鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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ヘビー級チャンピオン

スーパーミドル級タイトルマッチ後。

 

元チャンピオンは日本の記者を控え室に通し、インタビューに答えていた。最初こそ遠慮がちだった記者たちも、彼の度量の大きさを目の当たりにしてからは悠々としたインタビューとなる。

彼の顔は敗者が浮かべるものではなく、出し切ったという満足感が見えた。それほどの差を目撃した。

 

「ようやく酸素を吸った気になれる」

 

インタビューを終えて控え室を出た藤井は、喫煙室でタバコをふかす。煙の向こうに、スーパーミドル級タイトルマッチを思い返していた。

 

『高層ビル屋上から百メートル先の屋上へ、命綱無しの綱渡りをするような緊張感のあるファイト』

と、元チャンピオンは例える。

 

2Rまでは両雄クリーンヒットはなく、リング中央から離れることなく砲撃戦が繰り広げられた。ダック、スウェーは勿論、ときおりストッピングを交えながら主導権を奪い合う。

あそこまで堅実な鷹村は珍しかった。

 

3R序盤、慣れに任せて相手の一手先を封じクリーンヒットを奪う鷹村。残酷にも、このラウンドから鷹村が終始リング上を掌握し、王者の足を完全に奪った。

行く先々を封じ、これでもかとチャンピオンの攻撃力を奪ってみせたのだ。

 

4Rの開始のゴングが鳴るも、あくまでも冷静に攻め立てる鷹村。鷹村は知っていたのだ。足を封じられた王者には、逆転する術があることを。

だが、観客は皆、鷹村がインパクトのある一撃で試合を終わらせると信じていた。

それだけに、冷酷なまでに反撃の隙を与えずにトドメを刺したとき、勝利への歓声が5秒遅れた。

 

試合後、元チャンピオンはこう語った。

 

『ここまで完膚なきまでに私を叩き潰した人物は二人目だ。これまでタカムラとの防衛戦に臨んだチャンプたちは、おそらく6階級制覇が夢ではないことを実感している。私も、タカムラの6階級制覇を応援したくなったよ』

 

記者たちが驚きの声を上げ、また元王者の器に感心したところでインタビューは終了。

控え室から退席するとき、彼は最後にこう言い残した。

 

『ライトヘビー級の壁を越えたとき、6階級の頂点はすぐそこだ』

『ライトヘビー級の壁……?』

『イエス。私がスーパーミドルのタイトルホルダーだった理由がそこにはある』

 

おそらく、記者の半分が分かってりゃ上出来といったところ。

 

元チャンピオンの本来のウェイトはライトヘビー級。彼は約二年間、減量を行なってまでスーパーミドル級を戦場としていた。

その理由を鷹村が知っていて、この試合に臨んでいたとしたら。

 

「そうまでして避けたいボクサーか」

 

夜風に当たったのでもなく肌が身震いしていた。

俺が戦うわけでもないのだが、一抹の不安はある。

だが、その心配は外れてくれる。少しずつ減量苦から解放されていく鷹村なら、という未知の領域がそう思わせてくれる。

 

 

最後に一本のタバコを吸い終えて後楽園ホールをあとにする。

タイトルマッチのあとは相変わらず人が多い。だが、鷹村の試合を見れば人混みもまた良い味のひとつだ。

 

「今すぐに記事に落とさねえと、この快挙は明日じゃ伝えらんねぇな」

 

何よりも、次に鷹村が挑戦するライトヘビー級について調べておく必要がある。3団体の王者たちはそれぞれ把握済みだが、ここ最近の2団体については消極的な試合が多い。

引退間近が一人、王座に胡座かいてるやつが一人。残るはやはり…。

 

 

「……あれは」

 

 

そのとき、視界の奥に見えた人物の顔を見て、いつの間にか目を見開いていた。

 

日本人の人混みに紛れ込み、その男は頭一つ分以上飛び抜けている。金髪の白人、明らかにアメリカ人だと分かる(たくま)しい身体は、周囲の注目を集めている。20mは離れていたが、彼の周りを人が避けているのが見て分かった。

サングラスを掛け、心許ない変装のせいか近寄りがたさを増している。そんな男を、俺は知っている。

 

「ま、待ってくれ!」

 

人混みで、周りの目もはばからず声を上げていた。

この機を逃せば、次にいつ出会えるかなんて分からない。そんな大物が、どこかの記者と話すのでもなく、観光気分で歩いている。

ボクシングを愛するものとして、その意味を聞かずには明日を迎えられる気がしないのだ。

 

「ウェイト!ストップ!フリーズ!」

 

滅茶苦茶な英単語を口にして、とにかく気を引こうという作戦だ。人混みを掻き分けて、少しずつ近く。

それが功を奏したのか、男はこちらに気づいて振り向くと。

 

「オット」

 

ニカッと笑顔を見せるや、人混みを掻き分けて走り出した。

 

「なっ!?」

 

巨漢が人混みの中をグングンと進むなか、こっちは逆に呑まれてしまいそうだ。人にぶつかり、足に引っかかりそうになり、まともに走れる場所じゃない。

流れにのりながら、男が通った後の隙間に辿り着いた。しかし、男は人混みを抜けている。

 

「くそ、なんでスルスル動けるんだチキショウ!」

 

おっさん達の怒鳴り声も構わず人混みを抜けたときには、目立つはずの男は見当たらない。少しの間、目を離しただけでこれだ。

それでも諦めきれず、人混みの端にいるサラリーマンに尋ねる。

 

「ちょっといいか!金髪のアメリカ人、それも巨漢の男がどこに行ったか見なかったか?」

「お、落ち着け!そいつなら、橋を川沿いに下りながら走ってったよ」

 

あの目立つナリなら間違いはないだろう。

礼を言ってあとを追う。

 

全力ダッシュで1分、川沿いの通りに出た。

駅に続く道から外れたから人混みは薄くなる。この周辺がさして興味を惹くものがないからだ。退屈な川沿いが続くが、もう見慣れた。そう、見慣れたものしか見当たらないなら、あの巨漢はどこにもいないということ。

 

それが分かるや川沿いに走り、近くの角を曲がる。いくら速くとも、川沿いを走り続けていれば見えるはずだ。

住宅地を適当に走って撒こうとしてもおかしくはない。向こうに土地勘がないという前提で、片っ端から住宅地を駆ける。

 

せめて、いまの気持ちだけでも聞きたい一心で走る。

鷹村 守の″最終到達点にいる人物″だから。

 

「ゼェ、ゼェ、ゲホッ」

 

10分後、夜の街灯の下で息を切らしている自分が情けなくなった。巨漢の影すら見当たらず、ひたすら住宅地を走り彷徨うだけ。まんま不審者だ。

ヒゲでも剃っておけば、と後悔しながらトボトボと歩く。

 

ここまで来たら、記事にしなくてもいいから話を聞きたい。たまたまあそこに居た、なんて言い訳は通じない。間違いなく今日のスーパーミドル級タイトルマッチを観ている。

 

さらに歩き続けるが、巨漢の男など初めからいなかったかのように静かだ。

夜空を仰ぎながら、白い息を吐いた。今さっきのことは忘れて、今日の記事を書こう。そう思ったそのとき、真上にあるはずの街灯が無いことに気づく。

 

なぜか、と聞かれても分からない。

 

「探しているのは、私かな?」

 

街灯を覆うなにかが、こちらに話しかけてくるまでは呆然としていたからだ。

 

「ギャアァーーー!!」

 

頭上の街灯を遮っていたのは、巨漢の男の頭部だった。

気さくに話しかけてきた唐突さに、思わず声を張り上げて後ずさってしまう。

男は愉快そうに、アメリカ人独特の笑い方をする。

 

「あんなに必死に追いかけられると、少し楽しくなっちゃうじゃないか。こっちだと避けられてるからね、新鮮だった!」

「なん、で…いや、それよりだ!」

 

遠く見るよりも逞しく、神殿の柱のように見惚れてしまうほどの腕。やはり近くで見上げる容姿は、一目で敵わない相手だと理解できてしまう。

 

アンダーソン、で合っていますか?」

 

当たり前のように日本語を話すあまり、相手が異国の人ということを忘れてしまう。

 

「イエス、ジャパニーズ」

 

それほど、揚々と答える楽しげな表情が目の前にあったのだ。

さきほどの緊張もどこへやら。

 

「そういう君は?」

「失礼しました。私はこういうもの…字は読めます?」

 

名刺を渡すと日本語、それも漢字を理解しているらしい。問題なく話がすすんでいく。

 

「記者さんだね?これは困ったよ、うん。私はプライベートでここに来ている。我が師にも内密に、タカムラの試合が目的でね」

「それは、個人的に興味が湧いたということですか?」

「ノー。私だけではない。アメリカのボクシングファンの間では、タカムラのことは話題に上がりっぱなしさ」

「耳にはしています。ライトヘビー級、クルーザー級は最近チャンピオンの入れ替わりが少ない。それほど、重量級現役チャンピオンたちとランカーの差が離れてしまっている」

 

だからこそ、鷹村の快進撃は注目を浴びている。

減量苦を背負いながらのタイトルマッチをこなし、全てに打ち勝ってきた。少しずつ枷が外れていく鷹村なら、緻密なボクシングを打破してくれると期待が集まるのだ。

 

「まぁ、彼らが話題にする以前から、私はタカムラのことを注目していたんだけど」

「ほぅ!いつ頃の話か聞いても?」

「ウーム、これはシークレットだ。しかし、いつか話したいという矛盾も抱えている」

 

考える素ぶりを見せるや、片目でウィンクなんてするアンダーソン。似合うのが驚きだが、次の言葉にはもっと驚かされた。

 

「親愛なるジャパニーズ、この話の続きはタカムラが私のもとまで来たときにしよう。私とのインタビューをアポイントでどうだ?」

 

ここで下手を打つよりもマシだという直感が、俺に即断の後押しをする。

 

「オーケー、そうこなくっちゃな!」

「ハハハッ!じゃあ今日の話もそのとき記事にするといい。あ、もちろん日付は伏せてくれ?」

「なるほど、本当の狙いはソコですね?」

「オーット、勘弁してくれよ!面倒ごとはできるだけ片付けておきたいんだ。アメリカ人の誇りにかけて嘘はつかない!」

「鷹村は遠くない日に貴方と会いますよ、アンダーソン。

だから、取材のことよりも負けることを気にした方がいい」

 

レクス・アンダーソン。

WBCヘビー級チャンピオン。

40戦にもなる試合全てを、4R以内にKO勝ちしている最重量級の怪物。

別名は、キング・オブ・レクス(王者の中の王者)

 

アメリカの頂点が鷹村をマークした。

 

それも、いまに始まったのではないというのだ。

なにか因縁のようなものでもあるのだろうか。

 

「フ、ハハ!もちろんだ!」

 

ふと思ったことは口に出さず、笑顔で別れを告げる。

最後に握手を交わし、アンダーソンと別れて今日のタイトルマッチの記事をまとめに行った。

 

 

 

 




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本番は次話から。
ライトヘビー級への挑戦となります。
前座を誰が担うのか、諸々を含めて書きたいと思います。前座は二人、もう決めてるんですけどね!

【次回予告】
ライトヘビー級タイトルマッチが決定。
その前座として、青木と木村に三度彼らが立ちはだかる。
攻略の糸口として、鷹村が提案した内容とは…?
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