鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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集え、敗者たち

某日昼前。鴨川ジム事務所、テレビの前で。

レフェリーの宣告で緊張から解き放たれた幕之内らは喜び飛び上がり、間柴の勝利を大いに祝福する。

戴冠したようなはしゃぎっぷり。無理もない、間柴はアメリカ(アウェイ)で試合するうえに、一方的に反則打を浴びる大惨事。レフェリーも敵に回った状況下で、圧倒的不利を拳1つで打ち破ってみせたのだから。

 

「ちっ、惜しいじゃねえか。ロザリオがベルト持ってりゃ会場は狂喜乱舞だったろうに」

「IBF元世界王者の名は伊達じゃありません。ロザリオは今日が初黒星、やつを王座から引き摺り下ろせたのはルールだけです」

「てことはよー! 次はもしかすると!」

「こりゃよ、マジでいけるぞリベンジ」

「はい! 期待感すごいですよね!」

 

間柴は現WBAライト級王者リボルブ・ゲイルとの再戦を目標にしている。元とはいえIBFの王者であった無敗のロザリオを下したのだ。期待するなという方が無理である。

次々と同期が世界の頂点に手を伸ばしていく。感化されて昂り、今すぐに試合がしたくなる。このあと練習が控えているが、一先ずは世界ランカーと試合している今井のビデオを観て落ち着こうとテレビデッキに手を伸ばし。

 

「さて小僧。話がある」

「か、会長!? いらっしゃったんですね」

 

背後からの荘厳たる声に反応して、背筋に鉄の棒が突き刺さったように姿勢が正された。

向き直ってみれば、正装をした会長が帽子を外しながら事務所内を一瞥している。鷹村さん達は喜びのポーズのまま固まっていた。注意の声を掛けず、本題を切り出した。

 

「今日からは伊達ジムで最後の追い込みをする」

「だ、伊達さんのところで!?!?」

「先週、伊達会長から連絡が入った。居候中の千堂武士とスパーしてやってくれないか、とな」

 

……………なぜ千堂さんが、伊達ジムに?

 

「柳岡コーチ曰く、武者修行と称して各地のジムを転々とした末に伊達ジムに転がり込み、伊達と連日スパー三昧、いよいよ手に負えんくなったと」

「あの人、メチャクチャだ…」

「此方もスパー相手を探していたのでな、提案に乗らせてもらった」

「今井君のですか!」

「今井対策をするなら、今井以上に強いインファイターとスパーを積むのが手っ取り早い。

伊達ジムは条件に合致するボクサーが揃っとる」

 

そこで顎に手を当てた。

千堂さんは参考にならないが、伊達さんの洗練されたボクシングは今井対策として参考になる点が多い。だが彼はインファイター。インファイトに徹するとなれば、それこそ伊達さんの身が持たないだろう。

とすると、他にもボクサーを呼んでいるのだろうか。

自分なりに解釈していると、後ろからヒソヒソとせせら笑いのような声が漏れ出ていることに気づく。

 

「千堂もあと1ヶ月の命か」

「2ヶ月後は俺たちも引退。ひと月前に王島も引退だろ、半年前は速水にゴンザレス、もうちょい遡ればハンマーナオときた」

「ここ1、2年で俺たちと(ゆかり)あるボクサーが一気に引退たぁ、これから寂しくなるねぇ」

 

上から鷹村青木木村、腕を組んで感情に浸っている。

冗談のように聞こえるが本気の発言だ。

 

「失礼にも程度ってもんがあるでしょう!?

千堂さんが勝ちます! 絶対に!!」

「おっさんは引退してんだぞ!?

千堂がどこまでやれてるか知らんが、連日スパーするくらい余裕あんだ、話にもならん!

一歩、ひと思いにお前が引導渡してこい!」

「そん時は呼んでくれ。無観客ってのは味気ないもんだ」

「伊達さんが手に負えないから僕が呼ばれたんですよ! 順調に仕上がってるに決まってます!!」

「いいぜ、そこまで言うなら俺はリカルドに1万だ!」

「アンタほんとにボクサーか!?」

「待て一歩、鷹村さんが胴元の時はほぼ負ける。こりゃ千堂に勝ち目が出てきたぞ」

「んなにィっ!?」

「賭け事弱いもんな。千堂のためにもやらせといた方がいいかもしれん」

「…………たしかに」

 

財布を取り出したところで「ばかたれ!」と鷹村の脳天に鴨川愛用の杖が振り下ろされる。リーゼントをばらばらにされた鷹村は床に突っ伏し、ボクサーの本能で飛び上がるがソファの後ろに退避した。

 

「モタモタするな。

スパーリングパートナーが待っとる。今井戦の最終調整は、千堂武士らとの合同練習じゃ」

「分かりました! じゃあタクシー手配して…」

「あぁ、いらん。ワシは後日合流する。すまんが1人で行ってくれ。伊達会長に宜しく言っておいてほしい」

 

珍しい方針だった。

他所でスパーをすることは何度かあったが、試合前の大事な時期で会長が付き添わないことは稀だ。

何かあったのか聞いても、「少しな」と、はぐらかされる。考えても答えは出ないため、あとで鷹村さんに聞くことにした。僕には言えない内容なんだ。

 

「じゃあ、行ってきます!」

「場所は分かるか?」

「はい! 走っていける距離です!」

「そうか。気をつけてな」

 

だけど、それは僕のためだと知っている。

会長の目が、安心して行ってこいと言う。

理由はあっちで分かるはずだ。だから躊躇いなく事務所を出て伊達ジムに向かう────

 

「本当にそれだけか、ジジイ」

 

そんな健気な幕之内の背中を見送った鷹村は、幕之内の心情を受けて問いかける。青木と木村の視線があって回答を躊躇ったものの、

 

「このままでは千堂のヤツは負ける。そう伊達は言っていた」

「へえ?」

「…ハッキリと言いますね」

「自分では足りない、最後の頼りが小僧になるやもしれん、とな」

 

千堂の過程を知る者の発言だ。現時点で仕上がりに不安がある時点で、勝利は絶望的なのかもしれない。

だが、幕之内がこれまで似たような状況下で勝ってきた。好敵手ならば、触発されて想定外の奇跡を起こせる可能性だってある。鷹村たちはリカルドと幕之内の試合を観たいと思っているが、千堂に勝ってほしい気持ちも同じだけある。

誰も口には出していないが、千堂武士は次の試合に負けたあと、どうするのかなんて想像に容易い。

「無論、利害の一致のもと受諾した」と付け加えて、鴨川は思い出したフリをしながら。

 

「あぁ、そうそう。貴様も暫くは外メニューをこなしてもらう。青木と木村は休養だ。

向こう1ヶ月、ここには来るんじゃないぞ」

 

青木と木村は驚きつつ、鷹村はとくに反論なく適当に返事をした。

内心、「絶対にここで何かある」「休養終わったら覗きに来てやる」「タイミングがおかし過ぎる」と口角を上げる。その理由が分かるのは約三週間後、幕之内が鴨川ジムに戻ってくる日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鴨川ジムからダッシュで30分。

表通りから2度曲がり、直進して間もなくの右側。

事前に特徴を聞いていなければ素通りしてしまいそうな外見をした倉庫の外には、ロードバイクやクロスバイクが数台並び、ジム内を見通せる入り口の大きな窓の前に、これまた大きな簾戸が幕をしている。

簾戸には達筆な画力で『伊達ジム』と主張してあり、この道を通るたびに元気が貰える快活感に満ちていた。

 

「こんにちはーーーーー!!」

 

負けじと気合いを入れて扉を開けて挨拶を飛ばすと、一斉にジム内からの視線を集める。

緊迫した雰囲気は一変し、誰一人迷わずに「お疲れさまです!!」の歓迎の言葉が轟いた。これは訓練された条件反射の挨拶ではない。心から尊敬する人物の声を聞き、脊髄反射で敬意を込められる心清き者から発生する挨拶であり、幕之内が未だに浴び慣れないものだ。

完全に気圧されてタジタジにペコペコしているところに「来たか幕之内ーーー!!」と助け舟。声の出所を見れば、リングの上で手を振る千堂。「千堂さん!」と挨拶を返すや、「ちょいと待ちィ」と言われる。

 

「伊達はんとスパーしてるとこや。終わったら次は幕之内の番やさかい、準備よろしゅう!」

「おいおい、俺はウォーミングアップ要員かよ」

 

千堂の居るコーナー対面から現れた、やや息を切らした元プロボクサー、伊達英二だ。

引退から5年が過ぎようとしているが、世界戦に臨んだ伊達英二の気迫そのままにグローブを着けている。千堂にも劣らない雰囲気に高揚して、その勢いのまま挨拶を繰り出した。

 

「伊達さん! お久しぶりです!!」

「呼んでおいて迎えもロクに出来ずに申し訳ない。間柴と宮田の試合観た千堂が興奮してな、スパーやると言って聞かん坊になっちまった」

 

やれやれと肩で呆れている伊達とは対照的に、千堂は肩から笑いながら予定を乱した言い訳を述べていた。

 

「んーーー! 分かりますよ千堂さん、宮田くんのカウンター凄かったですもんね。あれ食らったら誰でも失神しちゃうよなあ、怖いなあ」

「…話の振り下手かオッサン。間柴の話せェ」

「まぁ、ベクトル違うだけでお前も似てるぞ」

「はあ。ちゅーわけや。待っといてーや」

 

今度は何故だかコチラに呆れ顔を向けた二人。

もうすぐインターバルが終わるからだろうと思って、どこに荷物を置こうか辺りを見渡していると近づいてくる影が1つ。

 

「いらっしゃい、幕之内くん。復帰戦観てたよ、おめでとう」

「速水さん!!」

 

苦悩の8連敗の末に音羽ジムを退会。

一年後、伊達ジムに移籍して復活を果たし、そのままタイトル奪取した男。幕之内はその試合後に控え室で速水と言葉を交わしていた。引退後、伊達ジムのサブセコンドを務めている元日本ジュニア・フェザー級王者、速水龍一。

首からタオルを巻き、汗水を流す快活な笑顔に右手を差し出して応える。

 

「いまから5ラウンド目だ。ずっと千堂君が押してて、伊達さんは持ち前の技術で防戦に徹してる」

「伊達さんが!?」

「互角なのは最初の頃だけ。数日も経つと千堂君が優位に立ってね。方針を変えて、千堂君にリカルド対策を教えながら今日まで来たけど、それも今日まで」

「そう、だったんですね」

 

少しだけ安心した。

だって、鷹村さんのセリフが思い違いだったことを速水さんの口から聞くことができた。

伊達さんに優位に立っていることが凄い。その様子を落ち着いた心で確かめよう。

 

開始のゴングと同時に千堂は意気揚々と飛び出していった。

4ラウンドまでは沈着に攻め立てていた千堂は、狩りの時間から食事の時間へと移行する。

もう慣れたと言わんばかりに両腕を腰の辺りに落ち着かせ、飛びつけば喉元を食い破るための構え。顔面を掻っ払き、相手の抵抗を誘い、相打ちと称したトドメの一撃を見せながらの前進。

目立つのは構えだけではない。剥き出しの顔面は、世界クラスの左ジャブを受け止める盾を持たず。猛勇を止める足掛かりとなる弱点へ、伊達は当然とばかりに左ジャブを放り込む。

 

「ッ────」

 

直後、幕之内は衝撃で喉を詰まらせた。

伊達の左ジャブは、リカルドとのリマッチ1ラウンド目を思い出すほどに洗練されていた。

オープニングヒットを奪ったあのキレを向けられて、千堂は構えそのままに、首のスリップと膝の脱力を交えるだけで躱していく。

視界に収まっているから、尚のこと恐ろしさを感じる。見た目はただの小さなスリッピング。千堂が行うソレは数を重ねるだけジャブを躱し、前進。

その姿をリカルド戦で見ることはなかった。ゴンザレスとの試合で得た経験をもとに、試合の最中での慣れを待ったものの、結果はあのザマ。殴り合いに持ち込むまでの流れが全て強引で、ディフェンス面で千堂に求められていた姿は1つも見れなかった。

その姿は、耐え忍んでの1発ではない。いま、伊達相手に実践している回避だ。ゴンザレスがリカルド戦の最終ラウンドで発揮した終式・死神(モード・ダイオス)のような、理性と凶気が混ざり合ったものに似通っている。

 

「すごい…。ディフェンスで伊達さんをロープに追い込んだ。4ラウンドのうちに慣れてるから…?」

 

身体を削って主導権の奪い合いに全霊を賭していた男は、科学に対するアンサーを引っ提げてリベンジ目前に迫った。伊達英二をここで倒してしまえるなら、幕之内の胸中の不安は一気に晴れるだろう。

 

「あれは今日の1ラウンドからやってたよ。

もっと言えば、ここ1週間はあんな感じだ」

 

だが、速水の言葉で驚愕は混乱へ、端的に言って意味が分からなかった。

いくら1ヶ月無い期間を伊達とのスパーに費やしたとはいえ、慣らし運転もなくやってしまえるものか?

だとすれば、様々な下積みを重ねた結果だ。リカルドへの敗北が更なる潜在能力を引き出したのだ。複合的要因が絡まり、いまの千堂がどこまで強くなっているのか、幕之内には予想は困難。尽きない興味に唆られる幕之内をよそに、伊達は構えを切り替える。

戦いは長距離から超接近へ。

それに合わせて、胸元の高さにグローブを置いてジャブを主体とする構えから、口元にグローブを寄せてインファイトを歓迎する構えに。

覚悟を決めた老兵へと間髪入れずに、空腹で飢えた喉元が動く。虎の牙…右拳は口角を広がるように落ち、必殺の一撃として獲物を捉える。確証あっての拳、乱発などで当たれと願う男ではない。だが、相手には準備があった。

 

(カウンターは無理だが、肉を差し出せば)

 

急浮上する右拳に左腕が横移動で割り込んでいく。やや肘を前に出して斜めでスマッシュを迎え入れ、右腕上腕を滑走路のように使って必殺を後方へと逸らしていった。

 

(んンっッだバカくそいてぇ…!!)

 

肉は削げていない。だが、摩擦熱で皮膚が切れている。痛みに弾かれてフックを出し、位置を入れ替えることに成功したが、骨に軋む痛みは吹き飛んではくれない。

 

「スウェーとブロッキングで直撃を避けた!」

「更にフックで引っ掛けて身体を入れ替えた」

 

伊達の技癢(ぎよう)を感じさせない手際からロープを背負った千堂はすぐさま反撃を開始した。

脱出のキッカケを掴むために細かく左右を打ち出すが、伊達の左ジャブで押し戻される。幕之内とのスパーを目前にして沸る千堂は空回りし続ける。だが、伊達は(すか)してやる気は更々なかった。

 

(だからなんだ!? 右拳が砕けた時に比べりゃ捻挫みてぇなもんだ!!

悪いが、このまま骨を断たせてもらうぜ!)

 

幕之内らの予想以上に伊達の精神は千堂の猛攻を前にしながら低徊し、反撃の糸口を探していた。

世界ランカーを前にした堂々たる姿に注視していた幕之内は、その中心にある理由に気づく。

 

「あ、あれっ…! 伊達さんもしかして」

「さすが、気づいたね。伊達さんはリカルドと試合した日の身体能力を維持しているんだ」

 

伊達の左ジャブに足捌き、細かい動き、そして5ラウンドも千堂とスパーをしていたことを鑑みた幕之内は、現役の頃と同じ動きであると確信した。

 

「知識と経験則で自力の差を上手く捌いてる。いまの千堂君のように調子に乗ったら、あっという間にひっくり返せるくらいにね」

 

そう速水が言ってのけた直後のことだった。

脱出に手こずり、大振りを放り込んでみるかといった具合から放たれた右のフルスイングを。

 

(ちィと、力みすぎだ!)

 

当たらなければ、とダッキングで回避した伊達は左アッパーで顎を打ち上げる。再三ロープに磔にされた千堂が、仕方なしにガードを上げてカウンター狙いに切り替えた。

 

(んで、胸がお留守だ不用心め!)

 

隙いた胸に目掛けて、実践ではリカルドへ放ったものが最後となっていた必殺の右を捻り込む。

右上腕の痛みは酷いものだが、拳に支障なし。この痛みをぶつける場所を探していたから好都合。

ジャストミート、と呟いた。同時に、

 

「かっ………」

「…………あっ」

「─────やべ」

 

ムキになっていた自分に気づくが、既に遅し。

ひと息の呻めきを漏らした千堂は、ばたり。

伊達にハートブレイクショット打ち込まれ、打撃後に襲いくる心臓停止の衝撃に耐える間もなかった。

ものの見事にノックアウト。伊達は右グローブで後頭部をさすりながら申し訳なさそうに釈明。

 

「いや〜!すまん、いい感じに開いてたから」

「すげえ! サーベルタイガー討伐したよ!」

「よっしゃ!WBCのベルトいただきィ〜!」

 

練習生に囃し立てられて歓喜している元日本チャンピオン。幕之内、千堂、両者この男に敗北したことになってしまった。

 

「笑い事じゃないですよ!!

千堂さん大丈夫ですか!?!」

「公開スパーじゃなくてよかったですね…」

 

わらわらと千堂のもとに駆けつける幕之内ら。

その様子を見ながら、息苦しいスパーから解放されていた千堂の楽しそうな表情を思い出す。

伊達はリカルドを意識したボクシングを心掛けていた。そのせいか、千堂は凝り固まったスパーを日々繰り返していた。幕之内とのスパーが控えていると分かりそれも解れ、結果として気絶してしまったが、上がり調子の前兆だと信じたい。

 

「辛抱強くやらねーとリカルドにこうされるぞっ……と、そろそろ介抱しねえと。

柳岡さんも迎えから戻ってきちまう」

 

そう言って、目蓋を閉じたままの千堂を見る伊達の心情は、今の攻防を心魂に徹してリカルド戦に臨むことを祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無敗神話の傷はいかに⁉︎

WBAフェザー級王者、リカルド・マルチネスの初ダウンから3ヶ月が経った。世界中を熱狂させたリカルドとゴンザレスの試合は、既に今年のベストバウトとして注目の的だ。

ボクシングファンを魅了したゴンザレスの意地、中量級世界ランクボクサーを震憾させたリカルドの階級転向宣言、WBAフェザー級最後の防衛戦に日本の猛虎を選んだ理由。今も尚、話題が尽きない彼の動向の中で最も注目を浴びているのは、ゴンザレスが動かした無敗神話の歴史だろう。

(中略)

そして、リカルドの階級転向宣言へと話を戻す。本人に取材したところ、ジュニア・ライト級に転向する意向を確認した。

この事態にジュニア・ライト級の王者たちは大騒ぎだ。WBAとWBCジュニア・ライト級王者は我々の取材を拒否。神話が動くということに動揺している様子だ、軽々と口を開くことができないでいる。

その横で、黙々とリカルドにタイトルマッチを提示した王者がいる。

その名はアレクサンドル・ヴォルグ・ザンギエフ。

現IBFジュニア・ライト級王者だ───』

 

ここまで読むやクシャッと雑誌を丸め、近くのゴミ箱に投げ入れる。2点だ、転向先をハッキリさせたこと以外にこの雑誌の価値はこの程度しかない。

 

「けっ。暇つぶしに地元の雑誌買ってみりゃ、どいつもこいつもセンドーのことに注目しちゃいねえ」

 

98点が欲しければ、次の試合の対戦相手について時間を割け。そう悪態を吐けば、周囲の通行人は離れていく。異邦人が不機嫌に独り言を漏らす様は、日本人からしてみれば恐怖でしかない。話しかける人間は治安維持を目的とした警察か、

 

「長旅ご苦労様でした。

寝心地が良くなかったですかな?」

「…む!」

 

知り合いの仲くらいなものだ。

今回は後者、それも異邦人が笑顔を見せる程度には親しい間柄。

 

「いんや、まず腹ごしらえだ。ヤナオカ、美味いもの食べに行こうぜ」

「センドーは連れてきてませんよ?」

「気にすんな、センドーのトレーナーと俺の仲じゃねーか!」

 

カッと歯を見せ小さな犬歯が眩しい。

空腹を訴える大口、そして好敵手を育てたトレーナーへの敬愛が笑顔に現れる男、アルフレド・ゴンザレスが手を振りながら柳岡と合流を果たした。

目的は千堂武士のリカルドへのリベンジマッチ、その一助となるために。

 

(いや、ワイら仲良いか?)

 

距離感の違いに臆しながら、地元民のみぞ知る名店へと連れて行くと言って、愛弟子の好敵手をもてなす。

2人の満腹中枢が満たされた頃、千堂武士はハートブレイクショットの直撃でリングに沈んでいた。この事を知りゴンザレスが腹を抱えて笑うまで、あと30分。

 

 

 

 

 

幕之内一歩VS今井京介、勝者は?

  • 幕之内一歩
  • 今井京介
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