鷹の6本のツメ   作:ひとりのリク

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昇龍伝説/失墜伝説

 

 

2年前の話だ。

ジムを設立して漸く運営が軌道に乗ってきた頃、面倒な事務仕事を終えた深夜の帰り道で、あり得ないものを見つけた。メキシコから帰ってこれずにいる自分がいたんだ。

 

”────あいつ、速水か”

 

少し様子を見ていると、視線を上げたかと思えばゴミ箱を見やがる。何をするかは察しがついたから、近づいていったら案の定、手元のグローブを放り投げた。今にも泣き崩れそうな目で投げるもんだから、迷わず手に取ってやったよ。

 

「速水、しっかりしろ!よく戻ってきた!」

 

あの時、下を向くことしか出来なかったお前はいま、2年前よりも深刻なダメージに苦しみながらも上を向いている。

酸素を求めて、まだボクシングをしたいと懸命に自分を探している。

 

「まくのうちほどじゃなかった…」

「そうだ、相手は幕之内じゃない。幕之内を利用してお前を堕とそうとしている化け物だ。いいか、よく聞け?」

「だてさん」

 

そんなお前を、俺は止められない。

ここで止めたら、速水はあの日に戻っちまう。だから生きてリングを降りるための知恵を授けようとした俺の言葉を止めて、

 

「どうして、勝てたんですか」

「────────────」

 

速水は羨むように、恨むように、何よりも勝つために、幕之内になぜ勝ったのかと言う。

 

「幕之内に負けを教えてやりたかった。王者の拳を見せつけたかった。理由はそんなモンさ」

 

速水に負けず劣らずの闘争心を剥き出しにして、日本タイトルを背負ったボクサー伊達 英二は答えた。

 

「俺と戦った幕之内と同じ、負け知らずのお坊ちゃま。剣哉のショットガン食らってなぜ立てたか分かるか、9敗分の積み重ねがあるからだ。負けは弱さじゃねえだろ?」

「……は。シンプルで良い、ですね」

 

速水は笑った。

目に輝きを取り戻して、立ち上がった。

 

伊達 英二は最後のインターバルを見事にやり遂げた。あと残された仕事は、速水を信じて、首元に巻かれた責任を自分で取ることのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けるよりは良いんだ。好きにするといい」

 

コーナーに戻ってきた剣哉に、地原は目を伏せながら最後の指示を出した。あと何ラウンド続こうと、剣哉の自主性に全てを委ねるということだ。

 

「────僕は良くないですね」

「……?」

 

腹が立ってしょうがない。

反省したようで何も分かっていないのだ。地原の方針は、きっとボクシングジムを折り畳む方向に曲がっていくだろう。それを防ぐには…地原にボクシングを好きになってもらうしかない。

 

「見ていてください、僕のボクシングを。

僕の演技よりも凄いって知ってください」

 

例えば、タオルを握る事を覚えてもらうことから。

地原は、その首にタオルも掛けずに入場する大馬鹿なのだ。

 

「初代社長の背中以外で釘付けにしてあげます」

「………お前」

 

何度言ってもチーフセコンドに任せっきりの無能を立ち直らせるため、剣哉は己のボクシングを見せつけんと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3ラウンドの鐘を聞きながら、速水の意識はこれまでの道を振り返っていた。アルバムの中ほどを気まぐれに開くような、なんて事のない時間が訪れた。

 

 

インターハイ3連覇。

 

────大切な思い出だ。

 

 

インファイター殺し。

 

────大切な二つ名だ。

 

 

ショットガン。

 

────大切な俺の拳だ。

 

 

何百通ものファンレター。

 

────手元にはもうないけど、嬉しかった。

 

 

捨てて後悔したかって?

後悔しているに決まってる。どんな物も、俺の大切な生き甲斐だった。トロフィーも、雑誌も、ビデオデッキも、1通の手紙だろうと、あの日に戻れるのなら拾いたいと強く願ったよ。

けど、もう遅かった。自分に余裕が出来て、取り戻そうとしたときには跡形もなく片付けられていた。

 

作ってくれた人に謝りたい。

渡してくれた人に謝りたい。

買ってくれた親に謝りたい。

 

もう、相手の顔を見て謝ることは出来ない。

だから、俺はベルトを獲って感謝を伝える。

自分の為には勿論、俺を拾ってくれた伊達さんにベルトを届けて、皆んなにありがとうを伝えたい。

 

「速水 龍一の伝説は感謝を伝えるために綴るんだ」

 

1年半の休息を振り出しに戻す、剣哉のショットガンのダメージは速水の限界の直ぐそこまで減り込んでいる。

感謝しかない。たっぷりと休んだおかげで、相手の必殺技から生還できたのだから。

 

自分の生命を懸けた、人生大一番の勝負に感謝を。

 

「行け、速水ーー!!!」

 

決意を思い出して、長い無意識からリングに戻ってきた。

 

『やはりチャンピオン駆けていく‼︎

動きの鈍い挑戦者に引導を渡すつもりだアアア‼︎』

 

眼前から迫り来る、黄色い声援に包まれながら勝利に手を伸ばすボクサーを見て、その見事な気迫に思わず笑いが込み上げてきた。

 

『王者無情で油断のない右ストレートで挑戦者をコーナーに押し戻した!

挑戦者いきなり絶体絶命!やはり動く余裕がないのか?さっきのはゴングに救われただけなのか!?』

 

人望があって相手の弱点を突く観察眼を持ちながらショットガンを有してショットガンを破る拳も手に入れた。

これだけ強い王者だというのに、負けに手が届く位置まで後退している。ここまで押し込んだのは、俺だけ。

 

なら、俺は無傷で還って安心させなくっちゃな。

 

『これは…ショットガンでトドメにいった!』

 

右ストレートから侵攻を開始した剣哉の選択はシンプルだ。速水 龍一の代名詞であるショットガンで倒す。

それにどんな感情を込めているのか、速水には分からない。目の前で向けられる銃口を見つめながら、コーナーを背負った速水はこの時、感謝の念を込めて左拳を握りしめた。

 

「薄い弾幕だぜ」

「なっ──────」

 

歩くだけで内側のものが狂い出しそうな人間に、自ら身体を差し出してきた相手に感謝するのは当然のこと。

しかも、ショットガンという格好の餌をぶら下げて。

 

後戻りの出来ないいま、速水が多少であり致命傷である被弾を恐れることはない。故に、この拳は通じるのだ。

 

『チャンピオンのショットガンが破れたッ⁉︎

なんと速水もショットガン破りを実行‼︎

これで戦況は速水に……い、いやこれは』

 

打ち破った弾幕の向こうで、王者は顔を歪めながら立っている。

 

(僕は…ショットガンを破るためにショットガンを身に付けたんだ…。これしきのこと、想定内さ!)

 

剣哉の並ならぬ演技への探究心は、速水の地の底に這いつくばる苦痛から生まれたもの。

 

(とでも考えてそうなツラだ、気に食わねえ。

幕之内、俺はなァ、お前にリベンジするのが最終目標だったんだぜ?)

 

痛みで取りこぼしそうな意識を拳に宿して、呑気に寝始めた魂を無理やり叩き起こす。

両者の闘志が燃え尽きるまで、無限に需要と供給が回り続ける。

 

(お前が幕之内の代わりになるってんなら、ベルトも獲れて一石二鳥だ。最高じゃねえか…!)

 

コーナーで仕留めに来る剣哉へと、1つ前に出て右拳を握る。そして、ミドルレンジに入った瞬間、右と右が交差した。

両者の拳は頬を掠め取り、剣哉が空かさず肩で押し込んでいく。そして、腹への一撃を見舞う。

 

「ぐっ…!」

「はっ…!」

 

これも同時だった。

鈍い音を上げて着弾したボディ打ち。この試合では初めて狙ったにも関わらず、すでに全身へのダメージが蓄積している両者はパワーに欠けるボディ打ちすらも効いていた。

 

(緩いぜ、スター!)

 

それでも、速水の手数が僅かばかりに上をいく。幕之内との打撃力で比べれば、剣哉のものなど3階級下のパンチに等しい。

元より、インファイターは速水の得意とする相手。ミドルレンジより内側に入ることは、全盛期の速水の二つ名を意識しなければ負けることになる。

 

(なら、これだ────)

 

身体を密着させて、ボディ打ちを喰らいながら剣哉は速水の真下に拳を準備した。狙い澄ますは顎、当てれば落ちる速水のブレーカーへ目掛けて、早業の如く拳を放つ。

 

(簡単にやるかよ!)

 

コーナーからロープに身を寄せて、アッパーに対してフックのカウンターで応対した。

 

『挑戦者の見事なカウンター炸裂!王者の顔がロープに押しつけられる!顎は簡単に打たせない‼︎』

 

(これでも見切るのか!?)

(狙いがバレバレだ)

 

攻撃が止んだところに踏み込んで、速水のショットガンが放たれる。モーションを見ていた剣哉は即座に左拳を構え、そして放とうとした瞬間に身体を殴打する痛みで後退させられた。

 

『ショットガン破りが間に合わない!

僅か30秒で完全に流れを取り戻した挑戦者!』

 

流れだ、勝利へと向かう勢いを速水が取り戻した。

速水は生命を氾濫させて戦っているのだ。このラウンド、死力を振り絞る速水を越えるのは並大抵の努力では不可能と剣哉は理解する。

 

『速水行く!速水攻める!速水容赦しない!

1つ1つ連打を打ち込んでダメージを積み重ねる!』

 

頭を守れば腹に、腹を守れば側頭部を殴打。

剣哉とて上下の打ち分けに何度も対処し、カウンターを当てて戦況をひっくり返してきた。それでも手を出すのを躊躇するのは、同時に飛び込んで来る拳に耐えられるのか微かな不安があるからだ。

 

(あぁ、情け無い。悪が守りに徹するなんて、負けてるも同然だ…そんなのは剣哉らしく、ないだろ!)

 

速水の右ストレートを顔面で受けながら、剣哉の恐怖心の天蓋も吹き飛んだ。相打ちで倒れる相手なら、痛みを恐れずに狙うべきだ。自称魔王を名乗るならば尚更のこと!

 

速水の返す左ショットガンに強引に突っ込む。被弾、一撃や二撃じゃない。これは最早、ショットガン破りなんて高貴な技じゃない。ただの特攻攻撃なのだから。

剣哉を押し飛ばさんとする弾丸の雨あられを受け止めて、ついに剣哉の左ジャブが雲を割くように打ち出された。

速水に避けるほどの余裕は、ない。

 

『あぁーー!速水の顔に左ジャブがヒット!

相打ち覚悟を決めたパンチに倒れるか!?』

 

顔面ど真ん中、剣哉の想いが水の密度のように込められた拳を受け止めて、速水の瞳はなおも健在だった。

 

(た、耐えた……!?)

 

『た、耐えている!先ほどの脆さが嘘のようだ、ここで調子を取り戻したか!?』

 

脆いという前提がある中で、カウンターを耐えた速水に剣哉は目を見開いた。一方で伊達は内心、心臓が破裂しそうなほどに緊張している。

 

「ぎりぎりだ…。幕之内への対抗心、そしてベルトへの執着心でダメージを誤魔化しているにすぎない。

顔、とくに顎へのクリーンヒットが命取りなのは最初から変わらねぇ。さっき耐えられたのが奇跡なんだ」

 

本当はタオルを手に握り締めておきたい気持ちを抑えて、少しでも速水の不安を煽らないように努める。

決着は直ぐそこだ。だから、速水が先に当ててくれと願う。伊達の祈りが通じるかは、この一瞬でわかる。

 

速水が構え、モーションを見た剣哉も同じ体勢を整える。

 

「勝負どころだ、気迫で負けるなよ速水!」

 

込める弾丸の数、同じ。

ショットガンの威力、同じ。

射撃精度、速水が上をいく。

 

(トドメだ、ここで終わらせる…!)

(負けるかよ、俺の必殺技で……!)

 

この場でショットガン破りを選べば、きっと有利に働いてくれるだろう。それを分かったうえで、何方も知りたかったのだ。

どちらのショットガンが強いのかを。

 

『ショットガンの打ち比べ‼︎

勝つのは、果たしてどちらのショットガンだ⁉︎』

 

己の全てを懸けて、前へと飛び出していく。

速水の血で錆びた銃口から飛び出す弾丸。

 

刹那の攻防で、無数の弾丸が宙空で相殺し合う。そして、数える程度の弾丸が弾幕を抜けて、相手の身体に直撃した。

 

「────っ」

 

避けながら、打ち続ける。

右を当てて、速水は顎を避ける。

 

「────、」

 

被弾しながら、打ち続ける。

左で狙い、剣哉は肉を切らせて骨を断ちにいく。

 

宙空、会場、リング。

どこを見渡しても、2人の打撃で消し飛んだ身体の一部が舞っている。

四肢じゃない、頭部でも胴でもない。

心だ。色は白、霧散していく夢の欠片。

 

一瞬の最中、伊達が目撃したものは、剣哉の左拳が速水の顎を確かに撃ち抜いた場面だった。

剣哉に多くのダメージを与えていながらも、たったの一発で終える生命(ハンデ)を抱えていては仕方がない。

 

崩れゆく膝が、速水 龍一が終えることを伝えていた。

 

『ああ、ああーーーーー‼︎

剣哉だ、王者のショットガンが龍を堕とす!』

 

「速水ぃぃぃぃぃぃ‼︎‼︎」

 

次はない、と。踏ん張れと聞こえた気がして、速水は霞む意識のなか手を伸ばした。そして、運良くロープを掴んで体重を乗せた。

 

『ロープにしがみ付いてはいるが、レフェリーが割って入ります!これは……スタンディングカウントだ!』

 

伊達は躊躇せずにタオルを投げるつもりだったのに、ここに来て再び速水の瞳に止められてしまう。ロープを背負い、ボロボロの身体で反対側にいる伊達を運良く見たことで、速水は最後のリングである事を確信した。

 

「笑ってやがる……。あれじゃレフェリーも止めないわけだ…。あんなの、痛がることが出来ないだけなのに」

 

音羽に預かったボクサーを無事に帰すと宣っておきながら、いざ勝負の別れ目になればこの始末。ボクサーを優先する自分に苛立つほかない。

 

「────酷いセコンドだ。選手に死ねって言うんだ…俺は、まだ戦えると嘘を吐く最低のセコンドだ。けどっ…!

速水、まだ負けてねえぞ。しっかりと最後のリングを踏みしめろ…!」

 

だが、漢と漢の戦いを遮るにはまだ理由が足りない。

自分の知るボクサー速水 龍一なら、ここから逆転の目を出せる。そうだろう?と心の中で問いかけて、振り上げた手を下ろした。

 

「伊達さん、タオルを投げない!?」

「際どい…!僕が倒したときと同じ目で笑っている」

「速水さん危ないですよ!気持ちは分かるけど、もう身体がボロボロだ!」

「────まだやれる、そう判断したんだ。だから俺は信じて見守る」

 

観客席で悲鳴を上げる幕之内たちの傍に立ったのは、伊達の判断を見て納得した音羽だった。

 

「音羽会長!?」

「俺のことはいい。それよりもやるべき事がある」

 

そう言い終えると、両手を握りしめてリングに叫んだ。

 

「速水イイイイイイイイイイイイ!

最後まで頑張れえええええええ!」

「僕も!速水さん頑張って!まだ試合は終わってませんよ!」

「速水くん!ベルトは直ぐそこだよ!!」

「速水さん!勝ってください!!」

 

幕之内、板垣、小橋も立ち上がり、速水に声援の限りを尽くす。会場が4人に釣られて速水コールを巻き起こす。負け続けた漢は、負けの数だけ勝ってほしいと願われている。

 

速水を知る者たちの想いがリングを揺らし、混濁して白に振り切れんとする速水の意識に降り注ぐ。

 

(み………ん…………な…………)

 

しがみ付いて、ボクサー生命を終えるだけの漢は戦っている理由を思い出す。

 

幕之内。叶うことなら、リベンジがしたかった。

 

板垣。王者の予行演習、心から感謝する。

 

小橋。いつも観にきてくれて嬉しかった。

 

音羽会長、プロの世界に導いてくれてありがとう。

 

そして、伊達さん。

 

「あなたにベルトを……………」

 

笑わせてくれる。

彼らを励ますために積み重ねてきた試合が、最後には彼らを悲痛な顔にさせてしまうのだ。

 

(だけど────)

 

今なら取り返しがつく。

負けを知って強くなれた皆んなに、最後の最後でなにも応えずに終わるなんて、そんなの自分自身が許せない。

 

「待たせたね。この通り、復活さ」

 

『か、構えた!?速水はまだやる気なのか!?』

 

喋れているのは、身体が速水 龍一を誰よりも尊敬しているからだ。本当は自分を装うことも難しい状況で、リングに復活するために咄嗟の行動を起こせた。

レフェリーの判断は────

 

「ボックス‼︎」

 

『スタンディングカウントから試合再開!

誰が予想したか!?なんと速水は、わずか8秒で身体の不調を取り払ったように笑っている!

残り時間は1分ジャスト!ここから巻き返せるか!?』

 

残り時間1分(死刑宣告)を目にして、歯痒い吐息を漏らす。

簡単な話、このラウンドを凌ぐことも、次のラウンドに持ち越せる気力も一欠片として残ってはいない。なぜなら、速水 龍一はこれから、壊れるほどに愛するボクサー(選手)生命を、僅か1分で終えてしまうのだ。

 

(始めて自分の終わりを実感した。

あと60秒なんて明確な数字に出されたら…ね)

 

酷な話だ。

いまリングを去れば、壊れる手前で人生をやり直すことだってできる。

俳優として活動を開始して、負けても挫けなかったと謳うことでボクシングの素晴らしさを伝え広められるのだ。そうあれる自信があり、なによりも身体が間に合うと訴えている。

安寧な未来は悪くない。むしろ、壊れたまま一生を過ごすなんてどうかしている。

頭部を打たれた時点で取り返しがつかない。吐き気が込み上げ、平衡感覚が揺さぶられる。正常なボクサーではない、試合に臨んで良い体調とは程遠い。

 

速水は、それを知っていながら。

天井から糸で吊るしたかと思わせるように、ふわりと身体を起こして頬を緩めた。

 

(絶対に、取りこぼすわけにはいかない)

 

しっかりと目を覚ました。欠けることを前提とした特攻に価値はない。かつての自分は、相手の悉くを凌駕し、清々しいほどにスター気取りでリングに登っていたじゃないか。あそこに己の不調などない。あってはならなかった。試合の前も、あとも。

 

(恐るな、俺は自分を取り戻せ。

速水 龍一はボクサー界の未来を拓くんだ)

(凄いですよ、速水さん。その顔、初めて見る顔だ)

(俺の負けがそんなに見たいかよ。あぁいいぜ、拝ませてやる。ただしなぁ────)

 

コーナーに寄り掛かかる速水へと、剣哉は最後の打ち合いを仕掛けに行く。

 

(まだ僕の知らない顔を見せてくれますね?)

(お前の魂が耐えたらの話だ!!)

 

速水に前に出る足は残されていない。それは剣哉も同じで、一直線に寄ってくるだけでフェイントはなかった。

トドメを差しに来た剣哉へと、お礼代わりの右を振り抜いた。

 

「ぐっ、この!!」

 

荒々しいガード、苦悶の表情を浮かべる姿は俳優というよりも、ボクサーの姿が似合っている。そんな余分な思考を回しながら、帰ってくる左フックを全身全霊でガードした。

 

「────ぁ、あ!」

 

この攻防、拳に伝わる感覚で両者は理解する。

あと一発、決めた方が勝利を手にする、と。

 

(それなら────)

(やることは1つだ)

 

結論、即決。

 

それぞれが選ぶ最後の攻撃は────

 

(いくぞ!)

 

速水は腰を据えて、ミドルレンジの打ち合いに自らの魂を拳に込める。

 

(やはり!)

 

ほぼ同時に剣哉は左拳を構えて、ショットガン破りの態勢を取った。

 

『速水ここでショットガンを選ぶ!

自分の必殺技と玉砕覚悟かぁーー⁉︎』

 

「速水────!」

「速水さん!!!」

 

お互いの最強の一撃を懸けて、この試合の勝利を掴みに行く。

 

全力を以って、カウントから立ち上がった速水は動きが鈍い。ショットガンを打つには遅く、当てるには力が足りない。それでもショットガンを見せたのは、ここまでしなければ剣哉を呼び込めないと思ったからだ。

 

そうして、速水のショットガンが霧散する。

 

夢から覚めた現実のように、まるで過ごしてきた時間が妄想だったと言わんばかりの消失。振り抜いたショットガン破りの左拳が突き抜けて、剣哉は最強の一撃を振り抜いた。

 

(な、なんで────)

 

手応えがない。どこを見渡しても、ショットガンを消した痕跡が剣哉の左拳にないのだ。眼前、不可思議な光景に目を向けて気づく。

速水の身体の位置が、目標地点から右にズレている。

 

(ここ、だ!)

 

剣哉の懐から、速水の最強の一撃が打ち上がった。

ミドルからクロスレンジにまで踏み込んだ剣哉を迎え撃つ、インファイター殺しの左ショートアッパーが!

 

「ば、バカな!?」

 

見守っていた地原が思わず叫ぶほど、紙一重で最高に頭がイカれた攻防。被弾するまで剣哉の勝ちだと誰もが思っていた。

 

「フェイントでショットガン破りの左ジャブを誘発させやがった。向こうは相打ち覚悟のパンチだ、剣哉め体重を思いっきり乗せやがったな!

そこにインファイター殺しのショートアッパー…!

剣哉を倒すカウンターを土壇場で切り拓いた!」

 

興奮のあまり両拳を握りながら伊達が叫ぶ。

投げようとしたタオルは、もう伊達の手から離れそうにはなかった。

 

(これ、ショート、アッパー…やられた!?)

 

剣哉の意識が戻ったとき、速水との身体が入れ替わっていた。ショートアッパーを決めた次の動作で、速水は即座にコーナーから脱出したのだ。

 

(勝つ、僕が、速水龍一の全てを見届ける───)

(いいぜ、今度こそ騙し合いっこはなしだ)

 

剣哉は膝を震わせて。

速水は内側の痛みを抑えて。

 

ショットガンとショットガン。

正真正銘、最後の打ち合いが勃発した。

 

(はやみりゅういちのまけるすがたを、みせろよ!)

(打て、打て、打て打て、打て打て打て、打て打て打て打て打て打て打て打て打て打て打て打て────!)

 

脊髄にヒビが入る。

終わる、ここで死ぬ。

 

(良い、自分を踏み締めて行け)

 

速水 龍一のプロボクサー生命はここで終わる。

だが、この一勝が繋ぐものがきっとある。

そう信じて、両拳を懸命に打ち出した。

 

(────みたく、ないね)

 

終わりを告げたのは、リングの外から放り込まれる一枚の布だった。

 

(こんな、かっこわるい、じぶんは……)

 

膝から崩れ落ちる剣哉を待たずに、地原がチーフセコンドのタオルを取って投げ込んだ。

 

『た、タオルが投入された!剣哉陣営のタオル投入によって短くも長い戦いに終止符が打たれました!』

 

振り抜いた拳が、宙空で止まったまま。

 

速水はゴングの鐘が鳴るのを聞き届けて、まだ現実を信じられずにいた。

 

「誰……だ。勝ったのは、」

 

『勝者は速水!速水 龍一‼︎

8連敗の雪辱をバネにして、ついにタイトル獲得‼︎』

 

「────────。────や」

 

解説の興奮の声で、やっと現実を理解した。

 

やり遂げた、日本の頂点に君臨した嬉しさを噛み締めて。

 

「ああああああああ!やった!獲った!

速水さんが日本一だああああああああ!」

「良かった!良かったよおおおおおお!」

「凄いよ!あの王者に勝つなんて!おめでとう!」

「速水いいいい!うおおおお!おおおお!」

 

叫ぼうとしたら、観客席からの歓喜の怒号が巻き起こって、速水は思わず呆気に囚われてしまった。

その正体は幕之内たちであるため、速水も思わず笑ってしまった。

 

「ったく、戦ったお前より喜んでんじゃねえか?

なにはともあれ、お前が勝者だ。実感なさそうだな」

「あ、あの。はい、ええ、良いと思いますよ」

 

リングに上がってきた伊達も同じ気持ちのようで、喜びに狂喜乱舞するのを肩代わりしてくれた感謝の目で見ていた。

 

「伊達さん、どうでしたか。俺は………。

チャンピオンに、なれたのでしょうか」

「速水────」

 

勝利して、まだ不安な顔を浮かべるのは、腰に足りないものがあるせいだ。それを察知して、伊達は届いたソレを手にすると速水の腰に巻いた。

 

「これが答えだ。そして」

 

伊達が指差した方向に振り向く。

すると、幕之内たちが涙を流して、観客たちが惜しみのない拍手を送っていた。

 

「負けで終わらないヤツがいるって、証明だ」

「────ありがとう、ございました」

 

これが、最後の光景だと理解して、口をついて出たのは感謝の言葉。伊達に、関係者に、そして応援してくれた皆んなに。

 

「本当に、ありがとうございました!」

 

拍手喝采のなか、速水 龍一は深々と頭を下げて、長い、長い、本当に長かった愛するプロボクサー生命に終止符を打った。

 

 

 

 

 

拍手喝采のなか、剣哉は満足げにリングを降りていった。

そこに居るはずの地原が見当たらず、通路の少し先に目を向けると、監督に説教を受ける地原を見つけた。

だが、もう終わるようだ。

 

「タオルを投げなかったら、貴様を勘当していた。

……少しはマシな顔になったじゃないか」

「……父さん」

 

キリの良いところで声をかける。

 

「………戻りますよ、会長」

「け、剣哉……俺は…」

 

地原の横顔は、自分のしでかした事の重大さにやっと気づいたと言っていた。そして、もう手遅れなのだと早合点している。そんな呆れた二代目にタオルを投げつける。

 

「次、変な条件付けたら辞めますから。悪役がマスコミの目を気にするなんて、あり得ないでしょう」

「────あぁ、ああ!」

 

このタオルが地原の反省の証拠だ。剣哉はこれ以上に言うことはない。長かった漢たちの緊張の糸が解れていくのを、しっかりと感じ取れたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

ここに速水 龍一の物語の幕は下ろされた。

 

日本ボクシング界、何度負けても日本タイトルを諦めず、遂には夢を叶えた漢として、永遠に名を残すだろう。

 

 

 

速水 龍一

3ラウンド2分58秒

K.O勝利

日本ジュニア・フェザー級タイトル獲得‼︎

 

そして…

 

プロ戦績18戦9勝9敗

プロボクサー引退

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









※今回、次回予告はありません。2/13(月)投稿予定のお話で発表となります。
ここからは私の独り言なので、読むかはお任せ!


ここまで読んでいただきありがとうございます。

速水の物語を完結させるのに1ヶ月もかかってしまいました!はは、反省してます。もっと書き溜め出来てたらと何度も思いながら、この2ヶ月ほどを執筆しながら過ごしました。
図書館か自宅で小説読みながら執筆していて、流石に疲れましたね。間柴戦を書いて直ぐの投稿だったので、尚のことです。

原作ではまさかの状態で再登場した速水。天才の努力積みが好きな私としては、かなり楽しみながら幣作速水を書けました。
今回はね、要素が多すぎてここまで執筆期間が伸びたんですよ。速水パンドラ疑惑、伊達ジム移籍でも大事なのに、蛟 剣哉の背景というオリジナル設定がズッシリときました。原作のジュニア・フェザー級ボクサーが少なすぎてオリジナル投入するしかなかった…書き切れて安堵です。
速水の物語は全体的にてんやわんや…とまでは行かずとも、テンポ悪いところとか描写不足な点、そもそも2話構成のものを間違えて1話分で投稿したりと、私自身の余裕のなさがボロボロ出てしまいました。あっ、気づいてないのなら、そのままでお願いします…!
完成を優先したので、内容はやや不満です。後日、といっても今年の冬頃に少しだけ加筆するつもりです。

原作でも速水の戴冠が見れると信じて、幣作の速水 龍一の物語はこれにて締め括りとします。先生、速水の戴冠が読みたいです…!

さて、今回も長らくお付き合いありがとうございました。
速水を心配する感想や試合についての感想を頂けて、原作速水への関心度が高いおかげかな?と想像しながら感想読ませていただきました。おかげさまで執筆のモチベを維持してここまでこれました!
誤字報告も感謝しています。普通に漢字間違ってるのに気づかない私ですので、これからも気が向いたら誤字報告してくださると助かります!
お気に入り登録、しおり機能の活用、そして感想と、目に見えるものが私の活動意欲となっています。はじめの一歩を愛する読者の皆さまのおかげです!
これからも拙い文章ではありますが、原作の一歩が復帰することを待ち望みながら執筆していきます。原作を応援しつつ、幣作『鷹の6本のツメ』を応援していただければ幸いです!

では、次回お会いしましょう!
あっ、次のボクサーで『Next Champion編』は最後!
今年中の完結目指して頑張るぞ!オーッ!




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