半端者が創造神となる日 ─Re:make─ 作:リヴィ(Live)
時は中世後半。
現代では幻や御伽噺とされていた伝説が生きていた時代。生ける伝説の衰退期へと移り変わろうとしていた時代の分け目。
その時代は大きく揺れていた。現代のような平和……一人一人の個性や意思が尊重される様な優しい世界とは程遠いものだった。
武器を持ち、血で血を洗い、臓物が地を汚し、悲鳴と呻きが至る所で交差する混沌の時代。幻となった妖怪や幻獣が歩き回り、力がものを言う時代。
特に妖怪同士の争いは酷いものであった。妖怪は一人一人が強大な力を持つ強力な種であり、その力は人間の数十倍にも及ぶ。彼らの争いは強者と強者同士の戦い。故に弱者はその力に怯えて生きる。
能力、魔法……人智を超える妖怪の戦いは、人間から見れば天災のそれであった。
妖怪から見れば人は糧。食料や欲、権力を示す道具でしかなく、妖怪の前ではあまりにも非力な人間はその力怯えてなすがままにされ、結果命を落とす。
力無き者は蹂躙され、力有る者のみが頂点に立つ。
その時代の実態は実にわかりやすく、醜く、惨たらしいものであった。
──彼女は、自分が何者であるかを自覚した日をしっかりと覚えている。
見渡す限りの屍。血の気の引いた顔。血溜まり。死体に突き刺さる武器。粉砕された肉片。
これが現実なのだと、わずが4歳にして知った。人間はまだしも妖怪であっても幼すぎるその年齢で全てを悟ってしまった。
人間、同種族、幻獣、その他諸々の妖怪達の死体──。
「素晴らしい戦果だ。父の威光、目に焼き付けたか」
父の声など耳に入らない。ただ己の瞳に広がる地獄のような光景をただ見つめる。
靴越しに伝わる池の様に溜まった血の感覚。撒き散らされた内臓が靴を通り越して伝わる。その度にズキンと頭に激痛が走る。
──どうして死んでいる?
それは争いの犠牲だからだ。個々の私利私欲で罪のない人々が傷つき殺され、残された者たちは憎悪に焼かれて争いの種を撒き、そしてまた罪のない人々が傷つき。
気持ち悪い。醜い。惨い。
その様子はまだ理性ができて間もない4歳の子供が見る生易しいものではなかった。見渡す限りの死体の山は、彼女の心に深い傷を負わせるのには充分すぎるものであった。
「お前も妖怪ならば覚えておけ。これが戦いだ」
──これが戦い。
何も残らない最も無駄な行為。平和から最も遠い最悪の現象。
己が差別で苦しんできたことなどとは比べ物にならない痛みが彼女を襲った。そしてその戦いという単語を、ゆっくりと脳に刻み込み噛み締めていく。
これが、戦い。これが、戦争。
怖い。苦しい。痛い。悲しい。憎い───
ありとあらゆる感情が彼女の頭に流れ込んでくる気がした。
「これを見て己が吸血鬼としての自覚を持ってもらいたいものだな。出来損ないとはいえ、貴様も我がスカーレット家の娘なのだからな」
自分が誇り高き父の娘なのであるという自覚などどうでもよかった。
生まれてまもなくして、一族の象徴たる力を示す翼がないというだけで虐げられてきた彼女に、自身が短い生で感じた喜怒哀楽とは異なる感情が渦巻く。
無意識に胸に手が添えられる。その感情を抑えようと必死に胸を強く抑えた。ここでその感情を解き放てば、自分が消えてしまいそうだから。
息が荒い。胸が痛い。身体が苦しくても、その光景をじっと見つめる。
何度瞳を開けてもそれは幻ではなく
だからこそ彼女は強く願った。渦巻く感情よりも強く願った。
──わたしが、かえる。
皆が、罪のない人々が安心して生きれるように……
どんな理由があろうとも、武力や争いで解決するこの世界を変えなければならないと、彼女は決意した。
それが、翼無き吸血鬼──リリス・スカーレットという少女の根幹となった。
彼女はその日、強い雨が降っていたことをよく覚えている。
◆
「どうしてあんなことを…!」
「あやつは吸血鬼…そして誇り高きスカーレット家の娘であることを自覚しておらん。だからあれを見せたのだ」
轟々と音を立て屋根が雨を弾く音が室内に響く。
聳え立つは紅。中世における貴族の象徴とも言える大きな館は血のような赤い色に染っている。雨に濡れてもなお落ちぬその色は、その館に住む者達の本性を表していた。
吸血鬼が住む館──紅魔館にて静かに声が響く。
その声の主がいる部屋もまた、赤色に染まっていた。
「だからって…まだあの子は4歳よ!?それを隔離した上であんな光景を見せるなんて…!」
「翼がない半端者と言えどあいつも吸血鬼。少なくとも誇りと自覚だけはしてもらわねばならぬ」
「ッ…!」
怒号を発する人間の女性──サリーは、この館に住まう一族、スカーレットの長であるセラド・スカーレットに声を上げて反発する。
サリーはもはや限界に近かった。日に日に酷くなっていく娘への当たり…リリス・スカーレットへの虐待は生みの親としてとても見ていられる光景ではなかった。
初めは子孫を残すためだと言われ、子を産んだ。サリーも初めての子供だからか、大いに喜んでいた。だが父となったセラドはこう言い放った。
『翼がない半端者だ』と。
吸血鬼という種族の大きな特徴として、まず月下における絶対的不死性がある。夜の支配者と呼ばれる吸血鬼は夜にこそ真髄を発揮し、それが月が満ちる時であれば力は本来の2倍近くまで跳ね上がる。
反面、夜に特化した一族なため日光には弱い。むしろそれが弱点といえる。あとは聖者が残したとされる聖遺物などが有効だ。
だがリリスは、人間のサリーと吸血鬼のセラドの混血種であり、サリー側の血…人間の姿をを強く受けた子。日光や聖遺物にも耐性を持ち、翼の発達は無いに等しく、それは吸血鬼として生きるのには致命的過ぎた。
吸血鬼における翼は、大きければ大きいほど魔力の量や力量、権力を示す象徴。それがないということは吸血鬼として見なされない。
さらに吸血鬼は集団意識が強く、一度敵と認めたものは絶対に仲間としない。それは幼すぎるリリスにも当てはまることであった。
セラドはリリスを幽閉する形で部屋に閉じこめ、強固な封印術を施した。恥晒しを出す訳には行かないと強く言って。
そして今回の件。4歳という妖怪にしても幼すぎる年齢にして、リリスは現実というものを突きつけられたのだ。
醜い争いを。
戦いが織り成す人と妖怪の業を。
戦いがが産む犠牲を。
戦いに渦巻く憎しみの連鎖を。
その時、リリスが何を思ったのかは知らない。けれども、一生消えることの無いトラウマを植え付けられたのは確かだとサリーは思っていた。
セラドはリリスのことを娘として見ていない。ただの出来損ないとしてしか見ていない。
しかし人間のサリーがセラドに敵うことはない。発言力もないサリーには愛する娘であるリリスを救う手がなかった。
サリーは自分が人間であることを酷く恨む。もし自分が人間ではなく吸血鬼ならば、リリスは半端者として扱われず、助けられたかもしれないという後悔の念がサリーを押し潰そうとしていた。
「だが、しばらくは様子を見る。能力の覚醒も有り得るからな」
「…わかったわ」
「しかし、もし能力の覚醒や成長が見られない場合は──わかっているな?」
「っ………ええ…」
セラドはそう言うとサリーの部屋を後にした。
声は静まり、沈黙が部屋を館を覆う。静寂の中、一人の母の涙が響いた───。