鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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執るか、潜るか

世界の標準を見定める第1ラウンド。間柴が試合の流れを完全に掌握する、大きな期待感に満ちる時間となった。

 

(この流れを断つために開幕から攻めます)

 

リボルブが付け入る隙があるとするなら、ゴングと同時の超接近。流れが自陣にまで届くより早く、出来る限り圧を掛けること。

ガンマンがコンマ数秒の勝負に命を賭すように、リボルブの身体は第2ラウンド開始と全く同時に飛び出していた。

対角線上8m先にいる死神でなくとも、そんな目論みを通すほど甘くはないと知っていながら。このボクサーは外で戦うには少しだけ小さく、短いがゆえに見え透いた舞台で踊り続けるしかないのだ。

 

(そういうところが似ている。幕之内…それと)

 

迫る黄金の影に間柴は2人のボクサーを重ねる。

片や敗北した相手、幕之内 一歩。残りは勝利したにも関わらず、未だに自分の評価を落とすボクサー、木村 達也の死に体だ。

2人の影はいまも間柴を苛立たせる。特に、インファイターが相手であれば。

 

(なにっ…!)

 

リング中央へ向けて移動するリボルブは、遠くから薙ぎ払われる低空飛翔の鎌に攫われた。

第2ラウンド、間柴の初手は右のロングボディ。

そのウィングスパンから、足を広げて打ち出したときの飛距離はボディ打ちとは思えない。

前進に対するボディブローの直撃は避けられたが…。間柴から接近してきたというのに、インファイトの機会をいきなり絶たれてしまった。

 

(ロープを背負ってしまいました。先ずはフリッカーと思い込んだのが仇となりましたね)

 

だが、残された道は幾つかあった。

前方、死神直通の墓地。

左右、四肢切断の大鎌。

ここは裁判官、検事、弁護士に至るまでが間柴に属する死刑推進論の極地。

威勢良く踏み込んできた咎人を処する場となった。

 

(ですが…!フリッカーを打たせれば良いだけですよ)

 

咎人は全てを承知している。

自らの罪を認識して、尚も止まらない。

フリッカーが放たれる距離に顔面を置き、両脚をスタンディングポジションにして踵をリングに着ける。こうすれば重心が後ろになり、待ちの姿勢となる。

足ではなく、全身でフリッカーを見極めるために。

 

(俺の左に警戒し過ぎだ。そのまま地団駄踏んでな)

 

間柴の左拳が放たれる。

身体を切るのではなく、生命を刈るために。

 

目蓋を落とされ、視界が狭まる恐怖。

ガード越しに伝わる感触が、直撃した先の未来をリボルブに想像させる。事前に観ていた左からは想像もできない圧力。300戦に迫る戦績をひっくり返す歪なフリッカー。アマチュア、プロでも見なかった質だから容易に慣れることは出来ない。

 

『圧倒!間柴の左がこのラウンドも猛威を奮う‼︎

我々はこの姿を国内でも見てきました。この左に数々のボクサーが沈んだ、攻略困難の図式です‼︎』

 

第2ラウンド開始1分経過。

リボルブが重心移動をする度に間柴のフリッカーが軌道を変えて、先々に逃れる道を塞ぐ。

着弾は1割に満たない。リボルブはロープを背負いながら、顔面を前に置いて着弾場所を誘導しているからだ。

 

「リボルブは上手いこと目を守ってるな」

 

リボルブのディフェンス能力に感心する鷹村。

 

「左右に動くときもガードは顔面に貼り付けてやがる」

「むしろ、あの動きに既に付いていけてる間柴のほうを褒めるべきだぜ。インファイターを熟知してる。

弱点を徹底的に潰して、世界戦に準備してんだ」

「あの伊賀さんを圧倒したのも納得ですね」

 

伊賀 忍を1ラウンドで瞬殺したことが記憶に新しい。

 

「誰かさんがライト級に上がったからな。釣られて来るボクサーとのリベンジでも想定してんじゃねえの」

「成る程。惚れた男を餌にして横から掻っ払う算段か」

「……あいつらが日本のランカーじゃなくて良かった」

「あは、あはははは…」

 

幕之内の背筋が冷やりとした視線を感じ取る。過去から観察されてきたかの如く、こちらを見てもいない死神の殺意に怯えた。

 

「む、そろそろ気色が変わってきた。動くぞ」

「ま、まさか…」

 

幕之内が視線を戻した先で、死神の鎌が黄金の拳に防がれるのを確認する。

 

『は、弾いた⁉︎

僅か2ラウンド目にして間柴の左に慣れたのか⁉︎』

 

先ず注目したのはリボルブのステップ。

ずっと定着しない居心地の悪さを感じてはいたが、ここにきて急に規律正しいものへと変わった。

あの動きを幕之内は知っている。いや、ボクシングを観戦してきた人間なら知らない者はいない。

 

「アマ特有のカウンター狙いに変えてきた。

景気付けの1発を欲しがってんだ」

「流れを奪いにきた…!」

 

肉を切らせてでも近づく熱意に、幕之内は己に似た譲れない信念を感じ取った。

それは間柴も同様…いや、幕之内以上に忌々しいものを見たと、屈辱に心を煮えたぎらせる。宮田に反則をもって泥を被せたことの怒りから対峙した幕之内とは違う。間柴に興味を持ち、間柴の技に一喜一憂し、なによりも自らを追い詰める腕前に笑っているのだから。

 

(こっちならパリィ出来る。このまま接近しましょう!)

 

そのまま軸足で身体を押し込んで、右拳を構える。

残る左手は次の一手に対処するため、前に突き立てた。

フリッカーへのカウンターを狙い────。

 

「……なんと?」

 

パリィ出来ると思った左拳が勢いを失う。失速し、脱力しきった左拳は蚊の如くリボルブの頬に止まる。

 

「アマちゃんが」

 

苛立ちに急かされていた拳を畳み込む。

好奇心を隠しもせずに迫るボクサーなど世にも珍しい。

だが、見ないわけではない。間柴の周りで言えば、板垣がその標本と言える。幕之内との関係者ならば、ウォーリーが最たる者だ。

彼らがその表情を見せるとき、得てして短期で爆発的な成長を遂げるとき。

つまるところ、これは僅かながらの感情の抑制が効いたということ。

 

「発想が…ぶっ飛んでますよ!」

 

圏外から飛んでいた右の拳。

邁進する断罪衝動を防ぐことが叶わず、リボルブの顔面がロープを追い抜いて四方の隅から顔を晒していた。

 

『大砲一直線ンンン!!

絞首台の紐を張るが如く、リボルブの身体がロープを大きく引き延ばす!いきなり死刑判決の可決か!?』

 

それはフリッカーをフェイントにした右拳の一撃。

リボルブが左を潜ることに意識を注いだ瞬間、反対側から角度をつけたストレートを放ったに過ぎない。

過程に、わざとパリィさせたことも追加すればオリンピアンにも通じるワン・ツーの完成だ。

 

(効きますね!これは持つ者の拳…!)

 

死神が執る裁判で、リボルブは想像を絶する実力に天地がひっくり返る思いだった。

インファイターに強いのは良い。それも異様にとなれば、弱点の裏返しとも受け取れる。だが間柴からは異様を越して、異常なほど過敏な強さを見せつけられてリボルブは理解してしまったのだ。

自身を凌ぐインファイターを間柴が知っていることに。

そして、家族を知る強さが秘められていると。

 

「なら、私が負ける道理はありません」

 

直撃を受けて堪えた足腰を前に押し出して、リボルブはほんの一瞬だけ、この試合で初めて微笑みを崩した。

それはハッタリかと問われれば、肯首する。

間柴の大砲は必殺と言えるほどの威力でリボルブに直撃した。いま畳み掛ければ、試合が一気に終わることも可能だろう。これを誤魔化すため、そして本心からの喜びを隠そうとしたリボルブの咄嗟の行動だった。

 

『た、耐える!耐久力も世界トップレベルで高い!』

 

冷めた表情もすぐに元通り、挑発とも取れる微笑みで満たされる。しかし、間柴の肌は形容の出来ない気迫に曝された。

過去、3度味わった執念に似たものをリボルブの眼差しから感じ取ったせいだ。

 

(なにを迷う。勝機を逃すんじゃねえ)

(そりゃ、すぐにバレますよね…!)

 

然し、迷いもすぐに振り払って再びフリッカーを起動する。

鞭打のようにしなる左拳が着弾ギリギリまで軌道を読ませない。2本の腕に対して頭部の急所3箇所を狙い打つ。

それがリボルブが第1ラウンドの攻防から読み取れた軌道。突撃型の攻略を前提にした、正しくリボルブを仕留めるに適した性能。

 

(スピード、パワーに翻弄されない……。

リョウにアマチュアの戦いは通じにくいようです)

 

そして、リボルブが時折見せる本性を露わにするために積み重ねを続ける。

左を握り右をほぐして、決して止まることなく、暗雲が近づく世界に鎌を振る。序盤だからと出し惜しみをする気は間柴にはない。そんなことをしたから木村に追い付かれた。リング外で乱闘して怪我を負い格下に手こずった。

 

同じ轍を踏むわけにはいかない。

リボルブというボクサーには、それが命取りになると直感で分かってしまったのだ。

 

リング中央を進むリボルブへ断頭の鎌が止む目処なく迫る。

肌を擦るたびに飛び散る火花。ガードするたびに導火線を断ち切る鎌。

断頭台が待ち構えていようと、彼の輝きが顔から落ちることはない。

何度、鎌を振りかざそうと耐える。不屈に振る舞い、断頭への期待を白昼夢に帰し、そして。

 

(ボクサーの私が勝てないのは歯痒いです)

 

死の象徴を黄金の国で塗り潰そう。

奥歯で噛み込んだ決意、固く。

 

(次からは…師の訓えを解きます)

(逃げられた…!)

 

響く警鐘。

第2ラウンド、追い詰められた男は最後の一線を踏ませることなく凌いでみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい調子だぞ間柴。このままなら一方的に試合を進められるんじゃないか?」

「おかしい」

「えっ!?」

 

想定以上に優勢な状況を称えた東邦に、間柴は6分間の感想を呟く。

会場の誰もが間柴の優位を疑わない。その視点を考慮しても、間柴本人は現状を五分五分と判断していた。

 

「ヤツの笑みは喜びから出るものじゃない。

まだまだ隠し球がある……それも、場をひっくり返すくらいのものだ」

 

縁起でもないセリフに東邦は顔を蒼くする。

冗談を言うには場違いな場所で…。そもそも間柴の冗談なんてろくに聞かない。だから血の気が引く思いだった。

 

「なにをして来るか分からないか…。けど、リズムは完全にお前が掴んでいる。攻撃パターンが変わったと思ったら、左で距離を取るんだ」

 

(そのリズム合わせるのも一苦労だ。

まあいい、やらなきゃ分からねえくらいの誤差か)

 

心の中で返す。

どうなろうと、間柴が出している答えは1つなのだ。

 

「なにをしようが、叩きのめすだけだがな」

 

その答えを示さように立ち上がった。

 

 

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