鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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夜空に挑む

 

勢い良く振り向く両者。

相手を殺さんとする程の気迫がリング中央を交差する。

 

千堂の瞳は肉眼で確認できるものを映さず。

手始めに囓り尽くすと決めていた上品なテーブルを確認し、野暮なほどの礼儀を示してみせた。

 

所謂、オーソドックスの構え。

慢心の無い、ボクサー主流の型。

 

(ヤツの資料を信じるなら、守りが拙いスラッガーのはず)

 

ゴンザレスもまた、オーソドックスで対峙する。

表面、内面ともに千堂の構えに対して戸惑いはない。

出来事には理由があるもの。世界を拠点にしてきた彼にとって、事前のデータとの差異など、見るだけで解析は終了している。

 

(……警戒を最大にしたか。真っ向から喜んで突っ込んで来ると思っていた)

 

冷たい視線に瞳を重ねる。

にじり寄る殺意が会場の野次を殺す。

 

観客たちの予想を下回る千堂の立ち上がり。

本来のスタイルなら、コーナーに立ったときから凄まじい圧力をかけて前進する。様子見から殴り合い上等を態度に表す、アウトファイターにはひとたまりもない選手だ。

 

(ま、どのみちプランに変更はない。封殺してくれる)

(視線で牽制しよってからに。そー焦らんと、じっくりワイに教えてくれたってや)

 

観客の大半が知る由もない。

柄にもなく千堂が様子を見るに徹する理由が、好敵手を倒した理由を体感するためとは思うまい。そして、理詰めを見ておかなければ負けるという確信があり、千堂の前傾姿勢は観察のためとなっていた。

 

(幕之内を沈めきった、理詰めっちゅーのをな)

(待ちか。ふん───)

 

両者の距離が縮まり、射程圏が領域に重なり出す

ピタリと視線を重ね、より一層全ての動向に注意を払う。

この瞬間、先に動いた方が猛烈な後出しを覚悟する程、後の先を狙い澄ました。

 

それを承知のうえで、全身の力みが抜けきったゴンザレスは先制を譲らなかった。

 

(遠慮なく行かせてもらう)

 

動く余暇などない合間から、高速のなにかが千堂の顔面から光を散らす。

明らかな物量を伴う、命の灯火を(さら)う死の塊。

 

「い、いまのがジャブやと……!?

幕之内のときより数段キレが上がっとるやないか!」

 

重苦しい重圧を切り裂くゴンザレスの左ジャブ。

ガードの隙間を狙うように放たれる、貫通に特化した開幕。流れを手繰り寄せるための一手を、千堂は僅かに外側へ肩を回して腕で守ってみせた。

 

(これは防ぐか)

(……キレがこれまでのメキシカンとは別格や)

 

続けざまに放たれる最高峰のジャブを、千堂は黙々とブロッキングで対処していく。

動作の起こりは千堂の目でも確認が不可能と、ものの数発のジャブを受けて判断をした。過去、メキシコのボクサーを4人K.Oしてきたが、ただジャブが伸びる。ただ起こりが見にくい程度の、慣れれば問題がないものでしかなかった。

慣れるまでの被弾こそあれ、ダメージの蓄積まではいかない。ゆえに、ゴンザレスの左を真正面で確認して頬が上がった。

 

(見た目だけならリカルドにも見劣りせえへんで)

 

幕之内との試合から半年を優に超える月日。

ゴンザレスの左拳は確実に成長している。

自分の心情に従い、目標を越えるために突き進んでいる。

世界を突き放す、高純度の気迫を垣間見た。

 

それらを知り、理詰めを相手にする期待値が膨れる。

 

(なら、どーにかして越えたらななぁ……っ!)

 

グローブ越しに見るジャブは気づけば大きく、そして小さくを繰り返す。スピードに似合った可愛げの無い威力を確認し、前に進む。受けではなく、触れることを意識し、ジャブとジャブの合間を見て、手を出そうと肩を動かす。

 

すると、僅かな角度をつけ、風切り音とともにジャブがタイミングを変えて千堂の動きを封じにきた。

 

『チャンプの左が速い!そして着弾音が痛々しい!

さしもの挑戦者もガードしてチャンスを伺うしかない!』

 

凄まじいジャブをガードしながら、両腕で目を隠してゴンザレスの左脚に視線を送る。

そこに、左ジャブが厄介極まる正体があった。

 

ジャブを打つ度に位置が変わり、数センチの射感を調整し続ける。

ダンスを踊るように跳ねる小刻みのステップ。一方的に距離を測り、世界で培った経験で安全圏から右を打ち抜く。

幕之内が敗北した最初の切っ掛けを、拳を(なげう)つことなく砕かなければならない。全てを晒したが最後、冷徹に処理されてしまうからだ。

 

(いざ手ェ出すゆーても隙間があらへん。少なくとも、ワイの拳だけを当てるんは至難や。なら……!)

 

不確定なリズムで打ち込まれるジャブの1つに、ほぼ直感で左拳に力を込めて威力を相殺する。拳と拳が重なり、微動だにしないことで反撃の合図はもろに暴露(ばれ)ていた。

 

(あからさまだ、バカめ)

 

熱を込めた左拳を見逃すほうが難しい。

そう言わんばかりに放たれる左を眼前で見送り、右拳で曲線を描いた。

 

(ヂィッ……!まぐれ拾って攻めても後が続かへん!)

 

弾かれる頬。歯を食いしばり、被弾しながらも視線はゴンザレスを捉え続ける。

オープニングヒットはゴンザレスの右フック。

 

姿勢を戻す直前、肌を駆け抜ける寒気が神経を急かし、咄嗟に右ガードを実行していた。

間髪入れず、2度の衝撃が右腕に拒まれ、3度目の襲来で左頬を削るようにジャブが突き抜ける。

ここで待ちは勢いに乗らせると、左ボディを前方に打ち込む。すると、拓けた左視界にゴンザレスが現れ、左ボディを引き戻すよりも先にジャブが2度、千堂の顔面を直撃した。

 

左腕を構え直しながら距離を測る。

目測、左腕2本分。それならば、ゴンザレスの次のステップに合わせて千堂のダッシュで左拳が届く距離。

目が光る。一筋のチャンスを前に、眼光が身体に行けと命じる。考えてばかりでは越えられない壁、世界の頂きに登るため。稼働を待ちわびていた右脚を踏み締め、一気に距離を殺す。

 

「千堂さんがギアを入れた‼︎」

 

瞬く間のステップインに対し、ゴンザレスは冷静にステップを刻む。眼前で唸る猛獣に気を囚われない、屈強な精神が歪な虎に狙いを定めた。

千堂の直線上から外れるようにステップすれば、即座に追いすがり過剰なまでの踏み込みを左右に揺らす。突き放すように放たれるジャブをガードで対処し、ジャブだからと被弾を無視して強引に懐を射程圏へと捉えてみせた。

 

(疾いッ‼︎‼︎)

(捕まえた‼︎)

 

リング中央、2つの拳が意を決して敵陣を掻き乱しに行く。両者のステップが身体を動かすよりも先に、拳が肉を打つ。試合の流れを決める最初の局面と知り、誰もが瞬きを止めた。

千堂が選んだパンチは左右に急旋回の効く左スマッシュ。

勢いは過去最高と言える千堂に対し。ゴンザレスは前傾姿勢に構え、右の打ち下ろし(チョッピングライト)でリングに叩き伏せんと身体を捻った。

 

「ぐ……!」

「ヌ……!」

 

会場を縦に風圧が奔り抜ける。

顔面ど真ん中を狙い定めた2つの拳を、直撃は立て直し不可能と察した両者。首の力を土壇場で脱力させ、精神を削るのみに被害を留める。

互いの頬を切り裂き、必殺の一撃が空気を揺らしたばかりというのに。態勢が不安定なまま、コンマ数秒先に千堂の拳が乱雑に振り放たれる。

 

「ヌ、ガァ!!!!」

 

上体を逸らし気味から、僅かに左足の位置を外に踏み替えた右スウィング。打つとき、目標先を見てすらいない。居ることを確信し、当たることを疑わない。考えるより打つが早く、致命的な差を産むと本能のままに一撃を放つ。

 

ステップすら間に合わせない自信。

堅固な地盤を打ち砕く瞬発力。

 

しかし、ゴンザレスの前では空振りに終わる。

 

(こいつ、ワイの反撃来る範囲知っとんのか!?

……いや、ワイのフットワークも想定して動いとるな)

 

空振りする瞬間、千堂の瞳はステップを刻むゴンザレスを捉えていた。彼の視線はしっかりと奔放な拳を凝視し、あまつさえ踏み込もうとさえしていたのだ。

 

(ふ〜っ。息が詰まるぜ、この野郎。いまの俺のステップで突き放せない脚力か。想定の上限一杯じゃねぇか)

 

内心で冷や汗を流し、ぴりつく肌の感触を確かめた。

肉体的ダメージは然程ない。

いま問題視するものは別にある。

 

千堂に対して、考えうる限り最大限のパフォーマンスを発揮することを前提としたステップワーク。不意の一撃を避けられたのは、ゴンザレス自身が常にあり得ないと思う軌道を千堂越しに見ているからだ。

千堂 武士のデータを見て、メキシカンとの試合を観て。そして、幕之内との試合を知って。日本人ならやりかね無い可能性を切り捨てず、デッドラインギリギリを見極めていた。

 

想定一杯。それも、溢れんばかりの勢いで迫り来る。

強烈に、殴り合いが眼前にチラつく。

 

焦らず、先ずは理性から削ぎ落とす気の闘志を垣間見て。

ぐわり、口元が上がる。

 

(っ、まだソッチは正解じゃない。

じきに来る瞬間まで引っ込んでいろ)

 

敵のデータを事前に調べたせいで、理性が剥がれやすくなっている。幕之内との試合を経て、なによりもリカルドが認めた男が日本人だからこそ。千堂のデータを念入りに確認し、自分との噛み合い具合は最高だと分かり。

 

凶々しく闘志は燃える。

ベロリ、だらし無く捲れる自己を保つ。

 

『観ている我々の呼吸がままなりません…!

息吐く暇もなく、挑戦者が中間距離に───』

 

理性を貼り付け終えた視線は、泥臭く笑う獣へ。

 

(幕之内が何度も懐入りよったから勘違いしたわ。

ゴンザレスの左と噛み合っとったんや。何度も繰り返し、凝りもせずやったことが功を奏したっちゅーところか)

 

自身の距離で止まり、牙を剥き出しに覚悟を澄ます。

 

(──なに縮こまっとんねん。ガードは慣れるためやろ。

ガード越しで見切れんのやったら、次にやることは…………こうやろが!)

 

曇りなき夜空を見上げて、獣の牙を暗く照らす。

夜空を喰らうのは太陽だけではないと、影の奥で見開いた意識が王者に歩み寄る。

 

『な!?せ、千堂が大胆にもガードを開く!ど真ん中を打ってこいと不敵に笑い誘っている!

果たしてこれは作戦なのか!?』

 

会場中が固唾を飲む。

ゴンザレスの左は鋭さを増し、千堂はガードでその一端を確かめただけに過ぎない。まだ2分間、慣れるには少々時間が足りないと、千堂を見てきた大阪の応援団も緊張感が増していく。

 

「柳岡、千堂は大丈夫なんか?!」

「ガードで慣れるのが作戦やった。……恐らくまだ見切れちゃあらへんが、このままやとガードごと押し潰されると判断したんや」

 

コーナーで柳岡たちが千堂の判断に信頼を置くなか。

 

(慣れるまで……それも、学ばされる前に見切らな始まらん。その境界見誤ったが最後、幕之内みたく左で封殺される。ここが1番精神擦り減るで)

 

両者の体重が臨戦態勢から次の段階へ移る。

 

(それが奢りだということを即座に証明してみせよう)

 

静寂の舞台はゴンザレスの左によって一変した。

刃物を振るうかの如く、冥界の鎌が宙空を駆ける。

構えただけでは打ち砕けるガードも、無いよりはマシというもの。それすらもなく、千堂は真正面からの突入のみを歓迎した。

 

瞬間、肉を斬らんとする炸裂音が宙伝いに鼓膜を震わす。

 

(なん、とかッ‼︎)

 

千堂の右に残る残響。

前触れなく眼前を覆う赤い壁、ゴンザレスの左ジャブを見切り、反射的にパリィしてみせた。だが、上手く捌くことは叶わず。

大砲と言っても差し支えのない威力を込めた、捌かれることを前提に放った左。ならば、千堂は見切れたと錯覚させられたことに他ならず。

 

疾る曲線が、再び千堂の頬を打ち払う。

 

(ヂッ───)

 

右フックがガードごと顔面を外へ向ける。

重心を落とした威力重視の一撃。

後退させるつもりで打った拳。その感触は幕之内すらもたじろぐ自信があったが、千堂はその場で踏み止まり。

 

(ふん、それくらいで睨むなよ)

 

そのうえで視線は変わらず、ゴンザレスの頭を喰らい千切らんと猛っていた。

 

(隙だらけなのはソッチなんだぜ)

 

鼻につく鋭利な視線へ目掛け、左アッパーを仕掛けると同時。

踏み堪えていた後ろ足を回し、千堂は右フックを強引に割り込ませてきた。

 

座っていながらも揺らぎかねない拳圧が客席に届く。

ぞわり、背中に寒気を感じながら観客が見守る先では、千堂の顎にのみ拳が届いていた。

 

『挑戦者カウンター失敗!技術戦は王者が上手(うわて)か!?』

 

咄嗟の首捻り(スリッピング・アウェイ)がカウンターをかわす。

千堂の拳が頬を横切る間際、耳が聞いた疾走音がデタラメな威力だと警鐘を鳴らしていた。

リング上の常ではあるが、この拳はより一層カウンターによる直撃を受けてはならないと警戒を強める。

 

視線を即座に戻す。

千堂の不安定な姿勢はまだ整え終えていない。コンマ数秒の差で、右の一撃を放り込めると頬に大砲を構えたとき。

 

何気なく持ち上がり、眼前で握り締められた虎の(左拳)

グローブに浮かび上がるシワが、拳により圧縮されたものと理解した直後。全力を左足先に集中させ、その射程圏から飛び退いた。

 

(逃がさへん!!)

 

飛び退く動作をゴンザレスが選んだとき、千堂の両脚は確かな安定を確保していた。一瞬後、遠ざかる獲物の喉を掻き切るため、一息のうちに発射台が火花を撒き散らす。

 

ヘッドハント(頭部狙い)

 

迫り来る猛獣の牙を見て、直感が顔面を穿つ瞬間を想像していた。この一撃は避けられない。受けるなら、最善の手を選ぶことに注力するしかなく。

理性が引き摺り出した選択は、左腕を下に右腕を重ねる十字ブロック(クロスアームガード)

 

雑踏を掻き鳴らし、拳の衝撃が右腕に沁み込む。

 

(ヅ───ジィッ───‼︎)

(いい勘しとるやないか‼︎)

 

歪む目元、定まらない瞳。

後退する勢いは殺せず、たたらを踏んでコーナーに背中から激突する。

マウスピースを噛み締め、痺れと痛みが脳に響く状況を押し込める。口内から歯軋りがセコンドに届くほど、意識を保つための堪えが必要だと周囲が知る。

 

(だよ、なァ……そりゃァ、ここに立つ日本人だ……)

 

即座に現状を確認する。

右腕、鈍く重い痛みは2ラウンドまでに回復する。

左腕、鉛を着けられた感覚が残るが機能に問題なし。

頭部、ブロック直後のダメージは直ぐに抜ける。

 

2ラウンド以降に支障は無しと結論。

残り時間は30秒を切った。

左腕と両脚を最大限に活用し凌がなければならない。

 

(勘だけじゃ越えられねェ……王者級(トップクラス)の武器……!)

 

覚悟など決めるまでもなく。

王者として見せるべきは果敢な姿勢。

 

(右腕は……上がらないなら(ボディ)を隠す。

そして、左しか使えないなら左の選択肢を増やすのみ)

(角に突っ立って、もう終わりなわけないやろ。

日本人の真髄とやらすら出した気ィないで?)

 

怯え、逃げを思わせる素振りは一切なく。

左腕を構え、空腹を代弁する疾走を迎え撃つ。

 

『常識外れの一撃が王者をコーナーに追いやった!

セミファイナルに続き、1ラウンドK.Oなるか千堂!?』

 

ここで終わるタマではないと知りながら、このラウンドでトドメを刺すために脚力を解き放つ。

 

(それとも、理詰めはそんなもんか?

なら、さっさと死神寄越さんかい!)

 

ゴンザレスの奥底に眠る死神を起こすため、千堂の右拳が構えを終える。中間距離、あと一息もせずに振り抜かれる。そうなれば、死神の顔が耐えきれずに夜空を吐き出すだろう。

 

(まだ俺は出し足りねェ。

調子に乗らせて退がるなんざ御免だ)

 

衝動を抑え込む。

眼前の敵よりも先に己を制す。

 

王者には、左拳が残っているのだから。

 

(日本人(ハボン)、世界の壁は高い。そして驚くほど狡いんだぜ)

 

一点、瞬く間に3度の衝撃を穿つ。

 

前進する瞬間。

前足が浮いた刹那。

軸足が離れた合間。

 

(なッ……まさか!?)

 

全てが顔面に着弾。

避ける手筈の左拳の変化に、止む無く前進を中断した。

 

千堂の動体視力を欺く、真新しい左拳。

事前に警戒していたジャブとは違う種類に、千堂の反射は見事に虚無を突かれていた。

続けざま、隙間なく放たれる狡猾な左ジャブ。

頭部への直撃を避けるため、ガードを上げさせられる。

 

(このジャブ、メキシカンのソレやない。普通のリードジャブや。いや、その前は異常なキレを無視すりゃワイでも打てるジャブ)

 

手元、足先の距離を測りながら、ゴンザレスの変化に素早く状況把握を終える。

 

(マクノウチの突進を知っておきながら、こんな機会はもう無いと安堵したとでも?

世界戦ってのはな、情報処理を滞りなく、2度と同じことで止まらずに進まなきゃならない)

 

ゴンザレスからは普段見ない左のなかに、メキシカンジャブも混じる。その意図を理解したとき、既にコーナーから獲物は脱出していた。

 

(引き出しの多さに驚くのは2流。あって当たり前のことで驚くんなら荷物纏めて帰んな)

(アカンっ、慣れの早さを察して逆に利用されてもうた。してやられたわ、このラウンドは……!)

 

舌打ちと同時に響くゴング。

流れを決して離さないための切り替えを目の当たりにし、第1ラウンドは終了を迎えた。

 

「で、出鼻を完膚なきまでに挫きおった……!」

 

手にした流れを利用され、柳岡は首に掛けるタオルを握り締めていた。

 

『王者、圧巻‼︎

右腕が使用不能となった窮地を物ともせず、左腕一本で挑戦者の突撃を捌ききってみせた!!!!』

 

更なる成長を遂げた王者。

幕之内との試合を知る観客たちは、次のラウンドで千堂が巻き返すことを信じて見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出だしは良好。……と言い切れない顔だな」

 

ゴンザレスが椅子に座ると、セコンドのブラスが神妙に口を開く。

 

「恐ろしい反射神経、そして適応力だ。

早々に理解した、この試合で勝つには黙らせる以外に方法はない。マクノウチとセンドーは同じだよ」

 

一息吐くさまに、疲労は想像よりも溜まっていると分かった。リカルド戦以外で早々から冷や汗をかくことは少なかった。

千堂の様変わりするスタイルに、徐々に外堀を埋められる感覚をブラスは味わっていた。

 

「右腕の機能に支障は……次のラウンドでいけるか?」

「そのために左のバリエーションを増やした。ヤツの勘、少しばかり舐めていた。じきにこの左にもカウンターをかましてくるだろうな」

 

右腕から轟いた衝撃音に気が気ではなかったが、ゴンザレスの表情を見て安堵する。それも一瞬のことで、一手間違えれば次のラウンドでも同じ事態があり得るのだ。

そのことを強く諭すと、存外落ち着き払う様子にこれ以上は不要と判断した。

 

「メキシカンキラーという実績に目を奪われがちだが、センドーの本質はそこじゃ無いと確信した。

マクノウチと戦ったこと。それが彼の強さだ」

「…………そうだな。日本人(ハボン)は最後まで油断ならん。

ミキストリには重々気をつけるんだぞ」

「油断無く、理性を以って倒す」

 

立ち上がり際に言い残し、第2ラウンドに向かった。

 

 

 

 







ゴンザレスのセコンド名はオリジナルです。
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