鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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2つ、補足します。
ロザリオの髪型は常にスーパー○イヤ人モードです。原作での巻き巻き?してる髪型ではありません。あの表現を私は持ち合わせていません。
試合中に挟まる「」のセリフは大体が鴨川陣営です。鴨川ジムで観てます。脳内補完お願いします。





マーカス・ロザリオVS間柴了

ルイジアナ州ニューオーリンズ、シーザーズ・スーパードームは満員御礼だった。

理由は2つ。

1つ、宮田一郎の来訪。WBCライト級王者の宮田一郎は、アメリカで人気のボクサーを悉く凌駕し、その圧倒的パフォーマンスが人気を博していること。

2つ、エディー・エイケンの世界タイトル初挑戦…と言いたいところだが、彼はあまり興行に影響しない。粗暴なボクシングは一部ファンのみに人気で、それだけでは席の1割も埋まらないからだ。故に、ここには間柴了の豪語が当て嵌まる。遂に、悪童を倒してくれるのか、と。

 

『聴こえていますか、日本の皆さん。戻ってきましたか、会場のボクシングファンたち。

ここからは、世界が注目するライト級2試合をお送りします! セミファイナルで戦うのは、日本から訪れた死神! 巷を騒がせる驚愕の記者会見をした超危ないボクサー!』

 

リングに続く道筋に、同郷の仲間は誰1人いない。

アメリカに行くことを伝えたのは直前だった。バカにならない旅費を考えずに来てしまう、そういう人物が数人はいたせいだ。然し、暗がりを歩きながら、孤独の文字が脳裏に浮かぶ暇はなく。

 

「リョーーーウ!! 僕タチ応援してる!

ファミリーの皆んな、見守ってマーーース!」

「11年前のWBAミドル級王者の証と俺たちがお前を見守っているぞーーー!!!」

 

G-On(ゴーズオン)一同集結。

間柴了、宮田一郎の勝利を心から願い、アメリカの地で惜しみなく応援を注ぐ彼らに、通り過ぎざま、ぶっきらぼうながら右拳のグローブを合わせていく。

 

『日本出身、WBAライト級9位、リョウ・マシバ。海外のリングに初登壇ーーーーー!!!』

 

間柴了は時差に苦しむことはなかった。

訪米3日目で昼夜逆転に標準を合わせて生活し、トレーニングは調子を落とすことなく積み上げた。

食事面での苦労があった程度だろう。油断すれば手元にはステーキ、バーベキュー、ハンバーガーと、ウディがパワーイズお肉と勧めるものだから。

 

「ハリツヤ良し。さてどうだ、調子は?」

「見たままさ。WBCのベルトをふんだくれる」

 

要するに。

コンディションは上々。

 

東邦が頷き返すと、対角線から不吉な影が伸びる。

 

『あの影がまた見えてきたぞ。浄く正しい者があの暗さを見誤って、2度と這い上がれない場所に突き落とされた。厄寄せグローブと呼んだやつは病院送り、それでも悪童はリングに上がれる!』

 

ブーイング飛び交う入場がお決まりと聞いていた東邦は、渋々ながらも拍手で迎え入れている会場の雰囲気に違和感を覚えた。アメリカの宝だの、未来の世界王者と呼ばれるボクサーたちを文字通り踏み躙ってきたロザリオは、世界のヒールだ。

間柴よりも薄いとは言え、会場から拒絶反応は小さいように見える。

 

『プエルトリコ出身、WBAライト級3位、マーカス・ロザリオ。悪行を上塗りに参戦かーーー!?!』

 

細かく纏まった髪は斜め上に巻き上がり、刺々しい様には若さが垣間見える。黄金の髪がそう思わせるのか、間柴と重なって見える不敵な口元が波乱を連想させるのだろう。

 

「少し胸騒ぎがする。深追いは禁物だぞ」

「……………あぁ」

 

思わず心配で話しかけたが、間柴の落ち着き払った後ろ姿に、自分が1番忙しないことを気付かされた。

両頬を叩き、心を入れ替えた。

何があろうと、間柴了が勝つと信じて。

 

『世界ライト級の将来を左右する!

きっかけとなる注目の一戦の始まりだ!』

 

戦いの幕が上がる。

どこに続く幕だろう。

地獄行きの死神は思う。

この先で正しく在れるか。

 

(────教えてくれずとも)

 

答え探しをしに来た訳ではない。

その道中、点から点へ線を繋ぐため。

握る拳は、純真たる決意で作り上げた。

果たして、と拳に疑問を抱きはしないが。

 

(硬い? そんなタマにゃ見えないが、試すか)

 

やけに雰囲気の悪い景観へ向けて武器を構えた。

一度目で弾かれた世界の壁に、中継地点からやり直した拳が通用するのか。間柴を応援する観客たちが最も注目する、重要な疑問が今、試合開始の挨拶と共に解かれる。

 

(いッッッッ!?!?!)

 

甲高く鳴り響いた布地の衝撃は、前傾姿勢になる直前のロザリオの顔面から。

前進を中断したロザリオはドタドタ大袈裟な足音を立てながら後退し、真っ赤に腫れた鼻っぱしをさすりながら口角を歪ませた。

初の海外試合、前日の会見で米メディアの反感を買った、当日も日の死神を見る目は厳しい。圧倒的アウェイ、コンディションに悪影響を及ぼしかねない真っ只中は、死神の枷とはならなかった。

 

『先制はリョウのフリッカージャブ‼︎ 解説席にも届くほどの切り裂き音がロザリオの顔面に直撃だ‼︎』

 

(んんっっっだ今のァ!!)

 

G-Onの面々が先制を取った間柴に興奮の応援を届けるのを他所に、ロザリオの脳内は混乱していた。

間柴のフリッカーの性質が丸々と変わっていたためだ。事前にリボルブとの試合を確認した時、間柴は左腕を揺らしてリズムを取る打ち出し方をしていた。然し、先ほどのソレは揺らす挙動が無かった。予備動作を無くし、脱力した状態からたった1発、暗殺者が標的の横を通り過ぎる間に首を断つように放つ。

切れかかった蛍光灯の点滅に近い速さで襲われた。

 

(コイツ、ただの悪じゃない…。俺の立ち上がり際をぶっ叩くために、今の1発を仕込んできやがった)

 

突貫力に振り切った、リボルブ戦に向けて開発中の間柴の新しいフリッカー。それをまんまと貰ったロザリオが踏ん張った1秒の間に、幕之内の進撃を阻んだものと同等の質の左腕が、規則正しく揺れ始めた。

コンディションは絶好調、誰の目にも間柴のフリッカーはロザリオを完封出来ると期待を持たせた。ロザリオにとっても、光速に等しいフリッカーが続けば打つ手はないと震撼させるほどの威力。

間もなく、出だしを挫いた隙に万全の体勢を整えて、死神の鎌が打ち出される。

 

(むっ…!)

(俺もだよ。フリッカー潰しを入念に準備してきた)

 

中継地点からやり直した拳が通用するのか。その答えは、思わぬ形で潰された。

 

(バァァカ‼︎ モーション起こすから計られんだ‼︎

初手が正解だったんだよ、そんなフリッカーがこの俺に通じると思ったのか⁉︎)

 

ロザリオ、フリッカーに対して全力ダッシュ。

身体ごと突き出した右拳のジャブ…が本命でないことを間柴は見抜いた。これをガードすれば、右拳のあとに迫る身体の()()()()()()()()により、自身の胸辺りを激しい衝撃が襲う。試合は一時中断され、ロザリオには厳しい指導と減点が入る。

だが、減点に換えて間柴の調子を狂わせる痛手を確実に入れれば安い買い物だ。

 

(このヤロウ…ッ!)

 

規則的な揺れから発射されたフリッカーとはいえ、リボルブの前進も寸断したキレのあるものを、ロザリオは顔面で受け止める。そして、ロザリオは更に踏み込んだ。首ごと前に押し出して、フリッカーが伸び切る前に被弾して威力を抑えたことは容易に想像がつくが、感心している場合ではない。

 

「これがフリッカー対策だって!?」

 

鴨川ジム事務所、鷹村の「フリッカー潰しだな」に対して青木が驚嘆する。

 

「被弾1つで済ませ、前傾姿勢の身体ごと間柴さんに捩じ込んで射程距離を潰してます」

「か、簡単に言うな! あの左に俺がどんだけ跳ね飛ばされたと思ってる!? 今の一歩でも被弾したらタタラ踏むレベルで重いパンチだぞ!!」

「確かに、僕でも捕まればタコ殴りでした。でも、似たような感じで強引な突破は何度かやりました。

ですから、()()()()()()()

「おいおい、まさか……」

 

自信満々の一歩からテレビに視線を戻せば、有り余るスタミナを存分に使い、贅沢な捨て身タックルを実行するロザリオを迎え入れる間柴が後ろ脚の踵を上げた。悪童の突撃に対して、両腕で押さえ込むように前へと突き出した。

左腕でロザリオの頭部を、右腕を顎に寄せつつロザリオの頭突きを防ぐという、反則打ありきを徹底的に警戒した、ボクシングにあるまじき防御体勢を即座に敷く。

 

(ちと痛ェが、幕之内ほどじゃねえよ)

(────えぇ、マジか? なんでサウスポーのラフに迷わず対応できる!?!)

 

バランスを崩すどころか、ロザリオを軸にして身体を右に回し、悪辣な暴力の死角へと回り込めば、間柴の軸足は大砲発射の準備を整える。ボクシングを嗤う悪童へと、同族からの忠告を込めた一撃を左頬へと放り込んだ。

 

『あァーーー! 狙っていた! ずっとだ、試合前からなんだ、ロザリオの悪癖を利用したーー!!

これにロザリオ面食らったか、世界の悪童がロープに追いやられてフリッカーに捕まってしまった!!』

 

(のんびり()れるなんざ思っちゃいない。けど、どういうこった? 俺の強引さに即対応、即カウンター? 思いつきじゃない、何か下積みのある動きだった。

どんな練習してきたんだ?!)

 

マーカス・ロザリオ。

IBFライト級王者として2年間、7度の防衛を果たしてきた。ボクシングの本場アメリカの強豪にも臆せず、3人を真っ向から捩じ伏せている、そんな世界の尺度で測った間柴了は。自分との相性が最高であり、最悪の権化。

この関係性に歯車を取り付ける枠は2つ。ひとたび嵌れば、回り出した歯車を付け替える暇もない。

だからロザリオは、1ラウンド目からバッティングも辞さない突撃…見境なく主導権(はぐるま)を取りに行った。結果は、今や自分が嵌めようとした穴で苦しみ、死神の鎌に切り裂かれて、戦いはアウトボクシング、間柴の独壇場へと移行する。

 

「しゃあ!! 完全に間柴が流れ掴んだァ!」

「元世界王者をタコ殴りかよ…」

 

昨日のタイトルマッチのお陰で腫れ上がる顔の痛みを、間柴の猛攻による興奮で忘れかけている青木。反面に、拮抗を予想していたため自分との試合を観ている気分になって、感心を通り越して呆れ果てているのが木村だ。

 

「でも、なにか変ですよ」

「変って、いや待て。落ち着きすぎないか」

「ロザリオはタイトル剥奪されはしたが、未だに無敗。会見の様子からして、自負は世界王者だろう」

「ロザリオの耐久力はリボルブさんに匹敵します。移動の負担がない分、本拠地でのロザリオの方が上かもしれません。ですから、僕との特訓が実るかは、ここからなんです」

 

板垣は疑問を発し、幕之内たちは分析を述べた。ご最もかつ、同意しかない分析を、板垣は「なんていうか、それとも違って…」と思考とはちぐはぐの返事をする。言い表せない不安のまま見守るなか、間柴のフリッカーは絶好調だ。

 

『想定外‼︎ 会場騒然‼︎ やはり日本人‼︎

アウェイをスパイスが何かと勘違いしている‼︎ 無敗の元世界王者に機関銃の如く連打連打連打だァ‼︎』

 

ここから1分間、ロザリオは進撃を阻止され続けた。間柴は強引さに重きを置き、悪辣な技を出させないように鎌を奮う。間合いを詰めようと挙動を見せた瞬間、間柴の視界には鴨川ジムでの特訓がフラッシュバックする。

実に腹立たしい事態だ。怨敵の突撃に慣れているお陰で、世界トップレベルを寄せ付けない。それは相対的に、幕之内の評価を上げることに他ならず。

 

(そうじゃ無いなら、ハナからテメェが弱いだけだ。さっさと転がす、幕之内のニヤけたツラを拝みたくないんでな!!)

 

幾度目かの踏み込みを打ち払い、死神の鎌に裂かれた頬から早くも血が滴る。

悪童は会場の声に敏感だ。雰囲気が異国の死神に偏りつつあることを、いっときの過ちとは捉えない。

 

(どいつか知らないが、認めるしかない。俺に匹敵するインファイターで万事を整えてきてる。

この流れが続けば、リョウの経験に切り刻まれて最悪の事態になりかねない…!!)

 

だから、幾つかの手を捨てて。

残り時間20秒を切り、1ラウンド目から野次が突き刺さることを受け入れることにした。

 

「────!!」

 

死神の鎌の如く切り裂く間柴の左拳は、威力速度ともにロザリオを追い立てるに十分な仕上がりだ。加えて、懐に飛び込むための初動を、針の穴を通すように正確に狙い澄ましてくる。

ならばいっそのこと、貫通させてしまえ。

 

(スリッピング・アウェイ!?)

(タラタラ殴るのは、足腰殺してからだ)

 

左ジャブに首を捻ることで空振りさせる。

正解の1つをロザリオは選んだ。この手は幕之内にはない。そして、サウスポー。左右反転した差が、ここでロザリオの蛮勇を後押しする。

威力、速度に寄せ気味だった体勢から立て直す1秒は、インファイターが一撃を与えるのに十分だ。

左ジャブと入れ違いで、右ボディを放り投げた。視線を切っていながら寸分違わずに間柴の左横腹に打ち込まれる。

 

(ボディ…! 沈むほど重いが、これもヤツに劣る)

(きっしょい手だなァーーー!)

 

賭けだった。

間柴が右腕を着弾点に置けたのは。頭部を狙われればガードは間に合わず、首捻りなんぞ出来ないためリングに沈んでいた。ボディならば、幕之内から仕込まれた激痛を手繰り寄せて、反射的に守れる。

然し、力は込められない。腕を挟み込んで威力を散らす、応急処置のようなガードだ。いやに臓器に響く痛みだ。ここから、続けザマに本格治療に移行することも織り込み済み、ロザリオの死角からカウンターが始動していた。

ロザリオの口角が上がる。

この真の目的は、これから。

 

(早々に調子乗らせっか。減点なんざ惜しくねーんだコッチは、ポイントはくれてやる)

 

ボディ二連打、防がれる。その間に引き戻した左腕をロザリオの肩に押し付けて、そこを軸に背後へ回り込もうとターンした。…つもりの軸足、右足の内側に左足を潜り込ませて、押し飛ばす。

 

(だが、殴るのは俺だ! それで公平(フェア)だ!)

(絶好の場面でやるかよこのヤロウッ───!?)

 

あからさまな足掛け行為に驚き、間柴は反応が遅れてしまった。大胆とはおこがましい。相手を愚弄することしか頭にない行動に、躊躇いなく追撃を放り込んでくるのだから。

 

「間柴ァーーーーーー!!!」

 

東邦が叫ぶ。洗練された連動に、入ってしまったと悲壮な声が飛び出した。間柴が同じことをすれば、間違いなく外さないからだ。衝撃音が響き渡り、ロザリオのグローブが離れた向こうか、ターンの軸にしていた左腕を滑らせて左ストレートの直撃を回避する間柴がいた。

 

(間に合った…が)

 

顔をグローブに押し付けてのガードは威力を殺せず、内頬を切ったせいで口の端から血が滲む。

苛立ちが込み上げる。原因はダメージではない。四方をロープで囲まれた、絶対的な透明性を誇るリングの上を取り囲む、陰湿な暗幕に対してだ。

 

(下手くそってレベルじゃねえ。コイツ、()けっ(ぴろ)げに足を出してきた。引っ掛けるため? 違うな)

 

ロザリオは故意に足を出し、レフェリーは真正面から視認していた。記憶を辿る限り間違いない。だから間柴だけでなく、会場の観客さえも困惑していた。

レフェリーは反応を示さない。それどころか、その眼差しはマーカスの行動ではなく間柴を注視している。

試合出場を停止された問題児を見張る審判者の目が、間柴のみを見る意味を理解するのは容易い。

 

(…………成る程ね。自分で吐いた唾が落ちてきた)

 

“審判が止めなきゃソレはボクシング”

“反則は悪だが、通せば技術だ”

昨日の記者会見での自分の発言を思い出す。あの発言はマスコミによって脚色され、反則してこいよという煽りに変換されていたことをオズマから聞いていた。

よもや、技術未満の荒業に出てくるとは思いもしなかったが、後悔の念は間柴にはない。

代わりに、あまりに無礼な態度に対し、鴨川ジム事務所のテレビで中継映像を観ている面々が声を荒げた。

 

「さっそく足を引っ掛けてきやがったぞ!」

「なんでレフェリーは何も言わねえんだ!

あからさまにやったじゃねェかよ!!!」

「まさか、まさか」

 

青木、木村は額に青筋を立てて届かない猛抗議を飛ばす。日本各地で、間柴の試合を見守るファンは同じ行動をした。だが誰1人として、彼方のレフェリーに声が届くことはない。

 

「───クク! ハ、ハハハ!」

 

虚しい響きに呼応したのは、悪の枢軸。

現状を早々と受け入れ、変化に適応し始めた悪童ロザリオ。

 

(試合前に言ってくれ、戸惑ったぞ。

ビンがやったか? いや、手段は選ぶ男だ。まさかレフェリーの独断か! いいよノッた!!)

 

既存の媒体に投下された外付けの強化パッチに胸躍らせ、ロザリオは悪童の異名を白日のもとで磨き、挽回の余地なく堕ちていく。

だってそうだろう、試合中に笑い叫ぶボクサーがいてたまるか。

相手を殴りながら勝利に酔いしれるには、3分未満かつ体力十分過ぎる。分かっていても、嘲笑が止まらない。敵をなぶる拳が先行していく。

ガードに徹しながら間柴は首を傾げた。

 

(それにしても、こんな場所だったか、此処は)

 

6メートル四方から何か、よくないものが滴っている。知っている、アレは青年期の間柴了に向けられていた、負の感情。形を変えて、ボクシングに侵食して、居場所を奪わんとしている。

過去の類いを持ち込まずに済む、自分/妹を守るための場所で。サシ勝負という大前提は崩された。知ってか知らずか、孤独に誘う事実を浮き彫りにした。頭蓋にザクザクと刺さる痛みを舌打ちで掻き消した。

ラウンドを重ねるごとに、此処はロザリオ専用の拷問部屋に成り果てていくだろう。

兆候だけは試合前からあった。

試合前からロザリオは出来上がっていた。

宮田との試合が流されて、IBFのタイトルを剥奪された鬱屈の発散場所を求め、そのエチケット袋に間柴は選ばれた。それだけに留まらず、反則を見逃してくれる環境まで与えられた!

ローリスク(減点無し)ハイリターン(反則見逃し)! 世界を見渡せども、これ程まで羽振りが良いホームデシジョン(リング)は無いだろう!

 

(……ッ俺だから、なのか)

 

今日この日は選ばれた。

そう思うことが驕りかも分からない。

ロープに身体を沈めたままでは、かつての罪科が異邦の初対面の男に裁かれることに成りかねないと、異議を込めた1発で相打ちにしたところでゴングがなる。

こうして、第1ラウンドは終わった。

最低限のルールは守られることを確認した。

 

「────チ」

 

不服そうに一瞥しコーナーへと戻っていくロザリオを、親の仇が如く睨みながら鬼の形相で駆け寄る東邦会長に腕を伸ばし、間柴はあやすように進路を遮りコーナーに引き戻す。

 

「何故だ間柴! 馬鹿げてる!!

これは試合じゃない! ショー(見世物)だ!!」

 

当たり前のセリフが可笑しくて間柴は笑った。「ロザリオとならショーでも成立するだろう」と。

東邦はレフェリーに猛抗議をするつもりなのだ。当然だ、アレは正常なレフェリーではない。反応を確かめたあと、「インスペクターなら」と言うものだから再びグローブで止める。

 

「俺たちの居場所はコーナーの一角だけ。あとは全部、敵陣営だろうよ」

 

東邦は絶句と共に、その意味を理解して頭に昇っていた血が霧散する。

 

「せ、せめて安全に試合進めたらどうだ」

「ポイントで? 冗談か? 3-0で負けるぞ」

「───────────くそっ」

 

あまりにも公すぎる。異議を唱えれば再戦は認められるが、今日の試合結果が覆ることはあり得ない。

間柴は心理的にも攻めを強制される。

ロザリオの舞台に上がるしかない。

 

「ヤツの拳をガードして分かったよ。乱打戦に持ち込まれたら勝ち目が無くなる。

この試合、後半になれば不利になるのは俺だ」

「…試合は投げないんだろう」

「やったらタダじゃおかねえ」

 

どうして、とは聞けなかった。

間柴了は多くのものを背負っている。

背負うことの尊さを学び、アメリカの地を踏んだ。その代償があるとするなら、不公平な審判ではない。

あってはならないと分かっているのに、糾すことさえ難しいことが悔しくて俯きたくなる。

 

「わざとか?って疑うくらいに、パラメーターぶっ壊れてるよアイツ」

「? どういうことだ」

「レフェリーが無能を晒したって話さ。

すぐに気づく。1ラウンド目が間違いだったとな」

 

不敵に笑うボクサーを見て背筋を伸ばした。

全方位が敵の此処で、帰る場所だけは失ってはならない。本調子を取り戻した恩師の肩を叩いて立ち上がる。理不尽な試合の再開だ。

 

 

 

 

 

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