鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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かつての夢は目前に

「舐めすぎて負けるのはナシですって〜」

 

沢村竜平に師事を仰いでから2年。

あの日は世界戦に乗り出そうかと会長と話していた時、話題が世界戦から幕之内の復帰に飛び、そして幕之内と沢村の試合へと変わってから言い放ったセリフだ。

当然、横に沢村コーチはいる。俺は陰口を本人の前で言う主義だから、堂々たる宣言に会長は青ざめていたけれど。いつもは談笑に入ってこない沢村コーチは、この時ばかりは口を開いた。

 

「幕之内は土壇場で成長しやがった」

「デンプシー破り破りですよね! あれ凄いよ、見ていても脚の断裂が伝わってくるんですもん。

勝つために試合中に成長するって、あんな痛い思いするんです? 練習が足りないだけだと思うなぁ」

 

当然ながら拾い上げて会話を続けさせる。

珍事に手を伸ばすくらいには退屈なんだ。

 

「幕之内の試合を他に観たか」

「タイトルマッチ2本くらいっす。昔っから似たりよったりのことしてますよね〜。

よくアレで復帰したもんですよ。試合の度にごっつんごっつん、工事現場かって音を出して出されて、身体も拳も砕けやしないかヒヤヒヤ!

洋風ホラー観てる気分」

 

これには同意らしく、1秒は黙って目を瞑っていた。

すると、何を思ったか。彼は自分の弱さを全て肯定した。

 

「俺の実力はあの試合そのままだ」

「まっさか。らしくない弱気じゃないです? 中の感触だのでしょ、趣向は分かりますよ。観察したり、最初のダウンは失敗だと言いますから。

勝てた試合を取りこぼした、それだけでしょ」

「お、おい疾景。煽りにしか聞こえない言い方はよせ、目上の人間に失礼だろ」

「………事実ですから」

 

彼の話をすると、コーチは沢村竜平として敬意を表する。彼なりに思うところがあるのだ。幕之内一歩には、俺の拳でもでも届かない理由を持っている。何となく、彼には勝てないんだと思い知り、同時にそれでも…とも。

そんな望みに掠る提案をしてきたことを、俺は後々になって知った。

 

「ちょうど、世界戦の前にやっておきたいボクサーが戻ってきた。そいつと試合しろ」

「へーーー前回それ言って2ラウンドで勝っちゃいましたけど。なにも参考にならなかったです」

「バカがクソみてぇなコンディションで来やがった。プロ失格だよアイツ、裏でちょいと文句言ったら引退するくらいのクズ肉だ。2ラウンド掛けたお前も悪い」

「おっっまえホント、なにやってんだ!?!」

 

確かにミスマッチだった。

イライラしてレフェリーが止めるギリギリを狙ってサンドバッグにしたことは反省している。だが、レフェリーの判断力を見定めることは重要だと思う。個々で判断基準に差があるのは、幕之内の試合と他のボクサーの試合を観れば一目瞭然だ。

それは置いておくとして、ここまで酷いことをするにも訳がある。

 

「アナタのように強いボクサーと試合できずにフラストレーション溜まってますよ。ねぇ」

 

強者不足に尽きた。

国内の名だたる?ボクサーは倒しきってしまったが、彼らは沢村コーチの足元にも及ばない。まだ関西の不良軍団の方が骨がある。そんな不満たらたら流す口に、最後だと念を入れた約束をしてくれた。

 

「鴨川の門下ってのは、恐ろしい事態を引き起こすフシがありやがる。

世界に行くって豪語するんなら、あんな雑魚に手間取らずに勝て。血反吐塗れになったら───」

 

なったら、のあと。

何故かコーチは言葉を切ったんだ。

どうしてか、教えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

──

 

───

 

 

 

 

 

汗臭さに嫌悪して酷い目覚めを味わう。

閃光をまた貰ったのか、と自分に呆れていると、「7」と高らかな叫び声が聞こえて。

 

(閃光に……っ、俺は!)

 

泥水から抜け出すような倦怠感を引き千切り、声の方に突撃するつもりで身体を立たせる。

レフェリーに寄りかかり気味に体勢を整えれば、つい10秒前の記憶を脳が処理し始めた。

 

『立ち上がった!! 8カウントで立ち上がりました! だが妙に体幹が覚束ないか?! 危うげにレフェリーが手を合わせ……試合続行が言い渡された!!!』

 

歓喜、悲鳴、落胆、肌で理解できるほどの感情が会場を乱反射し、試合の行方に注視する人たち。賑やかな喜怒哀楽を浴びて、一連の流れを理解した。

 

(クロスカウンターになってたんだ。俺でさえ、コーチの右に被せたことないのに…!

椿が落ちたボクサーがやってみせたって!?)

 

2度のダウン直後とは思えないダッシュで迫り、無理を押して近距離戦を仕掛けにきた男の眼差しに脳を射抜かれて、精神の昂りが天井知らずに上がっていく。

 

(すごい、凄いよアンタ。この試合が終わったら、沢村コーチと試合(たたか)ってくれ。

絶対、オモシロいに決まってる……!

未体験が押し寄せる、この試合の次くらいにね!)

 

喜び、だった。

ダウンして、仕留められる立場にありながら、可能性だったものが実現できることを体験した喜びに満ち溢れていた。

沢村竜平の閃光に、何度と柳洞疾景の閃光を被せても打ち破れた。精度の問題か、二代目のサガなのか、疑問符のまま移行しなかった壁に風穴が空いた気分だ。

感謝の標しにと、右を狙い澄ます。ガードの緩いところから顔に捩じ込もうとした矢先、その異常事態に気づく。直後、身体を折って、痛みを逃がそうと防衛本能のままに後ろへと退がっていた。

 

「なっ────!?」

 

今度は、さっきとは正反対。

右のカウンターを掻い潜った男は、右の拳を鳩尾直下に叩き込んでいる。

…カウンター? 震えた腕で投げ出すように打った、情けないパンチに名前など付きはしない。

 

「ここにきてボディは効くな」

「木村さんの必勝パターンきましたね!」

「ロクにカウンター狙えてねェぞ! チャンスだ攻めろ木村!! 一気に決めちまえ!!!」

 

そうして再三のカウンターは不発に終わり、太陽の如き視点から見下ろしていた燕が、今や上空から攻め入るまでに膝が落ち掛けていた。竜以外に上を飛ばれて、飛び上がるくらい喜んでいるのに、万全でないことが歯痒くて。

 

(念願叶ってるってのに、どうして震える)

(止まるな、止まるなっ、打ち続けろ…!)

 

ロープに軋む身体、ガードに徹した情けないカウンターパンチャー、神話の左が泣いている。

沢村竜平とのスパーですら、ここまで落ち込むことはなかった。しつこくなかった……!

 

(間柴の心境が分かる…! ガードしたくない、どこを守っても打たれる気がしてならない!

コーチ相手とは違う種類の恐怖に脅かされてる…! コーチが見せたかったもの、これか!?)

 

その思惑を理解したのも束の間、ガードを解くことはできなかった。間も無く4度、身体が折れてゴングが鳴る。優位性はこのラウンドで落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コーナーに戻り、椅子に腰掛ける。

沢村コーチはリングに出てこないし、話しかけてくることは稀だ。今日が珍しい、いや初めてなだけ。コーチ以外にダウンさせられたのは初だ、今日は初めてのことが続く。

沢村コーチに合わせる顔は、もう少し整えてからにしよう。だから目を閉じて、いつものように精神統一に1分間を費やす。

 

────知るか。

 

カウンターのコツを問いかけたことがある。返答はいたってシンプル、分からない、だった。天才の壁にぶち当たるのは何度目だろう。こうなる度に天才を泣き転がしたくなって、「身をもって学びます!」と言いつつスパーを申し込むんだ。

俺は今日もリングを這い回る。真似出来ない技を受け止めつつ、天才を地に落とす手順を模索する。

 

────腕ってのは肩甲骨から動く。ジャブのモーションが無いやつは肩甲骨から上手い。

 

────一段飛ばしで進むのはやめろ。その差が結果に繋がる。たかだか一段に泣きたいか?

 

彼の()めるグローブを悪魔の充血した眼のようだと思っていたが、いや事実この認識はスパーをするたびに強くなる一方だが、でもその訓えは段々と腑に落ちる。

精神統一は、振り返りの時間。

自分を強く正すため、凶気を覗くひと時。

 

「おい、疾景」

「えっ────わッ!?」

 

だったのに。

目を開ければ拳骨が目前に。慌てて身体を倒し、自分のいた場所を見ると右ストレートがコーナーポストに突き刺さっていた。その犯人は沢村竜平。

 

「あ、悪魔…! 天才で悪魔だ!?」

「ガタガタうるせえ」

 

喋りかけてきたかと思えば、今度はリングに上がって選手に暴力を振るう。はたから見れば最悪のコーチングだ。誤解されることをしないでほしい。

 

「つか、コーチがリングに…!?

あぁもう、そんなことどうでもいいや!! 教えてくださいコーチ、手足が震えて止まらない。

俺、あんな変哲のないヤツに怖がって…」

「ありつけたのさ、上手い肉に」

「────────」

「俺に殴り倒されようが、心のどこかで余裕綽々としてやがる。本能がなぁ、勝てるってふんでるからだ。ボクシングじゃなけりゃ……って言い訳垂れてんだよ。

けどヤツは違う。

お前はボクシングでしか見向きされない」

「────────あ」

 

それだけのやり取りで、たった1分間なのに納得いった。

 

「胸を張れ。カウンターパンチャーが背筋を曲げるな」

 

まるで、セコンドのようなセリフを吐く目の前の師は、いったい何なのだろうか。

ここまで三年間付き添っても、まるで性格を理解できなかった。だけど、立ち上がることができる。

 

「嫉妬しますよ。彼がコーチをここに引き摺り出したボクサーだなんて」

 

本音を言わないから胸の内で吐露すると。

コーチを表に出すことなく世界を獲るつもりでいた。それを出来て初めて俺は、彼に胸を張って本気の試合を挑めると、そう思っていた。

だから何も言わなかったけれど。それもここまで。この雪辱は、木村タツヤに勝ってから吐き出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬で勝負がひっくり返る。

格闘技全般はその言葉が当て嵌まるが、実力が競り合う者同士だからこそ起こるものだ。

実力のある者が弱い者から一撃を偶々もらってダウンしたとして、果たして勝負がひっくり返ったと言えるだろうか。答えは否、決着しなかった時点でソレはラッキーパンチとして処理され、一瞬だけ勝負がひっくり返った、で終わる。

ダウンは節目でしかなく、その節目で実力者は己を見直し、二度とチャンスを与えることはしない。

 

(もっとしなやかに、楽に打て)

(手打ち、構うな────!)

 

初手、木村の踏み込みを狙い澄ました神速の左、手打ちが木村の視界を覆う。ガードを上げて突撃すれば、手打ちなど弾かれてお終いだ。その思惑を実行した木村のガードを二度叩いた蝶のような感触のあと、足元が映るであろう場所には何もなく。

気配に気づいたと同時にウィービング。頭の頂点を右拳が掠めて、頭蓋を削り背筋を凍らせた。

 

(ターンして右‼︎ 右と右のカウンター貰ったヤツの動きかよ、それぁ⁉︎)

(大抵のカウンターに着いてくるね。減量苦は……そーいや、間柴とは9ラウンド試合してたっけ)

 

グッと軸足を入れ替えて返しのパンチにカウンターを狙い澄ました木村は、疾景の回転力の底知らなさを目の当たりにする。右を放った直後に、もう右を構えている。それも、

 

(でもガード固めてるのは、危ういからでしょ)

(っ閃光────ッ!?)

 

土砂崩れでも始まるような衝撃音が両腕からリングに駆け抜ける。リングから膂力を吸い上げて、身体の軸を回のは最小限に最速で。

正規の工程を準えつつ、原理を越えた理屈…神の如き体幹から放つ右ストレート。

 

(ヅぁ!?! ヤロッ!!)

(さっとココで入れるのが、最高なんだ)

 

…それを囮に、神話の左ジャブが打ち込まれる。

どれもが左ジャブを入れるためのプロセス。

左ジャブが来ると分かっていても、とんでもない火力に振り回されてはひとたまりもない。

流れを一気に掴み、疾景は中央に陣取った。燕が割り込む隙を与えず、着実に左ジャブが入る回数が増えていく。浅い手応えと深い手応えを繰り返して都度6度、深い手応えに押し出される形でロープ際まで木村は後退した。

 

これが実力の差。

ひっくり返しようのない、才能と凡人の決定的な違い。リングの上でまざまざと見せつけられて、儚い夢に人々が俯きかけたとき。木村は、その場から左脚を踏み締めて、右脇腹を締めるや右拳に力を溜めた。

勘違いするな、と。勝負はここからだ、と凡人/自分に、音で知らせるように。

 

(おいおいおい、なんで右を打つモーション入ってる!? まさか、見え見えのまま打つ気か!)

 

疾景は身構える。臆したのではない。

それはハッタリか、フェイントか、本気なのか。

精神面で持ち直した疾景に、大胆にも木村が揺さぶりをかけにいく。そのことを知って、逃げては思う壺になると自分に叱咤をかけたのだ。つまりは、迎え入れ、地に叩き落とし、勝負を決める。

状況整理と勝利の道を洗い出した瞬間、木村の右脚はリングを滑空し鋭いツメを剥き出しに襲いかかる。

 

(き、来た…! だけど軌道がある! 立ち位置を半歩ズラして二の舞になれ────)

 

第5ラウンド、木村の2度目のダウンと似たシチュエーション。違うのは、疾景が注視していること。

センス任せではなく、確実な情報取得から絶対の一撃を叩き込める点だ。だから木村はこのスイッチダッシュに変化をもたせた。右拳の軌道を上から中間地点へ、頭部をスリップさせてカウンターの位置から外した。

 

(それも読んでんだよ俺ぁ!)

(そっちもズラせんのかぁ!)

 

過去のパンチを囮としたボディへの一撃が、疾景のカウンターを掻い潜って着弾。再び疾景の身体を折り曲げる。勝負手を惜しみなく注ぎ込んだ奇襲は大成功だ。

これに飛び上がって驚いたのは板垣。見切れるはずの猶予があったにも関わらず直撃したことが信じられないといった反応だった。

 

「スイッチで右ボディブローを打ち込んだ!?」

「読み合いで制してるだけだ。相手は間柴戦の戦法を知ってる。ボディ連打からのドラゴンフィッシュを意識して、木村の下手くそなフェイントが本物に見えてんだろうな」

「じゃあこっからはパンチ当て放題じゃないすか! いけっ! フェイント出しまくれ!!」

「んな訳あるか。今のカウンター、俺ならボディを狙った。面積大きいからな。疾景は木村の目に引き込まれて顔面狙ってんだ、冷静ならあんな真似しなかった」

「今しか出来ない大胆な賭け、ですね。これが通用するうちに決めなきゃ! 木村さん頑張って!!」

 

いま木村に必要なものは一撃だ。最大威力のパンチ、ドラゴン・グローだ。これに疾景のパンチの威力を再び相乗すれば、確実に決着までもっていける。

本人も、無論疾景もこのことを理解している。だから木村は最大限にこれを利用することにした。

 

(何よりも、アッパー警戒しなくていいココが楽だ! もう離れねえぞ、このままロープと挟んでゲロ撒くまで殴る!! ベルト吐きやがれ!!!)

 

疾景はジャブとストレートが世界級。

だが、懐に入ればどう返す? これまで公式の試合でここに入れた者はいない。未知の世界だ、木村には勝機が転がっている。2つのパンチで果たして剥がせるだろうか? 少なくとも木村には逃さない自負があり、自分が同じことをすれば敗北濃厚であると考えた。

カウンターを合わせられる前に飛び込めたのは、木村にとっては最も幸運な攻めとなった。

 

しかし、王者も無策な筈はない。

5度は殴られて、筋肉の収縮で無理やり腕を内側に畳み込むことに成功したことで。

 

(懐ならストレート封じれると思うな。最短、最小は楽に、速く打てるんだっっぜ!!!)

(!?!?!)

 

散弾の如き連打。

神話でも、竜でもない、水飛沫のような左右が顔面を横断していった。

 

(し、びれる…皮膚がムチで打たれたみてえに! フリッカーかよ!?)

 

1ラウンド目では渓流のように見えていたジャブも、ここに来て苛烈さが増して運河に見えてきた。

差し向けられた左拳から放たれる運河から、身体が少しだけ離れた隙間を王者は見逃さない。運河を割くように握った左ジャブは、劫火の如く凡人の身を焼き焦がし、濁流のように意識を押し流していく。完全に全身は浸った、だが。

 

(…………こ、こだ)

 

人間製の運河は、呼吸の切れ間が勢いの潮時。

ひと呼吸だけ挟まれる星の鼓動を見つけるのは、今際の際に立つ男には造作もないことだった。

 

「ブっ────!?」

 

がぎがぎ、骨を通して脳に響く。

押し寄せる初出しを、経験とコツだけで捌いて押し進む。痛みを上回る執念で歯を食いしばる。

 

(最強のチャレンジャーで終わってたまるか。誰かの脇役になるためにリングに上がったんじゃねェ‼︎)

 

もう動きようのない身体を、10年間の戦ってきた勢いだけで突き動かす。

 

「ハァ、ァ、ア────!」

「ッフ、ヅ、ァ…………!」

 

王者の腰に巻かれた王者の証を、その巻き心地を知らないままでいる人生を拒絶して、反撃の右に対する拳は、思い出から活力を引き出して重ね合わせる。

錆びて止まりかけの歯車をその流動する勢いで回し、邪魔な錆びは踏み込みの振動で体外へ排出した。

 

それが区切り。

残った者は、肩で息を切らすボクサー2人。

 

『第6ラウンド終了です。このラウンドで王者は肩で息をするようになり、明らかに追い詰められています。そして挑戦者も我々の馴染み深いボロボロの姿でコーナーに戻っていく。

この試合、どちらに転ぶか分かりませんが、決着の刻は目前と見て間違いないでしょう!』

 

出るパンチこそ少なかったが、意味を持たせたものがお互いの身体に刻み込まれた。

最早、一手一撃で勝敗は決する。

実力差を疑う者は、誰1人いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「向こうはガス欠寸前だ」

「…言ったらジム移籍しますよ」

 

コーナーに帰ってきて、また出てきた沢村コーチの勝利しか見据えないアドバイスを封じる。

言いたいことは分かる。左ジャブだけを打ち、遠巻きに戦えば勝てる、と。ボディで潰れかけの足ですら、俺なら出来ると言いたいんだ。嬉しいね、正解だ。

 

「この手で落ちるところが見たい。いつまでも咲き誇れるのなら、彼の勝ちです。

次がそうだっていうなら、俺も全力でやる」

 

世界を狙うなら必要なことかもしれない。

ただ、あの椿の花が落ちるのを待つには、自分から行くしかないのだ。

 

「………お前の粘り強さに俺は負けた」

「えっ、えっ!? なんてもう一回!」

「早よ行け、ふん」

 

あり得ない賞賛であってほしい言葉を吐いて、最高の激励を貰った。気合いだけは満タンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中の冷んやりとした温度で、自分の興奮が限界を越えていたことを悟る。この1分間が最後だと分かり、気の利いたことの1つでも言おうと口を開いて。

 

「おれ、俺………やりますよ」

 

途切れ途切れの情けない声に、自信をもらう。

ここまできて、勝ちたい気持ちを抑えられない。この心情だけで、あと3ラウンドを戦える。

強がる木村の肩を掴んだ篠田は、ありったけの想いを込める。それだけが木村に必要な指示だ、ここまで師事した者の最後の激励だ。

 

「木村、お前はしっかりと自分を持っている!

最高の選手だ、俺の誇りだ!! あとひと踏ん張りだ、頑張れ!!! 自分を信じろ!!!!

皆んながお前のことを見守ってるぞ!!!!!」

 

小難しいセリフなら、きっと木村は立ち上がれなかった。鴨川軍団を思い起こさせることが、木村にとって最高の気力補給。心に沈んでいた勇気を思い出させる鍵であり、灯火であり、意識を繋ぐ理由だ。

 

「行ってこい────────!!!!!!」

「────いってきます!」

 

大きく息を吸い込んで、強がりを言い放つ。

感謝を込めて、右拳を掲げた。

 

 

次のラウンドは、

柳洞疾景が全世界の頂上へ行くまでの通過点。

木村タツヤがベルトに届くかを決める終着点。

 

第7ラウンドのゴングが、鳴った。

 

 

 

 

 








次回、柳洞疾景VS木村タツヤ、完全決着。




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