鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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モード・ミキストリ

ゴングとともに千堂は悠々とリング中央に歩いて行く。

守る気配はなく。寧ろ、第3ラウンド開始間も無く、まだ飛び込んで来ないのか、と言わんばかりの姿勢。

どよめく会場を他所に、ゴンザレスは近距離戦の如く緊張感を持ちガードを構えていた。

 

(普段なら舐めていると看做(みな)すが、ヤツは普通じゃない。ノーモーションで距離を詰められる自信が見え見えだ。

なら、俺は目に囚われずに準備を整えるまで)

 

観察眼は正しく、千堂の準備は相手を射程距離に入れるのみとなっている。拳が届く距離に入れば構えは整い、向こうが踏み込むだけの余裕があれば拳が放たれている。

 

(いいよ、最後の遠距離を楽しもうや。

せっかくの空気、ワイも味わっておかな勿体ないわ)

 

あと2歩の距離、互いに景色を眺めるように前髪の揺れを意識する。木々の枝にすら見える髪の奥、広大な景色を求めて歩む姿に笑みが浮かぶ。

 

会合する地点は世界最高峰の麓。

息を吐けば蒸気となる温度差を宿し、虎は身を沈ませた。

 

第3ラウンドの火蓋を切り落とす号砲は、上体を寝かせながら左右を切り替える超低空スマッシュ。先程よりもカウンターを合わせにくい、攻撃力特化にして、千堂の身体のバネだからこそ出来るパンチ。

 

(なんだ、そりゃっ!?)

 

万全の態勢でいるゴンザレスの意表を突いた。

 

スイッチ、ダッシュ、リングスレスレを疾る拳に思わず目を見開く。沈みながら見せるモーションなら、上がる瞬間を叩けば良いと。即座に迎え打つべくカウンターを準備する。

 

だが、起き上がる速度はデタラメが過ぎた。

 

拳を握るよりも早く、スマッシュは頂点へと駆け上がる。

腕で触れてはならないと、ショルダーブロックとともに思い切り後ろへと自ら飛ぶ。

 

『た、たった1発!開幕スマッシュで王者をコーナーに吹き飛ばす!!なんという破壊力……。

いや、これが千堂だ!!』

 

退路を自ら断ち、1秒の余命を獲得する。

それでも、肩に残る衝撃は吸収しきれず。

そして、リング中央にいる男は待つはずもない。

 

起き上がりながらリングを蹴る猛獣。

身体の線が影を残し、必殺の牙が口を開く。

 

(一気に行くで!!)

(舐めるなよセンドー!!)

 

追い詰めた獲物へ、肉を弾くための右ストレートを勢いそのままに振り抜く。先鋭の牙に潜り、その側面に死神の鎌が薙ぎ払われた。

 

「千堂のストレートを肘で逸らしおった!?」

「腕のガードより鋭く、そして細やかに実行できる!

良いぞアルフ、ビッグパンチに惑わされるな!!」

 

後方、コーナーポスト横へ空振りする右拳。

前方へ乗る体重は、反撃の意味を表裏に備えていた。

一撃重視のデメリットを狙い澄まし、ゴンザレスは左フックで顎を捻り打つ。

 

(なんのっ!!)

 

踏み込んだ千堂の左足が強引に、一本で上半身の位置を歪ませる。僅かに身体を起こし、急所への一撃を頬に触れさせるだけで事を済ませる。

 

(世界級(ワールドクラス)なら叩き伏せられる一撃をッ!)

 

千堂の強靭な脚力が、前のめりとなっていた身体に無理やりブレーキをかけていた。

 

(はっ!そこは右の餌食だ!)

 

考えるより先に、ガラ空きの顔面へ向けて右の構えを見せる。そして、言わずとも千堂も撃墜と追撃の姿勢に入る。

先に放ったのはゴンザレス。腰を回し、振り抜いた一撃に千堂の目蓋が思わず閉じかける。ボディに刺さる右に、してやられたと攻撃が僅かに遅れる。

 

(効いたッ‼︎やけどまだや!)

(退くわけないよな……!)

 

攻撃が繰り出される隙間に、ゴンザレスの左が前進を堰き止める。素早く2度、ジャブとフックに揺れる瞬間。

 

『あーっ!挑戦者がダメージを堪えた隙に王者コーナーから脱出!せっかくのチャンスをものにできず!!』

 

観客の溜息とともに立場が変わる。

 

打てばまだ手の届く範囲。

 

(こっちこんかい!)

 

引っ掻くような左スウィングを、バックステップで回避する。

 

一息吐くことなく、予測不能の動きに警戒を強めた。

千堂の体重が少しでも前に傾けば、ゴンザレスは軸足を固定してカウンターの体勢を整える。フットワークを使うのなら、即座に応えてみせる。

 

後手を選んだのは、詰め寄ればコーナーに逆戻りすることを考慮したからだ。獲物を2度も逃すほど、千堂の狩りは甘くない。そのための準備に滲みよる時間だと、ゴンザレスの肌が結論した。

千堂のようなインファイター、それも型破りによる変則に近い場合、最も恐ろしいのは急所に打ち込まれること。意識の外から急所を打たれた日には、リングを降りる以外に選択肢がない。

 

ならば、獣退治は中央のみ。

 

(どっしり構えていい根性しとる。

いま、ブチのめしたるさかい覚悟せえ!)

 

沈み、その身を弾き出す脚力に左を構える。

 

(ダッシュか、来てみろ。

その脚力にカウンターを重ねて返してやる)

 

景色と不一致する影。

人の皮を剥がしながら、的を絞らせない歪な軌道で駆けた。

左ジャブなら、この試合じゃなくとも動体視力は追いつかない。ならば対処は1つ。左ジャブの機軸から外れ、残忍なまでに牙を肉に突き立てる。

 

(は、速い!まるで的を絞れねぇ!)

 

ガムシャラに駆ける姿を、左拳が捉えた瞬間に首を倒し、真ん中に当たる直前で左右に躱す。

短期かつ追従困難。数秒間だけの攻防、世界最高峰の左を封じる脚力を存分に活かし、ゴンザレスの視線が追いつくよりも先に懐で足を捻り込んだ。

 

この瞬間、どこを打っても必殺となり。

千堂は全力を込めて、右ストレートを顔面に穿つ。

 

(だが、射程距離は決まってんだよ!)

 

同じく、リングにシワを寄せる勢いで足を踏みきり、左腕を横から振り払う。

見えてはいないが、来ることは分かっていた。どの拳が来ようと、即座に反応する自信があり、それしかやるべきことはない。

互いの腕が相手へ迫る。左右の一撃は必然的にクロスカウンターとなり、当たれば威力は倍増。

 

その矛先に選ばれたのは、最後に直線を描いた千堂。

曲線が僅かに首捻りの猶予を作り、カウンターは一方的に虎の顔面を捉えた。

 

(沈黙しろ、(ティグレ)!)

 

「ば、バカな!?」

 

噴き散る鮮血。

口か、鼻か。もしくは両方から撒かれるダメージの証。

千堂の身体とともに浮遊し、そして。

 

(こ、こ……や!)

 

血の痕が、千堂の意識を引き止める。

 

潜り込むまでに翻弄できれば良し。

もしカウンターを食らおうとも、意識があれば問題はない。なにより、殴り合いは上等なのだから。

 

沈みかける身体。

リング上に訪れた沈黙を破り、衝撃の波が宙を伝う。

 

「ま、まだ意識があるのか!?」

「よしゃっ!ブチかませ千堂!」

 

轟音が実体を伴い、外界を置き去ってリングの底から姿を現す。

瞬発力は拳の力を押し返して再浮上する。しなやかな肉体、澄まされた直感が可能としたポジショニング。

ダウンしたかに思えた、一瞬の隙を突くステップイン。

 

(あぁ、だろうな。お前らはそうなんだよ)

 

絶好のチャンスを、ゴンザレスの右拳が高らかに待ち構えていた。

 

(流石、やなっ───!)

 

倒れ気味に打つ、千堂のスマッシュ。

悠然と握る、ゴンザレスの右の打ち下ろし(チョッピングライト)

 

風を切り、光を振り解いて。

ゴンザレスの右拳だけが、空を打つ。

 

(こいつッ‼︎)

 

スマッシュを必殺とする男は、自身の代名詞を囮にして左脚をさらに前へ踏み込んだ。起き上がる身体は前傾となり、ゴンザレスの一撃は耳を削いでいった。

 

獲物の懐で、ギアを一気に最大出力へと展開させる。

全ての動作に割り込ませ、針の穴を潜らせるが如く実行してみせた。

 

(俺に右の打ち下ろし(チョッピングライト)を出させやがったのかッ‼︎)

 

引き絞られた一閃の拳が、冥府の天井を打ち砕く。

 

不偏の夜に亀裂が走る。理を越え、情景が沈んだ。

仰向けに横たわる姿に会場中が興奮の声に包まれる。

 

『ダ、ダウン!!3ラウンド中盤で千堂の一撃が王者を地に落としました!

右ストレートど真ん中!この被害は大きい!』

 

「千堂のやつ、ゴンザレスにスマッシュのタイミングを覚えさせたんや!

あの瞬間、ダウンやないと気を引き締めさせたからこそ、スマッシュのフェイントを見えんくさせよった!」

 

柳岡が興奮気味に笑う。

 

これは千堂が仕掛けた大勝負。

スマッシュを囮にすると決めたのは第2ラウンド。

左のカウンターを合わせてきたとき、次は右で打ってくると確信していた。しかし、スマッシュを囮にするなど相手も思いつくこと。なら、必殺のみを出すような状況下を選べばいい。

 

(気付かれとったらダウンしたんはワイや。

けど成功した。一先ず、これで半分はブチのめしたわ)

 

千堂の口元が不意に緩む。

 

視線の先で。

眩みもせず、直線に立ち上がる男には、先ほどのような冷静さが欠けていた。

闘争心に身を預ける者ができる、猛き笑み。

 

(こっからは楽しい楽しい喧嘩の始まりや!)

 

第3ラウンド残り1分30秒。

お祭り騒ぎの会場とは裏腹に、千堂の高揚は内側に秘められていた。これから死ぬほど騒ぐのだ、ならいまは会場に譲ろう、と。

 

再開とともに、冥府の門が開く。

 

「──────つくぜ」

 

歪み、心が(まが)つ。

現れるのは人智を圧倒する厄災、無常の死神。

 

(やかま)しくて、イラつくぜ。今すぐに黙らせてやる!」

 

迎え打つ凶刃な牙。

待ち望んだ邂逅に、好敵手の背中を見る。

 

最早、この試合に早期決着以外を描くことは不可能。

良し悪しを決める基準などない、純粋な根性比べで勝負は決する。

 

「死神が来おったぞ千堂!」

 

千堂のホームグラウンドである大阪府立体育館の空気を気圧す、夜の星。

会場にいる者たちは知っている。

千堂をインファイトで破った幕之内が敵わなかった、現存最凶の男。

 

「死神の鎌、よーやっと持ったか。手ェ離さんよう気をつけーや」

 

コーナーから飛び出し、ミキストリを沈めに行く。

 

合図など無くとも、打つ瞬間を千堂は見逃さない。ミキストリの構えは理詰めのときとは変わり、大雑把と大胆を兼ねた、カウンターを寄越せと言わんばかりのもの。

そんな状態から、無警戒に右ストレートを放り出した。

戦意が滾り神経が張る千堂にとって、意図的にカウンターを狙うのは容易であった。

 

後出し。しかし一方的な一撃となるソレは、圧倒的な凶暴さだけで状況を覆された。

 

(ぶ、がぁ!?)

 

ミキストリの右が千堂の左頬を直撃。

肉の断末魔が喉の奥から漏れ、千堂はその場で一瞬、意識の断絶を余儀なくされる。

 

「千堂っ!起きろ、拳を握るんや!」

 

理不尽、ただそれだけの現実。

理性の底に残った顔は、長年かけて沈殿させてきた不純物に他ならず。沈んだ重みはしかし、簡潔だからこそ強い。

 

「なァに寝てんだよ、起きろッ!!」

 

怒り、人間が最も理不尽を孕む感情が唸る。

左拳が天井に向けて突き上がる。その最中に立ち尽くす千堂の顔など、浮遊する埃かと言わんばかりに容易く殴り飛ばした。

 

「ヅアッ!?」

 

2撃。

観客たちが理解する暇なく、千堂が沈黙するのにかかった時間。

唖然と呼吸を繰り返すなか、堪え無くあっさりとリングに転がっていた。

 

静寂が波を打つ、とはよく聞く雰囲気の言語化だ。

それを、静寂とは無縁とすら思える男が成してみせた。

 

死神の名を知らせるように、獣が宙空を彷徨う。

混濁する視界。

平衡感覚が安定しない時間はまだ続く。

 

(ワイが、あっさりと……)

 

それでも、止まることは拒む。

立つだけで千堂の体力は削がれていく。

 

「張り合いがねえ。もっと生きようと足掻けよ」

 

コーナーで悪態を吐きながら、既に臨戦態勢のミキストリ。早く立てと誘いながら、魂を刈る合図を待っていた。

高い回復力を誇る千堂でも、約10秒の時間は脚の機能が半減する。

いまダッシュ力を奪われるのは致命的な損傷だ。

 

(ホンマ、オモロい男やないかッ‼︎)

 

立ち上がり、膝以上に表情が笑う。

絶命の際を噛みしめ、楽しんでこそ倒し甲斐があるというもの。回復の時間を攻撃から生み出す。その結論は間も無くだった。

 

そして、試合は再び両雄を引き合わせた。

 

「攻めるんや千堂!守り入っても勝ち目はないで!」

「油断するなよアルフ!反撃を受けずに倒せ!」

 

コーナーから飛び出すミキストリに、腰を落として迎え打つ。少しでも姿勢を崩されれば拳の威力は落ち、最悪の事態に陥る。

こと、現状でカウンターの心配をする必要はない。

細かい芸を物ともしない勢いがある。そのことを考えては間に合わない豪快さゆえ、一気に冥界に落とされてしまうだろうから。

 

(先ずは挨拶しとこうかっ!)

 

攻撃一辺倒の右ストレート。

牽制を捨てた千堂の大振りを左腕でガード、鈍い音を立てながら口角を上げて踏み込んでくる。

無論、痛くないわけがない。痛みはある。しかし、その強さだけ対象の活きの良さを確認できる。

ミキストリにとってガードとは底を知る手段であり、腕が上がる限り殴り続けられる肉塊。

己の全てを受け止めきれず、地に伏せた刻。ミキストリの鎌は漸く、血に滴っていると実感するのだ。

 

(いい拳だが、脚がなってねえよカス!)

 

肩から捻じ込み、右拳を豪快に打ち返す。

大きく、最大の威力を脚から汲み上げる。

呑まれかけた生存本能で左腕を上げ、歪に満ちた一撃から頭部を守った。

 

(っぐ!?)

 

その上からお構いなく右が振り抜かれる。

身体に釘を打つような停滞が全身を駆け回り、攻めに転じられなかった不甲斐なさを噛み締める。

もし千堂の腕でなければ、ヒビが入っていた。

本人にそう思わせるほど吸収困難な暴力。

 

これを避けるには卓越した技術が必要になる。それこそ眼前の死神か、無敗神話の域を要求される。千堂に不可能だと諦めさせるには良い判断材料だ。

 

拳の威力は拳で緩和する。

常に全快で放ち、やっと意識を保てる威力に落ち着く。

心で解っていながら、どこかで身体が受け入れていなかった。自覚出来ていなかった迷いを断ち切り、捨て身とも思える狂宴は血飛沫とともに開かれた。

 

(これまでの人生、(ゲンコツ)で語り合おうやないか!)

(お前は顔も喧しいな、ケダモノ風情!!)

 

致命傷と無傷の狭間、一手の狂いで谷底へ転げ落ちる殴り合い。

右を打てば左が戻され、横を殴れば下から抉り取る。目を見開き、己の魂を握り締め、超近距離で異常が荒れ狂う。

 

表面上に在る理性の擦れ擦れ、千堂の一撃を浴びながら。

 

(カッ、ハ!)

 

嗤い、嘲る。

ゴンザレスなら打ち負けていただろう一撃を受け止め、ミキストリが即座に右を切り返す。

最凶を越すための間断なき拳が頬を打つ。

 

(────!)

 

思考、自ら遮断。

その猶予があるのなら、次の一撃に回す。

 

(────ハ!)

 

凶気、刻一刻と蓄積。

ものの数十秒、相打ちに似て非なる接近戦を経て、いつ身体が自壊するか分からないと知る。

 

打つことを糧とし、ダメージを潤いに変える。

誤認で良い、いまだけはそうでなければならない。

勝つための偽造。自らが望む目標に追いつくため、多少の死は覚悟して踏み込まなければ、2度と立ち上がれないのだから。

 

「が、あぁ!!」

「ハ、ハッ!!」

 

右と右が交差、寸分の狂いなく同時に着弾する。

仰反りかけの意識を歯で噛み起こし、剥がれ落ちる笑みを憧れで焦がし貼り付ける。

相手を打ち、己の背を進め続ける。

スタミナが続く限りの全力ダッシュ。

 

再び見合う右拳。

脚から直結し、瞬きのうちに一撃放り込む。

風切り音を掻き立て、腕の皮一枚を抉り取られながら左拳を構える。痛覚を敢えて欠落させたいま、ヒリつく神経は脳に届かない。同じ傷を右腕に遺し、理不尽に息を吐き出す。

 

「シ、ィ!!」

「ハ、ァ!!」

 

拮抗する両者にも決定的な違いがある。

考えれば当然の、ほんの少しだけの差。

 

それは慣れ。

試合中のリズムの読み解きが早く、適応力に優れた千堂。彼がゴンザレスから早々にダウンを奪ったのは、データ収集にも時間と集中力を注いだからである。

数ヶ月の努力は身を結び、理詰めの壁に穴を空けてみせた。その過程、理詰めを穿つ心血を馴染ませる身体は、ゴンザレスのもう1つの顔に歯車を切り替えるまでに僅かな時間を要する。

 

アルフレド・ゴンザレスの側面、様式・死神(モード・ミキストリ)

 

路上(ストリート)で生き抜いてきた凶暴さを解き放つ、ゴンザレス本来のスタイル。フェザー級屈指の破壊力と引き換えに防御力を捨て去る、攻防一体のボクシングに遠い存在。

ミキストリの登場が千堂の慣れに踏み込み、追いつく前に頭1つ飛び抜けていく。

 

『相打ちがついに崩れてしまった!挑戦者の内側から王者のアッパーカットが舞い上がる!』

 

凶気は知ってか知らずか。

この先、2度と訪れない千載一遇のチャンスに集中砲火を見舞い、打ち崩しにいっていた。

 

「ズあッ!?」

 

星の弾丸が虎の顔を穿つ。

流星のように疾く、力強い一撃。

一瞬だけ噛み合わなかった千堂の拳は宙に散り、重力に逆らうことなく身体が落ちていく。

 

(ハ………落ちろ)

 

細かく脚を置き換え、中間距離で腰を据えた瞬間。

 

虎の牙は眼前に迫っていた。

 

(ヅ〜〜っ!しつけぇな、この死に損ないッ‼︎)

(こんな殴り甲斐あること、簡単に止めてたまるかい…)

 

試合終了を拒絶し、ロープに手を掛けて息を吐き出す。スマッシュに押し飛ばされ、ゴンザレスが半歩退いたときゴングが鳴った。

 

『間一髪、挑戦者のスマッシュがトドメを拒絶!

しかしコーナーに戻る表情は深刻です。不安に会場が包まれるなか、勝負は次のラウンドに持ち越されました』

 

苛立ちを込めて歩く王者。

肩で息をして戻る挑戦者。

 

どちらの身体にも赤い打撃痕が浮かび、たった1分半の壮絶な殴り合いを物語る。

理詰めによる集中力、一転豹変した暴力の嵐。

擦り切れていく精神を奮わせ、第3ラウンドは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

終わりの鐘とともに緩めた拳を見て、自分が想像以上に緊張していることを幕之内は知った。

 

「いまの打ち合い、きっと1ラウンド分に匹敵する体力を消耗している。僕のときよりも何段階も上の拳で……!」

 

千堂だけでなく、ゴンザレスも。

一度でも流れを手にすれば二度と覆えさせない気迫。それを可能にする一撃失神級の威力。

 

「血の気がひきましたよ……。あの2人、嬉々として殴り合っています。あの1分間だけでK.Oパンチ連発じゃないですか!」

 

板垣が受ければ間違いなくダウンしている。

ボクサーとして、2人と対戦するときをイメージする。見えてくるのは距離を離そうと、速さで逃げようとも数秒で捕まる自分。

天才の脚が封じられる存在があそこにいる事実に、これを活かす手立てはないかと思考する。

 

「気になるのはゴンザレスさんだ。スタイルは一緒のはずなのに、なにか違う。いまの方がすごく恐ろしいよ」

「僕には先輩のときと同じに見えます。そのお陰か、千堂さんは五分以上に打ち合えてます!」

 

世界戦の熱に滾る板垣とは裏腹に、幕之内の取っ掛かりは解消することなく。喉が渇いていく空気のベタつきとともに、第4ラウンドの鐘が鳴らされた。

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