鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

57 / 127
最後の調整

朝日が地上を照らす晴れ模様。

鷹村を中心とした鴨川ジム崩落危機からひと月が経った。

鴨川軍団はあれから以前の雰囲気を取り戻し、各自の目標に向けて走り出していた。鷹村はスーパー・ミドル級挑戦に向けて。木村は復帰のため、青木は伊賀との再戦を目指して。板垣は東洋ランカーとして。

そして幕之内と言えば。

 

「母さん、行ってくるね!」

「気をつけるのよ?」

 

明朝から家業を手伝い、1日の始まりを朝焼けとともに実感する。

朝の香りに肺に取り込みながら、復帰に向けた練習に心躍らせて家を飛び出していた。

 

 

───

 

──

 

 

 

鷹村のミドル級防衛戦から数日後。

鴨川ジム事務所にて、幕之内と鴨川は今後の方針について話していた。

 

「僕はボクシングを続けます」

「そう言うと思っとったわ。だが復帰はまだ先じゃ、貴様は暫くのあいだ休養しておくこと」

「えっ!?でも僕、かれこれ半年以上は試合していませんよ?」

「世界ランクのことなら安心せい。千堂が暴れておるお陰だろう、相対的に小僧の評価も大して落ちとらん。話題があるボクサーは必然的にランク入りする、もう暫くは回復に努めるんじゃ」

 

世界ランクは強さそのものではない。

人気がある、単純に強い、噛ませ犬として祭り上げられる、はたまた王者の調整相手として。その時々によって変動するものだ。

現在、千堂が世界王者として君臨、リカルドとの試合が決定している。彼が敗北した唯一のボクサー、幕之内は本人の知らないところで株が上がり、試合をしていなくとも世界ランカーとして席を置けていた。

 

「じゃがワシから1つ、復帰の条件を与える。選手どころか私生活も過ごせんのでは、親不孝にもほどがあろう」

「復帰の条件、といいますと…?」

 

窓の外、快晴の遥か向こうを見ながらの宣告に喉を鳴らす幕之内。

 

「デンプシー・ロールを使い(こな)せ。沢村戦のような筋肉を傷める回避ではなく、真にカウンターを破ってみせろ」

 

思い出すのは沢村戦で完遂されたデンプシー破り。

デンプシー・ロールという強力な連続フックには、相手の視野の死角から死角に移動する特徴があった。沢村はそれに対して、バックステップすることで死角を無くし、無傷でカウンターを決めたのだ。

 

「それは………。えぇ、僕もそう思っていました。きっと、ただ止まるだけじゃ、いつか止まった時にカウンターを合わされます」

 

恐ろしいことに、幕之内は沢村のデンプシー破りに対して対処した。一定のリズムを刻むデンプシー・ロールを強引に止める。それだけで靭帯にダメージを負いながら、辛くもデンプシー破りを攻略してみせた。

 

「ワシらは間違った道を進んでしまった。本当なら、もっと早くに立ち止まるべきじゃったよ」

 

幕之内の必殺は既に攻略法を見つけられた。対策される必殺はただの自害である。長期戦、失敗すれば再起不能の技に恐れる者はいないだろう。

 

「では、その条件はデンプシー・ロールのカウンター対策になるんですね」

「……半分正解じゃ」

「えっ」

 

ならば、鴨川が伝えることは1つ。

 

「カウンター破りのデンプシー・ロールは縦に()らず」

 

本当の意味での無傷によるカウンター対策。

 

「無限の可能性を切り拓いてみせろ、小僧」

 

デンプシー単体という自傷行為の封印をいま、最大限の助言を以って幕之内に課した。

 

 

 

──

 

───

 

 

以前から考えてはいた。宮田と会話したときから、幕之内は自分のボクシングを見つめ直し、ようやく考えが纏まってきたところ。

 

(僕の持ち味を活かすなら、それは───)

 

その男はふらりと現れた。

 

「おう幕之内、おはよーさん」

 

にへら、と笑う千堂 武士が呑気に腕を伸ばして挨拶してきた。

 

「せ、千堂さん!?どうしてここに!?」

 

あまりの衝撃に大声で返事をする。

 

幕之内は東京住みであるが、千堂は大阪生まれ大阪育ち、現在も大阪をホームにする生粋の大阪人だ。

加えて、WBCフェザー級チャンピオン。二週間後に迫るリカルド・マルチネスとの王座統一戦を控え、最終調整中の身であり、東京をふらついていい人間ではない。

 

あんぐりと口を開けて驚く幕之内に呆れながら。

 

「どうしてもなにも、幕之内訪ねた理由なんか大体予想つくやろ。リカルドとやる前にスパー頼もう思うてな?」

 

彼はヴォルグが世界戦をするときも幕之内と観戦するため、トレーナーである柳岡に言わずに来たことがある。あの時でも怒っていたのに、今回は統一戦前ときた。

 

「え、ええ!?言ってくれたら僕がそっちに行ったのに……っていうか、柳岡さんとかは知ってるんですか?」

 

幕之内の不安に大丈夫と繰り返すのみ。

絶対に言ってないと思っていると。

 

「どうせ現地で落ち合うんや、大して変わらへん」

「え、現地っていうと?」

「まーまー、せっかく迎えに来たっちゅーのに話進まへんわ。ほら、さっさと行くで鴨川ジムに!」

 

ジムとは反対方向に駆けて行く千堂を追いかけながら、幕之内は混乱する現状を纏めるのだった。

 

 

 

 

リカルド・マルチネス

 

現WBAフェザー級チャンピオンにして、70戦を超える試合全てに勝利してきたボクサー。王座戴冠後のK.O率100%、ダウン未経験という恐ろしい王者だ。

 

無敗神話、軍神と世界から恐れられる。

息切れを見たことがなく、地元ではコアトル(不死)の神体と謳われている。

 

「だそうだぞ」

「ほーん、肩書きはいっちょまえやな。

まあワイが伝説終わらせてまうんやけどな!」

「一歩がどんくせえから特等席取られちまうぞ!?」

 

そう言ってゲラゲラ笑い合う鷹村と千堂。

 

(本人にプレッシャー掛かること言う鷹村さんもだけど、いまの戦績を聞いて嬉しそうにする千堂さんって……似た者同士だなあ)

 

呆れよりは尊敬が勝る。生きる伝説との試合を控えての落ち着きようを見れば、誰が言わずとも期待感が高まるというもの。

 

「んで?実際のところ勝てるのかよ。伊達のおっさんが完敗した相手だ、ゴンザレスとは訳が違うぞ」

「鷹村さん、心配しすぎでっせ。相手がアホ強いんは承知の上や。けどな────」

「えっ…?」

 

スパーの準備をする男に千堂は視線を向ける。

悔しさと敬意を込めて、獣が獲物を狙うように。

 

「幕之内より強い男はおらへんで」

 

牙が嬉しそうに鳴る。

気負うなんて似合わない笑顔に幕之内は身震いする。自分の喉元に牙を添えられている感覚に、自分自身の闘志も誘発されて試合のように意識が変わっていた。

 

「確かにそうだった。ほれ、さっさとリング上がれ。オレ様がレフェリーしてやるよ」

 

用事で出かけている鴨川に代わり、鷹村がリングに上がる。

2人も続き、グローブのみを着けてリングの上で向かい合った。

 

(千堂さんが僕なんかを頼ってくれたんだ。リカルドさんのときみたいに、全力で行くぞ)

(スパーはヴォルグの世界戦のとき以来か。その目…あんときとは別人や、お互い覚悟決めとるみたいやな)

 

いまから始まるものは漢同士の激励会。

先に往く者へ。勝ちたい強者(つわもの)に。最強のボクサーとして成長することを誓い合う、決戦前夜の握手をここで交わす。

 

「行きます!」

「来いや!」

 

鷹のゴングがここに鳴らされた。

 

 

───

 

──

 

 

 

「そこまで!」

 

2人の間に割って入る鷹村。

突き飛ばす形になりながら、相手をK.Oする勢いを止める。3ラウンド、正確には残り1秒を残したところで調整に終わりを言い渡す。

 

「ぁ……クっ……」

「ふ〜っ……あんがとさん、幕之内」

 

尻からリングに落ちる幕之内。

両腕に染み渡る気迫が抜けきるには1分では足りない。あと1秒あれば仕留められていたかもしれない。

 

(ブランクがあるとはいえ、一歩をここまで押し返すか。

こりゃあ、おっさん越えもあり得るぜ)

 

決して幕之内が不調というわけではない。ここまで休養に充ててきた時間が、王者にまで至った男との違いを浮き彫りにしていた。

 

(強い……悔しい……だけど!)

 

幕之内は無意識のうちに拳を握る。

彼はリングの上のリカルドを知っている、そして伊達とも死闘を繰り広げた身だ。千堂との本気のスパー、嫌でも比較してしまう。

 

「千堂さん」

 

だから、早く伝えようと思ったのだ。

 

「必ず、追いつきますから…!」

 

激励は送った。

なら、あと言うことはこれで十分だと分かった。

千堂も、伊達やリカルドと比較されていることは百も承知だ。勝算なんてものが目に見えるとすれば、幕之内の言葉に全て詰まっている。

 

「…あぁ!漢と漢の約束や」

 

2人はグローブを突き合わせて再会を誓う。

彼らが次に対峙する場所、それは世界。ベルトを獲り合う場所であるとお互いに信じている。

 

こうして、千堂はライバルに宣戦布告して日本を旅立っていった。

 

 

 

 

時は進み、場所はメキシコ・シティ空港。

千堂は顔に貼った湿布のことを忘れて大きなあくびをする。18時間を超えるフライト中、ひたすら眠り続けたせいか、眠くもないのにあくびが出てしまう。単純に寝ることに飽きた意味だろう。

 

「少しは敵地に乗り込む気持ちが分かったか?」

「んぁ?」

 

どでかいあくびに共感してしまったことに頭痛を感じながら、1人の男が千堂に声をかけた。

 

「おー、待ったったで!半年ぶりやな、ゴン?」

日本人(ハボン)は体調管理も出来ないのか?

俺のベルトがドでかい湿布に変わっちまったのかと思ったぜ、センドー」

「なんや、外人はんには分からへんか。

これはライバルの激励…漢の勲章やで!」

 

ニカッと笑う姿に、日本から持ってきた勲章が誰のものか聞くまでもなかった。

傷をつけてリングに上がろうとする千堂に呆れながら、アルフレド・ゴンザレスはメキシコの新しい風を歓迎する。数日前、千堂は国際電話で事務所に繋げてくるや、スパー相手を頼んできた。

”おうゴンか、スパーに付き合うてくれへん?”

”はっ、人に頼むならせめてスペイン語で話せよ。ま、通じるから良いけどな?”

喜んで返事したことを、受話器を置いたあとで自分自身に驚いたものだ。

詳しい打ち合わせはトレーナー同士に任せて、今日から千堂とゴンザレスの決戦に向けた調整が始まる。

 

「来い、まずは時差に慣れるところからだ。

今日は身体を休めて、明日からスパーするぞ」

「もう慣れたわ、そんなことより身体動かそうや」

「……はぁ。じゃあジムに行くか。お前みたいなヤツはどうせ言っても聞かんし」

「わはは!そんな褒めたかて手加減はせえへんで!」

 

普通を無視して行く後ろ姿に再び呆れながら、その牙に新しい可能性が宿ると確信して歩き始めた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。