半端者が創造神となる日 ─Re:make─   作:リヴィ(Live)

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一話 歩み寄るべき人

 

【サリー】

 

「……」

 

 静かだ。とても。

 普通の家庭で見られる家族の様などそこにはない。あるのはただ、夫に奴隷のように扱われる私と、虫けらと貶される愛しく大切な娘。

本来響くはずの娘のはしゃぎ様も、父の父性も──そして、私の愛の向け先も、そこにはない。

 元々、夫のセラドは私のことをただの子孫を残すための道具としか思ってなかった。私がこの一族に来たのは、戦場で奴隷として働かせていたのを見つけ、数あった奴隷の中でも私を選んだだけ。きっと見た目かなにかで選んだのかは知らないが、最初はきっと幸せな生活が送れるのだと、そう思っていた。

 でも、そこにあったのは空っぽな生活。私が望んだようで望んでなどいない、何も無い生活だった。

何もかもが空っぽ。私に向けられるその感情は、愛というよりも欲情に近かった。館の者達も、時が経つにつれ私の扱いが雑になってくる日々。今だからこそ、当主の妻という立場があってこそ今ここにいる。子を産めなくなれば、私は用無しの腐った肉袋同然。

そんな私に出来るのは─────。

 

「……あの娘の所に、行かなくちゃ」

 

 我が子に、限られた時間で愛を注ぐこと。

私は人間だ。周りの吸血鬼と違い、寿命の桁が少ない。せいぜい生きれて100年、大半はそれ以下。1000年以上も生きることの出来る妖怪である吸血鬼と人間である私とでは接せる時間はあまりにも少ない。

それは、人間と吸血鬼の混血種である娘、リリスも同じ。いくら人間の血を多く引いていようと、そこには吸血鬼の血が混じっている。半妖であろうとも、その寿命はそこらの妖怪と変わらない。私よりも何倍も生きれる。

だからこそ、私とリリスが接せる限られた時間で、愛情を注いであげなければならない。あの娘が愛を忘れないように。

椅子から立ち上がり、部屋のドアへと足を運び、廊下へと出る。

カツ、カツ───ということが静かな廊下に響き、私しかこの空間に存在しないことを実感させる。誰も居ない今ならば、あの娘の元へ行ける。

しばらくと同じ光景が続く廊下を歩けば、一つ、異様な光景が広がる扉を見つけた。そこには何重にも封印術がかけられており、決して開かないように外との干渉を禁じているようだった。

私はその扉の前へと歩き、その封印術に触れ、一つ一つ封印術を解除していく。そして異様な扉は普通のドアと変わることないものになった。

私がそのドアにそっと手をかけると───

 

「…だぁれ?」

 

 純粋無垢な可愛らしい声が聞こえた。

ごくん、と息を飲む。これまでにない緊張が私の身体を硬直させる。

──母親だ、と言ったらと失望するだろうか。

普通の子供なら、そうなるかもしれない。ろくにそばにいられないこんな母親など、母とは思っていないかもしれない。顔を見たくないかもしれない。

それでも、接しなければならない。限られた時間で、あの娘との思い出を作らなきゃならない。あの娘が将来、この空っぽな世界で生きていけるように。

 

硬直した口を、私は動かした。その動かした力が、とても強く感じた。

 

「…私よ。リリス」

「……」

 

 反応はない。

私が誰だかわからないのか、それとも会いたくないのか。

彼女の本心はわからない。でも、それでも、と私はその扉を開けた。

 

ギィ───

 

 木のしなる音が響き、リリスの部屋へと足を踏み入れる。そこには何もなく、ベットのみが置かれた空間に、一人、小さくうずくまるようにかしこまっているリリスがいた。

扉を開ける音を聞いたのか、リリスは少し顔を上げて私をじっと見た。けれど1分も経たずに顔を埋めてしまい、また振り出しに戻った。

 

「…私が誰だかわかる?」

「………」

 

 私が誰かわかるか。

そう言うと、リリスはほんの少し顔を上げた。その隙間から見えるように、彼女は口を動かそうとしている。必死に言おうとしているのだろう。

私は待った。娘が、私と話そうとしている。どれほど長くなろうとも、待つべきだと私は思った。

そして───

 

「…お……お母さま…」

「うん、覚えてくれてたのね」

 

 私が歩み寄ろうとすると、リリスはビクッと身体を跳ねてさらに縮まろうとする。私を恐れる姿が、私の罪の意識を強くさせる。

もっと早く接しておけば。夫の言葉など気にせずリリスと接しておけばこうはならなかったと。今更ながら思う。

私がその足をリリスへと運ぶ度に、リリスの顔は恐怖で歪んでいく。私を恐れているその姿が、さらに私の心を蝕む。

そして、私とリリスの距離がゼロに等しくった頃──

 

「いや…ぁ……っ」

「……」

 

 リリスは、完全に私を恐れて、身体を限界まで縮ませて涙を流していた。

───夫の仕業か。

きっと、まだリリスが幼いことをいい事に想像もしたくないほど酷いことをしたのだろう。よく見れば、顔や腕に酷いアザがあり、ぶたれた、という生易しいものではなかった。

放置していた私も、その原因の一つ。リリスが何もしていない私に対してこうも拒絶的なのは、助けが来なかったからだ。もう誰も信用できない、みんな私を傷つける、と。

あぁ、ごめんなさい。貴女をこんな風にしてしまった私は一生許されない。

でも───

 

「…もう、大丈夫よ」

「…ぇ?」

 

 貴女を、こうして癒すことは出来る。

貴女をこんな風にしてしまったのは、夫への恐怖でリリスへ何もしなかったからだ。私が、早く動いていればこんな風にならなかった。

だから、これは贖罪だ。

私が、唯一彼女を癒せる存在にならなければならないと思った。彼女が唯一頼れる存在であらなければならないと思った。

一人の幼子、ましてや自分の子を拒絶的にした私は決して許されない。だからこそ、その子が安心して自分の道を行けるように、私が導かなければならない。

それが、私に課せられた使命だと、私は思った。

 

「…ごめんなさい。貴女を一人にしてしまって」

「…ぁ…ぇ…ぇ?」

 

 ギュッと、リリスの身体を包む。

リリスは状況が理解できないのか、身体の力は既になく、だらんと、私に身を任せていた。

確かに、いきなりハグだなんて、驚いて理解も出来ないだろう。けれど、私はこの娘に必要なのは、温もり──『愛』なのではないか、と、そう思った。

私も不器用なものだ。こうしてしなくても、言葉で伝えればいいのに、と我ながら思う。

でも、我が子の温もりが私に伝わってくる──この感覚は、この感覚だけは、他では味わうことのないものだった。

 

「貴女は私を恨んでいい。恨む権利がある。私が憎いなら、今、私を殺してもいい」

「あぁ……あ……」

 

でも───。

 

「…貴女がどれほど、これから先どうなろうと────」

 

 

 

 

 

 

 

「────私は貴女を、ずっと愛しているわ」

 

 

 

 

 

 ───口に出したその言葉は、嘘偽りもない本心。

たとえどれ程醜くなろうと、闇に堕ちようとも、愛すべき我が子には変わりない。

元凶となった私が言うべきことでは無いかもしれない。でも、私はこの子の、唯一の、母親なのだ。

だからどれほど辛いことがあっても───この子を、愛せると確信できる。

 

「…あい…してる……?」

「えぇ。心の底から」

 

 先程まで無口で、脱力していたリリスが口を紡ぐ。

そして脱力していた腕は……私の身体を、ギュッと抱き始め、その力の強さは子供のものではあったが、とても強く抱き締めているように感じた。

 

「…もう…たたいたりしない…?ひとりにしない…?」

「もちろん。貴女が望む限り、私はそばに居るわ」

 

 その声は震えている。

辛かっただろう。苦しかっただろう。私が想像を絶する苦痛を、彼女は受けてきたのだ。

独りの孤独。蝕まれる心。戦いの惨さ。

妖怪といえどまだ4歳の子供が知っていいことではない。それは成長を促すことなく、苦痛となるだけだ。

だからこそその苦痛を……誰かが、受け止めてあげなければならない。

 

「あ…あぁ………あぁあ……っ」

「泣いていいのよ。泣き止むまで、こうしてあげるから」

 

 静かに、幼子の叫びが響く。

幼子が受け止めていた苦痛を、母は笑って受け止めていた。

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