鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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必殺技×必殺技

 

ゆっくりと、足元のダメージを確認しながら試合に復帰する木村。その過程で一度たりとも疾景に視線を向けなかったのは、見上げること自体が疾景の所業を神か何かだと思い込むことを避けるため。

精神的な防衛も完了し、十分に息を整えた。抜けきれない痛みで恐怖心を吐き出して、再開だ。

 

『さあ挑戦者立ち上がった‼︎

第4ラウンド残り10秒、逃げ切れるか挑戦者⁉︎

そして仕留めにいったぞチャンピオン‼︎‼︎‼︎』

 

とんとん、石橋を叩いて渡るような慎重さ且つ迷いのない踏み込みで、2秒で中間距離まで迫った。

冷淡な目を向ける王者。そんなものか?という疑問の眼差しと、まだあるでしょ?と警戒心。

 

そして、左と左が交差して、疾景の左だけが頬を打ち抜いた。

 

(…………? エレキ相手に振り絞った気迫がない。

スカせてから殴ろうと思ったのになあ)

 

迫力なしのカウンターで木村がたじろいだ。

そこを追撃することなくゴングが鳴り、レフェリーの介入で第4ラウンドの幕が閉じる。

 

『左1発のみ! 相手の調子を確認したのか王者!? かつての沢村を想起させる行動に怖気がします!』

 

木村が何か出来たのかは見ている側からは分からない。

会場の雰囲気はただ、弱っているようにしか見えない獲物を観察し、感触を確かめた疾景の行動に嫌な予感を積もらせていくばかり。

 

(まともに動けるのは、あと……)

 

神の眼差しは、自分の高度にまで到達した燕のような凡人を捉えて逸らさない。

何があろうと、決して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神話の左、竜の右。

疾景を象徴する2つの言葉は、それぞれリカルド・マルチネス、沢村竜平の拳を指している。

リカルド・マルチネスに憧れ、青年期から追い求め続ける、神話の左ジャブ。

沢村の師事がなくとも、延々とスパーで受け続けて体得した、閃光。

ボクシングの基本となるジャブとストレート、それぞれの頂点に位置する必殺を身につけたボクサー。

柳洞疾景を最強と言わしめるものは、それだけ。

 

「ボディストレートは打つが、ボディを打った記録はない。それどころか、フックにアッパーもだ。疾景のやつ、ジャブとストレートだけで日本タイトルを取りやがった」

 

立ち上がる木村を見守りながら、鷹村は疾景のボクシングスタイルを語る。

鴨川軍団は当然だが知っている。木村にスパーの協力をするために、疾景の試合や雑誌は何度も目を通したからだ。その上で見せつけられる現実は、簡単には受け入れ難い。

「タフな外国人ならともかく、国内ランカーはワンツーが強けりゃ案外どうにかなる」の鷹村談には、左腕一本で日本タイトルを防衛してみせた男のセリフとして納得しかない。

 

「ジャブとストレートしかないボクサー…」

「だけど、凡ゆるジャブとストレートを状況に応じて使い分けてるんだ。本当に強いよ」

 

緩急を付けて、神話の左に頼りきらないところがリズムの変化を生み出し、木村が慣れきれない要因となっていた。そこを突いた沢村譲りのカウンターを叩き込まれては、隙のなさに膝をつくほかない。

 

「柳洞の野郎あと幾つ技あんだよ!?!」

「神話の左ジャブ、手打ちの左ジャブ、2つの混合左ジャブ、カウンターは置いといて、右の閃光。

手打ちみたいに隠し球が無けりゃ、これで全部だ」

「全部って、多すぎる…。どうすりゃ…」

 

疾景は持てるパンチ出し尽くし、コーナーで悠然と挑戦者を見下ろしている。

あの態度を崩すことは出来ないのか、と頭を抱える青木。鷹村は冷静に逆転の手を述べる。

 

「残すは木村のドラゴンフィッシュ・ブローだ。当てたら一発逆転、カウンターを合わせられたら、木村は攻めの支柱を無くす」

「そ、それって……」

「疾景は待ってるだろうな。警戒心全開で、木村の心を折るために。正直言いたかないが、狐を描くあのパンチを今から当てるのは不可能だ」

「間柴の時みたくよ、なにか仕込んでるはずだ! 俺たちが気づかないだけで、必殺打ち込むために!!」

「……上も下も、満遍なく打っていました。

潜り込めば閃光、離れれば神話の左。ここから大振りのパンチを当てろったって、僕が疾景の立場でも易々とは許さないです」

 

情報を整理しても、出てくるものは絶望ばかり。

それは不味い。観客席が暗いだけで選手は気が沈むことを知っている幕之内が立ち上がる。

 

「皆んな、悲観ばっかしちゃダメだよ」

「先輩…」

「木村さんはまだ諦めてない」

「一歩の言う通りだ。声出してけ!」

「はい!!!」

 

続くように立ち上がった青木たちが必死に声援を送るなか、第5ラウンドは幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

折り返し地点に来た、と思う観客は少ない。

全力を投入した疾景の初動で、木村は驚く声も上げられずにリングに伏していた。

木村へと注がれていた応援が潜んだのは、固唾を飲んで見守っているから。いきなり視界に現れた終点に、いつ停止するのかを見逃さないために。

疾景の行動がまた、終点への注視に拍車を掛けた。様子を見ていた先程とは一転した攻めの姿勢。

 

(咲いたよ。おめでとう。アンタは強くて逞しい幹だ、花開くまでに時間が掛かる図太い種だった)

 

勝機の到来間近を感じ取り、咲き散る椿の姿が待ち遠しくて。遊戯場を見つけた子供のように揚々と、遊ぶ(倒す)ために駆け出した。

 

『あーっ今度は王者が一気呵成! 多種多様のワンツーを使って挑戦者に絶望の矢を射ち放つ!』

 

防戦一方の木村。最初のジャブに狙いを定めたカウンターは失敗し、ガードを上げ、ロープ際で必死の抵抗をみせる。出鼻を挫かれずに勝利へと邁進するボクサーの強さは、痛いほど知っている。だから、心の中で叫ぶ。

 

(ちげえっっ、ちげえ!!!

カウンター狙えるパンチだ、そればっかだ!!

脇を開けて大振りで待ってやがる! 俺には目の前で頬を晒して煽ってるようにしかみえねえ!)

 

滅多打ちにされている訳ではない。

ロープに押し込むパンチはリズム良く、脱しようとした先で待ち構えたストレートが退路を塞ぐ。

一見すれば単純な動作、カラクリだが、疾景の持つ迫力あるワンツーが観客に勘違いさせている。木村は手を出せずにいるのだ、と。実際は、出せるのに下手に出したら負けるから出せない、だ。

ガードを意識しない攻めは、カウンターを合わせる自信があるから出来ることだ。相手にガードさせて大雑把に体力を削りつつ、ジリ貧になって前に出たところをトドメのカウンター。自分の被弾はイコールで相手に返すつもりだ、やっちまえる反射速度がある。自力の差の使い所が上手すぎる、このままじゃ本当に思う壺だ。

その姿は、まるで。

 

(科学と暴力、リカルドでしか成立しない融合を目の当たりにしてる気分だ)

 

本物とは天と地の差がある。

木村タツヤが立っているのが証拠だ。

 

疾景は、その差を楽しんでいる。

これが疾景の鑑賞なんだ。

ピッタリだよお前ら師弟は……!

けど、だぜ?

 

(俺にだって負けねェくらいのヤツらがいる。

そんな気迫に飲まれるようなら試合してねェよ)

 

太陽の如き熱波に晒されながら、尚も仲間のことを忘れることはない。うっかり枯渇しかけていた勇気を充填すれば、一発分の覚悟が決まる。

 

(カウンターは狙わせてやる。

ただし、おあいこだっこのヤロウ!)

(っ……は)

 

神話の左ジャブに狙いを合わせた右の1発。利き腕とそうでない腕、実力差を鑑みて生み出したギリギリの相打ちが王者の勢いに待ったをかけた。

 

「今度は木村さんが相打ちに持ち込んだ!!」

「狙うのと狙われるのじゃ立場が違う。またバケモンみたいな左ジャブに合わせた、流れが戻るぞ」

 

鷹村の声は期待に満ちていた。

誰あろう彼だけは、木村の決死の覚悟を、この先の数十秒に込める想いを見抜いている。

だから、再び飛燕が舞った瞬間に、その意図と一連の攻勢を知り、微笑んだ。

 

(飛燕? もういいよ、タイミングはバッチリ掴んだ。燕の遥か上から捩じ伏せて、左ジャブは去ね)

 

求めていたものではないことに眉をひそめ、期待値を下回った愚図に鉄槌の左を構えた。

天に晒した片翼は、その一撃で溶かされて空を飛べなくなる。あとは自由を失ったソレに右を知らしめて、天へと登る道は完成する。自分の頭が、天井を向いているまでは、そう思っていた。

 

(飛燕、アッパー────!)

 

翼を翻し、クチバシを空に向けて突貫する姿に、神の拳は狙いを外した。あろうことか視界は回り、決死の上昇ダイブで点となった燕を見失う。

 

『ここに来て! この試合で初のアッパーが王者を上空にかちあげる!! これを狙っていたか挑戦者!?』

 

慢心、はあった。

付け入る隙としては、下品な種類だ。

なにせ誘発したんだ、自分を犠牲にして。

だから、ただ必殺技を打つだけなんてしない。

 

(ここだ‼︎)

(………あぁ)

 

さらに奥へも踏み込み、自分を視認していない王者の真正面へ。そこから右足を軸に左脚を右斜め前方へと踏み込めば、そこはボクシングにあるまじき聖域が生まれる。

 

「位置を右に移し変えた。疾景が起き上がっても前に木村はいねぇ。カウンターのストレートは来ない。見失った木村探す一瞬のうちに、必殺技を安全圏から打つ」

 

姿勢を低く構え、長いスパンを疾るヘッドハントはポジショニングと同時に装填を終えた。

アッパーの衝撃から復帰する様子を確認し終えたことで、この必殺技は滞りなく発射。大地から天上へ、神を打ち落とす奔流が飛び上がる。

 

「あの王者相手に…。ドラゴンフィッシュ・ブローを当てる完璧なプロセスだ」

「一瞬で一気に最大火力!」

 

起き上がった疾景を待っているものは、真正面ではなく左側頭部を狙う必殺技。いくらカウンターの天才とはいえど、見失ったパンチにカウンターは合わせられない。

現在進行形でボクサーの欠点を突かれていることを知らない疾景は、身体を起こすことより優先したことがある。今の場面を、練習風景から思い出すこと、だ。

 

(これを待ぁーーってたよ、ずっとね)

 

左脚が捩れる動作を確認したのは、観客席から見ていた鷹村らだけだ。

ソレを目撃した、次の瞬間。疾景は不安定な姿勢を強引に起こし、恐るべき体幹でもって木村の絶好の打点ポイントから退避を果たした。その位置は、逃げたというよりも、ポジションを取り直したと言う方が正しい。

 

「あ────あぁ」

「ば、ばかな……」

 

疾景の左側頭部目掛けていた木村は、視線を合わすことなく立ち位置を把握していた疾景に恐怖心を抱いた。

木村の左斜め前。そこは今しがた、自分がアッパーを打った場所だ。そんなステップをすれば普通、タックルと見做されて減点もの。自分が作り上げたリズムが崩れる恐ろしい行動だというのに。

 

(な、んで俺の場所が…!?)

 

躊躇いなく疾景はそこに移動した。

木村の必殺技の軌道から外れ、ボクシングにあるまじき聖域…パンチの届かない安全圏へと。

 

(軌道修正、間に合わ────)

 

5年間、リングの上で供に過ごした相棒に無様を晒させた。そのことに怒りが湧き上がり、不発の2文字に不甲斐なく思う余裕もなく、歯を食いしばる。怒りが無ければ、その瞬きにはきっと。

 

(────────そ、、ん────────────────────────────な────────)

 

起き上がり、迷わず標的へと狙いを定めて立ち位置を確保、通り過ぎる必殺技に間髪入れずの必殺技。

余りの鮮やかさに、閃光が放たれた瞬間を目撃することは誰一人として叶わなかった。

 

(椿の花だ。生涯を賭した肉体を散らしていく様相に、好みを重ねる瞬間がたまらない)

 

右の打ち下ろしが木村の顔面に激突し、腕を投げ出した姿を見て、疾景は勝利を確信して踵を返す。

決着の合図が鳴るのを待つために。

拳で足掻いて、レフェリーの判断をカウントへと不時着させる。10秒間を延命する応急措置に胸を撫で下ろした幕之内の横で、鷹村は苦々しく呟く。

 

「っ……狙ってやがったな」

「今のが、狙われていた!?」

「わざとアッパーを受けて、ドラゴンフィッシュ・ブローを誘った。仰け反らせて弱点をカバーすれば当てられる。木村の思惑を、あの師弟はとっくに思いついてたってことだよ」

 

言葉はない。そこを読まれても、その上で当てることが必要だった。プロとして、無情だが飲み込むしかない。

 

「そもそも、あのパンチは疾景相手に当たるもんじゃなかった………かもな」

 

だが、その言葉に立ち上がって抗議を入れた青木。プロとして、ベルトを追ってきた友として、その言葉を認めるわけにはいかなかった。

 

「当てられる。俺は信じてます」

「青木…」

「ちょっ、どこいくんですか」

「ここじゃ遠い」

 

それだけを残して駆け出した。

誰も後は追わない。あの2人の間に入ることは、余計なことだと分かっていたから。

しっかりとリングの上の仲間に、立ち上がれと声援を送るのみだ。

 

(────ぁ、はや、く)

 

立ち上がる労力を掻き集める。

砂漠に顔を埋めて深呼吸でもしているのか、ろくに呼吸が落ち着かない。

それも、そうだ。ここまで全力で駆け上がって、駆け上がり続けてきた。息が切れるのも仕方ない。生命活動を優先して、試合続行を手放そうとするのは仕方ない。

 

(利用、しやがった…。あいつ、わざと…!

あの野郎、端っからこうするつもりだった…)

 

駆け上がっていた階段は、やがて大股でないと一段を踏めなくなり、更に月日が経てば一段登るのに十歩以上を要求された。ここは、そういう場所なんだ。

登りきった俺が今に見た先は、下。

例えるなら、花道の向こう側。試合あとのリングの階段。降りることしか出来ない、人間の限界…引退だ。当然、花道だけは綺麗さっぱり消えていた。

 

心臓の音が聞こえる。

脈打つたびに痛みを伴いながら、敗北の二文字が近づいてくる。下を向けば、何かあったのに。

なん、だっけ。

 

「きむらあああああ!!」

「────あ、」

 

それは、どこから聞こえた声だったか。

友の声に弾かれて、顔を上げる。

 

「前だろ!!

リングは!! 前にしか続かねえ!!!」

「…………ぁあ」

 

当たり前のことを、馬鹿みたいに叫ぶ。観客席前方から、迷惑考えずに、とんだ野郎だ。

…そうだ。俺たちを止められるのは…俺の、俺たちの拳だけだ。

 

「今以上の一発なんて考えるな。そいつは逆効果だ。お前は当てるだけでいい!」

 

篠田さんの声も聞こえる。

まだ、戦える。忘れるな、俺は諦め悪さだけの、ワルだ。生きた証を求めて彷徨う怪物だ。

一瞬の激励で、意識だけは回復した。そして皮肉にも、リングの唯一の安全地帯であるマットに倒れ込んだことで、勝利への足掛かりも見えた。

『武器が一級品なら頑丈さはそれ以上。』

『身体能力すらも神話級ということに…。』

また、記憶したことに導かれた。少しだけ都合が良すぎるだろうか。いいや。

 

(そりゃ、俺から必要以上に攻めたら跳ねっ返りで自滅するわな)

 

落ち着いた、それだけ把握すれば、今は大丈夫。

それに、今のダウンのお陰で……。

熱波を抜けた先で待ち受けていた、悪魔を宿した赤い絨毯。視界いっぱいに敷き詰めた椿の骸たちを飾る不粋者を、拳の真ん中に捉えた。

 

(………椿は落ちたのに、また立ち上がった)

 

疾景は喉を鳴らして、グラつきながら起き上がった木村のことを見つめていた。

生唾を飲み込んだのは何故か。疾景は逡巡のうちに理解していない。この思考は、カウンターパンチャーにあってはならない迷いだということを。

 

『悲痛な叫びとともに試合続行です。見ているだけでも苦しそうな挑戦者、立て直しは出来るのか』

 

雰囲気は熱波に飲まれていた。

神の拳を目撃して、日本で崇めたことに胸を打たれる者が現れるほどに、彼の勝利は揺るぎない。

 

(試合が相手に傾くと、夕焼けに足を止めてた)

 

木村タツヤには、その意味が痛いほど分かっている。間柴了との試合で木村達也が敗北してからというもの、時折あの日の夕焼けを見てしまうからだ。

 

(───はしれ)

 

3センチ。あの距離が俺の頭蓋を叩き、脳みそに呪いの枷となって巻きついた。今は何センチ足りない、なんて振り返ると自己嫌悪に陥る。さっきは危なかった。

 

(────はしれっ)

 

前に出て、頼りない足元で疾景の全身に抵抗する。

先んじて出した左も、守りから移行した右も、がらがら音を立てて崩れていく。

ここに明確な差が浮き彫りとなる。もう十分だった、自力の差があるのは分かった。だから、夕焼けに黄昏る男の背中を見て反動にするのは、これきりだ。

頼ってばっかじゃ、見送られた意味がなくなる。

 

────助走距離、十年間。

 

(ただ、走りきれ。それしか出来ないだろ…!)

 

5度のカウンターを浴びせて、尚も倒れない。だが、終わりは間もなく。これが沢村が見せたかったものか、と納得した疾景は、相性の悪い男の足掻きを目に焼き付ける。

 

(そこいらの死に損ないになったボクサーは論外だけど、鴨川ジムのボクサーは違った)

 

それもここまで、と疾景は断じた。

なぜなら、今の右ストレートは芯に響いたというのに、単発。追い縋ることも出来ずに、こちらの右の大振りを見せるや必殺技のモーションに入っている。

右のフェイントを入れた。

打たずにバックステップ。

それだけでバカの魚釣りは完了だ。

何か、不愉快なモノを避けるように下がった無意識を、自覚しないまま。王者はその役割らしく、玉座に座して献上される花弁を待ち構えた。

 

(死に損ないだね。ホラ距離も分かってない。空振った魚の舞いを見届けて叩き潰す)

 

ドラゴンフィッシュ・ブロー。

低姿勢から右を弧を描きながら繰り出し、相手の顔面へ向けてと振り放つ、()()()()に発明された必殺技。アレは身長差のある2人だったからこそ成り立つ一撃だった。それに比べて今の2人は? 身長差たった3センチ、その技を使う意味はまるでない。

ただただ、カウンターパンチの格好の的でしかなく。4ラウンド積み上げたものを自ら手放す自殺行為、それも再び距離が離れている相手に繰り出す愚行。

と、決めつけた直後。

 

燕の両翼は崩れ落ち、焦げた皮の下から龍の鱗が現れ、自分を追い越して、前へ迫っていた。

 

(────え────────)

 

気づいた時には、築き上げた優位性が雪崩れていた。

待ち構えて右拳を構えていた疾景は、通り過ぎる必殺技が目前にあることを理解できない。どう足掻いても掠りもしない程に距離を取った筈が、今や木村の姿は。

 

(ふところに……!? バカなッ───)

 

後悔は続く。

リズムに合わせて、既に閃光を構えていた。構えたということは閃光にとっては打つことを意味し、閃いた右拳は、飛び込んできた右拳と行き違いとなって空振りだ。

生死の境目に飛び込んだ凡人は、死した必殺の右拳を握り込む。直後に骨身に染みる衝撃は、この試合で初となる勝利への手応えとなって木村に反動した。

 

「ガッ─────?!」

 

疾景が自分の欲しいパンチを木村から引き出したように、同じことを仕返した。これはそれだけのことで、事の顛末は、単純だ。

疾景が距離を取るのを待ち、必殺のモーションに入る。そして空振りを再び狙わせる。空いた距離、決して当てられない必殺、当然カウンター狙いだ。それは閃光が来ることを意味し、空いた距離が準備の差となる。

木村 タツヤがスイッチを練習し続けていたことを覚えているだろうか。この試合でまだ1度も使わなかった理由は、ここにある。カウンターのタイミングをズラすスイッチという技術を、ドラゴンフィッシュ・ブローに掛け合わせ、長い距離を一気に詰め寄り、間柴用に開発した必殺技をカウンターパンチャー相手に使える代物へと改造を施した。

 

「っへへ、まずは」

 

倒れ伏した疾景を見て、1つ、取った、と呟き、宮田に感謝を送る。

 

これこそ、環境に合わせて進化を遂げた、竜を倒すための龍のツメ。

即ち、ドラゴン・グローと……!!!

 

 

 

 

 

 

 

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