第2ラウンドは試合が大きく動かずに終わった。
間柴有利のままインターバルへと入ったものの、鴨川軍団は唖然としていた。
「…おい、ロザリオのやつ何回足掛けた?」
「7回は。それより何回バッティングしたっけ」
「4回です。肘も何回かやってましたよ」
「3回かと。後頭部叩こうともしましたね」
「ラビッド、キドニー。どれも上手く躱したな」
「で。レフェリーは何回注意した」
木村の渇いた喉から発した問いかけに、水を与える者は誰1人いない。答えは知っている、6分間にありったけ詰め込まれていた。これまでの常識を覆す本土の悪意に、理解を示せない。
鷹村は眉をひそめながら板垣に問いかけた。
「これか、板垣の言いたいことは」
「…開幕、ロザリオの頭突き紛いの突進をレフェリーが注意しなかった。あれが違和感でした」
気づいたとて、この声は届かない。
「ロザリオは2ラウンド目でレフェリーの判断を確かめたな。どこまでが黙認で、どうすれば注意になって、どこからが減点にするのか、ってのを」
「聞きたくないですけど、黙認は…?」
「事故の範疇なら、どんな反則打も通す」
「っ……!」
「だろうな。てか、注意すら一回も無かった。金的、噛みつき、裏拳、蹴り。危害を加える反則で見逃せないものは、このレベルとしか思えない」
ロザリオはここまで、危害と呼べる範囲には踏み込んでいない。逆に、故意の不慮で通せるものは確認済み。次からはこれが手札となり、間柴の精神的負担となっていく。
「…ヴォルグさんの時のように、レフェリーを買収したってことですか」
「どうだろうな。そうだとしたら、買われたのは昨日の間柴の発言以降だろう」
「そんな直前に? こういうのは前々に仕込んでおくものじゃないです? 打ち合わせとか無しにやるのは自分のボクサーも混乱しちゃいませんか」
「顔に出たら困るだろ、買収をボクサーに伝えないこともザラだ。1ラウンド目でロザリオのやつ、堂々と反則したのに見逃された時に驚いてたしな」
「っくそ、買収出来るレフェリーがよりにもよってロザリオの時にくるなんて!!
ちゃんと外しとけよWBC!!」
青木の怒りに、鷹村と板垣は待ったをかけた。
「偶然じゃないかもな」
「…えぇ。レフェリーから買収を持ち掛けたなら、事前に誰がどの試合で審判を執るかを調べる必要もありません」
「はあ!? なんでそんなことすんだよ!」
「宮田と練習してる時にさ、アイツの持ってたボクシング雑誌を気晴らしに読ませてもらったんだ。
そこに書いてあったんだよ。ライト級にアメリカ人ボクサーの王者がいないことの不満が、たっぷりと」
木村の言う雑誌は、間柴も読んでいたものだ。幕之内も目を通していたから、ロザリオの記事や世界ライト級の現状、そしてアメリカの不満が溜まっていることを知っている。
だからと許されることではない。断じて。
「初めっからレフェリーも敵だったか。
逆に、少しでも間柴が反則してみろ。即刻減点だ」
「そんな! 間柴さんはもう反則なんて…」
レフェリーによる反則打の黙認。
これだけは幕之内の想定を越えていた。
実力では互角の間柴に暗雲が立ち込める。
「やらなくとも、そう見えただけで反則に落とされちまうぞ。そうなりゃ流れが持っていかれる。とんだ敵地に来ちまった…と思うのが普通なんだが」
「なんだが、なんです?」
「見ろよ間柴の顔。沢村と反則合戦やってた時の顔に似ちゃいるが、中身は別モンだ」
幕之内も同意見だと頷く。
昔は間違っていても、彼はプロであることを許されている。やり直しが認められたことが証左だ。
自分の目でも確かめている。怨敵の筈の自分にロザリオ対策を求めてきた男が、易々と昔に戻るなんてこと、冗談でも口にできない。
だからここで信じる。
練習を約束した者として、ライバルとして。
▼
第3ラウンドの幕が上がり、やはりと笑う。
ここはボクシングの名を借りた別世界。
ホームデシジョンの中の最底辺。
暴力が執り行う異端審問。
「反則しても構わねェよ」
「……………?」
足元から迫る暗雲が罪人へと語りかけている。
何をしても良い、日本人を世界から落とせ。
調子に乗る前に潰すんだ、ここで必ず。
あぁ、ロザリオさえ被害者に見える。
「偏りすぎたら刈り取るだけだ」
「────────」
死神の口端が悍ましくつり上がる。
かつて自分が通った険しい道を行く者へ、細やかな忠告を贈った。俺は10分後の結末を見ているぞ、と。9分間のうちに俺から戦意を削げるのか、と。
不利な足場に立たされたことを知ってから、第3ラウンドのゴングが鳴って、より魂が昂る。
フラッシュバックだ。目前の反則打は、間柴了の過去を思い起こす起爆剤となり、瞬間瞬間の判断力を加速させてくれる。自分ならこうする、をロザリオはより洗練された技術で実行してくる。
ならば、インファイトで勝ち目が薄かろうと問題はない。場の勢いのまま、右拳を突き出した。
(奇をてらったつもりか!?
こんな鈍い不意打ちもらうかよ!!)
内側に入れてカウンターを狙うことが当たり前だった。6分間で距離を測り、タイミングを図った。あとは拳を合わせるだけと思ったのは、これまでの勝利を練習で磨かず、センスに寄りかかってきたからだ。
(バっ────?!?)
一方的に殴られたのはロザリオ。
弾かれた頭部を引き戻し、慌ててバックステップで状況把握に努めんとし、混乱に潜り込む手が見えていない。敵が退がったなら、追撃するのが世の常。
世界広けれど、間柴ほど長い脚を持つボクサーはそう居ない。そのステップインは、ロザリオが6分間で測れるレベルではない。
(っっカかーーーーーー!!!)
左右のコンビネーションが左右の頬を直撃。
勢いを殺すことは叶わず、あわや転倒する直前でロープに背中を支えられた。
『なんてーー! なんてこった!!!
調子が上がらないかロザリオ、勇気が出ないロザリオ! 6分経っても死神に踊らされて手が出ない!!』
ロザリオはインファイターであり、反則打を抜きにした場面でのインファイトを見ると、打ち負けたことが1度もない。理由は単純、無礼ではあるが、無法ではなかった。礼儀に欠けるボクサーは、ボクシングスタイルで相手を捩じ伏せるセンスを持っているのだ。
反則打は調子に乗るためのルーティンとなっていた。故に、反則打を黙認される間柴との試合では、ロザリオの調子は上がり続ける一方…の筈だ。
(ロープに食い込んだがダウン取らねえな。立ってたらダウンは見逃す。マットに跪かせれば良いわけだ)
今のように、ロープが無ければダウンしていたと判断できる場面ではスタンディングダウンを宣告する(現在は廃止されたルール)。
間柴は淡々と、レフェリーにその気がないことを確認事項に入れ、勝利条件を明確化していった。
(くッッそ‼︎ いつも通りなのに‼︎)
鎌を奮う。急所を打ち抜くまでに磨いたソレが、悪童の勘をすり抜けて当たり続ける。それが5、10と数を増し、1ラウンド目の再演となっていく。
丁半博打のつもりで打っても急所に届かないことは、IBFの世界王者として君臨していた肩書きがなにより知っている。下手なボクサーではないことを、自分自身が証明していた筈なのに。
(カウンターが掠りもしねェ‼︎ なんでだァ‼︎)
三度弾かれる元世界王者。
再三接近を打ち払う男にオズマは歓喜の声を上げる。
「レフェリーに冷や冷やしましたが、リョウはとても落ち着いています。やっぱり彼、強いね!」
「オズマとロザリオの身長はほぼ同じ171センチ。ウィングスパンも同じときて、違うのは反則の有無」
「その違いは大きいと思いますよ!?」
「清廉なボクサーならな! リョウは悪に敏感だ、波長が合うというレベルを過ぎている。
じき、差に気づく。俺のベルトのように」
「ホワッツ!? ウディさん、何を言ってるの!」
「見ておけオズマ、あれがお前に足りないもの。目敏いボクシングだ」
初見の筈だったアレやこれが間柴に通用しない理由を、ウディは3ラウンド開始までに見極めていた。
オズマの疑問に答えず、これも学びとリングに視線を促す。謂れなき罪を浴びせられている男から学び、同じボクサーとして識るべし、と。
(急所ばかり当てやがる! あしらわれて近づくのも難しい! こーゆう時はどうすんだ?!
…………なにも覚えてないぞ)
記憶に手を伸ばし、虚無を掴む。先天的に肉体が優れている悪童は、中身を敷き詰めることを怠ってきた。
3ラウンド目にして露呈した、悪童と死神の差。一方的に知られていることの恐ろしさ。行く手を先回りされたら足を出せば解決する事が、同族にはこれっぽっちも通用しない。
迫るフリッカーを躱し、身体ごと前へ。役立たずの頭突きに右拳を被せる。そうなればフリッカーは頭皮を削り、すぐさま引っ込めて腕に擦りながらバッティングが逸らされる。
今のフリッカーは力が込もっていなかった。
反則が見え隠れする姿勢を3分以上続けられる相手ではない。分かってはいるが、流れに乗れず反撃に吹き飛ばされる。肘も、足も通り過ぎ様に出したものの、がっちり踏ん張ってテコでも動かない。
その反動が。かつてマーカス・ロザリオを見限った者たちの嘲りと重なって、恥辱に溺れそうになる。
(こいつ、まさか…)
その様子を見た間柴は、違和感の正体に触れる。
第3ラウンド開始から1分間、ロザリオの猛進を遠距離からの猛攻で完封した間柴は、この不公平なリングのことを忘れる程の疑惑が脳裏を駆け巡っていた。
“人様の挑戦を拒否っといて”
それは、宮田がロザリオの挑戦を拒み続けた理由。世界戦ではインファイターとの防衛戦を重視している彼が、元世界王者のインファイターとの試合を拒む理由が分からなかった。反則打を使うから? その理由は今日通用しなくなる。エディーもロザリオと同じくラフファイターだ。間柴からの反則打がトラウマになっているだとか、そんなチンケな言葉を真っ向から叩き潰した試合になるだろう。
(あぁ、嘘吐きヤロウめ)
“五体満足でリングを降りれたなら、アンタのホームでやろうじゃないか”なんて言っておいてコレか。
記者会見での言葉の真意に気づくや頬が吊り上がった。それをどう捉えたか。
(どいつもコイツも、俺を下に見やがって…!)
血走った眼で隙を探していたロザリオが飛び込む。思考に割いた一瞬を見逃さず、本能で嗅ぎ取った意識の隙に喰らいつく。
何度でも潜り、インファイトに持ち込もうと挑戦し続ける腹積りのロザリオの右頬に。防衛本能から、或いはボクサーの勘から放たれたカウンターの右の一撃が投入された。
(倒されて負けて黒星付いたら改心しましたって? 戻ってきてもクズはクズなんだよ。
俺たちクズは…誰にも支えられずに生きてけよ。踏み砕いた期待の数だけ強くなんだからな!)
マトモに受けながら、今度は踏ん張って離れない。身体によろしくないダメージを負うが、ちっぽけなプライドを優先する。
(ちっ、しつけえ!!!)
そこに再び右ストレート。
ボクサー未満の
(後ろに飛んだか。だがな、俺の射程距離だ)
(っ退き足りない! 見て慣れるしかねえよ)
褒美だと言わんばかりに鎌を振り放つ。
散々舐めくさってきた悪童も、ここまで来ればガードで答えるしかなかった。額を、目を、頬に唇、そして心臓を切り裂かんと知的に暴れる。1ラウンド目のように自傷で殺すのが最善だが、反則打に悉く対応してきたことを考慮すると、次は慎重にならざるを得ない。
(潜り込めば俺の独壇場だ。腹ァ潰れるまで叩いてリングに這いつくばらせてやる)
だから我慢を強いることにした。
らしくもなく、間もなく訪れる決着を凄惨なものにするためだけに、ちょっとだけ身体を差し出す。
ズタズタと、音を立てて破れていく皮膚から激痛の信号を受け取り、タイミングと変速を解析。自分のパフォーマンスと照合していき、静かに前進を始めた。
ロザリオの調子が一段階上がったことを感じつつ、間柴はフリッカーを止めない。
お互いがお互いに、現状をこう認識している。
このままで良い。
勝つための布石だ、と。
あと数分のうちに、自分の理論が正しいかが判明する。これは、それまでの我慢比べ。
反則が飛び出し、反則を躱す。異質なボクシングが生み出す緊張感は、ここに来て正しい在り方となっていく。このまま終わってくれ、と願われながら。
───
──
─
2ラウンドまでの偏見が嘘のように誠実な試合が続き、第5ラウンド中盤に差し掛かった。
第3、4、5ラウンドここまで、目立った動きがない。
ロザリオはブレの激しい選手だ。試合中、それも同じラウンドで何度も浮き沈みし、間柴をたびたび困惑させている。同質のフリッカーで捕まるか否か、それが見極めの指標となり、3ラウンド中盤までは使えていた。
だから目立った動きが無くなった現在、フリッカーを突破出来ないと傍目から見えるのが、実際は間柴優位ではなく、攻めあぐねているからだと思う者はいない。
(手応えはある。次にでも決めたいが)
早合点だ、と経験が囁く。
フリッカーはロザリオのガードを時折すり抜けている。蓄積したダメージで顔が腫れ始め、いつぞやの幕之内や木村のようだ。それが問題だった。あの2人を思い出しているのは、ロザリオの中で何かが変わりつつある証拠。
まさか、このキッカケが勘違いから来る逆上とは思いもしないだろう。幼いプライドを持っているためだ。自分の不幸を他人のせいにして、善悪問わず栄誉を求める路上決闘の精神で自尊心を保っている男が、悪に触発されて向上心が芽生えている。
(見えてきた。俺のセンスでも2ラウンド使うとはね、恐れ入るよ日本の死神サマ)
正しい均衡の奥に、血走った心が潜在している。
間もなく、何かの拍子に偏見だらけの裁判が開廷する。気の短いロザリオがここまで耐えた事が奇跡だ。いっときの乱心でしかない。間柴相手だから起きるアップデート進捗率、残すところあと────
『ホワッツ!?』
ソレは劇的なものではなかった。ちょっと噛み合い方が悪かっただけで、ダメージは然程ない。
重心が外に偏ったところに1発、引っ掛けるように頭部を叩かれたロザリオがこてんと転がる。
悪童VS死神、記念する最初のダウンは、ロザリオのアップデート中に起きたバグのようなものだった。
『フリッカーで身体を揺さぶられたところに右フック! 足を滑らせながら倒れ込んだロザリオ!
何か掴みかけたところに不慮の事故だ。これは仕方がない! いまレフェリーが近寄って………』
カウントが開始される前にロザリオは立ち上がり始めていた。次は慎重さを落とし、身体に染み渡るフリッカーを振り切らんと意気込んでのこと。
間柴は対角線にあるニュートラルコーナーへ歩いて戻っていた。振り向けば即座に試合再開することは、ロザリオの気配から察知していた。それまでのひと息、身体に酸素を行き渡らせ、徹底的に敵の勢いを潰さんと全力の深呼吸を入れる。
「スリップ!!」
「────────は?」
そのはずが。
高らかな宣告に。
最悪の見落としが存在して。
深呼吸どころではなくなった。
コーナーに辿り着く直前、背後から聞こえてきた言葉に我が耳を疑った。
誰がどう見ても、足を滑らせたで済す宣言ではない。それを、レフェリーは堂々と言い放つ。
スリップ。ダメージダウンではなく、足を滑らせての不意の試合中断だったと。
唖然。
東邦ですら言葉を失った場面で、辛うじて言葉が飛び出したのは中継テレビで観戦していた幕之内。
「あっ、あの…僕、よく、レフェリーの声が聞かなくて。いま、スリップって発音に聞こえちゃって」
「奇遇だな、俺もだ。つーか、全員だろ。なあ」
「っまた、ヴォルグさんのような、理不尽なことを繰り返すんですか!?!」
「もう起きちまったんだよ…!」
事務所の床を怒り任せに踏み締めた幕之内は、平静に努めようとした結果であった。
ヴォルグの名前を出したのは、ヴォルグのIBFジュニア・ライト級タイトル挑戦でも似た一幕があったからで。その時は怒りのあまり事務所のテーブルを粉砕したものだから、あの日から成長したことが窺える。
ただ、床を踏んだ衝撃で鴨川ジムには震度2程度の震源地となったことを知る者は居ない。
「ヤバいぞ間柴。アテが外れたって顔してやがる。気が抜けて流れ持ってかれるのは勘弁だぜ」
「バカな…! こんな、レフェリーの判断1つで流れが変わる訳…」
「見てみろ、ロザリオの顔を」
「活き活きとしてやがる、最悪だぞ」
リング中央で嗤う悪童は、最後のピースが当て嵌まった喜びに満ちた子供のよう。
この劇こそが、最後のアップデートだった。
「あっ…あァァーーーー!!」
「こっ、コイツ卑怯にも程が!!」
内側の異変には気付けずとも、生身の異常は即座に見破る。ボクサーなら当たり前の行動を、取るべき礼儀を弁えない男に怒号の如き声をあげた。
『はっ走った、走り出したァァァァ!?!』
ロザリオ、またも鴨川軍団を唖然とさせる行動に出た。レフェリーの掛け声を待たずに間柴へ猛ダッシュ。
ルールを遵守しないボクサーの不意打ち、極まれり。
「再開の宣告は!?」
「飛び出したあと! 反則だ!」
レフェリーはそうするように促した訳ではない。ロザリオならやりかねないと、分かったうえで試合再開の合図をずらした。最悪に最悪を掛け合わせ、強引に試合は継続する。
間柴は振り向いているし、油断を見せないように構えていた。ただ、一瞬だけ気が抜かれた。
レフェリーの宣告が齎した被害は、ダウン没収だけではない。倒せば良いという勝利への道筋に暗雲を落とす、間柴への目眩しだ。
「間柴ァ! 前! 来たぞ!!」
「っ!」
東邦の声でダウン前の自分と接続する。意識を引き戻し、集中力を取り戻した時には、ロザリオはフリッカーの射程距離に侵入していた。迷わずに振り子を省略して、高速の一撃をお見舞いする。
それに対してロザリオは強引に顔面をあてがい、1ラウンド目と同じ方法を押し通し、懐に飛び込んだ。
(俺たちクズはな、勝っちゃダメなんだよ)
サウスポーの世界標準がズレを起こす。
オズマのものも文句無しで練習になり、ここまでサウスポーの元世界王者を相手に通用してきた。
だが、段階を1つ上げたロザリオとオズマの間に発生したズレはあまりにも大きい。右腕のガードを割り込ませるよりも速く、ロザリオの右ボディが左横腹に突き刺さる。
(っっっ〜〜〜〜!!)
(嫌われるボクシングは御膳立てだ。いつか現れるスーパーヒーローを囃し立てるための前菜さ)
長距離を封じ、戦いは接近戦へ。
左腕を手繰り寄せて強引に横へ薙ぎ払う、フックよりも大振りの鎌と交差するように間柴の左頬に打ち込む。バスケットボールに似た手応えで跳ねていけば、同じだけ踏み込んで離れない。
(オメェのリューヘイ戦は観たぜ。クズだなぁ! あんなことしてマトモになれると思ったか!?
そんな勘違いが今日ここで正される!)
いつ反則打を絡めてくるのか。
警戒心剥き出しなことは分かっていた。だから敢えて反則を忘れ、正々堂々とインファイトでの蹂躙を始めた。反則打への警戒を怠れず、インファイトの対処を目まぐるしく要求され、苦悶を漏らしながら間柴は突破口を探す。
そもそも、間違えていたのか。
倒せば良い、などと。間柴了はまだ、このリングを甘く見ていたのではないか。
(……………………ぬるかった)
上下の波状攻撃に飲まれそうになりながら、膝を着くまいとガードに専念しながら探す。
万が一にも膝を着けば、ダウンで済むのかが怪しいのだ。スリップがダウンに変わり、ダウンが試合終了に降格する可能性が高い。だから必死にガードしながら、闘志があることを知らしめながら勝機を探す。
(………………勝つには)
見る見るうちに間柴の肌が赤く変色していく。5ラウンド目終盤だというのに身体からは大量の汗。
間柴を知る者が見れば、ガソリンが滴っているように勘違いする。気化していく燃料に火を着けるのは、死神自身。怒りのボルテージが上昇し、やがて発火点に達する。
「は、始まるっ」
「そ、そんな筈ないよ!」
「ダメだ読めねえ、どっちだ」
間柴の釣り上がる口角は、ボクサーのソレと言えるだろうか。
だが、でなければ、いま勃発している戦いはボクシングではなく、ただの喧嘩。
19発。
試合再開後、デタラメな威力で間柴に打ち込まれた、ロザリオ渾身の豪打の数。うち7発が間柴に直撃し、12発のガードに成功したが、試合中に痛みが消えることはない。
『い、イカれたラウンドがやっと終わりを告げます。さきのラウンドとは立場が逆転、肩で息をしているのは日本の死神となっている…!』
第5ラウンド終幕、悪が嗤う。
落ちぶれた悪に、制裁を下さんと。
次で終わらせると背中で語る悪を、自陣に戻る事なく睨みつける悪は。かつての姿に戻りつつあった。