鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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黄金の舞台

 

 

気分は最悪を突き続けている。

世界ランカーとの初試合、世界前哨戦という舞台で出会った男が眩く輝いている。それだけならよかった。間柴がリボルブのことを嫌悪するのは、その輝きが過去対戦したボクサーと似ても似つかないせいだ。

アレは人を知りながら、自身に類似する感情を灯している。外聞は好青年、戦績は英雄のように眩しい。然しそれが酷く、そして醜く見えて仕方がない。

 

「時間が経つにつれて活き活きとしやがって」

 

第3ラウンドの幕が上がる。

四方の法廷から動いた咎人が横へ彷徨い、悲哀の数々を振り払うように歩を刻み出した。

 

「病のように……弾きましょう」

 

鼓動が汗をかく。

疾る咎人のリズムが違うと宿主に伝えるために。

宿主は心臓を夜に馴染ませて、咎人の顔を映すように笑う。

 

「何度やっても同じだ」

 

咎人の寝台を教えんと、自らの冷めた激情を放った。

死の鎌を一閃。これだけで泡沫の夢の如く、接近戦はリボルブの手元から遥か遠くに行ってしまった。これで諦めれば、なんと軽くて青い夢だったことか。

 

(感動しています)

 

眩い魂胆が間柴の左拳を受け止める。

間柴がその本性を恐れていることに感づきつつ、リボルブはなおも喜びを止めることはない。

この2ラウンドで培った経験を活かして────。

 

「消えろ」

 

反撃する機会を間柴が挫く。

いま、なにかを始めようとしたリボルブの動きを真上から叩き潰した。右で体勢を崩されてよろめいたところに、無慈悲なフリッカーが放たれる。

 

(資料は過去に過ぎませんでした)

 

右で動きを止め、左アッパーでガードを真ん中に寄せて、そして勢いよくオーバーハンドライトを叩きつけた。

散々、真正面を叩いたことで外からの攻撃を意識させにくくした。

 

(昨日の自分を越えて、私に臨むアナタをやっと見つけました)

 

まず、間柴のオーバーハンドライトは空振りした。

間柴は当てた確信を持っていたのだが、現実の手応えのなさにやっと的外れな攻撃をしたと理解が追いつく。

 

「……!?」

 

視線が彷徨う。

敵は…咎人がどこにいるのかと目を見開いて。瞳に反射する、下から突き上げる勢いの熱意がグローブを握りしめていた。

打ち上がる右拳。咄嗟に身を引くも、側頭部に小指分の感触が死神の骨に残る。

 

「ぐ、ぅ!?」

 

痛みよりも苛立ちが勝る痛み。

明らかにボクシング以外の技術が練り込まれていた。間柴はまんまと乗せられて、再び接近戦へと持ち込まれた。

 

『間柴の左を躱して反撃の右アッパー!

第3ラウンド開始直後、急に間柴の調子が崩れてきた。どうした間柴、早くも疲れが出てきたか!?』

 

(なんだ、おかしい。こいつの動きを右で止めに行った時から、既に手応えが妙だった。

こいつ、なにをしやがった…?)

 

自身は疲れていない。体調は全快に近く、むしろ闘争心だけで試合終了まで拳を握っていられるほどだ。

その自信に満ちる男が、着弾を確信して空振り。

現状を把握しきれず、懐で導火線に火がつくボクサーを見つめる。

押し込んでくるフックに対してアッパーを選択して。そして誤った選択肢だったと理解した。

直上に空振りする右拳を通り過ぎて、リボルブの左拳が一直線に顔面を打ち抜く。

 

「────っ」

 

頬から骨、脳髄へと貫通する一撃。

左拳の直撃でヒビが走るほどのダメージを抱えた。左のストレートだけで意識が点滅するのだ。

右拳ともなれば────

 

(マズい、右がくる……!)

 

ここで選択肢が発生する。

上と下、どちらを狙うのか。射程距離外に出るには踏み込まれすぎている。必然的に受け止めるか、見切って躱すしかない。躱すのが最善だが…姿勢を崩されてしまえば一気に敗北へ落ちていく。ゆえに、身体を可能な限り縦にして、有効打撃面積を減らすことで腕の一本ずつでガードが足りるようにした。

 

(隙間だらけのドアは盗人の拠り所ですよ?)

 

腕一本で支持する盾など、リボルブの破壊力を受け止めるには足りなさすぎた。お構いなしの右ストレートが間柴のガードを叩く瞬間。間柴はガードに充てた右拳を引き、身体を後ろに逸らしてていた。

この一撃を防げたとしても、この試合を捨てることになると直感したからだ。

 

『ああっ!右ストレートがガードを破砕‼︎

予想出来なかったのか、思いきりよろけてしまう!!』

 

視界が反転する感覚を掴まされる。

後ろに飛んでもなお威力は落ちない。直撃した頬の痛みから、幕之内の拳を重ねてしまう程に破壊力は最高だ。

リボルブのリズムは一気に絶好調へと舞い上がる。同時に寒気がリングから伝わってくる。冷気が黄金の漢に味方するというのは、間柴のポリシーを嘲笑われるのと同義である。ここで流れを明け渡すわけにはいかない。

 

(このヤロウッ、調子こいてんじゃねえぞ‼︎)

 

目下で喜び弾ける薄紅を狙い定める。懐に潜り込んだリボルブよりも低く、ボディの守りに徹していた左拳に力を込めた。

リボルブが右拳を急所に狙い定めた次の瞬間、顎を切り裂くように左拳を掻き上げる。顎を半分に裂きながら、あっさりと通り過ぎる左拳を見て再び疑問が脳内に溢れた。

見当違いも甚だしいパンチを繰り出したと気づいたのは、反対側からリボルブの左フックを被弾してからだった。

 

「また外した!?」

「ボクシングのリズムじゃないですよ!」

 

観客席で驚く幕之内。

隣に座る青木、木村も同意見だった。

 

「間柴にアッパー出させたように見えたぜ」

「さっきまで躱しても当てれたじゃねえか!」

「恐らくだが、間柴にしか見えないリボルブがいる。

剣道で言うところの…先の先ってところか」

「間柴さんにしか見えない…?いったい、間柴さんはリングの上でなにを見てるんだ」

 

不可解な現実に幕之内たちが身震いする。

観客たちが知りたい景色の中心で、間柴はリングに散らばった数多の導火線を幻視していた。

進退する挙動に、視線を誘導する意識。動けば擦れる身体が火花を散らし、リボルブの導火線に火が付く。

 

(人間導火線ってのはこのことか!?)

 

打てば空振り。

そして隙だらけとなった懐に飛び込まれて、好きなように左右を打ち込まれる。

第1ラウンドからずっと滲み出ている幻。グローブの向こうに重なる、冷たく霞んだものを振り払うように、リボルブは導火線を身体に繋げていた。

 

(ラバル直伝のステップ、ヴァニタス。

黄金の国が築く基盤をご覧あれ────)

 

正体不明の拳の末端が輝きを増して浮上する。

ここまで切り落としてきた導火線の数々が色褪せていく。その全てが一級品の武器だと間柴本人も認識していたが、眼前の漢はあっさりと一級品を越える逸品をリングに出した。

 

(…なんだ、こいつのステップは。

板垣の小賢しいのとは別種のものだ)

 

切り落とすだけでは導火線の火は消えない。

切り口を作れば拳がたなびく。

拳がたなびけば火が着いてしまう。

その導火線は熱気に触れただけで点火する。

黄金の国、リボルブのステップは相手の急所を確認するためにあり、相手のパンチを導火線に誘導するためのもの。足腰の動作にさえフェイントを取り込むことで、次の挙動を相手に錯覚させる。

 

カウンターパンチャーの理想を詰め込んだ、人智の外にあるような業なのだ。

 

(ぐあっ────⁉︎)

(ボディは守りますか。では顎から落とします)

 

瞬くに3歩、突く2発の拳。

ガードの上からボディブローが内側に届き、間柴の苦悶の声が上がる。

識ると笑み、昇る1発の拳。

懐で好き放題に拳を放つ。

第1、2ラウンドとは真逆の立場から、間柴のガードを打って反撃を誘う。

 

『一気に流れが入れ替わる!

独特のリズムで翻弄するリボルブ!

これがオリンピアンの本領なのか!?』

 

ここまで拳を打ち込んで、間柴の警戒心を貪ることは叶わない。

 

(顎も堅い…ですね。攻めても手応えが薄いです)

 

孤独感に浸る男と、自らの音色を混ぜ合わせようとするだけなのに。誰とも合わないリズムだけど、死と間近にいる誰かであれば共鳴するかもしれない。

熱くて重たい心を轟かせるように、リボルブの知覚は翼を持つようにして、白い世界から飛び出していく。

 

(ならば攻撃あるのみでしょう!)

 

疾るのは2つの漢の影。

片方は導火線で、残りは本体。踏み込む足も、拳を握る動作も現実味があり、どちらを殴ろうとカウンターが待っている。

 

「ちっ……!」

 

体感で理解している。

拳を振り抜けば、カウンターで絶命すると。

そこまでバカではないし、試合を相手に明け渡してやるほど勝利を諦めていない。

 

『間柴ここに来てガードを固めた!

相手の猛攻を鎌の向こうから観察するのでしょうか』

 

「丸まってるうちは生きながらえるかもな。

ヴァニタスはアウトボクサー用に調整したもんだ。ガードを砕くためのもんじゃない。……ただ、ガードを砕く破壊力を持ってるのもリボルブだがな?」

 

ラバルはリボルブの繰り出すステップに満足する。

元々教えてきたステップが、この試合を目前にして完成したのだ。通じるかは賭けに近かったが…この大舞台で、それもアウトボクサーをここまで押している。これを成功と言わずしてなんだというのか。

 

リング中央から徐々に壁際に追い込む最中、ラバルは不思議な光景を目にして首を傾げた。

インファイトをガードで凌ぐ間柴が身体を縦にする。左半身を前にして、左腕一本で腹を守り、顎を肩で隠す。当たり面積を減らしたものの、リボルブの連打はガードを抜けて当たり始めたとき。

 

「むっ…?なんだ、リョウのやつ。

あんなに手を伸ばして、なに打つつもりだ」

 

間柴の後ろに準備された右拳が、リングから45度の角度をつけて停止。いや、停止直後、それは動いた。

リボルブが執拗に追いかけて、右拳をボディに打ち込もうとした瞬間。咎人の挙動を見極めた審判を下す。

 

(鬱陶しい!)

(ぐあっ!?)

 

右拳の内側を裂いて、間柴のアッパーがリボルブの死角から打ち上がる。警戒が薄れた顎に一撃が当たり、これには堪らずとリボルブは後退した。

 

「インファイト中に使わないのを逆手に取りやがるかよ。上から観察してたのは足か…!」

「そんな!?あの攻防中に見切ったってことですか?」

「いいや。物は試しと手を出したんだろ。

リボルブの破壊力に少しも物怖じしねえとは…」

 

頭のネジが外れている。そう賞賛を吐こうとして、リング上の攻守逆転にすぐにラバルたちは言葉を忘れていた。

 

鉄が組み交わす天井を見て、即座に自分の全身が後ろに反っていると理解するリボルブ。不意を突く隙を与えないために攻めたはずが、死角を作って反撃してきた冷静さに背筋がほぐれる思いだ。

無理に踏ん張れば直ぐに反撃が待ち構えている。そのため、大きくバックステップをして少しでも体勢を整えなければならない。

 

(逃すかよ)

 

後方に退がったものの、間柴との距離は変わらず中間距離にあった。リボルブのバックステップを読んで、間柴も同時に踏み込んだのだ。

しかし、足は使える。ステップを刻めるまでのたった一手をガードで凌げば、この危機は機会に早変わりだ。

 

「バカヤロウ!」

 

ラバルの罵声で漸く思考が覚醒する。

フリッカーを前提にしてガードを上げたリボルブ。

間柴の左腕を見てみれば、目の前から大きく外に飛び出している。肝心の拳が視界から外れるほどに。

 

(フルスイングッ!?)

(一気に仕留める…!)

 

間柴の左のフルスイングが遠心を込めて放たれる。

間一髪で狙いに気づき、側頭部へのガードは間に合わせた。だが、ガードの衝撃に身体がさらに後退を余儀なくされて、どんと強く背中を叩く壁に辿り着く。

 

『一瞬の隙から怒涛の反撃!

ついに、オリンピアンをコーナーに追い詰めた!』

 

死神に近づき過ぎた者が立つ場所。

幕之内と木村の執念を知る者に、ちょっとやそっとの物怖じを強いることは不可能に近い。その愚かな企みの代償を、ここで支払う羽目になるのだ。

 

(砕けた腰で何が打てる?そのまま死にやがれ)

 

咎人は自身の罪を受け入れる。

だから、と。

 

(相打ちは許してくださいね)

 

誰に詫びる言葉なのか。

右拳を握りながら、腰をゆっくりと落とした。

 

足の回復が間に合わないリボルブと、地に足をつけて拳を握る間柴。

 

「行け間柴!!!」

「リボルブ…!!」

 

どちらが高威力の拳を作れるかなど、セコンドたちの目にも明らかだった。

 

ほんの一瞬、リボルブの左拳が先に出る。

踏み込むか否、その行程を踏めないボクサーが幸運にも先に右拳を打ち出せた。間柴のリバーに触れるそれは、しかし威力とスピードに輝きはなかった。

 

後発、右の打ち下ろし(チョッピングライト)が吹き荒ぶ。

リボルブの顔面を横断した後に、リボルブの身体を大きく真左へと薙ぎ倒した。天井を仰ぐ咎人、その判決にレフェリーがダウンを宣告する。

 

『た…………倒した!!

先程までのピンチが嘘のようです!!

あまりの興奮に会場中が歓声に沸いているッ!』

 

「やった!!見たか久美ちゃん!!!

間柴のやつ豪快に決めやがった!!!」

「ほ、本当ですか?

わ、私、怖くて目閉じちゃった…」

「あー良いよ良いよ!俺がしっかり見届けるから!」

 

地獄会が真っ先に立ち上がり、久美を除いて大いに盛り上がりを見せる。

 

「攻められてたの間柴だったじゃねえか!!

あいつどんどけ強いんだよ!!」

「そりゃそうですよ!?僕が練習に付き合ったあともずっと練習してたんです。あんなリズムに惑わされるはずないですって!」

「アマチュア世界2連覇を赤子みたいに扱ってる。流石は間柴さん!」

 

鴨川軍団も鷹村を除いて歓喜に震えている。

鷹村が険しい表情で見つめる先は、間柴の横顔。

 

(────っ。………………)

 

コーナーに戻る間柴は、俯いて表情を悟らせまいとしていた。右腕で腹部を抑えて、コーナーに背中を預ける。それは観客たちにとって勝利を確信した姿に見えただろう。しかし、すでに起きあがろうとしているリボルブを見てしまえば……鷹村は間柴の様子を異常と断定するしかなかった。

 

────8カウント。

 

ふらりと立ち上がるリボルブ。

確実にダメージを負った状態で、残り時間7秒で試合が再開する。いま攻めれば、勝利を手にできるのに。

 

『ど、どうした間柴?残り時間10秒を攻めずに第3ラウンドを終えました。よほどリボルブ選手のパワーを警戒しているようですね』

 

観客席からは一斉にため息が漏れる。

次のラウンドに期待する意味もあるそれを、暗雲だと思う者は極小数だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間柴の様子、変じゃなかったか?」

「えぇ。最後、攻めませんでしたね。間柴さんらしくありません」

 

青木の疑問に幕之内が応える。

例え残り1秒でも、コーナーから飛び出して殺気だけで相手を倒しに行くボクサーだ。それが構えるだけで終える…それも、警戒しているだなんて考えにくかった。

 

「ミスブローみてえなボディ打ちが効いてやがるな」

「はあ!?あれが!?」

「そうとしか思えねえ。

おい板垣、あれがリボルバーってやつなのか?」

「い、いえ…。リボルバーはただのボディブローですよ。ただ威力が桁違いに高くて、一撃でも悶絶するレベルってだけで。

アマチュア時代から有名だったようですけど、リボルバーと呼ばれ出したのはプロ入りしてからです」

 

板垣の返答に納得のいかないと鼻を鳴らす。

 

「あのセコンド、なにを教えやがった」

「わ、分かりません…。

だけど、もう試合は長く続かない。あの間柴さんの目、相手を仕留めると決めたときのものです」

 

鷹村の出した答えは合っている。

ただ、この会場にはラバルが仕込んだ最悪級の業を見破れる者がいない。ゆっくりと土台がリボルブに傾いていることを察しながらも、鷹村は静かに行く末を待った。

 

 

 

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