鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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波紋の障壁

1ラウンド、鷹村が与えたクリーンヒットはない。

3年間、苦戦のない勝利を見届けてきた観客たちは生唾を飲む。バイソン戦以来、イーグル戦に似た世界の壁がいま立ちはだかっている。リングから漂う重圧に、思わず拳を握りしめていた。

 

ともすれば、注目する点は1つ。いつ、鷹村が突破口を見つけるのか。観客の期待を背に、ゴングとともに鷹村が駆ける。

 

(たしかに、俺様の攻撃は通じてない。いまのやり方じゃ腕が疲れるだけだ)

 

鍛え、磨き続ける左が封じられた。

右は、それでもフェザントのもとに届いた。

やるべき道は、右で作っていくのだと誰もが思う。

 

(しかしだ!ストッピング(それ)から逃げたように捉えられるのは気にくわん。真正面から破る!)

 

鷹村は、こう考える。

 

右だけ、大砲しか打ち出せないボクサーが果たして恐ろしいか?

否。右を狙おうものなら、瞬きのうちに打ち伏せることができる。少なくともそのラウンド、1つの武器しか持ってこない相手にペースを握らせることはあり得ない。

無数の攻撃手段をもつ相手に、武器たったの1つ。それは、基盤から崩れつつある朽ちかけの斜塔。芯、そして心ともに貧弱に違いなく。誰がそんな道を通ってやるものか、と左腕を脱力させた。

 

「────」

 

2ラウンド先制、鷹村は外からのジャブを選択。

 

『あぁっ!また止められてしまった!完璧なはずのジャブがチャンピオンに通じないっ!!』

 

無論、フェザントの前では長距離であろうと当たらない。

ストッピングと同時に踏み込んだフェザントは、顎に鋭く打ち上げる。赤い花火を視線で追った。拳の感覚がタイミングを計り終えたとき、大きくバックステップした。

 

「おい、ジャブは止められるじゃないか!ほかの攻め方に変えろよ!」

 

野次が飛ぶ。

ここの住人たちは、なにか不満があれば即座に口から飛び出す。辛抱ならないのだ、自分たちの応援する背中が縮んでいく姿が。

 

「あぁ、また止められる!」

 

分かっている、その野次の意味を。

何十と飛んでこようと、その手で握りしめる実力がある。

野次には実力で応える、鷹村の流儀。

 

(なら、こうだ───!)

 

発射台に覆い被さる右手のひら。

左拳に影が現れたとき、発射台はその場で弾を″打ち終えていた″。

 

「──」

 

闇を穿つ爆発。

 

No way(越えやがった)……」

 

障害物の消えた空間へ、有無を言わさぬ第2射が撃鉄を鳴らす。

ガードが間に合うはずがなく、ついにジャブはフェザントの右頬を打ち払うことに成功した。

 

『と、突破ぁぁあ!!2ラウンド2発目、鷹村のジャブがチャンピオンの壁を破壊したあ!』

 

「いまジャブ2発打ったよな!?」

「う、うめぇ…!1発目でストッピング弾いて、すぐに2発目を打ったぞおい!」

「すごいです、2ラウンドでチャンピオンの鉄壁の壁を攻略しましたよ!」

 

体勢を整えなおすまでの約1秒、ジャブとフックを隙間に叩き込む。

右を合わせて挟んでみるものの、それが直撃することはなかった。だが、止められるのではなく払われた。

思考の隅にいまの攻防を置き、企ての成功を一気に加速させるため踏み込む。

 

「まだだニ、右の警戒解くまで攻め続けるだニ!」

 

被弾しても足を浮かせることはなく、視線の端には必ず鷹村を捉えている。異様な空気を感じながら、左拳を放つ。

 

王の手のひらは、先ほどの感触を覚えている。五指が吹き飛びそうな破壊力、咄嗟のガードが間に合わない貫通力。

全て覚えた。次のジャブ、必ずストッピングを成功させる確信をもつ。揺れる波紋を見定め、右を伸ばした。

 

tut(ヂッ)──」

 

が、視線は気づけば左を向いていた。

ジャブで弾かれたあと、鷹村はフェイントを1つ混ぜフックを押し通したのだ。

 

『今度はチャンピオンの左を避けて着弾!右は打てずとも左がヒットを量産する!!』

 

(野郎、2度目で止めようとしやがったな!?

んな早く適応されてたまるかあ!!)

 

左右でコンビネーションを組み立てていく。

なにをすればすり抜けていけるのか。見定めを行う余裕を無理やり作っていた。

 

フェザントのセコンドは驚愕の声を漏らす。

 

「たしかにストッピングの攻略は誰もが思いつく。だが現実に実行できるボクサーはいるはずもねぇ。そう勝手に思ってた自分がバカだった」

 

セミロングの髪を掻きながら現実を受け止める。鷹村ならあり得ると考えていた。そのうちストッピング攻略を実行して、ヒットを量産していくと。

想定外とはまさにこのこと。2ラウンド初っ端に実行しきってみせるとは夢にも思っていない。

 

「ティムの反射神経が出遅れている……。ちょいと手数が少ないな。

聞けティム!!前に出ろ、準備開始!!!」

 

フェザントへと指示を出す。

事前に準備をしていることが分かる迅速さで、聞き届けたフェザントも大振りの右で鷹村を無理やり引き離す。

 

(直感がビリビリ言いやがる、意識を集中しろと。

セコンドの指示で野郎の気が変わったか?)

 

構えを上げた直後。

これまで前に出ることに消極的だったフェザントが、左の構えを通常状態へと戻した。

 

このとき、初めて視線が交差した。

 

左が動く。

目がその信号を脳に送り届けたとき、鷹村の頬に左拳が触れていた。

 

「は、速いっ!」

 

王がこの試合初めて見せるジャブの速さに、鷹村はスウェーが間に合わず浅く受けてしまう。

鷹村の左と遜色のない速さにホールがどよめいた。

 

仰け反りぎみのところへ右が唸る。

肩を内側に畳むことで腰のひねりが少ないながらも左ガードを割り込ませた。鷹村は右を忍ばせながらバックステップを行う。

 

(……本腰入れて打ちに来たか)

 

王がこの機会を逃すはずがなく、左足を真正面へと飛び込ませてきた。追撃の左、読み通りのイメージと照らし合ったとき、同時に踏み込み背後から右を振り上げる。

ジャブの外から視界の死角を最短距離で駆け抜ける、オーバーハンドライト。数々の試合を終わらせてきたK.Oパンチの代表。これを鷹村が実行するのだ、止められるはずがない。

 

「────」

 

左の軌道が突如として直角に曲がる。左拳は勢いを殺すことなく、ぐるりと180度回転し、王の上半身もまた反りぎみに回った。

鷹村のオーバーハンドライトは頬の直上を通過し、重い空振りの音を鳴らす。

 

(やるじゃねえか)

 

「ひ、飛燕だ!ジャブをフックに変えて上半身を捻りやがったぞ!」

「オーバーハンドだぞ!見えてなかったはずじゃねえのか!?」

 

(あからさまに見ていなかった。来るっつう直感だけで避けたのか?)

 

よそ見をする余裕がないことは本人が分かっている。いまのオーバーハンドを避けられたことよりも、避けられた意味に思考がとられてしまった。

 

(げ!野郎の大砲()が見えん!まずいっ)

 

仰け反ったなら、反り返る。

背後に回した左よりも先ず前を向いたのは顔。正確には、鷹村の位置を把握するための瞳。

避けられない。サイド、バック、カウンターのどれもがこのとき間に合わないと確信する。左足先でリングを圧し、目一杯に軌道から逸れながら首を捻る。

 

鷹村の目測とは裏腹に、王の射程距離からは辛うじて離脱していた。斜め後ろに避けようとしたことが功を奏したのだ。

だが、相手はフェザント。その瞳には、己の大砲が当たらないことは見えていた。大砲の着火は止めることなく、さらに敵地へと足を踏み入れていた。

 

「あそこからステップインじゃとぉ!?」

 

首捻り(スリッピング・アウェイ)は間に合わず。

正確には、右の直撃を受けてから無理やりに首を回したと言ったほうがいい。気絶しない程度の緩和で命を繋ぐ。

 

『直撃ィィ!チャンピオンの射程距離が長いっ、鷹村首捻りが間に合わなかった!』

 

意識にすら直接雪崩(なだ)れ込む大砲の衝撃。

 

(ぐ、あぁ…!)

 

一気にロープまで吹き飛んだ鷹村。

しがみつく余裕も惜しんでガードを上げた瞬間、壁を抉じ開けるための大砲が続けて打ち放たれた。

 

(腕が、痺れる…!サンドバックなんざシャレにならん!)

 

腕に残る衝撃を顔に受けたときを想像し、防御態勢を前傾へ移す。

フェザントのように身を寄せ、脱出の機を狙う。

ショートアッパーとショートフックはいずれも破壊力より連射、貫通重視。インファイトを望まない様子を確認すると、うち1つ。左アッパーに合わせてボディカウンターを狙う。

 

(〜〜〜〜〜!?)

「〜〜〜〜〜?」

 

鷹村の顔が打ち上げられ、フェザントの腹に鈍い衝撃が響く。

互いに強烈なパンチをもらいながら反対の拳を準備する。

次はフックとボディのクロス。歯を食いしばり、顔色を変えずに次を打ち出した。顔を、腹を、なにかを見定めるように全て違う箇所を相打ちしていく両者。

 

「どうして鷹村は打ち合いを続けるんだ!?

あのままじゃ前半で身体がボロボロになるぞ!」

 

はたから見ても異常、そして心踊る熱戦へと様変わりしていく。

どちらも退かない。退く選択肢を捨て、己の拳が最強だと独尊の限りを押し出していく。

 

「なにか、見つけ出そうとしている。あやつ、フェザントのなにかに気づいたから、相打ち覚悟でそれを探ろうとしておる」

 

4度目の相打ち、ロープを背負う鷹の身体が衝撃に耐えきれず左に揺れる。

 

「相打ちから先が拓けない。逆を言えば、その先のビジョンだけははっきりと見えておるのじゃ」

 

返すフックがガード越しの鷹村をコーナーへと叩き込む。磔台に上がるも、鷹村にはまだ先のビジョンが霞んでしか見えていない。想定を上回る不自由な戦いに、まだ全身の連携がとれていないのだ。

 

それでも迎え撃たねばならない状況下、歩み寄る王との間に影が1つ。

 

レフェリーが割って入り、3分間の死闘の終わりを知らせる。

 

(2ラウンド終わりのゴングか…)

 

王は(あい)も変わらず表情を崩すことなくコーナーへと戻っていく。数度の後退をした挑戦者と、未だに後退しない王。

 

『第2ラウンド終了……。チャンピオンの守りを打ち砕いた喜びもつかの間、驚異的な判断と反射速度に挑戦者圧されてしまいました。どうする、ここから巻き返せるか鷹村!?』

 

王の期待に潰される姿に、観客はたじろぐことしかできなかった。

 

 

 

 

「ちくしょう、あとちょっとだったのにゴング鳴らしやがって」

「そういうルールじゃろが。それで…なにを見つけた」

 

イスに座る鷹村に問う。

 

「どうにも気になんだ、あいつの前評判。野性の勘なんて言われてやがるが、どうもやり合った感じじゃ違う気がする」

 

鷹村も分かっているとばかりに答える。

フェザントを相手に謎解きをやる気はサラサラない。という考えに引っかかりを感じたことを疑問に思い、鴨川に解答を探す。

 

野生の勘、それは鴨川にとって未知の領域。

やろうと思って身につくものではない。こればかりは助言も答えも導くのに日月単位の思考時間がいるだろう。

 

「鷹村、1つ確認しておったな?ストッピングをするときと、そうでないときの違いを」

「ジャブに合わせたときはカウンター入った。恐らくは止めることもできるんだろうが、やらないってわけじゃない」

 

八木は疑問を口にする。

 

「えっ、どういうこと?だって鷹村くんの右を受けるなんて自殺行為じゃないか!」

「そうではない。右の衝撃を殺しておるからじゃろう?」

「……あっ!」

 

鴨川の表現で気づく。

1ラウンド終盤、鷹村のボディ打ちを軽減したときのことを。

 

「微妙に芯を外してやがる。気色わりぃ感覚だ」

「ストッピングと似た要領だろうが、真似できるものではない。じゃが、打ち合いは極力避けろ。貴様の分が悪い。

次のラウンド、行動パターンを変えてくる可能性は大きいぞ。様子見からいけ!」

 

鴨川によって送り出される声で、次も必ず戻ってくると心に決める。それは次のラウンドでは決着がつかないことを確信したのことでもある。焦りはなく、下準備のために費やすことを選ぶ。

 

「時間も体力もまだたっぷりある。こんな序盤で倒れちまったらライトヘビー級に上げた意味がねぇからな。

突破口をまずは見つけてくるぜ」

 

深呼吸を終えると、第3ラウンドのゴングが響いた。

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