ホールの雰囲気は曇天のように暗い。行き先の見えない不安が心の何処かに隠れているせいだろう。
ゴングが鳴りステップを刻む鷹村は、そんな空を見上げて笑う。一筋の光が漏れていることを、誰も気づいていないことがおかしかった。
何度、この両翼だけで難攻不落の山を昇ってきただろう。無理をまかり通す、理不尽そのもの。
(性に合わないが……しのごの言う余裕もねえ)
あと少しの時間、この天候を変えることは難しい。曇天に触れるには高度も、勢いも足りない。
(ストッピングの届かねえところから削ってやる!)
ギリギリまで我慢して、一息のうちに全てを終わらせる。晴天へと変えるとき、試合終了の鐘を鳴らすのだ。それだけの大仕事でなければすぐに曇ってしまう。
鷹は勝負の一瞬を見極めるため、翼を大きく広げた。
『速いっ!階級をあげてもスピードは健在だ!』
開幕でギアを上げる。
フェザントが見せることのないステップで掻き乱し、流れをものにしようという作戦。
1撃目、高速のジャブは、しかしストッピングの前には無力。目で追えてもガードが間に合わないはずなのに、これが止められてしまう。続けて迫るカウンターをバックステップでかわし、再び左を構える。
2撃目、ステップインとともに放つ。これは容易く反応され、右が覆い被さった。しかしである。サイドステップで直角に、外に回り3撃目を打ち込んだ。
(バレたか)
フェザントはカウンターを打たず、ショルダーブロックではじいた。ここで右を振り抜いてもいいが、良くて相打ちになるのは目に見えている。打ちどころが悪ければ最悪の事態もあり得る。
『なんと珍しい。鷹村、ヒットアンドアウェイでチャンピオンの隙を探す!』
「ふん、驚きもせんか。いまからやることを分かっているような腰の座りようじゃ」
小刻みに呼吸を繰り返し、その数だけ左を量産する。
前面180度、カウンターを掻い潜り打つ。打つたびに不自由さを感じ、身体に打ちかたの修正を入れていく。同時進行で右のフェイントを出し続け、ひたすら最善の方法を探す。
(なにかある。このウザったい壁に通用する方法はあるはずだ。完璧なら今ごろ神にでもなってんだろ!)
シャドウとイメージ、両方で重ねてきた試合との誤差。
1、2ラウンドでクリーンヒットは数発打てていた。ジャブの連射が決まれば、一気に畳み掛けることも想定できた。
フェザントは、右に対する警戒心が異常に高いのだ。左の止めがブラフに見えるほど、右に対する集中力は欠けない。
「随分と警戒されていますね」
鷹村の攻めきれない背中を見て、八木が呟く。
「過酷な減量を背負い試合に臨んだ鷹村は、世界王者クラスには一撃で試合を終わらせることができなかった」
「逆に、ここなら…。減量苦が減った鷹村にはそれが可能と?」
篠田の言葉に鴨川は頷く。
「スーパーミドルのときから、鷹村はフェザントを倒すために準備しておる。3階級制覇は派手じゃない、と言ってきたときはどうするか迷ったくらいじゃ…」
「鷹村はスーパーミドルの防衛戦では極力地味な試合に徹底していましたからね」
「らしくない、と一時期言われていた。じゃが、そこまでしなければフェザントを倒せない。減量せずとも枷を付けていた」
スーパーミドル級タイトルの決着を思い出す。
派手なK.Oではなかった。あれには、そんな意味がこめられていたのだ。
「チャンピオンは、それを察している。自分に久方ぶりのダイナマイトパンチを炸裂させることを見抜いておる」
このラウンド、鷹村は外からの攻撃に徹底。
終盤はフェザントが前に出て時折パンチが交差するが、クリーンヒットはやはりなく。
「だから足を使っているのだ。
次のラウンド、鷹村は勝負に出る。フェザントに自分のパンチを慣れさせない…同じものを出す前に勝負を終わらせるために」
両者の拳が、それほどの破壊力であることを暗に伝えている証拠でもあった。
3ラウンドの鐘によりコーナーへと戻っていく。
▼
フェザントを出迎えたのは、セコンドのニンマリ顔だった。
「なぁフェザント、オメーさん内心でご満悦だろ」
「…………」
「あれで満足しないわけねーじゃん。これまでのチャレンジャーたちはそろそろ青ざめていたからな。
ストッピング対策は捩じ伏せられて、かといってダウンもさせられず。いつまでこの地獄が続くんだ?っつー恐怖がジワりと襲ってくる」
セコンド、カレーリア・アーテは椅子に座るフェザントの背中を叩く。
「それがない。かな〜りあっさりとストッピングを破ってきた。あれを抑えるのは無理なんだろ?」
「…………………」
「これまでのチャレンジャーはヌルい。
オメーのレベルに揃えてこられないやつばかりだ。我こそは、と名乗りでてくるのは嬉しいけど、結局は泥沼から抜け出せない」
フェザントたちのインターバルは変わっていた。
無言で過ごすフェザントをよそに、ロープにもたれながらカレーリアは思ったことをつらつらと話していく。
これがいつものインターバルで、とくに作戦会議をすることはなかった。
「オメーが万が一の可能性を待つのも分かる。そのために12ラウンド、ひたすら相手を追い込んでたんだ。
だが、私は過去のチャレンジャーたちを忘れる。
あいつらとマモルは別だ。もう来るぜ。あのモンスターはヤバい。
私の読みでもK.Oするか、されるかでしか決着できない命運を背負ってるぞ?」
映画や買い物、ときには愚痴だったり悪口。
そんな時間が試合中、計11分間。
フェザントへのアドバイスが必要なかったとき、話すことがなくなった。そんなおりフェザントは、3分間の集中力をもたせてほしいと言い、これが始まった。
細やかな楽しみがあるから、期待もする。
相手に、自分の見たい景色を期待してしまう。
また。
ごく稀に、こうして相手のことを考察することもある。天候の変わりにありもしない期待を寄せている。
「判定勝負とは生涯無縁。なにせ、勝利に見放されることはマモルにとって引退と一緒よ」
「鷹が地に降り立つまで長引かせることはできる」
そして、ごく稀に。フェザントが口を開く。
「そりゃ羽根を
「おれの目は、その結末を否定している。
あいつからは見たことがない波紋が見えるからだ。手を出せば不思議と新しい波紋が発生する。
おれは、おれ自身の成長を止めはできない」
珍しく興味を向ける対戦相手への、最高のK.O宣言を聞いてから送り出した。
「そ。じゃあ野暮ったいことは止め。
切り札、久しぶりだからって出し遅れるなよ」
▼
焦らされ続けた。
入念に下準備を実行する…それも年単位だ。辛抱を抑え込む理性の紐は、すでに先端からほどけている。
「っし」
第4ラウンド間もなく、鷹村はフェザントとの距離を詰めた。
放った左が止められたとき、拳を捻り右手を引っ掛ける。これでカウンターを封じる。
(全快で突き離す!追いつく暇なく沈めてやるぜ)
踏み込みと同時に右で斬り込んだ。
下から弾きあげ軌道を逸らして威力を殺された。
手応えがある。外からでもダウンさせるイメージはあったが、それで勝つには性分に合わなさすぎる。なにより、実際に手を合わせるとイメージやシャドウより僅かに上だ。
突き出した拳がストッピングを破り、着弾することで確信に近くなる。ここまできて決めつけることができないのは、イメージのなかで何度も遭遇した場面があるせいだった。
「よし、行け鷹村さん!」
「決まる!ここからコンビネーションに繋げれば…」
勢いついた直後。
鷹村の短距離ジャブが空撃ちする。
ストッピングを捉えることはなく、手元で止まるそのジャブの上空を、王の右拳が通過した。
(む、むっ!?)
打ち払われる頬に顔を歪める。
これだ。イメージで危惧した場面、フェイント。
『鷹村のジャブが空をきる!その隙にワン・ツーが決まった!』
これもやはり、試合でやることが少ない。
「ぐぬ…実際にやられると厄介極まりない!」
「ストッピングですら気をつかうのに、そこにフェイントも混ざると鷹村くんの負担は計り知れません」
フェイントが加わり、鷹村は目を大きく開く。
(こっからが本番だ。
やつの
あっちは破られないためにフェイントを織り交ぜてくる)
最短、最速、最小の被弾で試合を終わらせる方法。
(それもこれも、全部フェイントで騙していく。
その気色悪い顔をぶっ飛ばす条件は整ったぜ!)
フェザントの全力を引き出し、右と右のカウンターで打ち負かす。
はやくも勝負どころと踏んだ鷹村は、ギラつく目で一撃必殺を狙い始めた。
▼
赤い閃光が現れては散る。
鳴り止まぬ轟きは1つ1つ形を変え、数を相殺するように交差する。1つも衝突せず、1度も交差しないときはない。肉体を掠めるだけで心を削ぎ落とし、風切り音を聞くものには立ち上がる勇気を無くさせる。
息継ぎ、瞬き、口元、表情筋。
取り留めもない、試合中に役に立つか分からない情報までもを考察し、次の1打を放つ。繰り返すこと百を超し、縦横無尽に最善の道を進んでいく。
「ダメージ最小限にストレートが飛び交ってる…」
「なんでどっちも当たらないんだよ!?」
最短距離を最大破壊力で舞う。
論理的に成功する可能性あれば実行する。
不足分は気持ちで押し切る。
「打ったときの姿勢で次に打つ場所を判断してるんだニ」
理屈を飛ばした先。
直感と経験が全てを背負う舞台。
「お互いに相打ちじゃ満足できない。ここで退けば負け認めたも同然。ゆえに、そのときが試合が動くときだニ!」
前に突き進む両者が僅かでも退がるなど考えられない。退がらなければ、負かす。
『振り回す!お互いの大砲と大砲が肌一枚掠めるミドルレンジ。次の瞬間にヒットしてもおかしくはない!』
至極簡単で単純、しかし破ることが最も難しい均衡は。
『あ、あぁ!』
鷹村のステップインから崩れ始める。
『鷹村の目にも留まらぬ右がフェザントを打ち抜いた!』
きっかけさえあればよかった。感覚さえ分かればもっと早くに追いつめていた。
「ようやく、掴んだか」
「…」
それは、慣れ。
なんてことはない。フェザントの計り知れない″勘″を、鷹村の″勘″で理解してしまえばいい。
毒をもって毒を制す、とはこのこと。鷹村にしかできない、鷹村だけのフェザント攻略方法。
対抗できる武器を、あらゆる知恵と要素を駆使して先に相手に当ててしまえばいいのだ。
「オイオイ、簡単そうにやってくれるじゃん。いまにも後退しそうじゃないか、私の王サマは」
そして、先に当てたもの勝ちはフェザントも同じ。
「いいや、当てることは厳しかろう。これまでフェザントは似たことを何度もやってきた。それに対して鷹村は、必ず違う要素を取り入れている。
慣れさせる前にたたき伏せるのが理想じゃ」
鷹村の勘は、真の意味でフェザントの勘を見抜いたわけではない。フェザントの姿勢、肩の動き、足の向きから打つ場所を予測。拳が飛び出した瞬間にクロスカウンターを仕掛けるもの。
足を止めて交差する拳、今度は先に出ていたはずのものが減速した。
後出しした鷹村の左腕へ右腕の肘が突き立った。強引かつ勢いが止まることなく成される早業。
(この野郎…!
テメェが打たれながら冷静に分析しやがるか?!)
理屈は分からずとも、意図を読み取ることは容易。
デタラメな後出しで王門を潜り抜ける鷹に対し、王は自ら門にて撃ち落としにきた。
「なんじゃと。鷹村のリズムにものの数発で追いつくのか!?」
地上から放たれる
「ま、甘いわ。打たれたモン見て解析するのはお手の物よ。
あぁ、これまでこんなに打たれたことはないから、こういう返しは見たことなかっただろ?」
慣れを寸断する。流れを掻き乱す。
狙い澄まされた一撃から戦況が裏を向く。
それを肌で感じない鷹村ではない。
鷹の勘が見破るのに時間は要らず。
なおも王を越える拳を打つ。
「…はっ!?ヤローめ…」
『カウンターが難しいアッパーに、挑戦者アッパーで返す!両者の顔が宙を仰いだ!』
「フックを打つ捻りが利かん状態で良い選択じゃ」
揺れる視線のなか歯をくいしばる。
フェザントは波紋が見えていないわけではない。
見えているが間に合わない。
鷹村の戦術は最短距離を駆け抜けて打ち抜く。もっと内容をつまびらかにすると、殺気による幻を意図的に出していること。
(マモル、その
過去のフェザントの試合からイメージトレーニング、シャドウボクシングをしていた頃の経験則で実現する
1つや2つではない。確実に10を超す幻がフェザントを襲っている。
(おれと、何度試合をした…)
全くの同時、動けば動くほどかさばっていく。鷹村の存在が無数の波紋を生み、フェザントの波紋は、その全てを拾っている。
否、拾ってしまっている。
(飽きるほどシャドウをやった。狂うくらいイメージした。オレ様が無様にリングを去る場面は10や20じゃない)
(まだ、完璧ではない…。しかし。握りしめている勝機を、確実にものにするだろう)
そんな事実を知るよしもない。ただ、最大の挑戦者を倒すために前に出る。
波紋にストッピングを充てがうのは間に合って半分。
そのどれもが空振り、かつて体験したことのないダメージが刻み込まれていく。
「嘘だろ…!ティムが、押されている!?」
「まだ後退はしていない。迎え撃ってはいるが、マモルのパンチが次々と決まってしまう」
「まだ序盤だぞっ!?慌てるんじゃない!」
カレーリアの舌打ちが耳に届いた。
「ふん、オメーらティムのなにを見てやがった。
あいつのこと知ってんならちったあ我慢してろっ!」
声は聞こえない。
やけに…落ち着いていることだけは分かっていた。
ミドルからインファイトへ。
鷹の進撃は門を越えた。
侮ってなどいない。だが、長く待ちぼうけだ期待が、怠惰に変わっていたことを王は認めざるを得ない。全力を出していた。その全力にすら錆びがついていて。
『クロスカウンターがチャンピオンに決まったァ!その破壊音に思わずたじろいでしまいそうだ!』
頬から落ちる血が神経に教える。
″長い疑問は、この先で解ける″
「……っ!」
見るべきものは変わらない。
項垂れた身体を起こし、そのときを待った。
『そそ、そしてあのチャンピオンの膝が崩壊寸前ッ!あとひと押しで倒れそうだ!!!』
つまるところ、そのときとは。
第4ラウンド、2分19秒。
どう猛な一撃で膝が笑う王。
火のでるような差し合いで先をいった者が狙うのは、息の根を止める一振り。
ライトヘビー級ともなれば、偶然振り抜いた一撃で失神など容易く行える世界。どのボクサーも一撃必殺を狙えるなら、鷹が捉えた獲物が次の瞬間に生きているなど不可能。
(っ、左でくたばれ!)
ゆえに、王は座して待った。
2分20秒。
数多の試合を見てきた。多くのボクサーは自身の拳に自信を持ち、積み上げてきた戦績は気高い誇りに変わる。
世界の頂上まで登りつめるにつれて、そこから無駄なものが消えていく。例えば慢心、遊び心といった、足元を掬われる要因。それらを限りなく無くしたボクサーは強い。
「私の王が王たる所以、ストッピング。ティム曰く、波紋に触れるように手を乗せたらいいという。そんな技術を教わるでもなく、波紋に倣い王座まで登りつめた男」
強いは支柱となり己を支える。誰もがそうだ、例外はない。
試合中、優勢であれ劣勢であれ。機械と謳われるボクサーであれど、その支柱は必ず波紋となり表れる。
心がある、ならば期待がある。闘志が燃える試合を望み、それが叶わないと解ったときでもいい。
想いをのせる拳とは、得てして己の支柱によって打ち出される。
「それがだ。じゃあ殴って波紋を止めたらいいじゃねぇか、って聞くと簡単じゃないそうで」
フェザントは、その波紋を止めることで意識を断つ。最も強いものを打ち抜かれた相手は、声も出せないまま膝をつく。
「確固たる誇りに満ちた波紋を止めなきゃならんらしい」
幾度目の交差する右と左。
後から出で、先に着いた王の右拳。
鷹の側頭部に鈍い音を残す。
次いで空振る必殺の一撃。
「その目だけが打ち抜ける、唯一無二の
私は、
王の目から、鷹の波紋が消えて無くなる。
全てではない。生命として当然の、生きる機能のみが波を打つ。しかし、闘争本能に駆られる波紋…支柱は全て消えた。
「───たか、む」
突如停止したことで驚きに満ちるホール。
たったいま王を追い詰めていたはずの男は、ボクサーとしての意識を断たれた。
「さ、単発で最も恐ろしい左を堪能あれ」
だが王は、止まる鷹へ向けて左構える。
波紋を断つ……脳と身体の神経を乖離させる一撃。
次いで打つ、脳の機能を落とす打ち下ろし。
闘争本能から遮断したと確信するからこそ、これを傲慢だと判断した。誰にも割り込む隙を与えない。いつでも、誰かの声で立ち上がる男だからこそ。
王の最大の敬意を表した左は、迷いがなかった。
「……な、に!」
「─────────」
王の左拳に乗せられた右拳。
紛れもなく鷹のソレは、夜を終わらせる一撃を打ち止めていた。
直後にリングに倒れこんだ鷹村に駆け寄るレフェリー。告げられるダウンの宣告によって慌ただしく時間が動きだした。
『あ、ぁぁあ!
側頭部が決まりダウンだァーー!!!
じつに3年ぶり…バイソン戦以来のダウンですっ!!』
「鷹村さんッ!!!」
「鷹村ァァァア!!!」
惨事かと思われた直後。
鷹村は飛び起きて息を吸い込んだ。
『しかし鷹村、即座に立ち上がる!』
目には混乱が見られる。
「違う…頭にきたからとか、怒りに任せて立ったんじゃねぇ。いまが何カウント目なのかを理解できないから直ぐに立ち上がる必要があった。
ヤロー、ティムのトドメをどうして止められた?」
カレーリアの読み通り、鷹村は意識を失っていたことを、レフェリーのカウントを聞いて理解していた。
(この野郎、オレ様渾身の左ストレートにカウンターを合わせやがった。………が、ちょいと分かったことがある)
(左を、抑えられていた。打つときまで気づかなかった…?そんな波紋、出していなかったはずだ)
レフェリーが再開を告げる。
「ちと混乱してるか。私だって寒気がした。
マモルのいやぁな扉を開けちまったか?」
(あの目、あの感覚は知らない。お前はたったいま、なにを見ていた)
残り20秒、試合が動くことはなかった。
互いに牽制し合い第4ラウンドは終わる。
王が攻めなかった理由は単純だ。
カレーリアに考察を聞くため。ここで不用意にでれば、仕留め切れる気がしなかった。
▼
「鷹村、意識はあるか!?」
「見ての通りだ、焦るんじゃねぇ!」
鴨川の心配も無理はない。
ここにいる鷹村を知るもの全てが、久しぶりにダウンをするシーンを見たのだ。完全に意識を断たれて即座に立ち上がる。
ダメージがないように見せているものの、このとき手足にコンマ数秒のラグを起こしていた。
「野郎、どんなパンチ打ちやがった?」
「右のテンプルじゃ。まさか、あんなに静かなパンチで意識を断てるとは思わなかった」
20秒間やり過ごして一息ついたとき、自分がたいして動いていなかったことにも気づいた。深刻さは言うまでもない。次に食らえば落ちる。
「気を抜いてなくとも、タイミングさえ合えば失神は狙えるからの。となると、チャンピオンのパンチは全て失神を狙っていると考えても過言ではなさそうじゃ」
1度目のダウン、意識が無くなったとき。
唯一、触れたことがある。
「ふん、まぁそのおかげで攻略の糸口を掴んだ」
「…右か?」
「気づいてたか」
最後の一撃を止めた右の手。
「勘で捌いてた野郎のパンチだが、これでようやく分かった。見てるだけじゃ気付かなかったが」
思わずニヤケが口元に出るほど、自信のあるものを手にしていた。
「王の姿ってやつを見とけよ!」