場所はアメリカ・ネバダ州ラスベガス。
のどかな朝日を浴びながら警察がサイレンを鳴らし、欠伸をするサラリーマンの横を魔都建築に勤しむトラックが往来する。
騒々しさと温か
白いテラス席のテーブルに準備したハーブティーを味わい、取り寄せた幾つものボクシング雑誌を順番に手元で開いては目を通していく。
『星条旗、またしても墜とされる‼︎
日の本のホーク、3階級制覇を達成‼︎』
『スーパー・ミドルで勢い加速。
2連続防衛のタカムラ、倒せるのは誰だ⁉︎』
「タカムラを倒すのは困難だろうね。
イーグルで無理だった。次に勝ち目があるのはティムか」
紙面の話題は日本の鷹で覆い尽くされている。
この中には名前の出ない自分の選手が埋もれている。なんと歯痒い未来だろう。
『英レイヴン、弟子の健闘讃える。
「独裁政権はまだ続ける」と意気込み』
『タカムラの強さは異常‼︎その規格は宇宙外生命体。
なぜ強いのか?その秘訣は日本人にあり⁉︎』
「────────正確には、”カモガワ”だよ」
もう辿り着いた答えを呟いて、返ってこない質問の代わりに笑った。
ブライアン・ホークを破ったのはタカムラのポテンシャル、そしてカモガワのコーチあってのもの。師弟揃って星条旗を打ち破ったのだ、これ以上の解などあるはずがない。
そしてミゲルは苦汁を2度ならず、3度飲んでいる。
インドネシアの天才ボクサー、ウォーリー。ブライアン・ホークに匹敵する才能を持ち、練習を積んだミゲルのラスト・サン。3試合で王者に君臨する若きホープを、マクノウチが決死の覚悟で打ち破った。
幕之内 一歩に敗れてからというもの、ウォーリーはボクシングへの熱意が増す一方だ。多くのボクサーと出逢いたいという
戴冠後も忙しなかった。
太陽にひよった同階級別団体の王者に勝手にスパーを申し込んだり、リカルドと試合がしたいとメキシコ行き飛行機を確保したりと。ミゲルですら苦労している現代機器の取り扱いに慣れつつあるウォーリーは、世界各国の猛者のもとに軽々と飛んでいってしまう。
3度目の国外紀行に連れ出されたとき、ファイトマネーの使い方をもう少し制限しようかと迷ったほどだ。
「困ったものだ、マイ・サンは…」
そう溢した声は笑っていた。
結局、旅費を制限せずにいるのはミゲル自身が楽しんでいるからだ。
「ミゲルーーー!」
「そんなにはしゃいでどうした、ウォーリー」
テラス席の古風な白さを纏ったテーブルに両手を着いて、ぴょんぴょん跳ね回る姿は見ていて寿命が伸びる思いしかしない。
こんなに元気にはしゃぐ姿を、老体が間近で感じ取れるのだ。彼のわがままに歯止めをかけるほど、耄碌していない。
「僕ね、そろそろリカルドを倒せるよ!」
「────本当かい?」
だから、休暇をパーティに変える出来事を楽しめるのだ。
「うん、センドーとリカルドの試合を観て、ずっとイメトレしたの。スタミナがちょっと足りないのと、本当に強いメキシカンとの経験が1試合あれば勝てるよ!」
「本当に強いメキシカン、か」
ウォーリーが本当に強い、と付け足したのは、以前に1度だけメキシコの世界ランカーと試合をしたからだ。
だが、本人が言う通り満足はこれっぽっちもしていない。2ラウンドK.O、1発も被弾なし、試合後には「メキシカンジャブって大したことないね」と肩を落として言う始末だ。
ミゲルは考える。本人がいきなりリカルドへの挑戦を避ける辺り、本当の意味でリカルドが未だに夢幻のような存在だということ。
勝つ見込みが欲しい。まるで、宛でもあると言っているようだ。ここを詳しく聞こうとすると、
「だからね、挑戦状を書いて送ったよ!」
「へ、へぇ………。…………誰にかな?」
老体を溶かすほどに眩しい笑みを浮かべて、その人物の名を口にした。
「は、ははは………。そうか」
最早その名前は答え合わせに等しいほど、ミゲル自身が思い浮かべた唯一の人物だった。
アルフレド・ゴンザレス。リカルドを知り、マクノウチを倒した元世界タイトル保持者。彼ほどの実力者であれば、ウォーリーの要望を満たすどころか、逆に敗走する可能性すらある。
実に危険なフェザー級ランカーだ。
「仕方ない。その時はベルトを返上しようか」
「うん!!」
2人の最終目標はマクノウチへのリベンジ。
だが、それまでに獲っておかなければならないタイトルがある。リカルド・マルチネスのベルトだ。
いや、正確にはマクノウチも狙っているリカルドのベルトを獲り、圧倒的な経験値を積む。次の神話としてマクノウチとカモガワへリベンジする、その日のために。
アルフレド・ゴンザレスの回答次第で時代は大きく変貌する。
運命の回答が届くまで、最後の休暇をウォーリーと楽しむことにした。
▼
日本で間柴の世界前哨戦が終わりを迎えた頃、遠い異郷の神話創造の国メキシコ、その渦中を担う1人のボクサーのもとに郵便物が届いた。
これこそ紛れもない、国境を越えた神話崩壊の末端。差出人と受取人共に、時代を狂わせる運命の分岐路とは知らず、ブラスはゴンザレスを呼び出した。
「ゴンザレス、さっき挑戦状が届いた」
「なんだ、てっきりリカルドから試合の返事だと思ってたのに」
ゴンザレスは露骨に顔をしかめる。
ゴンザレスたちが渡した挑戦状の回答ではなかったのだから。
「それで、珍しいな。復帰戦は快勝、この前2位に勝って残すは本丸じゃねえのかよ。もう調整試合なんざ要らないって話したじゃねーか」
「…………ジュニア・フェザー級王者からだ」
その言葉を聞いて、ゴンザレスの断る気満々だった萎れ顔に力が篭もる。
「それは、ウォーリーか?」
「そうだ。あのミゲルから直々のオファーだ。
…ん?お前、なにか知っているのか!?」
「あ〜、まあ成り行きでおんぶした」
「おんぶ!?なにをしとんのだ…?」
「俺が聞きてえよ?」
2人して首を傾げる。
質問に疑問で返すが、本当に事実なのだから仕方がなかった。
まあいい、と場を仕切り直すブラスは新しい封筒をゴンザレスに手渡す。
「そして、もう1通」
「────これは!」
差出人、リカルド・マルチネス。
名前を見て驚愕し、慌てて封を切る。中には紙が1枚。丁寧に直筆で書かれた言葉は、
”準備が整ったのなら、いつでも”
ここまで散々ゴンザレスの挑戦状を破り捨てた最終目標からの、盛大な歓迎文だった。
「正直、決めあぐねている。このままリカルドへ挑戦するのか、それともウォーリーという異端児を最終調整に選ぶか」
選ぶべき相手は決まっている。
だが、果たして。
俺に勝ち目があるのか。
「────────────」
2試合して、リカルド・マルチネスからポイント1つ取れていない。
だからブラスも迷っている。リカルドはいつでも来いと意志を示した。それはゴンザレスが倒すに値する、と判断したからだ。
しかし、勝てるかどうかは別問題。
リカルドへの3度目の挑戦は、ゴンザレスの最後の挑戦だ。次はない、だからこそウォーリーという経験値を積めば、更にリカルドに手が届く。
────ここで決めろ、俺は信じている。
迷いあぐねるゴンザレスの脳裏で、ミキストリが笑った。
相棒の言葉を聞いて、迷いなく手を伸ばす。
「ウォーリーに伝えておいてくれ」
「とね」
「────そーいうこと」
屈託のない意志で答えた声は重なって聞こえた。
リカルドの招待状を手に取って、死神ゴンザレスの運命は残り半年未満で決着することを宣言した。
「良いんだな?」
「リカルドとの試合に負けるかもしれない。
だが、敗残兵を送り込む暇は
ここで勝利を果たして新しい運命を繋ぐために。
「それにな、他にも倒したいヤツが出来たんだ」
右拳を握りしめて、人生で最も充実した試合を思い浮かべながら。
「タケシ センドー」
3度目の敗北を喫した、日本のティグレの名前を口にした。
「アイツが俺たちの最終目標になった!」
リカルド・マルチネスVSアルフレド・ゴンザレス、勝者は?
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リカルド・マルチネス
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アルフレド・ゴンザレス
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引き分け