鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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はじまりの分岐点

ときは3階級制覇よりも前にさかのぼる。

 

WBAミドル級チャンピオン、リチャード・バイソンとの試合に鷹村はK.O勝利で幕を閉じた。

日本人重量級統一王者の誕生に、祝福の言葉が次々と並んだ。不遜な態度を差し引いて、世間がボクシングにより熱い眼差しを向けるようになり、より上の階級へマッチングする機会も恵まれる。

 

当の本人も、相変わらず傲慢さをひけらかしながら一歩たちをこき下ろしていた。大魔王の名に恥じない横暴さは健在どころか、加速していく一方である。

 

良いことづくし。

 

被害者は生まれるものの、世界へと触発されるボクサーが増えたことは間違いなく事実。大魔王の行進、唯我独尊は生涯止まることを知らなかったはずだ。

 

───

 

──

 

 

しかし、しかしである。

この物語のIF(はじめの一歩の分岐点)が、ここから先にあるということを語らなければ、真に始まったとは言えない。

 

「負けた………?

ジジイは、タオルを投げなかったんじゃなく」

 

それは。

ふとした拍子に、統一戦のビデオを観る機会が訪れたとして。

 

「投げたタオルが、青木と木村に回収されただけって言うのかっ!?

なんなんだそれはぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!

あのクソジジイ、んなことしてやがったのかっ!」

 

はっきりと記録された、とあるワンシーンを鷹村が知ってしまったとしたら。

 

「お、俺が……負けたと思われていた。

あの牛野郎に、俺が…………!?」

 

天狗になった鼻は折れ、ようやくIFは幕を上げる。

 

 

 

 

失意の底。

鷹村の心境を片付ける表現だ。

 

ゴミが散乱する自宅の隅に一人。

深夜3時を過ぎようという時間だというのに、眠気はまるでなかった。

窓から差す月のあかりに照らされる瞳には、人としての精気や覇気がない。現実を見ていなかった。繰り返し脳内で流れる、リチャード・バイソンとの試合。リングの中と外。自分視点とカメラ視点を照らし合わせながら、屈辱の瞬間は20回目をむかえた。

 

「ーーーーーーッ!!!」

 

歯ぎしりの音が響く。形にできない悔しさが胸の奥で暴れまわる。

 

「認めねぇ…」

 

負けを。勝ちながら負けたことを。

会長の期待に応えられなかった時間があったことを。

結果も、過程(れんしゅう)も、無意味に変えていたのは自分だったことを。

 

 

ことの発端は、書店で見かけた1冊のスポーツ雑誌。

ガセ記事、粗探しを書くことで有名なソレの表紙に、また自分の名前が載っていた。普段は目にも止めないのだが、珍しく気が変わったのだ。

どんなケチをつけたのか、内容次第じゃ乗り込んで騒いでやろう。

暇つぶし程度にそう決め手に取った。

 

5分後、スポーツ雑誌は散り散りとなる。

 

″本当は負けていた!″

 

「んな、はずが…!」

 

″投げ込んだタオルのキャンセルは有り?無し?″

 

「ば、馬鹿な!?」

 

″鷹村は最強なんかじゃなかった!″

 

「この写真……マジ、なのか?」

 

会長がタオルを放り投げた瞬間。

タオルを協力して掴んだ青木と木村。

 

僅か2枚の事実(しゃしん)が、鷹村の心に深く衝撃を与えた。

 

 

 

 

その日から、3人と真正面から話すことができなかった。

湧き上がる怒り。誰に対してのものか分かっている。そして、それを振り撒くことは、鷹村の自尊心が許さない。

 

楽しくない。青木を、木村をバカにしても昔ほど楽しくない。

 

程なくして、木村が突如、引退する。理由は語らずとも、減量苦が大部分を占めるのは明らかだった。

 

青木は、試合数が激減した。負けはしないものの、惰性で続けているのは分かっていた。

 

幕之内は療養の名目でジムに顔を出さない。ときおり顔を合わせるのはホールか国技館。会話は続かない。

 

板垣はよく分からなかった。ジムに顔は出すものの、黙々と練習をしている。なにかを考えながら、板垣じゃないボクサーの動きをする。

 

「なんだ……オレは、なにをしているんだ」

 

次々と鴨川ジムからは人が離れていき、次第に活気も遠のいていく。会長の顔もかんばしくなく、シワは増えているように見えた。

分かる、寿命が見る見るうちに縮んでいる。誰のせいだ、なんて聞く必要もない。なんせ、どうすればいいのかを分からない。

 

表現できない苦痛から逃れるように、次の対戦相手とのシャドウボクシングを行うようになる。

多いときは、日に100試合を超えた。

減量苦と向き合うには、これしかなかった。

 

───

 

──

 

 

そして、さらに刻は流れる。

鷹村は1つのケジメをつけに鴨川ジムを訪れる。

理不尽さはなく、理性と知性を取り戻した一人の漢として鴨川と対面した。

 

会長(じじい)、WBAのベルトを返上してくれ」

 

前を向くことしかできないと気づいた。

前に進まなければならない。これまで背負い込んだ余計なもの含めて、ガチャガチャ音を立てながら駆け上がる。

やるか、やらないか。結局、それしかない。

 

「理由を聞こう」

 

この日、人知れず。

 

「認める、あんたのボクサーでも負けるときがある。

オレだって完璧な人間じゃなかった。以上!」

 

鷹村は1つの敗北を胸に刻んだ。

 

「鷹村……」

 

ずっと、うえを見ていた。

世界の頂上に登り詰めると、ふもとの景色は見えなくなる。

 

「まだ遅くはない。防衛戦と突き放した後輩の面倒、同時進行じゃ」

 

バカ野郎。

オレの目だぞ。

鷹の目だ。欲しいもんを見るための目が、よりによって地上を見れないでどうするっていうんだ。

 

「おう、朝飯前だ!」

 

人の目には分からない1つの黒星。

後輩が背負い、その苦労を越えてきたもの。

大魔王の皮は剥がれ、先陣を行く漢を取り戻していく。

 

後日、WBAミドル級タイトル返上とともに、WBCミドル級防衛戦を発表。防衛後、WBCミドル級タイトルの返上とスーパーミドル級への挑戦を宣言し話題を呼んだ。

 

 

 

 

さらに刻は流れる。

 

「お、俺の………右目ッ!!!!」

 

鴨川ジムの地下リング、鷹村は一人で膝をつき、右目を抑えていた。全身には噴き出さんばかりの汗。

 

「つ、ついてる…!?い、いやそれよりも…」

 

荒れた呼吸で、己の正常を確かめる。

 

「イカれ始めちゃいると思ったが………こりゃ、マジでどこまでもつか分からねぇ」

 

大きくため息を吐きながら、誰もいない部屋で一人呟いた。

 

鷹村がいましていたことはシャドウボクシング。

次の階級、ライトヘビー級に君臨する最強の男をイメージしたもの。

スーパーミドル級に上がってからは、対戦相手をイメージして毎日シャドウボクシング、家ではイメージトレーニングを積んでいる。

そのために必要な対戦相手の情報を集め、試合のDVDもあらゆる場所から取り寄せている。

 

そして、ティム・フェザントと最初のタイトルマッチを行った。

ライトヘビー級のウェイト、79kgに合わせた己をイメージ。過去の試合からフェザントの全盛期(いま)を創り臨んだ。

 

フルラウンド戦い、4度のダウンを奪い、3度ダウンした。結果は判定勝ち。壮絶な試合の代償として、精密検査により網膜剥離と診断、引退した。

ここまで悲惨な結果は初めてだ。スーパーミドル級タイトルマッチでさえ、8ラウンドK.O勝利から始まったというのに。

 

(……まじか)

 

未来を閉ざす無様さに呆れる。

全ての選択肢が引退の岐路に立っていることを深く理解した。

 

───

 

──

 

 

サンドバックを叩いてジムを出た。

家について明かりをつける。

家の中には見渡す限りDVDと雑誌の山。

 

″無敗神話を破るのは誰だ⁉︎″

″パウンド・フォー・パウンド第1位に輝くのは″

″1年目達成‼︎たった1つのクルーザーの冠″

″重量級王者たちとの格差″

″リカルド・マルチネス⑥″

″レクス・アンダーソン④″

″レイヴン・ザック⑧″

″スナイプ・ロア②″

 

『フェザントには、ギアを上げるという概念がないのだろう。30戦を超える試合でステップを刻んだことがない。

待っていても口に入ってくる食料。対戦相手にはそんなイメージしかもっていない』

『驚くことに、後退したこともない。つねに前進し、その驚異的な攻撃で試合を終わらせている』

『一撃必殺を狙う挑戦者も多いが、どれだけ緻密に計算して狙おうと彼の前では無力。ジャブを打つこともできずにリングを去るばかりだ。そして、彼らの心を最も傷つけたのは…』

『彼は壁が大好きだ。よくロープやコーナーを背負い戦う。よほど心地がいいのだろう。彼は歓声を嫌うから、ファンの近くで試合をしたいという気がないことだけは間違いない』

 

穴が空くほど読んだ雑誌の文書、擦り切れるほど再生したDVD。

 

一つのDVDを手に取る。

題名は″ティム・フェザント④″とだけ。

 

シャドウに続き、鷹村 守はタイトルマッチを行う。

現実と遜色のないイメージトレーニング(タイトルマッチ)。毎日毎日、魂を削るようなボクシングのゴングを鳴らす。

何百回と観たティム・フェザントの試合から、完璧な勝利を掴むために。

 

それから、イメージでの試合数が400を超えてから試合数は覚えていない。

 

言えることは1つだけ。

タイトルマッチ当日の朝。

最後の試合を行い、いまの自分の肉体を再確認し、4R2分20秒でK.O勝利できるという確信。1年間の積み重ねてきたイメージが、納得の結果をもたらしてくれる。

 

不敵な笑みとともにホールへ入場した。




お久しぶりです、ひとりのリクです。

連載開始してから半年が経ちました。誤字報告やお気に入り、感想と評価付与に励まされております。
物語が序盤の天王山へと差し掛かりましたので、ここで感謝の意を伝えさせていただきます。

なぜ改まっているのかというと。私、オリジナルキャラクターを公開するのは初めてでして。緊張しています(笑)。
ティム・フェザントは、原作「はじめの一歩」とは一切関係ありません。どうかご理解のうえ、これからも作品に付き合っていただけたら幸いです!

次話投稿予定日 12/19(木)
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