鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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今井 京介の征く道

日本フェザー級王座3度目の防衛が決まった次の週。

音羽ジムのリングでは2人のボクサーがスパーリングの真っ只中、ヘッドギア有りとは思えない切迫した雰囲気を放っていた。

 

「おい、本当にスパーかよ…」

「かれこれ3ラウンド、休まずに打ち込んでるぜ」

「今井さん、ベルトぶん獲る勢いだな…」

 

1人は日本フェザー級チャンピオン、今井 京介。

 

左右の連打、下への打ち込みを織り交ぜて本番と遜色ないスタイルで臨んでいる。風切り音を聞くだけで本気度が知れるほど、相手を容赦なく叩き伏せる意思を理解できた。

しかし、どれも不発。

頬を、肌を掠めることもできず、ミスブローとして次々と処理されていく。

 

「今井さんの猛攻を近距離で全部避けれるのか!?」

「日本チャンプと東洋チャンプであんな差があるのかよ」

「いや、大きく避けてるから宮田さんも余裕はなさそうだぞ」

 

相対するのはOPBFフェザー級チャンピオン、宮田 一郎。

 

板垣を捕まえる脚力、瞬発力を最短距離で躱し、そしてカウンターを一閃。K.Oに匹敵する炸裂音がジムに轟き、練習生たちが息を呑んだ瞬間。京介の身体が1メートル退き、急ブレーキを両足で行う。見上げれば、両腕で一撃を防いだ京介が苦渋の声を漏らしていた。

 

「今度は止めた!」

「けどバランスが崩れたぞ」

「宮田さんが倒しに行った!」

 

確実に顔面を打ち抜く右ストレートを、誰もが呼吸を忘れて見届ける。ただ1人、京介を除いて。

ヘッドスリップ、上体逸らし、そんなもの京介には出来ない。この場でガードが間に合わない以上、やることは1つ。踏ん張った足で前に押し出し、右拳を打ち出した。

 

「っ…!」

「が、ぁァ…ッ!」

 

京介の拳は宮田の頬を掠め、逆に宮田のカウンターは顔面中央を矢の的の如く打ち抜く。たった一瞬、京介の意識が全ての行動から切り離される。

 

宮田が返しの左フックでトドメの一撃を放り込もうとして。

 

「よし、そこまで」

 

トレーナー、父の待ったがかかる。

左フックは顔面に触れるに留まり、そのまま尻もちをつく。身体が動き始めたとき、宮田の意識はリングから逸れており、状況を大方理解した。

 

「何故だい、父さん」

「熱くなりすぎだ、時期を考えろ。お前は1ヶ月後に防衛、今井くんは3ヶ月後だ。減量も始めている、詰め込みすぎるな」

「………オーケー」

 

そうしてグローブの紐を緩め、宮田はリングを降りる。

あとに残された京介は天井を仰ぎ、まだ遠い背中を再認識した。

 

 

───

 

──

 

 

 

「根を詰めすぎじゃないのか。

3ヶ月前からそのペースじゃ、そのうち筋を痛めるぜ」

 

スパー後、身体を休めた京介が黙々とサンドバッグを叩いていると、宮田が声をかけた。

強打を打ち、見ているほうが同情を寄せるほどにサンドバッグは揺れ動いている。自身への労りが欠けたよう見えた宮田は、京介の心境を探るために接触した。

 

「ハンマーナオは成長してリングに上がる。

いまの俺では勝てません。必ず追いつかれて、負けてしまう」

「………なに?」

 

予想外な返答に思わず声を漏らす。

 

宮田はハンマーナオのデータも知っている。

幕之内と対戦した選手の戦績やスタイル、集められるものは全て手元にある。そこから京介のタイトル防衛の話を聞き、再度ハンマーナオについて情報を調べていた。

 

結論は6:4で今井が優勢と見ている。

勝敗で言い切らないところは宮田の人生経験からだ。

 

「感覚で分かります。追いつかれる雰囲気を肌で感じます。やつは、俺のすぐ後ろに来ている」

 

なにかの視線を感じた素振りで背後を確認する京介を見て、ボクサーとしての感覚がそうさせているのだと理解した。

 

「………良い熱だ」

 

もう言うことはない。

京介の体勢を確認した宮田は背を向けて出口に向かう。

グローブを肩に掛けたとき、深呼吸が聞こえたかと思った次の瞬間。

 

「宮田さん、貴方は感じるものがないんですか?」

「………どういう意味だ」

 

チクリと。

肌に針が刺さったような感覚に不快感を覚え、京介の発言の意図を問い返す。

その意味を、心のどこかでは解っていながら。

 

「幕之内 一歩以外に負けない、そう確信しているのか?と聞いているんです」

 

宮田 一郎の現状を非難するとも聞こえる言葉。

 

京介は宮田のことを嫌ってはいない。わざわざジムに足を運んでまでスパーをしてくれる宮田に感謝すらしている。口下手ながらも至らぬクセを指摘する姿勢には尊敬すらある。

そして宮田の減量苦、遠のいている夢のことも耳にしている。

 

宮田本人の口からは決して弱音など聞かない。

寧ろ、幕之内との対戦を熱望する意志しか知らない。

 

だからこそ、こう言いたいのだ。

なぜ宮田 一郎は動かない?と。

 

「負けるさ。負け続けて、ここに居るんだ」

 

その返答が京介の求めたものかは本人には解らない。

立ち去る背中は酷く痩せ細り、減量苦以上の苦悩を垣間見た。

 

 

 

 

それは数ヶ月前、幕之内 一歩の世界前哨戦敗北後にまで遡る。

 

右ストレートのカウンターによって失神K.Oとなった幕之内。あまりの惨状から容態が気になり、もし邪魔でなければ様子を見ようと控え室に向かったときのこと。

 

通路をあと1つ曲がれば控え室に続く道に出るところで、曲がり角に立ち聞き耳を立てる人物を発見する。

 

「あれは……ハンマーナオ?」

 

幕之内とタイトルマッチをしたときの面影はなく、短髪でおどおどしい容姿のフェザー級ランカーがそこにはいた。こちらに気づくことなく、曲がり角の先をジッと見つめていた。

誰がどう見ても不審者だ。試合を控えた鷹村 守、たったいま試合を終えた幕之内が直ぐそこにいるのにいただけない。注意しようと踏み出したとき。

 

「限界が来てるんだよ、一歩の身体は。

──────だからもう、諦めろ」

 

鷹村 守の冷酷な言葉が廊下を駆けて耳に届いた。

 

「…は?」

 

数メートルは離れているのに、しっかりと耳に言葉が残る。だというのに言っている意味は咀嚼しきれず、しかし根本だけは飲み込めたのか意識がクラリと視界を揺らす。

少し視線を落とせば、ハンマーナオの両拳は固く握り締め震えていた。あれは恐怖ではなく、怒りによるものだ。なにせ、自分が同じく両拳を震わせているからだ。

 

怒りの矛先は鷹村。

 

なぜ、幕之内を引きずり落とすような言い方をするのか。

なぜ、物を捨てるような感覚で諦めろと言えるのか?

なぜ、お前は安堵したように発言できるのか…!

 

「………それは小僧に聞く。お主は試合に集中せい」

 

その後、即座にその場を離れた。

あのまま居ては怒りに塗れていただろう。そうなれば世界の頂点を防衛するボクサーに試合前に喧嘩をふっかけていた。それは同じボクサーとしてやってはならない。

だから、早足で離れた。

 

きっと、ハンマーナオも同じだったはずだ。

俺のあとを追うように離れたに違いない。

 

なにせ俺たちは、同じボクサーに憧れているから。

 

 

 

──

 

───

 

 

あのときのことは誰にも話していない。

話せるはずがなかった。

 

俺の知る限り、鷹村さんと幕之内さんの仲は悪くない。引退を促すにしても、あぁも毛嫌いする言い方は絶対にしない。

だというのにあの態度。なにが起きたのか、本当は知りたい。

好敵手である板垣に聞けば情報は得られるだろう。

 

「………俺は信じている。幕之内 一歩は終わらない。あの人がタダで負けるはずがない、そして何もせずに復帰もない」

 

全ての困惑を飲み込む。

少なくとも、自分がやるべき事は眼前の防衛戦を乗り越えて東洋に行くこと。余所のジムに首を突っ込める余裕はない。

 

「だから俺”も”進める。

お前も、簡単にへこたれない。そうだろう、学」

 

渾身の右ストレートを放ち、そう呟く。

 

そして3ヶ月間、ハンマーナオ対策を尽くし切り、今井 京介は日本王者の看板を背負い試合会場へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

今井 京介VSハンマーナオ、勝者は?

  • 今井 京介
  • ハンマーナオ
  • 引き分け
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