鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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撃鉄は落ちた

 

 

 

 

 

間柴の勝利への期待感に満ちる第4ラウンド。

観客たちの熱気とは裏腹に、2人の足は薄氷の上を歩くが如く慎重を重ねていた。

ここから先、交差する時間は決着へと直行する。

リボルブのステップ、ヴァニタスを躱す手段があると間柴は示した。

間柴の洞察力を見抜くことでヴァニタスが完成するとリボルブは知った。

 

”次の開幕、足を見ろ。ベタ足になってんなら回復しきってねえ証拠だ。

だから────”

 

インターバル中、ラバルの助言を受けたリボルブは視線を隠しながら間柴の足元に向ける。

利き足の踵を地面に着けて、ゆっくりと前に出てくるソレを確認して、ラバルの指示通りに揺れ始めた。

 

(ステップを踏みませんね?)

 

リボルブが心配していたことが1つある。

前のラウンド、ダウン直前に放った空気を掴むような左のボディブロー。これも”リボルバー”だ。

”ヴァニタス”と同じく、世界の舞台では初出しとなる、ラバルによって備えられたもの。

人体の各急所に存在するとされる致命点を、適切な威力で叩けば耐えられない。とはラバル談のものだが、ラバルの異名に”殺人拳”が与えられている所以でもあった。

 

これまで9戦、リボルブはこの技を試してこなかった。

本気で打ったほうが確実に相手を倒せるためだ。それに、練習中の成功率も1割程度と、自分の精度に信頼がなかった。

 

(けどリョウは立っています。致命点を掠ったんでしょう)

 

あの時、打てる拳が限られたから選んだ偶然の産物に過ぎない。だが、間柴には相当の警戒心を抱かせたのは事実。

 

(ボディの次は顎、と行きたいですが。まずは…)

 

リボルブはステップを刻んで間柴の射程圏に入る。

ラバルは休めと言った。死角からのパンチも、注視すればガード出来る。フリッカーはヴァニタスで躱せる。ゆえに第4ラウンドは、ダウンで欠けたバランス感覚を取り戻せ、と。

 

(チッ……動けるか?それとも、ブラフか?)

 

間柴は逡巡を経て、そして逡巡を棄てる。

 

(────惑うな)

 

射程圏に踏み込んだ漢へ、フリッカーを放った。

東邦のアドバイスを無視する訳ではない。寧ろ、判断材料として十分に加味した結果だ。前に出ながら、あの不可思議なステップを刻みながら、

 

「せ、攻めてこない…?」

 

回避に専念する姿が休んでいると物語っている。

フリッカーを10秒も避け続ければ、確認は終わる。

 

(クク、もっと休みたかったなあ?)

 

地面から離れようとしなかった足を、いとも簡単に掬い上げてリボルブを左拳の射程圏に捉えた。

 

「間柴さんが踏み込んだ!!」

「足元がおざなりなインファイターなんざ怖くない。勝負を決めるならここだ」

 

幕之内が身を乗り出して見守る。

立場が同じなら、鷹村自身も全く同じ選択をすると頷いて、リングの上でクライマックスは幕を上げた。

 

予想を打ち砕く攻勢は左のフェイントから始まった。

踏み込んで右拳、ボディストレートをリボルブのガードの上からお構いなしに打ち込む。最小限のステップで時間を稼ごうとする漢が、急に足を使うはずもなく。

 

「……っ!?」

 

両腕でのガードを余儀なくされる。

そこに、間柴にとっては珍しい左ストレートがリボルブの顔面へ放たれた。

 

『ああっ!意表を突いた左ストレートが外れる!』

 

間一髪、頬を掠めてパンチを避ける。

 

「いつまで保つだろうな」

 

拳の戻り際、間柴の見開かれた眼差しを受けて、リボルブは声音で意味を理解する。間柴の顔からは、反撃を嫌う様子は消え去っていた。いや、既に相打ちの覚悟を決めているのだ。

 

最小限の力で渾身の一撃を凌ぐ”リボルバー”。

これを次に打ったとき、この裁判は終わりを告げる。咎人が血に塗れた証拠であり、断罪する証明書を自ら発行するのだと言わんばかりに。

 

「……………………」

 

いくら覚悟を決めたとはいえ、成功率1割程度の必殺を受けたあと、こうも攻められることがリボルブには信じられなかった。

自分ならあの痛みを知ってしまえば尻込みする。

それを、意識の殆どを攻撃に振る?

人とは思えない胆力だ。

 

(なにか、理由があるんですか)

 

知りたい。

そこまで心を激らせる理由が、自分にも欲しい。

 

リボルブの挙動に揺らぎが生まれる。

これまでよりも大きくヴァニタスを描き、白骨化した己を這い起こす。がらんと笑う顔、脱力と隆起に弾む身体。

いっときの錯覚、3つの影を生む。熱を取り戻してきた体幹が、ようやく本調子に戻ったことを意味する。統率の取れた不協和音とともに、前へと踏み出した。

 

「しっ────!」

 

瞬間、右の薙ぎ払いで3つのフェイントごとリボルブを掻き消した。

 

『間柴が魅せる!!!!!

調子を取り戻そうとしたところに豪快な一撃イ!

堪らず後方へと吹き飛んだオリンピアン!』

 

ヴァニタスを準備してきたことが予想外なのだ。

フリッカーだけで凌げるほど生温い戦いではない。

 

間柴にとって重要なことは勝利すること。

相打ちの覚悟の所在を理解するには、少しばかり難しいかもしれない。なにせ、かつて凶気的に勝利のみを追いかけてきたボクサーだ。

 

「いけ間柴!!その調子だ!!!」

「すげえ!世界レベルを押してるぞ!」

「『地獄会』!声出して盛り上げろ!」

 

よもや、孤独の男を応援し続けて、暖かく熱い声援だけで間柴が心の片隅に受け入れると誰が予想したのか。……そう信じてきたからこそ、地獄会があり、反則から手を引いた間柴 了がここにいるのだ。

 

間柴にとって重要なことは勝利すること。

だが、いまと昔でその意味は変わっていた。

人外から人のもとへ連れ戻した幾つもの手のひらに、自分の手のひらを返せるような試合を。実行せずともいいから、気持ちだけは同じ方向を向こうと努力しているのだ。

 

『強烈な右アッパー!柳のように揺れてリング中央から後退するオリンピアン!最高の勢いに会場が湧き上がっています!』

 

吹き飛んだ先で体勢を整える直前、アッパーがリボルブの顔を打ち上げる。遠くから大きな弧を描くあまり、着弾予測にズレが生じたせいだ。

不甲斐ない被弾に天井を仰ぐ最中、地獄会の暖かい声援にリボルブは気づく。

 

(あぁ────)

 

暖かい声援のすぐ横で、ひたすら祈りを捧げる女性がリボルブの目についた。

 

(彼女が妹さんですか)

 

間柴に妹がいる。

試合前に知った情報は、リボルブの興味を大いに惹いた。

もし会場に来ていたら、どんな姿で試合を観ているかを見たかった。その願いは叶い、

 

「手を合わせて、キミの無事を願っているなんて…」

 

家族の仲がどんなものかを理解して、

 

「………羨ましい」

 

リボルブは眩しい景色に目蓋を細めた。

 

もう亡き自分の妹から逃げるように…。

急転直下する身体を、両脚のバネを余すことなく使い、体勢を無理やり起こした。

楽しんできた時間を、苦渋に漬けてしまう前に終わらせる。長引けば間柴のことを悲しむ肉親がいると、理解したから。己の最強の弾丸を装填し、撃鉄に指をかけた。

 

「────Tempus erit(時は来たらん)

 

リボルブが次に込める弾は、己の体幹を余さずに攻撃力に振り、敵の内側を殴り潰す。アマチュア時代から愛用し、己の代名詞にまで昇華した”リボルバー”だ。

その気配を察知し、そして間柴は旋律した。

放ったフリッカーが外れる。懐に入るのではなく、リボルブは大きくロープ際に後退していたのだ。リングを思いきり蹴って、それこそリング中央から滑るようにして。

 

(なんだ…。なにかヤバい)

 

会場中がリボルブの行動に理解が追いつかない。

いま離れれば、間柴を倒すことは困難になる。ヴァニタスという技があるのだから、内側で攻めるしかないはず。

 

「リボルブのリバーブローに倒されたボクサー曰く。

世界レベル同階級の10発に値する、だとさ」

 

会場中の反応を見て、ラバルは笑いを押し殺す。

或いは、アマチュア時代の1敗を軽く見ていた敵陣営への嘲笑か。

その意図に気づかないまま、リング中央で警戒心を剥き出しにする死神は右拳を構える。

 

静寂も浸透しないまま、リボルブはここにきて愚直なステップインを選択した。千堂のダッシュ力にも勝らんとする、暴風を伴う奔り。

 

(速い。だが────ここだ)

 

緩急をつける弾丸を、間柴の瞳は追いかけていた。

猛ダッシュならば板垣で対策済み。瞬間最大風速だけなら板垣が辛うじて上だ。故に、重心を前に傾けて右拳を振り下ろし────爆発音が巻き上がった。

 

(────────────────────────────────────────こいつ)

 

最大まで間柴の右腕が伸びきる。

右拳の向こうには変わらずにリボルブの姿。

ステップインは囮でもなく、本当のものだった。

 

「なんつう根性してんだ」

 

そう驚愕するのは鷹村。

鷹村以外の観客たち、そして間柴に至るまで。誰も理解が追いつかなかった。

 

リボルブの鼻先0.1mmに滞空する死神の鎌。

決して着弾していない。紙一重でリボルブが止まったのだ。左足でリングの皺を踏み潰し、力任せに直撃を回避してみせた。

 

(どうか、死なないでね)

 

右拳の奥で灯る気勢と、右拳が死期を語る現実。

次になにが来るかを理解して、間柴は躊躇なく右拳を引き戻した。

間柴の右拳が引っ込むのと同時に、リボルブは一直線に踏み込んだ。眼前で吹き飛んでいく汗水を横目にして、その身体が間柴の懐に落ち着く。

 

「間柴守れ!!!!」

 

東邦が叫ぶ。

すでに左腕のガードを建てて、更に右腕で下から補強する。間柴に出来ることはもう無くなってしまった。

 

「行け、リボルブ!」

 

アウトボクサー用に開発したヴァニタス。

その目的は”リボルバー”を最大限に活かすため。

フェイントはあくまでも派生に過ぎず、このダッシュ力こそがアウトボクサーへの最大の脅威となるのだ。

最大速度の詰めから、渾身の一撃…リボルバーが放たれた。

 

(ーーーっ!!ぐッ〜〜〜!?)

 

間柴は確実にガードした。リバーに突撃する渾身を、外にいなそうと意識までして…可能なら離脱も試みた交差は、思考の段階で瓦解した。

左腕を吹き飛ばし、残った右腕ごと打ち抜く。右腕のガードなど些事でしかないほどに、間柴の顔は掻き混ざる臓物に思考を乱される。

落ちるガード、しかし意識は懸命にダウンを拒否する。折れ曲がる身体に鎌を突き立てて、自傷の痛みで視界を回復させたとき。

 

「そこだ。引け、拳爪(ひきがね)を」

 

間柴の眼下に、この場にはあり得ない存在を見てしまった。

木村 達也。取り柄のないボクサーが、自分を倒すために準備してきた必殺ブロー。天高く舞い上がる、ドラゴンの姿を。

 

そして、撃鉄は落ちた。

 

「がァ────ッ!?」

 

開け放たれる顎に、硝煙の具が死神に塗りたくられる。

青く、黒い鉛玉の具は枯れ枝のように細く、硝子の亀裂よりもだらし無く腹部から広がり続ける。

3度目の弾丸を放ち、反対の拳で本命の撃鉄が落ちる。

瞬間、死神の意識が身体から剥がれた。

 

『ダ…………ダウン!!!なんと言う一撃!

とんでもない勢いで、とてつも無い威力のストレートが間柴の意識を打ち落とした!!』

 

はららかに笑みを滲ませて、ラバルは拳を握った。

 

「左のリボルバーは理想に近づいた。なら当然、右もいるだろう?黄金の国を輝かせる象徴(げきてつ)が。

シンプルに名付けて…”グランデ”としとくか」

 

リボルブの必殺技、リボルバー。

その一撃を利用して”グランデ”は最大限に活かされる。

 

「い、いまのは!?」

「うそ、だろ………」

 

鴨川陣営は言葉を失っていた。

かつて木村が悪戦苦闘し、7ラウンド懸けてボディ打ちに専念し、やっとの思いで打ち抜いた顎。それを、たったの一撃で成した。

 

「バカな…!俺の準備を、たったそれだけで…」

「木村…」

 

両拳を膝に叩きつける親友に、青木はかけてやる言葉が見つからない。いきなり現れて、自分の必勝パターンの上位互換を出されて、かつて追い迫ったボクサーをダウンさせた。

言葉に言い表せない悔しさに胸を痛めるしかできない。

 

「ドラゴンフィッシュブローに似てる」

「孤を描く木村さんの右ブローに対して、リボルブ選手の右は直線。この差は間柴さんにとってデカいです」

「結果はご覧の有り様か…」

 

幕之内たちも唖然とするなか、リングの上で死神が蠢き始めた。

 

(────ヂク…ジョウ………)

 

硝煙が舞う。血潮が薙ぐ。

芳しい世界が広がり始めた。

カウントが進むごとに、世界の麓を侵食する。

 

(世界ってのは、こんなバケモン揃いかよ……)

 

冥府の幽邃(ゆうすい)に消えていく身体。

かの者が発砲した残滓は夜風のように優しい。

 

「……おいおい、死ぬ気か?」

 

だが、世界の常識でまだ見ているリボルブたちには分かるまい。

 

(こいつ倒しても、あと1人…。

これ以上のヤツが王座に君臨してやがるのか)

 

混濁する意識の中、間柴は上を見ていた。

勝利に執着して、この絶望に抗っている。

 

何故そこまで出来るのか。

息を吐いたあと、外界の景色が酸素ごと間柴の感覚に割り込んできた。

 

「『地獄会』!声を出し忘れるな!間柴だけに戦わせるんじゃないぞっ!」「間柴!お前に勝ってほしいんだ!!」「そうよっ!相手も疲れてるわ!」「あと一息だぞ!」「頑張れ!お前ならやれる!」「ましば!」「間柴!」「ましばっ!!」「間柴ッ!」「間柴っ‼︎」

 

リボルブたちの耳が拾う。

間柴はリングの上で、ずっと孤独を貫いていると勘違いしていたことにやっと気づく。

 

「お兄ちゃん…!!」

 

間柴は。リボルブが対峙する男は。何のために足掻いて、泥水啜って声援を悲鳴に変えてでも心臓を動かしてきたのか。

 

「壊せねぇもんがある」

 

両親を失い、唯一の妹のために拳を握るだけではない。

妹のことを1番に思い…そこに地獄会、過去に勝敗を競ったライバルたち、全員をしっかりと背負えている。

 

「騙されてもいい。それが期待に応えるってことだ」

 

立ち上がり、凶々しくも男はボクサーとして輝いていた。

彼を誰もがボクサーと認めて、会場中が間柴の勝利を願う。

 

決着の刻、間近。

死神、ここに健在。

そうであれと痛みを呑んで。

 

デタラメな破壊力を持つ黄金の漢を墜とすため、死神の槌は銀く微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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