半端者が創造神となる日 ─Re:make─   作:リヴィ(Live)

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二話 子供なりの平和な世界

 ◆

 

【サリー】

 

 あれから、私は隙があればリリスの部屋にいるようになった。

 とても理想的な再開、とは行かなかったものの、リリスはあれから暗い顔は少なくなり、子供らしい年相応の行動をするようになった。

 

 私が持ってきた人形に興味を持って、おままごとをしたり。

 字が読めないリリスの代わりに私が音読すると、目を輝かせてその話を聞いたり。

 私が最低限覚えていた芸程度の魔法を見て、飛び上がり興奮して私に聞いてきたり。

 

 ようやく見せた娘の年相応の姿に、私は安堵した。

 だが、それと同時に、不安もあった。私は合間を縫ってリリスの部屋を訪れている。夫にリリスとの関係を悟られてしまわないよう、目を盗んでいるのだ。

 それがバレれば、私は兎も角、リリスは無事では無いかもしれない。だから、できるだけ見られないよう、悟られないように部屋を訪れている。

 いつまでもここに居たり、頻繁に出入りすれば関係を探られるかもしれない。故に、そう長くはいられない。

 

『もう行っちゃうの……?』

 

 そして時間が来ると決まって、リリスは涙目でそう訴える。私の服を掴むその手は震えていて、『ひとりにしないで』と訴えているようにしか見えなかった。

 リリスはまだ幼い。そして、彼女の中の家族(・・)という心を許せる存在は、私だけなのだ。

 これでは、あまりにも狭い。このまま行けば他人との関係を断ち、私のみに執着してしまうかもしれない。そうしてしまえば、老衰にしろ病死にしろ、私が死んだ時にリリスは再び心を閉ざしてしまう。そうした時に支えることの出来る存在が、彼女には必要だ。

 かと言って、その存在を作れるか、と言えば無理に近い。父がこの館の全てを握っている以上、リリスを嫌う父に心を委ねる同胞達はリリスのことを決して良く思わないだろう。『半端者』だの『劣等種』だの、不愉快極まりない言葉でリリスを傷つけるに違いない。

 

 はて、どうしたものか───。

 

「どうしたの?お母さま、怖い顔してる……」

「!」

 

 そう考え込んでいると、リリスは不安そうな顔で私の視界に入り込んできた。とても心配と言える顔で、私はハッとして考えを打ち切る。

 リリスに心の負担はあまり背負わせたくない。彼女なら、私が考える悩み事さえ一緒に抱えてしまいそうだ。

 そう考えて、私はもう一度今へと意識を戻す。そこに、ハッキリとリリスの顔と部屋が映りこんだ来た。

 

「いえ、大丈夫よ。心配いらないわ」

「…?うん」

 

 不安そうな顔ではあったが、私がそう言うとリリスはいつもの顔に戻った。少しの間、沈黙が流れる。

 すると、リリスは──

 

「……わたしね、へいわな世界が作りたいの」

「…え?」

 

 と、突然、真剣な表情で言った。これまでになく、真剣に、言った。

 あまりに唐突なその言葉に、私はつい驚いたような声を出してしまった。だが、リリスはそれでも構わず続ける。

 

「お父さまに戦いを見せられたとき…とっても、こわかったの。死んじゃった人達の声が聞こえて、こわくてこわくて、たまらなかったの」

「…っ」

 

 ───恐れるな。と、酷なことは言えない。

 歴戦の戦士や兵隊も、戦闘狂じゃない限り戦争という類には嫌悪感と本能からくる恐怖が湧いてくるものだ。いつ誰が死ぬかもわからない、裏切りさえ起こりうる戦いは、群れを為しても信じられるのは己のみ。

 そして、各々が持つ信念に貫かれた、罪のない命。幸福を受けるはずの子供も、それは例外ではない。

 そうして無念に散っていった戦士の後悔と、幸せを奪われた只人の憎悪は血とともに大地に染み込む。いつまで経っても戦争跡地というのは、その光景を見せられているかのような雰囲気を出す。

 それは、精神が成熟した大人でさえ、吐き気を催す事さえある。リリスは、それをわずか4歳にして目の当たりにしたのだ。

 

 人の抱える、恐ろしい業というものを。

 

 ───どれだけ、苦しかったか。

 ───どれだけ、悲しかったか。

 

 ───どれだけ、痛かったか。

 

 リリスに流れ込んだそれらは、この世のものとは思えないほど濁り、混ざり合い、嵐のように渦巻きながらリリスに訴えていたに違いない。各々が抱えていた感情を。

 それがどれほどの苦痛だったか───それは、想像を絶するだろう。

 けれど、リリスはそれを見てもなお、真っ直ぐな瞳で───

 

「───でもね、お母さまに言われた時に思ったの。みんな(・・・)()あいし(・・・)合えば(・・・)いい(・・)って」

「!」

 

 ────皆が、愛し合えばいい。

 確かに、皆が皆、世界を、己を、他人を愛せるのならば、戦争という醜いものは起きないだろう。それどころか、悪行さえ起こることはない。なにせ、それは愛するものを傷つける行為に等しいのだから。

 だが、それは決して出来はしない。愛と憎しみは表裏一体であり、愛情深いものほど、憎しみに囚われやすくなる。愛で満たした世界に、一つでも悪行が起きれば憎しみが生まれ、癌のように世界を蝕んでいく。

 古来から続く負の連鎖。これを断ち切る術など、無い。神話のように世界全て(・・・・)を破壊し(・・・・)前提(・・)から(・・)再生(・・)させない限り。

 この世界は、根本から間違っている。それを正さない限り、正当で平和な世界は訪れない。それほど、今現在に至るまでの負の連鎖が残した世界の傷跡は深い。

 

「…うん。お母さまの言いたいこと、わかるよ。でも、わたしはめざしたいの。『誰も傷つくことがない理想の世界』を」

「……」

 

 それでも、と。リリスは真剣な顔で語った。こんなにも幼い我が子が、真剣に。

 ────所詮夢だ。できるはずがない。

 そう言ってしまえば、それで終わりだ。そんなことは、神でもなければできるはずがない。人や、ましてや神とは程遠い吸血鬼ならば、尚更。

 

「…ふふ、随分と大きい夢ね」

「っ…や、やっぱり、おかしいかな……??」

 

「いいえ……────」

 

 けれど。

 それ以上に、私はリリスがここまで立派な夢を持っていたことに、喜びを感じた。あんなに暗かった我が子が、世界を作りたい、と語る姿は、もう一人前の人間そのもの。

 

 

「それは、貴女以外では出来ないことよ」

 

 

 だから、その夢を肯定したくなった。その成長を、祝いたかった。

 それに、そんなに真っ直ぐな瞳で語られたら、本当にそれが実現できるような感覚が湧いてきた。この子なら、それができるのではないか、と。

 

「充分、立派な夢よ。お母さんは、貴女の夢を応援するわ」

「…!!」

 

 私がそう言うと、今まで見たことの無いような、ぱぁ、と花が咲くような顔で、最高の笑顔で笑った。

 よほど、嬉しかったんだろう。というより、初めてだったんだろう。

 

「そっか…そっか……っ!」

 

 誰かに(・・・・)認めて(・・・)貰う(・・・)ことが(・・・)

 自分の存在を、認めてもらえたこと。否定されていた自分がようやく、他人に認められたと。誰かに、褒められたと。

 誰もが当たり前のことを、彼女は生まれて与えられてこなかった。だからこそ、自分の意味が認められたこの瞬間が、嬉しくてたまらないのだ。

 

 ───あぁ、どうして。

 どうして、こんなにも純粋な子を誰も愛してくれない?罵倒を浴びせられ、隔離された部屋の中でこっそりとひとりぼっちで泣いて、皆が傷つかない理想の世界を夢見るどこまでも優しい我が子が、どうしてこんなにも虐げられ無ければならない?

 これも、古くから続く連鎖の一つなのだろうか。その犠牲に、彼女は選ばれたというのか。

 

「…お母さま?」

「なんでもないわ。さあ、絵本の続きでも読みましょうか」

「あ、うん!」

 

 私は願う。この子がいつか、その夢の通りに世界を変えてくれることを。

 私は願う。こんなにも優しい我が子が、世界に渦巻く狂気と業に押しつぶされないように。

 

 そして、もう二度と、このような犠牲が、生まれないように。

 

 


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