第5ラウンド早々、逆鱗が迸る。
「直ぐ楽にしてやるよッ‼︎」
「どっちもぶちのめしたる‼︎」
一直線に駆け、底が見え始めた体力を惜しみなく身体に巡らせる。
進むたびに地鳴りを錯覚させ、雰囲気だけで空気を震わす男たち。
会場の誰もがこのラウンドでの決着を確信するなか、2つの拳が終幕を上げた。
中距離で右のフルスウィングを放る千堂。対して右ストレートで顔を狙うミキストリ。互いの顔がカクンと下がり、スリップ気味に初撃を躱す。
空振り後の切り返しを準備していた千堂。スウィングの勢いをミキストリの頭上で殺し、即座に右足軸を回して左拳を打ち上げた。
「ヅ〜〜ッ‼︎」
ミキストリの顔面を捉え、次の拳を勢いに乗せる。
右の拳を伸ばした瞬間、理の一撃が顔を上空へ吹き飛ばしていた。細かく美しい、手本のような左アッパー。油断していたのではなく、ガードに回す余力が存外無くなっているのだ。
(それは向こうも同じや。ミキストリがスリップなんざするかい!部分的にゴンのほう出てきよんのや!)
ここに来るであろう、と。
理性の行動を予測して、ガラ空きかに思われる身体から再びのスウィングが放たれる。
(こいつ、見てもいないくせに!?)
鉄球がコンクリートを破壊するような、表情を削る一撃がゴンザレスの前進を打ち止める。
視線が逸れようと、止まることだけは拒絶する。
射程外となり、身体が地に着いた。
千堂が脚で距離を殺そうとしたとき。
「トロいんだよカスが‼︎」
視界を覆うのは、赤く大きな拳だった。
「なん、のッ‼︎」
意識を拐う威力だと知り、迷わずガードを上げる。
打ち付けられる拳はガード越しに顔を殴り、勢いを返せずに押し戻される。全快時と変わらないキレ。
受けたダメージが口の中に溜まり、血肉に溶けながら対峙する男を見る。
重なっている筈が、左右対照の笑みを浮かべていた。
(クソ〜〜っ、コロコロ入れ替わりおって……)
いま、目の前には理性と最凶がいる。
死神と夜。
人の恐怖を抽出した、生存本能が導き出した共闘。
千堂のモーションごとに適したスタイルに変え、本人すら気づかないうちに人格が入れ替わる。
長年付き添ったことで複雑怪奇な機動を実現する、真新しいミキストリの姿。
「ヂィィッ‼︎」
極限の精神消耗を必要とする
止まるなどあり得ない、潤滑な情報処理を要する舞台。
本来と言わず例外なく、1対1である筈のリング上、千堂 武士は相反するタイプのボクサーを相手に挑まなければならない。
「そこ、捕まえた!」
手が届く距離、片一方に拳が減り込む。
そう確信した直前、もう片一方が弱点を補うように前に踏み込んでくる。
「よそ見とは余裕だな」
「おん、どれは……!」
打ち抜いたものは影。
背後から入れ替わるように、正反対のボクサーが荒く、理りを以て千堂の魂を削っていく。
変わる
ゴンザレスとミキストリが行き来するリング。判断が遅れれば最後、冥府の底から這い出ることは不可能となる。
「ハ、ハ、アッ───!」
延々と当てられるわけではない。
突拍子に、恐らくは確信なく振り込まれる不意の拳。
野性の勘と言う他にない無意識の反撃を、紙一重で避け、或いはガードをしながら深く踏み込めずにパンチを積んでいた。
「もうちょい、人間らしく振る舞えよ、お前‼︎」
拳のやり取りは切れ間なく、加減を外して行き来する。
千堂を振り回すゴンザレスの様子に、ブラスは眉を挟めて「やはり」と深刻を表すように呟いた。
「入れ替わりもタダじゃないということか……。アルフとミキストリの交代で体力が尋常じゃないほどに削れているんだ。先に倒さなければ状況は覆されてしまう」
本能が
異なるスタイル移行による、肉体への急激な負荷運動。練習などしてない、考えれば当たり前の消耗。
「セコンドとして急かすべきだ……。しかし、いまのアルフの思うままに試合をさせてやりたい。あんなにも、自分自身を信用して試合をする姿を見たことがない」
それでも、アルフレド・ゴンザレスは選んだ。
ミキストリとの凶演でなければ、千堂を沈めることは出来ないと覚悟を決めているのだ。
「そのまま、出せる全力を尽くせ、アルフ!」
激励を送る以外、ブラスに出来ることは無事に帰ってくることを祈るのみ。
それは反対側、柳岡も同じ気持ちだった。
「柳岡、千堂のパンチが当たらんぞ!
拳に振り回して、カウンター狙われるんやないか!?」
「千堂の眼、よく見てください。
なにも諦めちゃおらん。打たれながら、ゴンザレスのことをずっと観察しちょる。リングの上で、なにかを見つけかけよるんや」
ダメージで腕を上げることも辛い男が、誰よりも賢明に複雑な回廊で足掻いている。
彷徨っているのではない。確かに見える光を求めて走っているのだ。なら、柳岡は多くを言わない。
「いま振り回しよる拳は考えあってのもんや。
何処かに隠れとる活路探して、入り口塞がれんように必死に足掻いとる!悔しいがこっちが言えること、なにもあらへん。
だから信じます、千堂がやろうとしてること。必ず見つけると、これまでの千堂が言ってくれてますから!」
互いのセコンドから信頼を注がれ、男たちは勝利へと全力疾走する。
終わりを迎える瞬間まで。
貪欲に勝利を求め、敵を喰らうが如く歯を尖らせ、触れるもの全てを呑み込むほどの激情を纏う。
止まるなど、両者の思考からは抜け落ちている。
己は相手を仕留めるのみ。生きるために1つでも多くの拳を減り込ませ、屈強な精神を削ぎ落とし、魂の拳を掲げて命を貪る。
(どこや、なにすれば2人を捕まえられる!?)
(踏み込めない、下手すればひと噛みで終わる…)
欠けていく体力を補うように、正確無比の拳を打つ。
入れ替わりのない打撃に、空かさず千堂はパリィをして踏み込んで来る。
(いや、それ以上に体力が尽きてしまう。
ならよ、犠牲のうえで意識を断つまでだろ!)
潜り込んだ千堂へ、ミキストリが高々と拳を突き上げる。右腕でこれをガード、軸をずらして外へ散らした。受け流したまま腰を捻り、身体ごと右の渾身を押し返した。
(なんつう拳だッ!?ただ押しつけただけのくせに!!)
(この隙間すら替われるんかい!器用すぎるわっ!)
咄嗟の入れ替わりで直撃を避け、辛々振り抜いた右腕の後ろに踏み込んだ。
無防備な千堂の横腹へ、いまなら左拳をデタラメな速度で打ってこようとも先に当てられる。用心を重ねるため、まず力を込めて拳を当てられない死角へ移る。
再びミキストリへと替わる意識。
繰り出されるのは冥府へ誘う一撃。
死神から虎へ、絶滅を言い渡す宣告。
視界の外、視認すら間に合わない場所。
そこを、千堂は。
「そこや───!」
咄嗟に手繰り寄せた当て勘によって、死角に入り込むステップインに手を伸ばす。
「ぐ、ぅ……!!」
相反した理想に、牙が水を差す。
触れた場所は腹。ゴリ、と音を立てて衝撃音が鈍く響く。
技を凌駕する業。
理詰めの対極、人間の筋力を限界まで引き出す野性。
この瞬間、ミキストリの足が奪われた。
「捕まえたのは…俺の、ほうだ…!」
だが、死神は嗤っていた。
千堂の
(が、グギギッ……!)
顔面に直撃し、血と汗を撒き散らしながら意識が霧散していく。手応えを感じ、倒れゆく姿を目で追う途中。唸り声を吐きながら、千堂は意識を繋ぎ止めた。
左脚を広げて立ち直り、震える喉を隠すことなく身体を起こす。
(耐えやがるか……!?
もう、強がんのも、弾切れだ……!)
いまの一撃を耐えたことの衝撃、そして打った衝撃で筋肉が悲鳴を上げる。
千堂も、ゴンザレスも、終わりはそこまで来ていた。
ミキストリの抱えるダメージの要因はそれだけではない。
千堂が放った一撃は、理性と凶気が替わる瞬間。僅かな筋肉の緩み、疲労による呼吸の深さ、そして針の穴もない無防備の最中に拳を減り込ませたのだ。
(杭は打った……!あとは、殴り、倒す……!)
鈍る様子を見て、細かい動きを封じたことを知る。
インファイトの継続が困難となり。
千堂も、ゴンザレスも確信する。
残るは一撃。後のことを考える思考回路が無い。
(行くぞ、俺……!センドーを倒すぞッ‼︎)
(魂と肉体が繋がっとける、最後の
傍から見れば腕一本動かしていることが異常と言える。肌を染めるのは赤く、そして蒼く歪む衝撃の痕。
精神は肉体から発する危険信号を半ば無視し、前に進むことで勝ち得る生存を選択する。
色彩を置き去りにして、固く拳を握る。
情報の取捨は全て、勝利へ向けて。
対峙する世界一を越えるため。
登り詰める猛獣を刈り落とすため。
相手の、最も注視すべき要素のみに彩りを与え、平面展開している他の動作確認能力を打つことに専念させる。
手も足も犠牲にするものではない。欠けるものなどあってはならない。引き伸ばすよりも、己の魂を凝縮させてただ一点を狙い穿つこと。
雄叫びを一声、ここにいると相手に伝えて。
最強、最凶の右拳が同時に振り抜かれた。
「──────────────────」
一方だけが行き着く、活動限界の果て。
空振りの勢いは全て、その身に返る。
「───────────────く、そ」
後方へ吹き飛び、力なくゴンザレスの腕が宙を舞う。
顔に浴びた直撃、腹に残る衝撃が鉛となり。
振り抜く拳に僅かな差が生まれてしまった。
理性と野性の勝負、ここに決着。
(な、ぁ……)
世界を仰ぎながら、背中に触れるロープに沈み込む。
ゴンザレスが思い出すのは、幕之内との試合の最後。
あの時もこうして、ロープに身を打ち付けながら、空の先を見ていた。
(俺が、見るべきは……アンタじゃ、ない)
思い浮かべた無敗神話に感化され、魂を漲らせることが出来た。だが、いま見つめるものは真逆の存在。
無敗神話を追いかけ、泥臭く生き汚さを宿す男。
(行け、最後を決めるのは、お前だ……!)
己自身を信じて、凶気とともに在ることを選んだ。
理性に背中を押されて。
暖かい手を感じで笑い、死神の顔が浮上する。
一瞬、視界が暗転する。
「─────」
「─────」
ロープから背を起こし、男たちは向き合った。
その眼は凶気であり、理性を連れる。
想いの丈を増したことを、千堂は即座に知った。
再びの邂逅に挨拶は要らない。
「間違いなく、お前が最凶や」
「お前に逢えて、良かったぜ」
友に気さくに声を掛けるように2人は笑う。
そして。
悔いのない、正真正銘の終わりへ拳を打ち出した。
「──────────────────」
拳を当てる側より、貰う側のほうがこの決着に納得していた。
純粋に強い。古今東西、これほどまでに潔い理由は無い。なにせ男は、その強さに憧れてボクシングの世界に踏み込んだのだから。
「チッ、ムカつくほど……楽しかった……」
まるで勝者のように微笑み、凶気が沈黙する。
リングに転がり、目を閉じる。
ただ、不思議とリカルド・マルチネスへの道のりは霞むことはなく。先に往く背中に手を伸ばしたいと、心の底から強く願った。
「…………先に、行くで」
誰に宛てた言葉か、その真意を問うものは居らず。
勝利の宣告とともに、激闘の夜は明朝を迎えた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
挨拶遅れました、お久しぶりです、ひとりのリクです。
原作では既にマッチングした対戦です。
そこをどう変化をつけるのか、諸々工夫しました。
そこ含めて、色々と語りたいのですが燃え尽きてしまいました。
次の話は1月中に投稿しますので、そこの後書きで語りたいと思います。
また、日本フェザー級タイトルマッチの日程もお知らせします。
最後に。
「鷹の6本のツメ」を読んでくださる皆さまへ。
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ハーメルンには読了報告などというものもありますので、宜しければそちらも是非ご利用ください!あ、作品の感想もあると進化するほど喜びます。
来年も、IFはじめの一歩を綴っていきますので、これからもお付き合いください。
短いですが、本年はこれで終わりとします。
皆さま、良いお年を!