鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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ティム・フェザント

幼いころから、フェザントには波紋が見えていた。

 

水面に落ちた雫から発生するように、森羅万象には波紋がある。

 

人の善し悪し、物の価値、果ては明日の天候に至るまで。

 

一挙手一投足に微かな揺れが存在する。

 

物は動かずとも、真価に適する揺れをする。

 

これら全ては体感という域にあるため、本人以外が知る由はない。

 

物心つく前から波紋について話していたフェザント。両親は、このことを神さまからの祝福だと喜び、波紋の本質をフェザントの身になって早々に理解した。

子のために成せることを。という心情を掲げる人間だからできたのだと、のちにフェザントは考える。

 

「人と話しなさい。物に触れなさい。将来、かけがえのない財産となり幸せを掴めるから」

 

両親は休日のたび、多くの場所に連れていった。

世界を旅して、美しい自然と触れ合い、数えきれないほどの人と話をした。善良な人から、犯罪者に至るまで。誘拐中の人間を見破ったこともあれば、テロを目前にした男を説得したこともある。

安全と危険を交えながら、波紋の見方を深く理解するのに10年は経っていたという。

 

人と接するほど感情の起伏や行動が読めていく。物の真偽も、本物の美術に触れていたから贋作を見抜くのは容易い。

あらゆる感情が解ることから、自分自身の表情はおざなりになっていた。ちょっとサボるつもりが表情筋は硬くなってしまった。そんなとき、父親はこう言った。

 

「よく聞くんだ。いまは見えるものだけに頼っているが、人の本質は心にある。いつか、お前の波紋が通じない人間が現れる」

 

言葉を聞きながら疑問に思うことはなかった。

ここまで出会わなかっただけ。自分のような人間がいるのなら、(つい)となる人間もまたいる。

 

「我々に絶対はない。その目も、限界がある。そのとき戸惑うだろうから、落ち着いて呼吸をするといい。これまで学んだことを思い返すんだ。

失敗や負けが世界に存在するのは、とても必要だからだよ」

 

父の言葉を聞いたその日から、フェザントは青年としての行動範囲内でアメリカ国内を探し回った。そんな人間がいるなら見てみたい。話せば自分をさらに磨くことができる。

 

ある日、机の上に積んだ本を見た父は驚きながら観察する。

 

「これは……あぁ、見ればわかる。本だ。SFにミステリー、スパイとジャンルもバラバラ。なかには料理本まであるのか」

 

ここで自分の考えを読めるのだろうかと興味が湧いたので、フェザントは、これらに共通することを父に問う。

質問に頭を回すこと3分、無言だった父は答えた。

 

「著者、だね」

 

感嘆の声を漏らすフェザント。理由も聞く。

 

「お前を育てていなければ、或いは司書でもなければ分からない。これらの作品の著者は、みな現役だね。誰一人も筆を置いていないだろう?

正確に言うと、会える人物だからこそ読んでいる。どうだ、正解か?」

 

参った、とジェスチャーで答えた。

 

本の文章から、波紋が通じない人物を探していたのだ。

波紋が見えない人物を書いた著者であれば、本人もまた波紋が見えないと考えた。なんの根拠もないが、フェザントには己の勘に絶対の自信を持っていたため、なんの問題もなかった。

 

そんなおり、彼は1冊の本を見つけた。

 

それは、小さな王の物語。

ありふれたファンタジーであり、誰もが好む展開。いつも正しく、彼の後ろには誰しもが付いていく。

少しだけ違ったのは、王の意思をおおやけに語らなかったこと。1つだけの正解を設けず、読者に想像力を魅させてくれる。

 

物語では、王が登場すると波紋はピタリと止む。

節々にも、王が介入する場面では波紋が薄くなっていた。

 

ついに見つけた。

綻んだ表情は、著者にアポのため連絡をしたとき崩れてしまう。

著者は、不運にも持病の悪化で連絡をした日の早朝に亡くなっていたのだ。

 

波紋が消えることを知った。

しかし、方法は分からない。

ヒントは″王″。ならば、探すほかない。

現実世界に、物語の王のような人物を探すようになった。

 

さまざまな手段がある。いくつもの将来が選べた。

限りある人生の時間だからこそ、1つのことに時間をかけることが大切だと知っている。仕事という膨大な時間を費やすものに、慎重になるべきなのだろう。

しかし。街中で見かけたボクシングジムが目に入ると、激しく揺れる波紋を見て己の生涯歩む道を確信した。

産まれて十数年。物事を即決したのは、この日が初めてだった。

 

───

 

──

 

 

以後など語るまでもない。

フェザントは、その才能を存分に発揮している。

試合間隔3ヶ月を止めたことはなく、対戦相手も選り好みしたことがない。フェザントを倒せると豪語するボクサーがいれば、西へ東へ行き、そのたびに相手の全てを引き出してきた。

一切の感情を表に出さず、ただ波紋の揺れに注視し続け己の世界に没頭する。

 

形容のできない特殊なさまは、やがて野性の勘と表現される。

不特定多数に打ち明けたわけではないため、周囲がフェザントの目のことを呼んでいるわけではない。自然と、超人的なディフェンス能力を評するのに適した言葉がこれだった。

 

そんな彼をファンたちは『無感の王』と呼んだ。

 

 

 

 

後楽園ホールには、フェザントのことを良く知る関係者が続々と集結する。ライトヘビー級タイトルマッチ、観客動員数の3割がフェザントのファン。

 

対戦相手はパウンド・フォー・パウンド第5位。

いま最もボクシング界に激動をもたらす男。

鷹村 守の存在に、フェザントが深い興味を示していると察したからだ。

 

パウンド・フォー・パウンド第3位、現役被弾率ワースト1位と十分な肩書きはもつが、それでも対の人物をまだ見つけていない。

なぜ世界王者なのか、それが証明される日になる。この防衛戦の決定後、フェザントはそう答えた。

 

こうして。

フェザントの王を探す旅は、日本へと踏み込んだ。

 

 

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