リカルド・マルチネスVSアルフレド・ゴンザレス、勝者は?
アンケート結果です。
リカルド・マルチネス:21票
アルフレド・ゴンザレス:10票
引き分け:5票
読者の皆さま、投票ありがとうございました。
この投票数を見ながら執筆に励んでおりました。
今後ともアンケートを宜しくお願いします!
「おい、あの噂は本当なのかよ」
WBAフェザー級タイトルマッチの記者会見が始まる前、会場に集まった記者のうち1人が隣に座る顔見知りの記者に声をかけた。
「あの噂…リカルドが公開スパーで世界王者を倒したとかいう? え、いやまあ噂じゃないけどさ。
ならあっちか。リカルドのスパーリングパートナー」
「そうそう‼︎ あの“ウォーリー”が1週間も保ったって話が流れてきたんだけどよ、不思議なことに写真が1枚も出てこないんだ。お前、なんでか知らないか?」
「それがさ、公開スパーまで誰もマークしてなかったんだと。取材で行った記者はいるが、その時にウォーリーの姿は見かけなかったらしい。最近の俺らはリカルドの無敗記録に目をやってたからな」
「けぇ〜、んだよお前も見てねえのか。じゃあ誰がウォーリーを見たんだ、噂の出所は?」
「さあ?忙しくて追いきれてねえよ」
話題にしたボクサーは現WBAジュニア・フェザー級王者であり、戴冠最年少記録を更新したウォーリーだった。
現時点で同階級に敵無しのボクサーが、わざわざメキシコに来日してリカルドのスパー相手になっている。そんな噂が広まったのは、ウォーリーがスパー契約日を終えた日。リカルドに聞けば『素晴らしい時間を過ごせた』とその存在を認めたものの、スパー内容を見ていない記者たちはこうして記録を残した者を探している。
「………噂が本当だってんなら、ゴンザレスに勝ち目はねえな。試合で来日した世界王者がリカルドと公開スパーするってのはあったけど、2週間前から世界王者と練習なんざ聞いたことねえ。
ちと気合い入れすぎじゃないか?」
「あぁ、やっぱりリカルドは様子が変だ。統一戦をしたり、ウォーリーを呼んだり……マジで引退すんのかも」
誰が言い出した訳ではない。無敗神話という未来永劫破られない成績と年齢を考えれば、最近のリカルドの試合内容の変化に誰もが納得する。
「3回目のリベンジを受けたのも、そのせいかもな」
今回の試合は、リカルドの情けからくるものだ。
そう結論するのも、メキシコのスポーツ記者ならば仕方のないものだろう。
大勢の記者が小声で話すなか、記者会見の時間になった。途端、乾いた足音が消える。定位置に全員が着いた。
号令はなかった、司会の一声は挨拶から始まった。私語を嗜める隙間もないほどに、2人のボクサーの入場は見逃せない芸術だった。
「……」
誰も予想していなかった。小声くらい聞こえるのが普通だった場所で、リカルドの防衛が当たり前の世界で、
「……」
左右から入場する2人の動きが寸分も狂わずに同じだと、記者に伝わるほど綺麗な所作が常識を塗り替えたのだ。2人に倣うように記者たちはペンと手帳を握りしめて、会見の進行を樹木のように待った。
煩わしい形式を経て、白昼堂々とした舞台で2人のボクサーは合間見える。
痛みのない、最後の握手を交わすために。
『ではゴンザレス選手。意気込みをお願いします』
意識は会見に置きながら、ゴンザレスの思考はリカルドへと向けられていた。
「招待状を貰ったことに感謝している。
2度負けて非常に厚かましいが、ベルトを巻く準備を整えてきた」
30を越える防衛戦、毎回こうして挑発を受けては返し、仕事を終える。顔色を変えたことはあったか、変えないのは仕事だからか…それとも贖罪の身だからか。
「俺が新しい神話を築く」
なにを考えているのか、と思う。
聴覚を俺に傾けながら、どこを見ている。
『ではチャンピオン、お願いします』
俺を見ていないのなら、罪が許されないと落胆しているのだろうか。
俺を見ているのなら、処刑人…それこそ死神として見ているのだろうな。
「神話はこれからも続く。誰も止めることは出来ない」
燦々と動く口元を見ながら、俺は見慣れた景色だと気づく。3度目の記者会見だからだろうか。…違う、あの時は口元なんて見えなかった。リカルドを倒したい一心で、澄まし顔をどう殴るかを考えていた。
…だからここじゃない。
あの口元を見慣れるには、この場じゃだめだ。
「かつての神々のように、彼も神話に名が残る。最も神話に登場した、生涯のチャレンジャーとして」
横から見たんじゃないとするなら……やはり前だ。
前といっても、前には記者たちしかいない。
…………カメラ、あぁそうだ、カメラだ。
俺はテレビで何度も見たんだ。
30回以上も挑発を受けては返す、退屈な贖罪を。
……コイツ、この野郎、俺に脅威を感じてないんだ。
いつもと同じ、負ける要素がない試合だと確信してんだ。
『ありがとうございます!流石に初の3度目の挑戦というだけあって、統一戦にも勝る緊張感です。
両者、最後に記念写真を撮って終わりたいと』
……………ここで黙ってちゃ、前となにも変わらない。
「テメーの挑発に乗ってやる」
『ご、ゴンザレス選手?』
どうしようもない聞かん坊に言うように、目は天井を見ながら場を切り裂いた。
いま見せた剥き出しの鎌を見て、ヤツが何を感じ取れるかは察しがつく。分かるよ、お前はまだ俺を見誤っている。
「ソレも俺たちの戦う原動力だ!
吠え面掻かせついでに感謝させてやるからな!
次はお前が俺たちにリベンジする番だ」
……と、ミキストリが宣って会場の出口に向かう。
あ〜ぁ、言われちまった。
「ゴンザレス!握手がまだだぞ!おい!」
ブラスの制止する声に心の中で謝りながら、そのまま会場をあとにする。
「楽しみにしとけ」
何処かにいるリカルドに向けての宣言を足して。俺が倒したい漢を探しに行く。
リカルド・マルチネスの本気を引き出して、そのしみったれた顔から本性を引き摺り出す。
それまで握手はしない。
▼
-とあるメキシコスポーツ記者の記事-
近年、リカルド・マルチネスへの注目の視点が変わりつつある。長年拒んできたWBCとの統一戦の開催が発端だと言われており、確信に変わったのは統一したWBCのベルトを即座に返還したときだ。
リカルドへの注目とは、勝利の仕方やK.Oラウンドのことではない。誰が、どうすればリカルドをK.Oすることが可能なのか、という
“無敗神話”としてファンの熱が最高潮に達したのは、ジャパンにいるサムライ“エイジ・ダテ”に勝利した頃だ。リカルドが10ラウンドまでに倒せなかったボクサーは僅か5人。うち4人は国内王座奪取よりも前のため、エイジのファイトがどれだけ素晴らしいかを物語っている。
顎と右拳の粉砕骨折、血を流して自らのパンツを赤く染めてでも耐え抜いた10ラウンド。積年の執念がリカルドの全力を引き出したことで、リカルドの暴力が世界の誰にも届かない位置にあることを我々は再認識した。
次に暴力を引き出した“タケシ・センドー”のとき、無敗神話に集う民衆の熱は冷えていた。言葉は悪く聞こえてしまうが、私にとっては最高の褒め言葉だ。死神ゴンザレスの理性と凶気を越えたボクサーが、たったの2ラウンドで敗北した呆気なさに民衆は畏れを抱いた。リカルドが負けることは未来永劫訪れないと、
こうして世界はリカルドへの視点を改める機会を得た。
無敗神話が終わる瞬間から、無敗神話を築く理由とは何か…に。
リカルドには何度も飛んだ質問だ。その度に彼は決まって“私を倒した者に問われたら答えよう”と言う。
不可能だ、聞けるはずがない。フェザー級に留まる理由が知りたいのに、我々が諦めた敗北の話を出されては何も変わらない。どれだけ憶測を飛ばしてもリカルドには届かないし、どれも退屈な創作にしかなれないのに。世界の視点はどうにかリカルドを暴いてやろうとしていて、最近のリカルドに関する記事は誰が書いてもつまらない。
我々までリカルドに飲み込まれてどうするのだ。
夢から醒めた今こそ、リカルドの変化を見るべきなのに。
暴力を1ラウンドから解いたことも、リカルドの心境に変化が生まれたことを物語っている。リカルドはなぜ化学から暴力に生まれ変わるのか、未だに真相を掴むことは出来てはいない。
どうだ、リカルドが変化していることは分かった筈だ。本人を突き動かす情熱か、はたまた神話の終わり…引退が迫っているのかはまだ不明だ。しかし、しかしである。無敗神話を築く理由に我々が注目するのは早計だったと、そう思わせてくれるボクサーが1人いる。
彼ならば、無敗神話の全てを打ち砕き、全貌を明かせるのではないかという期待感が記者会見を終わらせた姿から見えたのだ。
WBAに留まる理由が本人から語られる日まで、世界が思うほど遠くはないのかもしれない。
────ここで雑誌は閉じられた、
「……………………知らなくていいんだよ」
花を摘むように優しく雑誌を机に置く。
世界の禁忌に触れたことを悟らせないよう、慎重に。
記者会見から2日が経った。今日は試合前日の夜。
あれから帰って身体の調子を確かめて、翌日もスパーで身体の闘争本能を付けておいた。今日も変わらない、絶好調を維持している。明日は万全の状態で試合に臨める。
「プロボクサー最後の試合って、いつだと思う?」
扉の隙間からゴンザレスを覗く、ジムにまだ残っている物好きにそう声を掛けた。扉を開けて入ってきた幕之内は、少し俯き気味で恐る恐ると訊ねる。
「ゴンザレスさん、それは…」
「勘違いはよせ。
それだけで言わんとすることを理解した幕之内は、一瞬考えたあとに。
「倒したいボクサーがいます。感謝を…結果で伝えたい人たちがいます。この2つをやり遂げるには僕が五体満足でいる必要がある。
……僕は次に負けたら、引退します」
「俺と同じだな」と言ったゴンザレスに返ってくる言葉はない。ここ2週間の気迫と背中を見てきた幕之内は、言葉にしないゴンザレスの決意を見抜いている。
「俺はリカルドには勝てないと、心のどこかで思っていた。お前に勝って、あのままリカルドと3戦目やってたら確実に負けてたしな」
右拳を包むように左手を添えて、約束を反故にされた試合の結末を描いた。嘘じゃないのだろう。今でこそ分かった実力差で、リカルドに見抜かれていたことを知ってしまったのだ。
(手が、震えている…)
命拾いした…というより、そうならない為の反故ではないかと、確信に近い予想をして過去を笑っていた。
「明日、人生の帰路に立つ。そう分かったらコレだ」
(そうか、だからこの人は……僕を呼んだのか)
幕之内は自分が嘘の理由を伝えられていたことを察する。
千堂との相乗効果を狙って?
違う、嘘吐きじゃないか。
幕之内 一歩というボクサーもまた、アルフレド・ゴンザレスの運命の分岐点になっていた。それも、自分の3度目の敗北をもたらす、最悪の勝利としてだ。
自分を2度と見失わないように、幕之内を見ながら自分の足元を見ていた。本当に今が正しいのか、暗闇のなかを踏み出す杖としての役目を知らずに担っていた。
暴力対策は千堂が。
精神面の対策で幕之内が選ばれている。
「リカルドとの初戦、再戦でも両手が震えることはなかった。あの時は緊張したが、怖くはなかったんだ。
センドーにリベンジ出来なくなんのは、明日死ぬくらい嫌なんだよ」
なら、足元を照らさなきゃ。
掛けるべき言葉は……いや、経験が1つある。
「僕のジムの1番強くて皆んなの憧れの人が、一時期荒れてたんです」
恐怖に負けて、そして立ち直った漢の姿を知っている。
「無敗なのに、負けていたって記事にされて。
本人もそれを心の中で認めちゃって。1人で抱え込んじゃったんです」
鷹村 守。
鬱屈に心を歪めて、最後には立ち直った強い漢。
彼を目覚めさせたのは強い衝撃……幕之内との腕相撲勝負だった。
強い恐怖心はそれ以上の衝撃で吹き飛ばしてしまえ。
「だからですね、僕じゃなくて本人に言っちゃいましょう。ゴンザレスさんの欲しいものは、すぐそこです」
指を差した先は扉の向こう。
腕を組んで壁に右肩を着けていた千堂が、呆れ顔でこちらを見ていた。
「………センドー」
「1ラウンドだけや。辛気臭いモン吹き飛ばしたる」
そう言ってヘッドギアも着けずにリングに上がる。
グローブを着けて、ゴングを鳴らす。
漢たちの激励は呆気なく始まった。
多く語るような内容じゃない。
2人は試合前日だということを忘れて、子供の喧嘩のように「当たらない」だの「遅い」だのと騒ぎながら、笑いながらスパーをした。外から幕之内、そして合流し損ねていた板垣が声援を飛ばして、世界一大バカな決戦前夜を過ごした。
「ク、ククク……試合前のボクサーにスマッシュとか!お前やっぱバカだな!ばか!」
「外してもうたわ。気合い入れるために受けんかい!」
「死ぬわボケ!」
「闘魂注入ゆーてな?」
「本当ですよ千堂さん。ちょっとは加減してください!」
「スパー唆した先輩が言いますかそれ…!?」
おふざけ程度のスパーを終えて、笑い転げながら息を吐き出したとき。ゴンザレスは憑き物が取れたように重圧が消えたことを知って、この2週間の価値が最高のものだと確信した。
「お前ら呼んで良かった。ここまで笑っていられるなんざ夢にも思わなかったよ。
……ふ〜。俺は、もう大丈夫だ」
終わりを意識し過ぎて、神経が不必要な情報まで考慮していた。
過敏になった心は土壇場で安定し、現実と噛み合わなかった意識が芯を思い出す。
ここで埋めた心の差は、試合で有利に運んでくれる。
「メキシコの太陽、無敗神話を36分間で落とす」
決意を言葉に換える。
腹は括った。心は決まった。
あとは、この身体が果てる前に勝利を掴み取るだけだ。
「歴史を塗り替える36分間を見せてやるぜ!」
ゴンザレスの宣言に、3人は力強い期待で応えた。