鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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CLOSER

 

「幕之内が来るまで殺伐としててな?

リカルドと試合してるのかってくらい気が立ってた。

あれは疲れが爆発しただけ。ちゃんと成長してるよ」

「そうだったんですね。ひと安心しました」

 

倒れた千堂をベンチに寝かせて、幕之内と伊達は壁に寄りかかりながら千堂のここでの様子を話していた。

あの後、積もる話の前に、と伊達に誘われた幕之内はリングに上がり、3ラウンドのスパーを行った。結果、伊達のガードに打ったリバーブローで伊達が脚をつり、休憩中。

結論、幕之内は自分が伊達以上の実力をつけていることを確認し、世界に立っていることを実感している。当然と言えばそう、でなければ困るのもそう、ではあるが現役中のリベンジマッチが叶わなかった相手だ。スパー中の攻防が全て見えて、理解できていることを喜ぶ以外の感情は浮かばない。

しみじみと、胸に沁みる暖かみを囲っている真っ只中で。

 

好敵手(なかまの)ボコり(おうえん)に来た‼︎」

 

入り口を開け放ち、熱気盛んな死神のご登場だ。

聞いていない来訪に幕之内は飛び上がる。

 

「ゴ、ゴンザレスさん…!?!」

「よーーマクノウチ‼︎ 相変わらずオモしれー顔‼︎」

 

カラカラと高らかに笑う様子はミキストリ。

上下白いカジュアルスーツに蒼いシャツ。

ファッションベルトはウェストに引っ掛けたものを斜めに垂らし、メキシコ国旗カラーをあしらった三角の連なりで表現している。

そのわりに靴はスニーカーなところがボクサーといったところだろうか。

胸ポケットの藍色サングラスがワンポイントだ。

メキシコに居た時の私服よりも締まりがあるが、本人の鬼気迫る雰囲気は薄い。よりフレンドリーなゴンザレスを見て呆気気味に握手を交わしていると、伊達が気さくに声をかけた。

 

「来たか、ゴンザレス」

「アンタがエイジ・ダテか。

暫く世話になるぜ、宜しくナ!」

 

伊達も握手で応えつつ、「くーっ、これがリカルドからダウン奪った拳かー!」と漏らしている。

挨拶が終われば、彼の興味は本命に向くわけで。

視界の奥で横たわっている千堂へと一直線。

 

「出迎えもせず昼寝かこのヤロー」

「俺が()っ倒しちまったんだ」

「バァーーーっハッハッハーーーーー!

どーーせ休み無しで練習に明け暮れてたんだろ!」

「ご明察。休めと言っても聞きやしねえ」

 

呆れ顔は伊達だけではない。後ろからため息とともに「そろそろこうなると思ってたわ」とボヤいた柳岡も、千堂の姿に肩をすくめた。

 

「あっ柳岡さん、これはですね…」

「ええんです。無理しとったコイツが悪い」

 

柳岡…2日前に伊達ジムへ駆けつけて、千堂と共に最後の調整を行っている。諸事情はその時に聞いており、練習に明け暮れている千堂が近々こうなることも予言していた。

2人頷き、伊達がゴンザレスに向き直る。

 

「ゴンザレス、長旅で疲れただろ。打ち合わせ終わったら今日のところは…」

「おう。スパーだな」

「うん?」

 

休んでくれ、は言えない。

大きな口角から覗く喜色が、千堂のソレと似ていて驚いたせいだ。あまりにも戦闘ジャンキーすぎる、と。

ばっとカジュアルスーツを脱ぐや、下からはボクサーパンツとトレーニングウェアがご登場。あとで聞いた話だが、空港のトイレで着替えていたらしい。

 

「腹満腹(ふく)れたから時差ボケ解消スパーしたいんやと」

「頑丈過ぎやしねえか?」

「慣れだ慣れ」

 

海外経験者3人、そんな訳がないと内心突っ込む。

外来当日は時差ボケ、長旅の影響で疲労が溜まり、動くのは億劫になる。慣れでどうにかなるのは翌日からだろう。そこを捩じ伏せるのは流石メキシコ人だ。

そう感心していると、ごそりと背後で気配が動く。

 

「おうゴン。相変わらずやの」

「おうおう。オメーは萎んだか、センドー?」

 

身体を起こし、ベンチから立ちあがろうとしている千堂に幕之内が駆け寄る。様子的に疲労が爆発中で、ベンチから転げ落ちることを心配しての行動だ。

 

「すまんすまん、眠くてお昼寝しとった。ほな…」

「待て、千堂。もうちょい休んでろ」

「そうですよ! ほら、ふらついてます!」

「…お? ほんまや」

「どんだけスパー()ってると思ってんだ。

お前、今日は終わり! あとでミーティングすっから休んどけ。つーわけで幕之内、頼めるか」

 

伊達の提案に頷き返す。

理由は2つ。

千堂に無理はさせられない。それと、

 

「俺を越えられねェなら見込み無しで場外退場‼︎

さぁ景気付けに腕鳴らしだ、リングに上がれ‼︎」

「はいっ!! 本気も本気でいきます!」

 

リベンジの場(しあい)とまではいかずとも、奇しくもリベンジの機会を手に入れられるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、ゴンザレスに敗北して世界の壁を知った男は今、大きな成長を遂げてリングに戻ってきた。

ゴンザレスもまた大いに成長を遂げ、2度の進化を経て世界最高峰に手が届くまでに至っている。

 

(光栄だ。こんな贅沢が叶っていいのかな)

 

幕之内一歩は現時点で二敗している。

敗北した相手は伊達英二、そしてアルフレド・ゴンザレス。彼らとリングで巡り合う機会には恵まれず、黒星に報いることなく胸の奥に貯蔵するものだと思っていた。

その矢先、2人が揃ったジムで、両者ともに全盛期の実力ときた。喜ばずにはいられない。叶うはずのなかった“もう一度”が、非公式戦で実現するのだから。

 

(いいや、遠慮はなしだ。僕から示しに行くんだ‼︎)

 

メキシコでゴンザレスと再開した時は、追いかけるので精一杯だったが。この一撃を浴びたなら、死神はスパーの意味を深く理解する。千堂武士の引き立て役ではなく、世界ランカー幕之内一歩として出向いていることを高らかに叫ぶため、一直線に突撃した。

ならば、出迎えてくるのは恐ろしくも近くにある神話の左拳。反射神経を限界まで酷使してようやく躱せるかどうかの、世界の峰を。

 

「気概良し。だが!」

「────っ!?」

 

かなぐり捨てて、飛び出してきた熱狂の拳に身体は押し戻される。左上腕に赤々と刻まれた摩擦熱。いまの風神の突風を押し返すほどの威力を携えるボクサーは、世界広しと多くはない。

 

(入れ替わった!? 表裏・死神? いや、直前まで左ジャブの構えだった。ってことは…)

 

時差ボケで寝こけていた死神は、風神の本気にあてられて目を覚ました。

リカルド戦、最終ラウンドにて覚醒した新様式。

終式・死神(モード・ダイオス)を第1ラウンドから解放し、幕之内をへし折るつもりで拳を打ち込む。弾かれる両腕、痺れる雰囲気、これは(すこぶ)る調子が良い。

これで時差ボケ付きというのだから心を嵩張られる。

 

「なんだ隙見せて、煽ってんのか!」

 

激励の一撃を浴びて、両腕から全身を伝う衝撃を吸収する摩擦音でスパーリングの文字が消し飛んだ。

再戦に舞い上がっていた高揚を畳み込む。繰り返すが、相手は2度の進化を経て世界最高峰に手が届くまでに至ったボクサーだ。そんじょそこらの再戦とは訳が違う。無敗神話に打ち勝つよりも厳しい条件下で上を行こうとしているのだ。

両脚をリングに着けて、構え直す。

脚を使いつつ上半身で円弧を描き、リズムを取り戻した。焦りは霧散し、いっときの静けさを生む。

 

(隙が…。あの時とはえらい違いだ)

(見抜かれた、改善したウィービングを。けど)

 

遮二無二で身に付けた技術の看破を察しながらも、脚に力を溜めるのを怠らない。これは新型デンプシーを編み出す過程で生まれた、対リカルド用のブロッキング。本来の目的は、ここからインファイトへと持ち込むこと。

一年に及ぶ考案と練習、改良を混ぜ込んだ緊張感で引いた糸を弾き、半歩先の目標に飛び込んだ。

死神は、細い弦で弾かれた突風に吹かれて閉じかけた目を見開き、迫る豪打の行方を捜索する。

 

1発目、空を切る。偶然か。

2発目、機を図る。不発。

3、4、追い迫る。結果は同じ。

 

(メキシコとは別物だ。ソレに操縦桿(そうじゅうかん)を付けたか?)

 

その問いに幕之内は答えない。

世界最高峰の左ジャブに臆さず、幕之内のウィービングは前へ前へ、ゴンザレスに向かっていく。

鮮烈な一撃で脳裏に焼き付ける世界の壁を、1発1発掻い潜りながら。

 

世界前哨戦やメキシコで試合(やりあ)った時、ガードの上辺から叩き込めていたパンチが弾かれている。躱す、ではない。弾い(ブロッキング)している。ウィービングと両腕の可変ガード、関節を別々に使うヘンテコな構えで、複雑な動きでボロがすぐに出そうなものだが。

 

(いちいちジャブを引っ掛けてるせいだ。ジャブの速度を出す為のリズムが狂わされてる!

それにガードの戻しが上手い。肩も円運動で戻すから力が分散しないで何度でも間に合わせてんだ)

 

前進を止める為に直撃させたジャブを受け止めたガードは、円運動を阻害する威力を切り離すために右へ左へと逸らしていく。そうして空いたガードに、即座に引き戻した左ジャブが狙い澄ます。然し、逸らしていた腕がもう戻っている。

 

(…神話対策かよ。ちゃっかりしてんな)

 

神殿を掘削するように、ドンと甲高い綿の音を鳴らしながら前へ、前へと突き進む。

一風変わった幕之内のアイデンティティを見て、気怠げな身体のことも忘れて立ち上がった千堂が呟く。

 

「なんやアイツ、変てこなディフェンスやの。デンプシー捨てたんか」

「ありゃ別モンだろうな」

「どゆことや。腕の動きで誤魔化してるようにしか見えへんぞ」

「千堂、ゴンザレスのメキシカンジャブにどうやって対応した?」

「はあ? そら、慣れるまで見とったよ」

「それは、なぜ?」

「んなもん、これまでの自分じゃ躱せな……あ!」

 

トントンと返す伊達との問答で、千堂は理解する。

 

「メキシコでもゴンザレスとスパーしたんだろ。

痛感したはずだ。今の自分じゃリカルドに届きすらしない、と。そして時間はたっぷりあった。

お前が左ジャブ対策を練ったように、幕之内も同じことをしていたのさ」

 

ここで左ジャブ対策をして成果が出たように、幕之内もリカルドを見据えて練習をしていた。

もしも、次があれば自分が名乗りを上げる、と。胸の奥にしまっているであろう言葉が聞こえてくる。

 

「1ラウンド目はお互いの武器を見せ合った。

ここからは精度と練度のぶつけ合い、段違いの攻防に発展する」

「………………せやな」

 

返事に精気が感じられない。

ダウン後の疲れが抜け切れていないのか。

或いは、精神的な傷のせいか。

伊達は横目に診て、原因を見抜いている。だが今は違う、と喉を締め付けてリングに視線を戻した。

 

そうしているうちに1ラウンド目終了の合図が鳴り、インターバルを置いて2ラウンド目が始まった。

 

「しィ────!」

「ッ…………!!」

 

ゴンザレスと拮抗にまで持ち込んだ1ラウンド。

ここで崩しにかかるのが終式・死神(モード・ダイオス)の凄まじい攻勢。

ウィービングの真横から拳を叩きつけるんと、右ストレートをぶつけたまま拳に身体を引き寄せ、その弱点である横っ腹に身体の軸を置いた。

弾かれた腕のままウィービングを続けられるバランス感覚、恐るべき。しかし、死神の脚がちょいと奥に向けば、現れるのはガラ空きの側面。呑気に振り子運動を続ける獲物へと、ものの3分未満で適応した死神の鎌が振り下ろされた。

 

「……へェ?!」

 

驚嘆で頬が吊り上がる。

足切りを優々と越えた幕之内は、逆に、ゴンザレス右横へと移動し終えていた。そして左ボディブローを繰り出し、これが直撃する。

 

「なっ!? 見たか伊達はん!!」

「一瞬過ぎて、凡そしか…」

 

一同は、いま起きた挙動を見逃した。いや、見ていて動きも分かってはいるが、あの奥に潜む恐ろしい事実を暴きかけている。

 

「なに見逃しとんねん!!

だっーくそゴンが打たれたのしか分からへん!」

「お前も分かってないだろうが!」

 

ただ、幕之内一歩の固定観念…デンプシー・ロールの振り子運動の描く軌道に捉われていたせいで、その輪郭しか見えずにいた。

困惑のなか、最中のゴンザレスは怯まずに接近戦を継続していく。何かの間違いか、偶然かを確かめるため、真正面から打ち崩しにいった。

 

(俺も考えていたんだぜ。マクノウチのデンプシーをどう封じるか。豪打を浴びずに沈めてやるか。

それが、真横に飛び込むことだった。お前とのインファイトは、ともすればこっちが沈みかねない。なら、危険を冒して更に向こう…真横に立てば、向き直るまでにポジション取り、視認、ウィービング再開の三拍子を挟まなきゃならん貴様をタコ殴りって寸法だ)

 

2ラウンド開幕、ウィービングを崩してゴンザレス流デンプシー破りを実行したのは、幕之内が本気を出してくると予感したからだ。記憶を辿るに、真横に飛び込んでデンプシー・ロールをやり過ごそうとしたボクサーは公式記録では居ない。

初見も初見だ。不器用な男に対応できる筈がなかった。日々、このことを想定して練習していない限り。

だが、と区切る。

 

(わざわざ、そんなピンポイントに対策を講じるかね? デンプシー・ロールの虚を突くとはいえ、我ながら無謀な突撃と思ったよ。

神話対策? リカルドはこんな奇抜なことしない。真正面から叩き潰しにいく)

 

リカルドなら選ばない戦法。

終式・死神(モード・ダイオス)の勢いあってこその飛び込み。

リカルドのバイオレンス(暴力)に横の動きはない。

幕之内の表情は、したり顔というよりも、半信半疑の半信を引いた驚きが滲んでいたように思う。

思考を巡らせていくと、もっと大きな何かが隠れていることが分かる。アレはピンポイントでしか通じないチンケな技などではない。ならば、と。

 

ゴンザレスの出した結論は。

伊達の言う凡そ、とは。

 

(なら、つまりだ。そういうこと、だよな)

(新型の、デンプシー・ロールの片鱗…!)

 

ゴンザレスと伊達、両者の意見が合致する。

幕之内一歩のウィービングが強化された。

今の変化はその応用に過ぎない、と。

 

(メキシカン対策のブロッキングは応急処置に過ぎない。さっきはゴンザレスさんのジャブを見るために使ったけど、何回も使ってたら通用しなくなる。

だから、全力も全力です。終式・死神(モード・ダイオス)に対抗するには、これだ!!)

 

即ち、無宣告の実験台任命。

ゴンザレスの実力を認め、叶わぬリベンジマッチを勝手に執り行う幕之内、渾身のメッセージ。

ソレを卑怯と嗤う男ではない。寧ろ、世界に相応しい会話のやり取りに胸を高鳴らせるばかりか、拳の返答で煽り返す。2ラウンドから両者ひと息も忘れて、振り抜いた一撃が次々と直撃と空振りを混ぜこぜにして。

 

(コナモノでも感動したもんだが、やっぱりお前たちは俺の想像を軽々と越えてきやがる!

最高の歓迎だ、このオモテナシに応えてやるぜ)

 

やがて届いた死神の暴威に幕之内は後退した。

ガードした衝撃で飛び散る自分の汗を血飛沫と錯覚する。或いは、精神からの出血なのかもしれない。

ボクサーの経験が勝手に脳裏に見せつけてくる。リカルドと試合をした日のゴンザレスの動きを。今以上に苛烈で、惚れ惚れする気迫と後ろ姿を1ミリたりとも引き出せていない。

 

(これが、無敗神話を殺すためのボクシング!

モード・ダイオス(これ)を12ラウンド継続する体力があったら、どうなっていたんだ…!)

 

ボクサーとして、伝説を追う者として、その向こうに手を伸ばす過程で想像せずにはいられない。

無敗神話に最初の傷を入れた漢の神殺し。12ラウンドの先々にあったかもしれない未来を。

 

(俺たちを倒してェってうらみが心臓に響きやがる! 自分(好敵手)の一敗でここまでやるとこが相如(あいし)いなァ!?!)

 

実力、そのままに。

半年前の全盛期、12ラウンド目ラスト30秒の熱意を保持して、アルフレド・ゴンザレスは来日した。

今は未だ届かない。試運転の段階で、完成したと思っていた新型の粗を見つけた4ラウンド目で幕之内は膝をついた。まだまだ上がある、という悔しさを以って世界での現在地を知る。近い日、実力を引き伸ばす劇薬としてゴンザレスとのスパーを体験し、必ず越えてみせると胸に違った。

全盛期を維持してくれたことへの感謝を込めて。そして、千堂武士への鼓舞に繋がることを信じて。

 

 

 

 

 





終式・死神(モード・ダイオス)ゴンザレスはPFP10位以内を想定して書いてます。
スパー開始時点では時差ボケ込みなので、本来はもうちょい強い。

幕之内の新型についての説明は?
詳しくは、まだです。描写もわざと省いています。

幕之内一歩VS今井京介、勝者は?

  • 幕之内一歩
  • 今井京介
  • 引き分け
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