深呼吸をして近づくための酸素を取り込んだ。
この試合で、何度目かのらしくないモーションを見せてきた。驕りかと疑ってしまうが、違う。いまリカルドは純粋にボクシングを楽しんでいる。籠から解き放たれた鳥のように、思う存分に身体を使い込みたいのた。そんな姿を見て安堵はしない。逆の感情が沸き出るだけだ、どれだけ成長すれば気が済むのかと。
無駄だと分かりながら、最後の抵抗……リカルドの右ストレートに左フックを被せにいく。威力、こちらが下。タイミング、こちらがズレている。
当たる要素は、どこにもない。
(────────ここだ‼︎)
そして俺の顔は、リカルドの右拳の風圧に押されて力強く右に回っていた。…ように勘違いした。目の前を通過する右拳を見て、咄嗟に左拳に更なる力を捩じ込んだ。
(ここで…
どこにそんな体力が残ってい────)
縦に立てた左拳がリカルドの側頭部を打ち抜く。
そして、リカルドの右拳が宙を切った。
『ここに来て超高等テクニックがリカルドを欺く‼︎』
この場で状況に着いていけている者はただ1人。
今まさにゴンザレスの身体を乗っ取って、リカルドにオマケと言わんばかりの左アッパーを見舞ったミキストリだ。
(流石だなゴンザレス。最後まで諦めないと信じてたぜ)
(おま、お前ッ!?気絶したんじゃ……)
(フリだ‼︎…まあ10秒寝てたけど?)
人が心配している最中、死んだフリしてやがった…!
(見ただろ、さっきのリカルド。
俺たちが連携を切るとこまでは、ヤツにバレてた)
(インターバルで出来なかったのかよ…)
(ギアは止まってる時に変えられねぇだろ?)
それもそうだが。…なんか納得いかない。
(ともかく)(…あぁ)
相棒の復活に喜ぶのはまだ早い。
今の事実を受け止めるのが先だ。俺たちが入れ替わったのに見切れなかった、リカルドの今の限界を。
(成功だな、新
俺の意識が切り替わる。
いつか、誰もが思い描き、そして太陽の水底に沈んだ神話崩壊はまだ目前にある。俺たちはこの意識を最後まで貫こう。
ゴンザレスとミキストリ、2人が1つの身体を奪い合ってリカルドを堕とす新境地、
太陽の透視度を落として、神話を終わらせよう。
(もう一回追いつくぜ)
何度目かの確固たる決意表裏をして、最前線で戦う自らを奮い立たせる。
そうして、もう何度目かも忘れるほどに繰り返した、世界を圧倒する踏み込みでリング中央で待ち構えるリカルドへと最後の超接近戦を仕掛けた。
斬り込んだのはミキストリ。鎌のように左拳を伸ばして、リカルドの横を通り抜けるようにして拳を叩きつける。だが、距離があり、モーションは凶気丸出し。いまのリカルドがこれを見逃すことはない。
半歩バックステップして、右のカウンターを合わせにいった瞬間、ゴンザレスの右拳がリカルドの顎を突き上げる。
(また、見切れなかった!?)
答えを知るために今度はリカルドが最短距離を突っ切ってバイオレンスを押し付ける。第12ラウンドでの非常識な高速ステップワーク、2人の隙を打ち抜く左右の拳を放ち、ゴンザレスがガードに徹した。隠れるのなら上から押し潰すまでと、雨霰のように拳を打ち込んで1秒。
(鬱陶しい!!)
いきなり……そう、檻を蹴破るような獰猛さでガードを取り払い、ミキストリの右と相打ちにもつれ込んだ。
ミキストリの暴走が始まったように見えて、別のものだと分かる。ここで暴走するなら2ラウンド目で退場している。されど3ラウンドまできたなら、相打ちがいかにゴンザレスに深刻なダメージがあるか分かっているはずだ。
それなのに、ミキストリはまるで他人事のように殴りつけてきた。答えを言ったことを自覚し、自分の発言から逡巡を終えて、リカルドの背筋が震えた。
(成る程…両者が同時に前に出る新スタイルか)
お互いに反発し合い、自分のやりたいようにボクシングを描いていく。ゴンザレスとミキストリのデタラメな新
(仕組みを理解したが……見切れない。
この試合中に見切れるほど甘い覚悟ではないか)
これが付け焼き刃のものであれば、リカルドは1分とかからず動作を見切り、倒してしまえただろう。
この会場内で、ゴンザレスたちの姿を正しく見抜いている者は片手ほどもいない。セコンドのブラスでさえ、ゴンザレスの決死の度合いを読み間違えている。
自らの命を顧みず、然して捨てることは是としない。その程度なら可愛げがある。そうあってほしかった。
今の2人は、互いに互いの魂を食らい合って、食った分を力に変えて一撃を打ち出している。文字通り精神を擦り減らして、肉体の限界を精神の麻痺で誤魔化して立ち向かってくるのだ。
(なんて覚悟だ………)
魂が浮かれ踊る。
あまりの高揚感から、更なる高みに臨むままに放たれる拳の1つ1つが、打っては当たり、打っては守られる。
そんなやり取りに飽きて、疲れるだけだと理解してから。ゴンザレスたちのボクシングを羨ましがる自分を知った。
(彼を見習わなくて、なんのための身体だ)
胸を掻き毟りたくなるほど
残り時間30秒を過ぎて、リカルドは命を削ってまで打ち合いを挑まれることへの高揚感と、全力に付き合ってくれることへの感謝から、両拳の全てを殴ることに専念させる。
どれだけ打っても倒れず、また倒れることのない自分の限界を世界に知らしめるために。
(ガード下げた?だが当たらない、足捌きで補ってやがる驕りじゃない)(次はない。前しか見るな!)(でも当たる!俺が外してもお前が当たりゃいい!)(ずっと心残りだ)(なにも満足してない)(だからいま俺がここにいる)(足りないからここに立ってんだろ‼︎) (3度目は…考えるだけでゴメンだ)(そんな思考を伝達する脊髄は引き抜いて、前に進め)
友と競り合い、拳の速度を上げて、身体中の血管が張り詰めながらも猛進を強行する。互いを賭けて、互いを隠れ蓑にして、互いを鼓舞し、互いを踏み台にして、互いを押し上げて、生き残ったほうが神話を崩落させる!
(意識が落ちない。キミはまだ輝けるというのか)
残星、灯る。
「よう……待ってた、ぜ」
夜が微笑む。
太陽を覆い隠すような笑みを広げる。
冥府の星が太陽の傍で輝きを増した。
(ずっとアンタのことが眩しく見えていた)(俺の憧れで、世界最強だからだと思っていた。けれど、それは違った)(曇りガラス越しに見てた。自分でずっと謙遜してただけだ)
リカルドとゴンザレス、左拳と左拳の相打ちで足が止まる。
アルフレド・ゴンザレスの確固たる決意が、残り10秒の世紀末のリングで勝機を見出した。
(君なら耐えてくれるか?)
────その全てを、無敗神話は記録する。
全てを望んだ。
あらゆる限界を押し退けて、最後の最後にここに立っていることも、ゴンザレスなら出来てしまうと11ラウンドの時に解っていた。
だからこの場面が来ることは必須で、互いの右が、どちらかの右しか当たらないこともまた確定している。リカルドがそうするのだと意気込んでいるのだ。
「────────────」
「────────────」
舞台が整った。
これまで研鑽したもの全ての積み重ねが、最後の一振りに装填される。
右拳を握りしめて、打ち出す。
基本に忠実で、だからこそ差が出る技。
基本を極めるボクサーを相手に、それも第12ラウンドという場面での勝負は、ゴンザレスには余りにも勝機が無さすぎた。
一瞬、これまでの試合の最中で発生したどの場面の一瞬よりも時間を細切れにしたくらいの僅差で、リカルドの右ストレートがゴンザレスの顔面に打ち込まれた。
がきん。
リカルドの右拳から鳴るのは、相手の芯を打ち損ねた音。
(────手応えが)
ゴンザレスたちにとって、この場面は千堂戦の決着時と全く同じシチュエーションだった。リカルドが第12ラウンドでこの場面を想定していたように、ゴンザレスたちは試合前から最後の一騎打ちを想い描いて練習に励んだ。
その差が、ここに出る。ゴンザレスは首を前に倒して、失神する場所からずらした。
ここで、終わる。理性は、力尽きた。
既に、最初から、トドメを刺すのなら、お前だと。この場面なら死神に託すことを決めていたのだ。
(ミキストリーーーー⁉︎)
(あばよ、リカルド‼︎‼︎)
土壇場で死神の暴虐を見逃したリカルドに、冥界からの最期の一撃が太陽を闇染めにする。
ミキストリの渾身の右ストレートが、リカルドに2度目の失墜を押しつけた。
「倒しおった!?!?」
「じ、時間!時間は!」
3人が……いや、会場にいる全ての民衆の視線が第12ラウンドの残り時間を探す。
ひと息の間もなく見つけた板垣が叫んだ。
「2分58秒……ってことは!」
リング上で、レフェリーが「ダウン‼︎」と宣告する。
『ダウウウウウウンッ‼︎‼︎
奇跡……いや奇跡じゃない‼︎これは紛れもなくゴンザレスの実力‼︎3度目のリベンジャーが無敗神話の領域に至ったことの証明が成されました‼︎』
そのダウンに対する驚きと喜びは、アレナ・メヒコの地盤を揺るがすほどのものだった。
「────やったな」
「────もう動かねえよ」
ゴンザレスの拳が届いた。
千堂からの受け売りじゃない、生涯を賭して作り上げた最凶の一撃だ。この手応えに不満はない。
「────────────私もだよ」
そして、決着の仕方にも納得していた。
大歓声を上書きしたのは驚愕と感嘆の声。
口から血を流しながら立ち上がる漢の、ありのままの姿を真っ直ぐに受け止めた。
「あのカウンター受けて、立つんかい」
「────────」
試合終了の合図が鳴り響く。
途方もなく長い、10年以上もかけてたどり着いた終着駅。ゴンザレスの全霊を懸けた最凶の物語に幕が閉じられる。
フルラウンドを戦い、K.O決着にならない。
ならば残すは、判定。
12ラウンドを戦った自分を信じるのみだ。
集計結果が出るまでの待ち時間はあっという間に過ぎていった。殆ど意識が落ちていたせいもあるが、なによりも全てを出し切った充実感で満たされた時間が幸せだった。
(なあ、どうだった。ここまでやって)
(………楽しかった。楽しすぎたなぁ)
(俺にも聞き返せよ。言いたいんだよ)
(伝わってんだって。けど教えてくれ)
内側でのミキストリとのやり取りを聞きながら、ギリギリ意識を保っていられる。
(楽しかったに決まってんだろ!)
(俺と同じ感想だから聞き返したくなかったんだよ。疲れるじゃねーか)
(疲れ果てようぜ。今夜はぐっすり寝られるんだ)
(………それも、そうだなぁ)
疲労こんぱいの身体のくせに、暖かい。
熱じゃなく、心が満たされている。
アレナ・メヒコの天井を見上げながら。
両手を握りしめて勝利を祈る幕之内と板垣を見ながら。
そして、腕を組んでリング上を見守る千堂と視線を交わして。
もう、これ以上のないほどの笑みが溢れ出ていた。
(やっぱり…俺の目標なんだ)
この試合で最も痛い一撃を、最後に貰って微笑んだ。
地上に齎される陽の恵みは、やっと正常に戻った。
アルフレド・ゴンザレスの全力が玉座に届いたのだ。
だが、ゴンザレスはあと1歩だけ及ばなかった。
リカルドに1歩先を歩かせるに至られない。
自分の勝利を信じてここまで来た。
それでも無敗神話を越えるには至れない。
「だが……!」
だが、リカルドを以ってしてもゴンザレスの
リカルド・マルチネスは無敗だが、完璧には至っていない。
「アンタがいる限り、俺たちの想いは続く」
無敗神話の心に死神の鎌は届いた。
命を刈り取るためではなく、停滞した価値観を切り裂いた。
リカルド・マルチネスは決して無傷ではなく。
ゆえに、身体に染み渡る痛覚が彼の闘争心を燻った。
「────
世の理をなぞるように。
夜が過ぎて、天に昇る輝きは太陽だ。
「────
12ラウンドを戦い抜き、幾度ものダウンをバネにして、神話樹立史上初の快挙、ここに達成。
しかし、無敗神話が潰えることは永遠にない。