鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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もう1つの場所では

 

青木と木村の二大メインイベントが告げられた日。

2人がそれぞれの特訓へと赴くところを見送ったあと、再び事務所へと呼び出されていたのは幕之内だ。

 

「青木と木村の試合が終われば直ぐに貴様の試合だ。

相手は貴様を追いかけ続けてきた男じゃ。真正面から打ち勝つのが困難なことを知っておろう。

インファイトを挑むにしても、過去類を見ないほどに対策をしてくるのは明白だ」

 

鴨川の言葉に深く頷く幕之内。

初めて顔を合わせた時から暫くの間、幕之内の髪型を真似ていたほどの幕之内ファンだ。スパーをした時も、幕之内の長所を鏡写しにしたが如き攻勢を見せ、3ラウンドを戦った。

あれから成長して、世界ランカーとして巡り合わせた。今井京介の熱意は既に喉元まで届いている。

 

「その全てを叩き潰し、インファイトで捩じ伏せる。絶え間ない小回りが要求される試合となろう。

緊張感ある試合に向けたスパーリングパートナーを探していたところ、相応しい相手から貴様にスパーの要望が入った。

復帰戦の最終調整として、()()()()()()()に身体を馴染ませておきたいとのことだ」

「えっ?」

 

今度は首を傾げる。

いつも緊張感を持って練習に取り組んではいたが、敢えて評する程の緊張感を放つボクサーということか。

それも復帰戦ときた。幕之内には検討が付いていた。然し、自分を名指しする相手でないからクエスチョンを浮かべる。思い違いだろうか、と。

「ほれ、後ろ」と鴨川は言うが、幕之内はこれにも心当たりがなくてクエスチョン。だって入ってきた時は1人だ。扉が開く音も耳に届いていない。後ろに誰かいる筈がないのだ。

 

「そんな、いるわけが……」

「殺す」

「ぎいやあああああいああ!!!」

 

脳天から降り注ぐ死刑宣告に180度のy軸回転。

幽霊に襲われる情けない男の雄叫びが、ついでに老人の心臓を殴りつける。幕之内の肺活量だ、鴨川ですら堪らずひっくり返った。

 

「馬鹿者!! ワシの心臓を止める気か!」

「だ、だって! いつ入ってきてたんですか間柴さん!! やっぱり壁をすり抜けられたんですね!?!」

「最初っから扉の横に立っとったわ!!

貴様が後ろ手で閉めたから気づかなんだ!!」

 

二大メインイベントと千堂武士の世界戦に舞い上がっていて、改めて呼び出されたことが気がかりで横着な閉め方をした幕之内が悪い。でも扉の横に、それも暗殺者のように見えない場所に立つことないじゃないかという愚痴を飲み込んだ直後。ハンカチ片手に丸メガネを掛けた初老の男性が駆け込んできた。

 

「どうしましたか!?!

間柴がなにか失礼なことを!?」

「……こいつの勘違いだ」

 

東邦ジム会長だ。間柴への熱い疑いを本人が否定すれば、納得しつつ説明を求めるあたりに2人の信頼関係が見えていた。彼らを他所に幕之内は俯く。

 

(いま一番会いにくい人が来てしまった)

 

何故なら、幕之内と間柴は今、最悪の膠着状態だからだ。

 

「幕之内君が相手だって知ってから機嫌が悪いんだが、なにか知ってるか?」

「……………」

 

その問いかけに幕之内は、青ざめた顔を背けることしか出来なかった。

間柴が幕之内を敵視していることは今に始まったことではない。幕之内に敗北したことが尾をひいて今日に至るが、それを上回る要因が間柴の妹、久美と幕之内が交際を始めたことだ。

鷹村の3階級制覇が終わった後日、幕之内は久美に告白して、見事に交際が開始した。ならば当然、久美の兄である間柴了に挨拶するのは避けては通れない道で。

話せばきっと分かってくれる。なんて思いながら気合いを入れて間柴宅へ行って。あとの流れは言うまい。

 

「あの」

「強姦魔め」

「言いがかりだ…」

 

会話は成立しない。

なぜなら知性があるからだ。

この溝を埋める手段は未来永劫見つからない。

間柴了と幕之内一歩、両者の譲れない戦いはこれからも続く。

 

2人の知性体の限界から目を逸らし、2人の会長がこの場における主題について話し始めた。

 

「して、サウスポー対策と言ったな」

「実はサウスポーに中々恵まれず…。世界ランクのサウスポーを相手取った練習をご教授いただきたく。

幕之内君にはインファイターとして間柴とガンガン打ち合ってほしい。そのイメージを元に間柴用のサウスポー対策を練ろうと思います」

 

その会話を聞いて、片付かない現実から逃避するように幕之内は世界ライト級のランカーたちのデータを思い出す。宮田との再開を果たすため、幕幕之内は密かに彼らのデータを集めているからこういう時は辞典のように検索できた。

 

(……ライト級世界ランカーの中でサウスポーは今のところ5人。僕と似たタイプときたら3人いる。

けど、うち2人は最近試合したばかり)

 

算出されたボクサーから候補者を絞る。

そこから導き出されたボクサーを思い浮かべると、胸に不安が浮かんでしまった。

 

「ぼ、僕に出来ることは全力で頑張ります!

それで、間柴さんの復帰戦の相手って…」

 

何かの間違いであってほしいと願いながら、来年度の予算案を提出する中間管理職のように恐る恐ると対戦相手を問いかけた。

無視を決め込まれるか。そう思った直後に意外にも、出し渋りつつではあるが。

 

「……………だ」

「────!」

 

スパーリングパートナーであるがために、最低限の礼儀を以って、態度はイガイガしながら答えた。

鴨川からは聞こえず、その名を聞き返す。

 

「なんと言ったのかな」

「………マーカス・ロザリオ」

 

幕之内が代弁した名に鴨川の眉が上がる。

 

「ライト級で最も反則の多い、元世界王者です」

 

幕之内が思うに、世界ライト級の中でも間柴と相性の悪いボクサーの1人だった。

 

 

 

 

 

 

 





【次回予告】
間柴了の復帰戦、舞台はボクシングの本場アメリカ。
ルイジアナ州ニューオーリンズで、初の海外試合を執り行う。
復帰戦にて宮田一郎の前座。最悪の組み合わせで待ち構えるのは、慣れない土地、時差、そして強敵。

「IBFライト級元チャンピオンンンン!?」

名を、マーカス・ロザリオ。
ライト級でインファイト、ラフファイトを主軸に戦い、お利口なボクサーは残らずその足に踏み砕かれてリングを降りた。最も冠が似合わず、ライト級で最も荒々しいボクサーだ。

「ボクサーとして生き抜いてやる気概がなきゃ、ヤロウに俺の拳は届かない。
オメーはもう、俺の遺物でしかねぇよ」

幕之内と鍛え上げた拳は、その心は、必ずや悪童へと届くだろう。
だから、あとは振り返らずに進むだけ。

(Die this way(そーやって死んでけ)!!!)

天候悪し、向かい風。
原典凶なれど、歩めば吉とならん。

2026年4月20日(月)、再起⁉︎

※2026年3月18日追記、投稿予定日を延期しました。



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