某月某日。
日本のボクシングファンが注目する世界戦の記者会見が開かれた。
横並びに座る4名。
横断幕には『WBCフェザー級タイトルマッチ』と。
太く存在感を放ち、目下に座る両雄の緊張感を引き立てていた。
その片方、今回の挑戦者である千堂 武士に記者が質問を投げた。
「千堂選手、今回のタイトルマッチの意気込みを聞かせてください」
率直に、誰もが記事に起こす最初の質問。
慣れないスーツを着こなし、目を閉じて腕を組んでいた千堂がゆっくりと視界を広げてマイクを手にした。
「世界タイトルマッチ…そんな実感は薄いわ。
ベルトがあろうと無かろうと、ワイにとってこの試合の意味はたった1つや」
普段のハツラツさは影を潜め、淡々と言葉を並べる。
明日に控えた試合を前にして、軽量以外で相手と顔を合わせることなど無かった。ゆえに昂る気持ちを抑えるため、冷徹な声音で記者に言葉を放つ。
「幕之内と戦う場所を作るため。
あいつに2度負けたワイはいつまでも挑戦者であり続ける。幕之内からもぎ取る1勝以上に価値のあるモンはない。例え、リカルドのベルトやとしても」
好敵手が敗れた。
なら、その間に差を埋めて、遙か向こうで2人だけの舞台を作ろうとしている。千堂がどれだけ進んでも越せない、己の中の最強と戦うために。
ゆえに、ハッキリと言葉にする。
「つまり、これは世界前哨戦や」
ここに意味を履き違える者はいない。
千堂 武士の宣言は本心のみを注ぐと知っている。
煽る意図よりも、試合の瞬間を待ちわびていると。
横に座る王者へと、堂々と言い放ってみせた。
幕之内 一歩と賭けるベルト以外、前座に等しいと。
「そのための武者修行中に、ごっつ強い男がワイの目標掻っ攫いおった。悔しゅう思うたし、羨ましくもあった。
なら、教えて貰おう思うたんや。
幕之内倒した、ワイの知らん拳をな」
虎の言葉は既に血肉に飢えている。
最強に成るための餌を求めている。
その一部を担えと、静かな熱を王者へ向けていた。
柳岡が肩を叩き、千堂が静かにマイクを置いて返答は終了する。
会場が千堂の威圧に怯むなか。
記者、藤井がゴンザレスに質問した。
「今回の防衛相手、千堂選手は幕之内選手に2度敗れています。その幕之内選手に勝利したというのに、なぜ今回の防衛戦を承諾したのでしょうか?」
会場の気温が急転直下するのを、記者だけでなく柳岡も敏感に感じとる。
(頼むで藤井はん、千堂を刺激せんでくれっ‼︎)
(ククッ…確かに、そらワイも知りたいわ…!)
澄まし顔で心の中で柳岡に謝る藤井。
柳岡の横で思わず笑みが溢れる千堂。
記者のグレーな質問に汗をだす柳岡。
その横で、ゴンザレスもまた静かにマイクを手にした。
「俺がセンドーの挑戦を受けたのは、WBCフェザー級1位だからでも、リカルド・マルチネスとの挑戦権を得ていたからでもない」
千堂とは違い、日常会話をするように語るゴンザレス。
「彼が
前を見て、藤井の質問の答えを凝縮させる。
「マクノウチとの試合後、俺はハボンへの認識を改めた。彼の恐るべき執念を以前から知っていた。祖国に帰り1つの試合を思い出したよ」
視線を僅かに上方へ。
遠い昔の記憶を探るように、そして懐かしみを込めながら1人の男の名前を出した。
「リカルド・マルチネスが認めた男、エイジ・ダテ。
残念ながら彼は引退したが、リカルドとの試合を俺は何度も観ていた。当時の目的はリカルドの本気を研究するためだったが……」
伊達 英二。
元日本フェザー級王者。
リカルド・マルチネスと戦った男。
そして、幕之内 一歩が初めて負けた男。
ゴンザレスにとっては、ボクシングを始めるきっかけになった試合に出ていた選手として認知されている。
ボクシングを始めるきっかけはリカルドだった。そのときは伊達のことは片隅にしか見ておらず、本格的に眼中に入ったのはリカルドへのリベンジマッチの試合。
「あのとき、俺はエイジのことをもっと注目しておくべきだった。彼の不屈の精神は、間違いなくリカルドの本領に手が届いたのだから」
あんな試合がしたいと、再び2人の試合に感化されてガムシャラに己を研鑽した。
昔を思い出し、ハッキリと路が見えるようになったのはここ最近。結果は確信に変わり、この試合の先に神話への扉があると深層の勘が告げている。
「明日、俺は日本人の真髄を再び垣間見ることになるだろう。全力全霊で戦い、最高の成果を以って俺は再び無敗神話に臨む」
深淵から、俯きぎみに零度の視線を開ける。
絶滅を成すと、言葉を越えて意思を伝える。
審判を下すのは死神だと瞳は堅く宣告する。
「上等やわ、買うでゴンザレス」
「墓標を作っておけ、センドー」
返答を終え、交わした言葉を握り込んで立ち上がる。
両者が向かい合い火花を散らし、司会すら動けないほどの圧力を瞳に宿したとき。
「馬鹿千堂‼︎止めんか礼儀知らず‼︎」
「落ち着けアルフ‼︎いまは理性のみで動け‼︎」
両者のセコンドが間に割って引き剥がす。
それ以上の記者会見は続くはずもなく。
記者たちが冷や汗を拭い終えたとき、両雄は既に扉の奥へと消えていた。