鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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2人の王者

 

リカルド・マルチネスが王座統一戦をする。

ボクシング関係者はその発表だけで大いに沸き上がった。かつて大勢の大物王者がWBC、IBFに在籍したが彼らのオファーが届くことはなく。伝説の王者をその気にさせた千堂 武士に桁違いの注目が集まることになる。

 

メキシコ某ホテル、午後から会見は始まった。

 

「先ずはリカルド選手。これまで一切の王座統一戦を行わなかった貴方がなぜ、センドー選手の挑戦を受けたのでしょう」

 

初手、世界中のボクシング関係者が疑問に思ったことが投げかけられた。

 

「彼はWBA1位を取っていた。それだけで資格は満たしている」

 

ゴンザレスへ挑戦するとき、WBC・WBAのランキング1位を獲得していたのだ。

質問した記者はリカルドの返答にペンを握りしめた。

 

「それなら過去にもいましたよ!彼らとの統一戦は断ったと聞いています。今回の挑戦はなにか特別なものがあったのではないですか?」

 

千堂に資格があることなど既に知っている。誰もが知ったうえで、過去との違いを示せと言うのだ。

記者は全員、答えに辿り着くことが出来なかった。長年、統一戦を拒否し、複数階級制覇にも乗り出さず、ひたすらフェザー級に留まる理由を。その1つが1人の絶滅危惧種によって成される、追い越されたことに悔しさが溢れて仕方ない。苛立ちを込めた言葉に、リカルドは優しく言い放った。

 

「感謝の証だ」

「……えっ?」

「この試合は素晴らしい結果を残すこととなる。きっと、私の想像を越えてくるだろう。

明日、タケシは私の言葉を理解する。

独り、満天の星を見ながらね」

 

果たして、リカルドの言葉を理解した者がこの場に何人いただろうか。質問した記者を含め、声を上げる者はいない。無敗神話がお世辞にでも相手を持ち上げる、並ならぬプレッシャーに喉は閉口してしまった。

 

「なぁリカルド、()()()リングを降りたのはいつや?」

 

黙々とした雰囲気を切り裂く虎の威嚇。空腹の音だけが、記者会見の沈黙を食い破った。

 

「キミはなにを言ってるんだ?

リカルドの最後の試合は半年も前だろ」

「王者の精神を揺さぶるためか?」

「リカルドに挑発なんて効きゃしねーぞ?」

 

掴めない意図に困惑する記者たちを差し置いて、リカルドは薄く目を見開いて千堂を見つめた。千堂は目を閉じて回答を待つばかりだが、この時2人の視線が交差したように見えた。

 

「私は生涯、リングの上で戦い続けるさ」

「暇つぶしのつもりなら明日降りてもらう」

 

地を踏んで、千堂が立ち上がる。臨戦態勢であり、空腹に耐える獣の気晴らしでもある。涎を垂らすように腕をテーブルに突きながら。

 

「ワイの後ろにライバルがぎょーさん並んどる。そこに陣取って、しっかり借りを返させてもらうわ」

「それは………残念だな」

 

K.O宣言を終えると、真っ先に会場をあとにする。

リカルドも記者たちの質疑に全て答えることなく、軽やかな呼吸とともに明日へと歩いていった。

 

 

 

 

 

メキシコの屋内競技場、アレナ・メヒコではリカルド初の統一戦を見ようと大勢の住民が席を埋めていた。

お祭り騒ぎの試合当日、賑やかな人々の頭上で。右腕で壁を登り、剥き出しのダクトを渡り、左腕に大きな荷物を抱えて、1人の青年が景観を愉しみながら目的地に進んでいた。

 

「ふんふ〜ん、楽しみだなあ。センドーかぁ。いいなぁ、マクノウチと2回も戦えて」

 

鮮やかに踊るようなリズムで、青年はウキウキと降下していく。彼が降り立ったのは1本の通路の前。

 

「確かここだった」

 

警備も気付かないうちに頭上から侵入し、颯爽と選手控え室に続く通路を進んでいく。目的は1つ、今日のメインイベントでリカルドを倒さんとする絶滅危惧種に会うために。

青年は過去に来たことがある記憶を辿り、千堂のもとへ駆ける。その理由は簡単なものだ。リカルドに負けてほしくない。そして、リカルドに負けたとき、壊れてしまったら話す機会が訪れないから。彼の師が手にした男が壊れたように。

 

「よぅ、ボウズ。こっから先は猛獣の檻しかねぇぜ?

良い子はおうちでママの手料理でも食べてろよ」

 

控え室の前に飛び出したとき、壁に寄りかかる1人の男に呼び止められる。

青年は威圧する男を見て、両手を広げると。

 

「やあゴンザレス、初めまして!僕はウォーリー!」

「うおっ!?」

WBAジュニア・フェザー級の王者なんだよ!!」

 

にぱっと笑い、ゴンザレスに飛びついてハグをする。

 

(んなこたぁ知ってるっつーの!センドーかよお前っ、挙動が分かりにくいわっ!)

 

「は、離せ!お前、ここになにしに来た!?」

「あ、苦しかった?ごめんね、はいこれ。バナナ食べて元気出してよ」

 

剥がれたウォーリーは房からバナナを1本もぎ取り、ゴンザレスに渡す。

 

「要らねえよ、そもそもなんだこれは?」

「これはセンドーに!バナナは栄養たっぷりだから、これ食べて頑張ってもらおうと思って!」

 

満面の笑みを見て、ゴンザレスは新種の人間に頭痛を感じる。ここまで光に満ちた表情はなかなか見ることがなかった。ここにも新しい可能性を見ながらも、いま千堂と合わせると確実にリズムが崩れることを察知した。

 

「アホか。前日ならともかく、いまから試合だぞ。センドーの集中を途切らせるつもりか?」

「そっか、じゃあ仕方ないね。はい、これあげる」

 

ひょいと掲げられたバナナ一房をつい受け取る。反射的な行動に後悔したときには、ウォーリーは満面の笑みを向けていた。バナナを受け取らなかったことに対抗された。

バナナのことは諦めることにして、まだ帰ろうとしないウォーリーをどうしようかと首を傾げたとき。再び距離を詰めるウォーリーにまたも面をくらっていた。

 

「僕ね、キミのこと凄く尊敬してるんだ!」

「は?」

「マクノウチに勝ったんだよ?本当にすごいよ!

ゴンザレス、いつか僕とも遊ぼうね」

 

言葉の意味を聞く前に、ウォーリーは足早に廊下を立ち去っていた。

 

「ほんと、ここ(フェザー)は退屈しねえな」

 

容赦なく、刹那的に訪れる敵意を受け止めながら。

ゴンザレスは来たる統一戦を見守るために会場へと進むのだった。

 

 

 

 

幕之内 一歩は千堂からチケットを渡され(買わされ)、現地応援に来ていた。席については選ばせてもらえず、兎に角ここしかないと言われ、無理やり座席が決定した。

 

「どうも失礼しま〜す……って、日本語分かりませんよね、あはは…」

「なんだ、ジャパニーズか。わざわざセンドーの試合を観に来たファンか?」

 

メインイベントが始まる直前、幕之内が席に座る。すると日本語が返ってきたことに驚きつつメキシコ人の顔を見ると、視線が合ったかと思えば。

 

「ゴンザレスさん!?」

「お前はマクノウチ!」

 

かつて死闘を繰り広げた男、ゴンザレスが座っていることに仰天する。ゴンザレスもまさか好敵手の好敵手が来るとは予想だにせず、お互い指を差し合った。

 

「オメーどうやってセンドーに勝ちやがった!?直感の擬人化みたいな化け物相手に2度も!!」

「ぐぇっ!どうやってって、必死に練習しただけです!」

「納得いかねぇ!それにお前、その顔…」

 

幕之内の顔を見れば、治りかけの腫れが数箇所に見られた。

 

”これはライバルの激励…漢の勲章やで!”

 

2週間前、空港で言い放っていた千堂の言葉を思い出す。

 

「ゴンザレスさんも、すごい顔ですね…」

 

遠慮がちに、しかし誰に付けられたものかを確信する言い方。

 

「お前と同じだよ、これは期待の証だ」

 

同じボクサーを応援する者として。

そして、再会を待つ者として笑いながら2人とも席に座るのだった。

 

 

 

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