鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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長い道のり、終わりは短く

 

途切れ途切れの呼吸で意識が覚束ない。

不思議だ、勝利した実感だけはハッキリしている。倒れまいと平衡感覚が全力で働いている。

 

「────かった」

 

ゴングの鐘が鳴る、鳴る、カンカンと鳴り響く。

誰の勝利を讃えるために鳴っているのか。理解することに思考を割く余力が漲ってしょうがない。

誰でもない、他でもない、答えは目の前にある。

 

「………………………」

 

リングに仰向けになりながら、右上瞼をこじ開ける王島が、新王者の誕生を目に焼き付けていた。俯瞰するように見ている者こそ、それではなかろうか。

 

「そうだ、青木。ゆっくり振り返ってみろ」

「しのだ、さん」

 

背後を振り向けば涙を堪える師がいて。

世界から降り注いできた音に目を見開く。

何処かにこの驚きを逃がそうか。ダメだ、四方から音が降り注いでくる。緊張で張り詰めた静寂の3分間から一変したリングの中央で、こんな音を聞いたことがなかった。

 

「青木さーーーーーん!

やりましたねェーーーーーーー!!」

「すごいや青木さーーーーん!!!

僕めっちゃくちゃ背筋が凍りましたーー!」

 

タイトルマッチで激動の勝利を納めた勝者へと、そして10年間粘り続けた古参のボクサーに向ける祝福の音。それを日本では拍手喝采と呼び、青木勝が戴冠したことを裏付けるなによりの証拠だ。

 

『日本ライト級タイトルマッチ、新王者誕生に会場興奮止まないィーーーーーーー!!!

この熱狂! まるで世界戦のようです!!

10年越しの夢、ここに果たされたーー!!』

 

茫然と立ち尽くしながら、現実に追いついた口元が喉を震わせて問いかける。

 

「終わってみれば1ラウンドだけだった。3分で獲っちまった。篠田さん、短すぎるかな」

「俺のシャツを見てみろ。3分だけで汗びっしょりだ。お前のボクシングは心臓に悪すぎた!!」

 

鴨川ジムの文字が刻まれた白シャツを右手で掴んでみせると、大袈裟なくらいに滲んだ水分を吸収している。入場のときから師の緊張感を感じ取っていたために、彼の安堵具合がどれ程のものか想像に難くなかった。

加えて、目の端には王者の輝きを反射する一筋の道が出来ていて。

それを見てしまえば、意外にも短い夜だったと言葉に表すのは弟子としては失格だろうから。

 

「だから、これを巻いて見せてくれ。青木勝が王者になったところを。皆んなに」

 

チャンピオンベルトを両手で支え、ライト級の銘が刻まれた王者の証を見せつける様子は、クリスマスにサンタからのプレゼントを貰えた喜びで包装ごと親に見せつける子のようで。

勝ち取った張本人よりも喜んでいるのは、自分の教え子が初めて戴冠したためだから仕方ない。

疲弊してクタクタだった両腕は、調子の良いことにベルトを巻くための労力は惜しまないらしく。千切れたと思っていた筋肉繊維はせっせと腕を上げて、師がベルトを巻き終えるのを待つ。

………たったの数秒なのに。

今し方、短いと思っていた3分間とは打って変わり、ベルトを巻くまでの数秒が長く感じる。

王者に跪くようにしてベルトを腰に回す篠田が歪む。あれだけ鮮明だった玉座からの景色が滲んでいく。5年前にこの手で掴めなかった念願が叶った場所で、10年間のボクサー人生がありったけ頭の中に溢れ返り、肩を振るわせて流れ落ちていく歓喜を誤魔化した。

 

「今まで持ったどんな物よりも重いよ…」

 

俯きながらは格好がつかないため、胸を張って水面に沈んだ会場に王者たる青木勝を刻みつける。

それを見た観客たちが一斉に拍手、拍手、手のひらを叩いて青木の涙腺を揺らし崩していく。

ひとり、歯を食いしばり。

まだ早い、やりたいことがある。

喉声の主導権を無理やり奪い返すためにケツの奥を握り締めて、背筋をもう10度逸らしながら夢を叫ぶ。

 

「これ、巻いて、自分のベルト巻いた木村と写真、撮りたいっす。撮れるっすよね…!」

「ああ、勿論だ!! 今日、絶対に叶えてやるぞ」

「ぜったい!! どうか、たのんます…」

 

そうして約束を交わし、師の背中に想いを託した青木は、拍手喝采の彼方に一礼をして会場をあとにした。

最後まで見送った鷹村は、腕を組み直した。

3分間のタイトルマッチ、その最後の攻防を振り返るためだ。青木と王島のボクシングにも、なにか学べるものがあるやもしれないという探究心のせいだ。

最後の最後で、王島は警戒を怠ったのだろうか。静かに目を閉じて、それを否定した。王島は最後の最後まで勝つ気でいた。警戒を最大まで深めた結果、無意識のうちに逆よそ見に引っ掛かるまいとしたのだ。アレが弱点を利用した技だと理解していたが、その原理までは読み解けなかった。

王様の最後の右の一撃で目蓋を押し上げた時、眼差しを釘付けにされたことに気づいていれば、試合の結果は逆転していただろう。薄氷の上の勝利には、青木の2ヶ月間…いいや、10年間が余すところなく詰め込まれていた。

なんと長い下積みだろうか。

流石の鷹村でも、その歳月には足踏みしてしまう。

しかし、よそ見をさせる為の…。

 

「逆よそ見。アイツらしい発想だ」

「鷹村さん、最後引っ掛かってましたね」

「……………」

 

心地良い時間に横槍が入る。

心の中の大魔王が顔を上げたが、板垣の顔はお祝いムードが満載で。今のセリフはそこからうっかり漏れた失言だ。大魔王にはお帰り願いつつ、この憂さを幕之内にぶつけようとして、とある人間の存在感のなさに気づく。

 

「あれ、トミ子は?」

「………うっ。気絶してる」

「まあ放置してても誰も触れないし」

「それもそうだな。見なかったことにしよう」

 

女性の理想像の似顔絵をシュレッダーに通したかの如き顔付きで横たわるトミ子を見つけた3人は、周囲の観客の迷惑にならないことを加味して知らぬ存ぜぬ相手と定めた。

以降、トミ子は木村の試合が終わるまで目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 

 

 

OPBFライト級タイトルマッチ

 

伊賀 忍

VS

青木 勝

 

クルーザー級編 後半

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※くだらない独り言、長め。最後に【次回予告】入れたので、興味なければそちらへどうぞ。


3ラウンド以内の決着。
青木と王島の試合を練る時、これは絶対だなと思ったんです。
速攻を好む王島を相手にするなら、青木が勝負を仕掛けるのは後半ではないか?
今江戦のように、フットワークを奪ってから泥試合に持っていくしか勝ち筋ないよね。
こう考えたら、それ今江戦でやったじゃん!っていうような試合内容しか案が出なかったんです。二次創作で展開する必要はない! じゃあ速攻決着の自分の独壇場に引き摺り合うボクシングだ!
そう決めてから初期案を『3ラウンド目決着』で作り上げました。しかし初期案は『鷹』の連載開始前に作ったもの。執筆を重ねるにつれて、3ラウンドだと冗長になることが判明し、2ラウンドに縮めてみて。それだとパワフルさが少し欠けているようにみえてきて。熟考を重ねた結果、1ラウンドでありったけ全部もってけ!!の案に辿り着きました。

ほんっとーーに!青木の試合を書くの難しい。
パパイヤの時もですけど、ボクシング以外のものからボクシングで実用できる技を考えるところから始まります。そんなことしなくていい? そんなことするのが青木なんで…。
もうね、案は出したんですけどね、意味わからなくて。パントマイム、ムーンウォーク、寝たふり、ハトダンスとエトセトラ。案出して試しに書いてはボツ。ボツ集に移すこともなく削除するのを繰り返してました。減点まみれの試合とかテンポが終わってる。
で、迷走した果てに辿り着いたのが、よそ見でした。そうだ、原作青木から技を派生させよう!から生まれたのが『逆よそ見』です。
そもそもタイトルマッチでよそ見は書きたかったのですが、王島相手に通じるとはとても思えませんでした。ほぼボツにしかけていたところ、よそ見に引っ掛かるためのよそ見を作れば解決、と思いまして。こうして新必殺技を携えた青木は、見事に王島からベルトをもぎ取ったわけですね。
よそ見を決めた最後の逆よそ見(王島の右ストレートを受けたあと)は原作のベルツノを意識しています。ベルツノ、本当は入れたかったけど直前で変えました。王島の右ストレートで目蓋を無理やり上げるのは1週間前に思いつきました。この作品は下地と思いつきの半々で出来ています。

原作ではいま千堂とリカルドが試合をしていますね。早く続きがみたくてうずうずします。幣作でも2人の試合開催を発表しているので、原作に触発されながら書いております。
王島青木戦の初期案を考えた頃は、2025年には青木と木村もタイトルマッチやってるだろーと思ってたんですよ。いやーーーまだでしたねーーー!!
でも私はー!いつまでも原作青木村のタイトルマッチを待ってますから!!!
読者の皆さまは? えっ、伊賀がフェードアウトしたからどうするか予想つかない? それはそう。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
しおり機能がありましてね、最新話の更新して数時間で皆さんが最新話に来てくださってるの見てモチベーション上がりました。嬉しい限りです。
2度目の青木村のタイトルマッチは鷹の連載開始前から私自身が熱望していたものですので、ここまで連載を続けられて感無量です。いま疾景木村戦を全力執筆中ですので、これ書ききったらまた色々と語りたい所存。
お気に入り、評価、感想もいただけて励みになっております。ありがとうございます。まだまだ先は長いですが、着実に一人一人のボクシングを書き上げていきますので、これからも見守っていただけると幸いです。





【次回予告】

木村タツヤ、最後の王座挑戦に立ちはだかるは。

(ひと先ずは俺も、1ラウンド決着めざそう)

日本圏内最も異質のボクサー、柳洞疾景。
竜の拳で研磨されたボクシング観、神の領域に手を伸ばし続ける熱意、その悉くが王座から遠ざける。

(強い……強いよ。俺のキャリア全部が崩れてく)

過去最強の王者に全てを打ち抜かれて、5年前の敗北にまた重なっていく。それでも10年間の足跡を思い出し、心を合わせて前へと突き進め。

(ただ、走りきれ。それしか出来ないだろ…?)

あのスキマの向こうで、友が待っている。


2025年12月20日(土) 最後のメインイベント開幕




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