鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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小難しいことは考えずお楽しみください。



青木 勝VSパパイヤ・ダチウ

 

後楽園ホール、世界戦の前座で拍手喝采というのも珍しくはない。だが、木村の勝利を祝うものとしては、鷹村が苛立つくらいに湧き上がり、木村本人が困惑するほど。

 

「お、大げさじゃないですかね…。やりすぎだって鷹村さんに怒られそうだ」

「皆さん、次はタイトルマッチだと思っているんだ。それだけお前のことを応援してくれている。

だから掴むぞ、頂点」

「……根性、みせてやります!」

 

篠田に肩を貸されて、木村はよろよろの右腕を観客に向け上げながら退場した。

 

インターバルで熱が冷めることもない。

なにせ、次の対戦カードも注目を集める男が登場するからだ。

注目度に反するようにホールから明かりが消えてゆき、照らし出した入り口が視線を誘う。

 

『木村 タツヤが見事KO勝利を収めてくれました。この勢いを繋ぐため、鴨川ボクシングジムが送り出すはトリックスター!

木村と同じく、日本タイトル挑戦に最も期待を集めるボクサー、青木 勝の入場です!』

 

「待ってました!」

「お前も木村に続けェー!」

「曲者勝負、今度こそ決着してくれよ!」

 

だが、ホール中の期待の声は一転。

入場する青木の姿にポカンと口を開けてあっけに囚われる観客たち。

 

『こ、これはどういうことだ!?青木、コートを頭の上から被り奇抜な入場!どこか落ち着かない様子です、もしや調整ミスか!?』

 

「…この馬鹿者」

「こんな事態は考えもしませんでしたね…」

「め、面目ないとしか言えません」

 

頭を抑えながら入場する青木。後ろからついて来るセコンドたちの表情は、減量に失敗した鷹村を見るがごとく暗い。

 

『セコンド達の足取りも心なしか重い!しかし、青木は仕掛け人。これも策の一つかと疑いをかけてしまいます。いったい、なにが起きているというのか!』

 

彼らとて積年のプロ。こうもあからさまな表情を表に見せること自体が珍しい。それほど深刻な故障が青木の身に起きているのだ。

 

『リングインしてもコートだけは被り続ける!念のためにとレフェリーが確認に行きました。

…なんとレフェリーの表情も曇りました。どういうことなんだ!?』

 

「事前に話は聞いていたが…」

 

コートのなかを覗き込んだレフェリーも、唸りながらリング中央へと戻っていく。

 

『こ、困惑するばかりですが、それでも戦いの(とき)はすぐそこだ!さあ続いては、3度目の勝負を勝ち取りに来る男!

超曲者、パパイヤ・ダチウの入場!!!』

 

入場ゲートの先、ホールへと姿を現わす男の姿に再び会場がどよめく。

 

『あぁーっ!なんと、パパイヤ・ダウチも青木と同じくコートを頭から被っている!事前に打ち合わせをしたかのような入場に、会場もざわつきが止まりません』

 

「な、なんだなんだ!?」

「パパイヤのやつも顔を見せねーのか!?」

「仲良しかお前ら!」

 

多種多様の反応、この2人だからこそ気になってしまう。

変幻し続ける試合を知るだけに、余計に注目を寄せている。くだらなさで笑おうと、呆気に囚われてなにも言えずとも。

 

『両雄リングイン!中央に歩み寄り、そして』

 

魅力ある選手として、観客は受け入れるのだ。

 

向かい合う両者は、足先だけで相手を確認する。あと1歩という距離で、またも打ち合わせたとしか思えないほど全くの同時にコートを翻した。

 

『同時にコートを放り投げる!なんだ、コートの下にはいったいなにがあるというのだ……』

 

コートは互いのセコンドがキャッチ。

ついに開け放たれたビックリ箱の中からは、闘志を宿す鋭い目をしたボクサーが2人。視線を修正することなく、そこにいることを分かっていたと言わんばかりに睨み合う。

だが、それは2人にしか分からない勝利宣言である。

 

2度のドローから成長し、決着を求める終着点。

変化に気付いたのは観客たち。

 

『あ、あぁーーーーーッ!!!!』

 

両者の頭部。

青木の角刈りヘアーと、パパイヤのブロッコリーヘアー。馴染みある両者の髪型とは裏腹に、両者が立っている場所は真逆。

目をこすっても変わらない。

青木の髪型がブロッコリーヘアーとなり、パパイヤの髪型が角刈りヘアーとなっている。

 

『髪型だっ!両選手の髪型が入れ替わっているゥゥー!!』

 

青木とパパイヤも、周囲の反応でようやく視線を上に向けた。

 

「な、なんだと!?」

 

目ん玉が飛び出した、と錯覚するほどの驚きよう。

お互いに口をあんぐりと開け放つ。

 

「くだらねぇ挑発してんじゃねーぞ!」

「ややこしいだろうが!レフェリーが間違えても知らねえぞ!」

「どっち応援すりゃいいんだぁ!?」

 

青木には成長できないところがある。

 

「くそーっ!俺のせいじゃないってんだ!あのバカ(鷹村)に言ってくれよ!」

 

鷹村という悪魔がいることだ。

 

「前日に行った床屋、おかしいと思ったんだ!なぜか鏡はないし、周りの客はニヤニヤしてるし、髪切り終わったら全員で絶賛するし!

つい良い気分になって帰っちまったじゃねぇか!」

 

前日、青木が理髪店に行ったときのこと。

青木は不運にも、鷹村が修行(脅迫)しに行った理髪店で髪を切ってしまった。鴨川ボクシングジムのメンツは地元では名が知れ渡っている。当然、青木が鷹村の一味ということも知っている。その理髪店、鷹村の手によって客はパパイヤとエレキの髪型にされていた。

その悲惨さにたまらず店主は鏡にカバーを掛けたのだ。

 

実験台にされ不満爆発寸前のところで、青木という餌が投入。

 

「当日になって近所の床屋が休み…謀られたな」

「向こうはあからさまなパフォーマンスじゃ。ここは助けられた、と思うしかない」

 

対戦相手であるパパイヤの髪型にするまで、秒読みであった。

 

『それでも時間を過ぎていく!この試合を止めるのはどちらかの拳のみ。予測不能の試合がいま、始まります!』

 

罵詈雑言が飛ぶ異様な雰囲気のなか、前座第2戦目の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

パパイヤ・ダチウ。

スタミナ不足という弱点を抱えるボクサー。前半でKO勝ちをすることが多く、そのために小賢しい技を使い相手を撹乱する。

青木 (まさる)が″曲者″と賞賛するほどの予測不能な行動をとる。

 

ライト級国内(インドネシア)王者(チャンピオン)として5年以上も君臨。近頃は様々な国で試合を行い、ライト級の猛者たちからKO勝利を収めている。

過去2回、青木 勝との試合を行い、どちらもドローという結果に終わった。

 

(くそ、俺の髪型にするとはふざけたパフォーマンスをしやがって。やったからには絶対に勝つってことだろうが、そうはいかん)

 

その相手に、謀らずも同じ行動を取っていたかと思うと、青木は腹が立たずにはいられなかった。

割合の多くは鷹村に対してだが…。

 

(俺の動揺を誘うつもりだったんだろう。新しい変化についていけないまま、勝負を決めるつもりだったな!残念、こっちは半年前のテメェの状態を知ってんだよ!)

 

是が非でも勝たなくてはならない。ここでドロー以下はバカにされるところか、一生の恥が決定。ボクシング史上稀に見る煽りとして語り継がれるだろう。ならば、せめて勝っておかなくては。

と、くだらない未来が脳裏を過る。

 

 

ひと呼吸。

試合開始の合図とともに、これらの思考に蓋をする。

 

 

こんなにも冷静でいられるのは、篠田のビデオから事前に情報を知っているから。パパイヤの弱点も、あぶり出せているからに他ならない。

半年前までのパパイヤは、相変わらず相手を翻弄して一撃を打ち込むボクサーだった。スタミナも後半はもたず、ときたま泥試合になることも。

弱点を長所で補うボクサー、それがパパイヤ。

弱点を克服し、およそ苦手というものが見当たらなくなったエレキ・バッテリーとは別タイプ。

 

視線が捉えるのはパパイヤの全体。

前回、右腕を鍛え上げ、ココナッツ・パンチという必殺技を脅威的なものとしてきた。そのぶん左は細かったのだが。

 

(篠田のビデオ通り、左腕も太くなってやがる。あのおかげで戦績も殆ど6R以内でKO勝ち。冗談抜きに1回のダウンが命取り。ここは様子見でいきてぇところだが…)

 

のそりと動き出すパパイヤとは真反対、木村に倣うようにコーナーを飛び出した。

 

『あぁっと青木コーナーを飛び出す!ブロッコリーが対角線上に移動を開始!』

 

(モタモタしてるとペース取られて、ココナッツパンチでおねんねだ)

 

開始わずか3秒で互いの射程距離に踏み込む。

オーソドックスで狙うのは主導権。先刻の試合、開幕で木村が掴み取ったモノはのちの流れに大きく影響していた。どこから伏線を張るのか、いつからフィニッシュへの段取りを考えておくか。

 

(言われるまでもねぇ)

 

友の試合で触発される男がここにいるのだ。

心を惹かれるだけのモノが、主導権にはある。

 

(こっちも、開幕から全速全開でいくぜ!!)

 

勢い良く選ぶ先制は、ダブルパンチ。

ジャブを放つパパイヤだが、ダブルパンチが先に当たったことで進行方向がブれ、空振りする。

流れるようにワン・ツーがパパイヤの顔面を捉えた。

 

『青木攻める!正統に攻めるとは予想外、観客席からもどよめきと歓声が同時に聞こえます!』

 

パパイヤも青木に続くように、ワン・ツーを強引に打ち返す。右の打ち終わりを狙うソレは、この半年間、篠田が持つミットにより覚えたパターンの1つである。

伸びる右を戻しながら、左を肩ごとガードにまわす。それでガードのタイミングは完璧。

 

しかし、先制のワン・ツーを嗤うかのごとく。

左ガードに触れるジャブは止まらない。ガードを押しのけ、青木の姿勢がわずかに逸らされる。

 

(っ───、つえェ!)

 

『今度はパパイヤの反撃!ガードを吹き飛ばすジャブに青木驚愕の表情!』

 

想定を大きく上回る威力は、次に来る右の破壊力の想像を膨らませるには容易い。上体が逸れた勢いにのり、右腕を引きながら即座にスウェーを実行する。

運良く、と言うほかない。右ストレートは眼前で進撃が止まり、その風圧に目を見開くだけで済んだのだから。

 

(なんつ〜迫力だこの野郎…風圧で鳥肌立っちまったぞ!)

 

初っ端から一か八かの動きに本心は汗をかく。

パンチの回転は速くはなくとも、絶妙にカウンター気味な打ち方で大ダメージを狙っている。それが大振り気味(パパイヤの弱点)となっているのはすでに確認済み。試合中に気づかれたからと修正出来るものではない。

ここだ、と心の中でタイミングを合わせる。上体を逸らしながら、装填した右腕を射出。縦に放つボディに感触が伝わる瞬間、握り締めた拳を素早く引き戻す。

 

『あぁっと、右の打ち戻りを青木が見事打ち抜く!奇抜な体勢からのボディにパパイヤ反応できない!』

 

腹筋に鋭く刺さるボディは、パパイヤの眉を中央に寄せる程度には嫌な仕事をした。

腹が効けば腕が自然と下がる。そこへ、準備していた左フックをすかさず滑り込ませ───。

 

「ぶぇっ!」

 

パパイヤの放つジャブと相打ち、両者奇妙な悲鳴を漏らす。どちらともに怯んでも可笑しくはない打撃音だが、ここに執念の差と言うべきものが出た。

 

(なんの、引き下がるか!)

 

下から殴り上げる右、続けざまに再び左フックで顎を振り揺らす。情けない声が漏れる。追撃のチャンスだと動く右腕を構えた瞬間、パパイヤの目が光るのを確かに見た。

 

折れつつある上半身に構わず、リングの真上を滑空する右腕が偶然にも目にとまる。青木にはこのとき、しなるヤシの木が見えていた。ココナッツを標的に撃ち放つ、脅威の兵器として。

 

左を戻すには間に合わず、離れるには重心が前に傾きすぎている。とっさに歯を食いしばり覚悟を見せるや、左拳を中心として身体を引き寄せる。

低姿勢、左ガードを構えた。刹那、ココナッツは左ガードへと衝突。青木の身体は3メートル後方へ弾け飛んでいく。

 

『うあぁっ!ガード越しに青木が吹き飛んだ!この破壊力に渋い表情をみせる!』

 

(スマッシュみたいな打ち方しやがって…!ガードした腕がビリビリするっ)

 

ふん、と鼻を鳴らし身体を支える。

左グローブを口元に置くと、痛さと驚きが一気に溢れ出した。それで終わり、試合前から覚悟していたことだ。弱音を吐くのは上手に、そして即座に気持ちを切り替える。

 

(いいぜ、何度でもココナッツぶん投げてこいよ。全部飛び跳ねて、泳いで潜って、ヤシの木ごと食ってやる!)

 

そこから第1ラウンドはあっという間に過ぎた。

打ち合うことを止めず、クリーンヒットもなく。肌をかすめるパンチが飛び出し、パパイヤの右がガード越しの青木の顔を曇らせる。白熱と言うべき時間は、残り10秒を告げる拍子木が2回鳴るも続く。

 

ここにきて、青木の右ストレートがパパイヤの顔面へと直撃。ふらりとよろけた隙に踏み込んだところを、パパイヤは起き上がり右を構え直す。

 

(あぁチキショウ死んだふり多すぎだ!)

 

パパイヤの右が炸裂すると思われた直後、レフェリーが両者の拳を打ち止めた。

 

『第1ラウンドのゴングが鳴る!パパイヤのパンチを上手くかわす青木がやや優勢、試合の流れを掴んでいる』

 

「曲者勝負じゃないのかぁ!?」

「違ェよバカ、青木が相手に小細工させてないんだよ!」

「いいぞ青木!そのままボクシングで倒せ!」

 

予想外の展開に興奮する観客。

両者の差は、その声に比例しているということだ。

 

コーナーに戻るとき、青木の視線の先がふと客席に向く。運命の糸を辿るように見たものは、自慢の女であるトミ子。大きく手を振り、激励してくれていた。

 

 

 

 

 

 

確かな手応えとともにコーナーに戻り椅子に座る。

出迎える篠田は表情こそ変えないものの、口調は弾んでいた。

 

「良くやっているぞ青木。ガードした腕は大丈夫か?」

「想定以上に威力ありますよ、ココナッツ・パンチ。4、いや5発か。懐に潜り込んで威力殺したから痺れはとれました」

 

己の研究成果、半年間のミット打ちは確実に相手を追い込んでいる。青木が信じて着いてきてくれる証拠が、リングの上で発表されたのだ。

だからこそ作戦をもう1度確認する。

 

「徐々にスタミナが無くなって大振りになる。5ラウンドまで体力を削れれば、間違いなくカエルのカウンターが決められる。それまで絶対に焦るなよ」

「そのための半年間、ですからね。ココナッツ・パンチの軌道もだいたい覚えました。あとは空振りさせてやりますよ」

 

生半可な覚悟、練習量では実行不可能。

パパイヤとの消耗戦にもつれ込む過程、ココナッツ・パンチを受けることは想定済み。想定したからこそ受けてはならない。結果は泥試合一直線、判定負けは必須。

 

「それより気になるのは…」

 

しかし、ここで問題点が1つ浮上する。

 

「試合前、記者がパパイヤにインタビューしたときの言葉か」

 

藤井記者が同僚から伝言を頼まれたと言う。相手はパパイヤ、驚きつつ聞くと珍妙な言葉だった。

 

″パパイヤ選手は、3度目の試合への意気込みを聞くとこう答えたそうだ″

 

″時間を止めてみせる″

 

″何度も考えたがさっぱり分からん。物理的に不可能なことなわけだし、レフェリーの買収なんざ敵地だから不可能。

ホラ吹きって言いたいところだが…パパイヤだからなぁ″

 

誰もが答えを出すことはできない。意味が分からないままリングに上がった。

 

「そんなこと出来はせん。

じゃが、無策というわけでもあるまい。なるべく事が起きんうちの決着が望ましい」

 

鴨川の判断は誰もが頷くこと。

篠田に背中を押され、青木は立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

第2ラウンドが始まるや青木は飛び出し、パパイヤに不慣れな戦いをさせ続ける。

 

『なんと、パパイヤの強烈なパンチを見ても退かない!打ち合い上等、曲者っ気ゼロ!!髪型が気にならないクロスレンジ!!!』

 

勢いある拳が飛び交うリング。

1分間続くなか、パパイヤの身体に徐々にダメージが蓄積していく。

 

「この半年間、インファイトを想定したミット打ちばかりでしたからね。パパイヤのパンチ、ほとんど当たってません!」

 

青木は小刻みに、忙しなく動き続けてパパイヤの拳を空振りさせている。それでもアッパーやフックは時折受けてよろけ、気合いで殴り返していた。

 

「元より、今日この日のために練習を積んできたのは」

 

『青木のワン・ツーからコンビネーションが決まっていく!重低音がパパイヤをジリジリと後退させる!』

 

それが、パパイヤにとって最悪の噛み合わせとなっていた。自慢のパンチで怯まず、姿勢を崩すための縦横を無視される。

 

「曲者勝負にもつれ込まない、という青木なりの意表を突く作戦のため!インファイトでパパイヤの小技を封じていきます!」

 

自分のスタイルを貫けない、という苛立ちは早くも現れつつある。

右、左、右と大振りのストレート。続けざまに右、右、右…!ココナッツが次々と放り投げられる大砲斉射のなか、リングすれすれを動き回り一気に間合いを詰めた。

 

(自分のペースを見失いつつあるな。んな大振りが当たるわけねぇだろ!)

 

大振りの隙は言うまでもない。

パパイヤの苛立ちの代償は、渾身の右フック。難なく頬を打ち抜くとよろめき、これを好機と左ボディを返した。

 

「あぁっ!」

 

これが悪手となる。

振れば図らずも当たる距離にいる両者。苦し紛れに放ったジャブが、ガードの隙間を縫うようにして青木の顔面にヒット。逆に、青木の左ボディは、垂れていた右腕によりガードという形となる。

 

(くそ、まじかよ…!)

 

わずかな間、一瞬だけ飛ぶ時間。

苛立ちの代償である左はパパイヤに味方した。

 

「このタイミング、絶妙な間は…!」

 

揺れる頭が元に戻ったとき、両者の動きがピタリと止まる。交差する視線、大きく見開かれているのはパパイヤのみ。青木はコンマ数秒遅れて、リングの上に意識が戻ってくる。

気がつけば、己の目は自分の姿に釘付けにされていた。

 

(こ、こいつ無理やり…っ)

 

身体が動かない。

見開かれる目、髪型だけ角刈りの男と自分の姿が重なってしまい、余計に沼にハマる。

 

『あぁっ!このタイミング、このモーションは…!』

 

知っている。青木は、この技を使い続けてきたからよく分かっている。

対応が遅れたが最後、例え自分であろうとも釣られてしまう。戦士の本能が騒めき、同調圧力を越える拘束力によって誘導される。奈落へ急転直下、KOへのカウントダウン。

 

青木に出来る行動と言えば1つくらいだ。

己の意識を闇へと葬り、そのときを待つことのみ。

 

(よそ見〜〜ッ!!!)

 

かくして、魔の矛先は真横へと振り放たれる。

 

唐突な技に油断していた観客はパパイヤに釣られて、全く関係のない方向を見る。静寂を打ち破ったのは、仕掛け人であるパパイヤが踏み込んだ直後。

 

「──────!?」

 

烈風に吹かれたかのごとく、後方へと吹き飛ぶ影が1つ。

角刈りヘアーがリングに沈み、ブロッコリーの下からは赤いグローブが歓喜を表現している。

 

『な、なんとよそ見を破ったぁぁぁぁ!?!青木のストレートが向きなおるパパイヤを吹き飛ばす!!

仰向けにパパイヤがダウンだぁぁぁ!!!』

 

一部始終を見ていたのは、解説とセカンドくらいのものであった。

 

篠田はガッツポーズをとり、青木は拳を振り上げる。

 

困惑するホールの観客を置き去りにして、レフェリーのカウントが告げられていた。

 

 

 






お待たせしました!
前座第2戦目が開幕です!

青木の試合内容を考えるだけでも悩みます。そこへパパイヤを投入するのですから、もうなにがなんやら。
彼らの混沌っぷりを表現していきますので、よろしくお願いします!

パパイヤがなにかを企んでいます。この技、皆さんお分かりでしょうか?次回予告にヒントもあるので、予想してみると暇つぶしになるかも!?

なお、鷹村はパパイヤのよそ見にも引っかかったもよう。

【加筆】
第1ラウンド終了時、一部描写が抜けていたため加筆しております。
″″内となっております。トミ子が客席にいる、という描写を加筆しました。


「曲者勝負じゃないのかぁ!?」
「違ェよバカ、青木が相手に小細工させてないんだよ!」
「いいぞ青木!そのままボクシングで倒せ!」

予想外の展開に興奮する観客。
両者の差は、その声に比例しているということだ。

″コーナーに戻るとき、青木の視線の先がふと客席に向く。運命の糸を辿るように見たものは、自慢の女であるトミ子。大きく手を振り、激励してくれていた。″





【次回予告】

曲者勝負、ここに極まれり!

「ば、馬鹿な!?」
「あ、あぁぁ…!」

時間を止める、パパイヤの宣言に偽りなし。

『こんなことがあり得るのか!?時間を止めるというのは、こういうことかぁぁぁぁぁっ!!!!』

この技は、始めから仕組まれている(とある技の最終形態)
混沌のリングは、こうして完成してしまった。

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