覚醒する意識が浮遊状態からゆっくりと地に降り立つ。白く覆われる世界を眺めながらも、身体に籠もる熱気がここは雪国ではないことを伝えていた。
「……………ぁ、?」
「起きたか千堂。まだはっきりと意識あらへんな、急に起き上がるんはアカンで?」
慣れ親しんだ声が届く。
不思議なことに身体の筋肉が焼けたように痛い。言われた通り、横になって寝ようと目蓋を閉じたとき。
「柳岡はん、なんでワイは寝とるんや」
何気ない疑問が口を突いて出た。
「試合は……リカルドと殴りあっとったはず……」
自分の口で、もう目の前にある答えを遠ざける。
分からないと言葉にしながら、もう答えは分かっていた。
「千堂、お前が初めてなんやで。リカルドに、誰もが頷けるK.Oパンチを当てたんや。胸を張って帰ろう」
柳岡の言葉を聞いて、千堂はようやく現実に追いつく。
思い返せばハッキリと自分がK.Oされる瞬間を覚えている。リカルドに叩き伏せられ、コーナーに背を預けながら情けなく意識が落ちていく。頬にべったりとこびり付いた敗北の印鑑。
「また、皆んなの期待に応えられへんかった」
「観客の皆さん、お前のことゴッツ褒めとったで。大阪の誇りや言うとった。また復帰してほしい、ともな」
だが、届く言葉は思いに溢れている。
暖かい熱意に応えたいと感じたのは、まだ戦える証拠だ。
「幕之内とゴンザレスもおったんやが、今日のところは帰ってもろうたわ。幕之内はお大事に、と。ゴンザレスのほうは、任せろ言うとったわ」
2人とも心配していたことがよく分かる。ただ、今回の試合は過去最も打ちのめされた。心からの戦友に、そんな男の寝起きを見てほしくないと理解する柳岡には感謝しかない。
そして。リカルドが会見のときに言っていた感謝の証を、ゴンザレスの伝言でようやく認識する。
「────そんなことかい」
世界前哨戦、などと。
この試合に込める熱意は、リカルドと千堂であまりにも似ていたのだ。
「ゴン。思いっきりぶっ飛ばしたってや。
…………負けてもうた、ワイの分まで」
沈んだ拳を見つめながら、独り呟いた。
▼
時間は1時間前に遡る。
2ラウンド2分12秒。
リカルド・マルチネスと千堂 武士、フェザー級の頂上決戦が終わりを告げるアレナ・メヒコ。
「馬鹿な………!千堂さんが、2ラウンドで……」
自分でも驚くほど掠れた声で、幕之内はリングの上で横たわる好敵手の姿に困惑してた。2度の試合、激闘の末に勝利したとはいえ、フェザー級でもトップレベルの耐久力を誇るボクサーだ。
それをこうもあっさり倒した男に身震いする。日本で対峙したときよりも強い男の拳は、無敗神話を揺るがすには遠く及ばなかったのだから。
「……呆れるぜ」
隣で舌打ちしたのはゴンザレス。
柳岡たちに介抱される千堂を見ながら、まだ試合の感覚に浸っている。名残り惜しいと感じているのはどちらか。リカルドが浮かべる表情を見て、ゴンザレスは初めて見る姿に怒りを孕ませて呟く。
「どっちが勝ったか分かりゃしねえ」
神の壇上、無敗神話史上初の統一戦を終えて祝福を受けるリカルドは物足りなさを隠しきれずにいる。インタビューに移り、即座に潜ませた感情は大きいようだ。
タンカに乗って去っていく千堂を見ている瞳から、そう捉えた観客ばかりだろう。この会場で、片手で足りる人間を除けば。
(ンな顔、センドーに失礼だろう)
苛立ちに引きつりながら、1人の友の勇姿を掬いに立ち上がる。
「ゴンザレスさん…?」
階段を降りていく姿に声をかけるが、重なるように前方の席から軽快な声が響く。
「は〜い!次、僕やりたい!」
「……あれは!」
幕之内が聞いたことのある声。
陽気で悠々としたテンポとは裏腹に、彼の試合ほど自由なものはない。
「なんだ、ガキは引っ込んで…」
礼儀のない主張に苛立ちを見せる観客たち。そのうちボクサーに詳しい観客が人差し指を向けながら叫んだ。
「こ、こいつウォーリーだ!?」
「ジュニア・フェザーの世界王者か!」
さまざまな反応を見せるなか、ぴょんと跳ねたウォーリーはリングの上のリカルドに笑顔を向ける。
「次はまた半年後?
僕は明日でもいいよ!だからリカルド、戦おう!」
彼が何故ここにいるのか。
疑問を抱けるほどの余裕はなく、
「────私は」
「とんだ来客がいたもんだ。
センドーの試合、俺以上に気に入ったか?」
コツン、と。リカルドのセリフを遮る小さく高い足音。死神の身体が陽の前に顕れる。
「ゴンザレスだ…!やっぱり来てたか!」
「あんな試合観たあとなのに元気だぞ?」
「そりゃ3度目のリベンジする気なんだからな」
観客だけでなく、リカルドの視線もゴンザレスに向けられた。
「あ、ゴンザレス!うん、やっぱり強かった。マクノウチと戦ったボクサーって、僕をワクワクさせてくれるんだもん!」
「マイクを握ってるのは主役だぜ、誰だろうと礼儀のないやつに発言権握る資格はねぇよ」
「ごめんね、つい舞い上がっちゃった。こういうのは順番があるもんね。ゴンザレス、次は僕と試合しない?」
慌てて仲裁に入ろうとした幕之内の足が止まる。にこやかに微笑むウォーリーと、無表情でほくそ笑むゴンザレス。一帯の時が止まったと感じたのは何秒のことか、幕之内は割り込む方法を見つけられず。
「はっ、そのときはWBA王者としてだ。
美味いもんは2つ一気に食べられないからな」
「僕なら続けて食べちゃえるな。ゴンザレスは上品だね、ここにコース料理みたいなマナーはないよ」
合図などはなく、ウォーリーの横を通り過ぎていく。交わした言葉のなかに、次の試合の行方があるのかは分からない。少なくとも、リングの前で立ち止まるゴンザレスの目に映るものはただ1人。
「準備は出来たか?」
「こっちのセリフだ」
天上からの宣戦に冥府が応答する。
無表情にまで抑えていた感情が滲み出て、表情にヒビが入る。見上げる死神のローブになにを見たのか、リカルドは静かに頷く。
こうして、史上初の統一戦は終わりを迎える。
アレナ・メヒコから立ち去る勇士たちは各々の決意を実現するため、大空を見上げて笑う。
「ここから、俺の人生で最も濃密な時間になる。
たかだか2回負けたくらいでなんだ。タケシはあそこまで果敢に挑んだんだぞ」
アルフレド・ゴンザレスは己を奮い立たせた。
戦友たちが駆け上がり、そして停滞した時の真ん中を往くのは誰のためか。ここで絶やしてはいけない想いが数多く積み重なっている。それこそ、夢にまで見るほどの光はすぐそこに。
「センドーが届かなかった拳、俺たちが繋いでみせる」
掲げた右腕に2つの影が重なる。
誰よりも諦めずに進んできた男たちが、最後の舞台へ向けて進み始めた。
※例の如く最後に次回予告!ひとり語りなので飛んじゃって大丈夫!
お久しぶりです、ひとりのリクです。
リカルドvs千堂、この試合は原作(133巻時点)でも内定が決定している注目の対戦カードですね。千堂の勝率は、幕之内が速水と試合をするとき並みに実力差漂う数値になっていることは間違いないと思います。幕之内は伊達からバトンを受け取っているため、どうしても千堂の勝利はイメージがつかないという絶望を取っ払って今回を書きました。
結果としては2ラウンド決着となりましたが、伊達のように確かな成果を挙げています。1人、2人と無敗神話のもとに近づいていきながら、いつか快挙は成されるものと信じて。自分の番で起こすんだという決意のもと、リングで対峙するボクサーの後ろ姿に注目してください。
さて、原作のほうに話を移すのですけど、リカルドにどう勝つんでしょうね?この人、強さが底無しすぎて、鷹村より負けさせるの難しいのではないでしょうか。そう思う反面で自分、千堂が倒してくれる可能性が大いにあると思ってる人間なんですよね。根拠?見たいじゃないですか、大番狂わせ!幕之内の復帰、ダメージを気にしている悩みを緩和させるなら、やってしまうのではと考えてます。
あと、リカルドがフェザー級に留まる理由に注目しています。これめっちゃ気になる。フェザー級長期滞在には実はあのキャラが関わっていた!とかやってくれそうで楽しみです。
2022年の投稿は少しばかりペースが落ちます。
理由はさまざまですが、少しばかり仕事の負担が心にきておりまして。いろいろと次が決まるまで時間がかかると思っています。それでもプロットを深め、クルーザー級編の準備も進めていきます。ちょっとばかし予定が狂ってしまいますが、どうか長い目で見守っていただけたら幸いです。
今年は書きたい試合を全て全力で書ききることが出来ました。リカルドについてはこれからも掘り下げ、鷹村の6階級制覇も多くのキャラを絡めて進めていきます。私はTwitterもやっておりまして、幣作のことをツイートしてくださるとめっちゃ喜びます。どうか気が向いたら感想なども呟いてくださればと!
2021年、コロナ化の世界も新しい場面に突入するなかで。少しでも読者さま、そして原作好きの皆さまの励みになればと思い、これからも執筆していく所存です。
評価付与、お気に入り登録、感想、読者さまの反応はどれも心の励みになっております。いつもありがとうございます!幣作、そしてなによりも原作に興味を持ってくださるよう活動していきますので、これからもどうぞ宜しくお願いします!また来年!
【interlude後編 鷹の翼】
「漸くスーパー・ミドルの挑戦権を手にした。
相手は”敗者の星”と呼ばれ讃えられる、ストリクス・ワール。この2つ名は伊達ではないぞ」
2階級制覇を達成し、幾多もの最強を倒してきた男。
大物ひしめくスーパー・ミドル級の覇者、ついに鷹村と対峙する!
「随分と待たせてくれるじゃねえか。
どうだ、オレ様を倒す手筈は整ったか?」
「無論だとも。君の快進撃は終わりだ、タカムラ」