少女は、なにも知らないまま息絶える。

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魔法世界の殺人鬼と田舎のお医者様

 

_____魔術は、人類を発展へと導いた。

 

コストのかかる科学は時代遅れとなり、この世から姿を消し始めていた。

一般市民はそれを便利で低コストだと称賛し、大部分の企業は自社の製品に魔術を組み込むことで、それまで以上の成果を上げた。

 

しかし、大打撃を受けた者も中には存在した。

 

その中の一人が彼女、ジャックである。

彼女は医学を学び、田舎で小さな診療所を始めた。

 

それまでは良かったのだが、魔術による医療技術が確立されてからは、もうダメだった。

都会と比べて流行が来るのが遅い田舎の村だからこそ、少しの間は変化は訪れなかったのだが。

魔術による医療技術を引っさげ都会からてやってきた医師がやってきてから、患者は全てそちらへと流れていく。

 

ついでに、体の胸の部分が全く成長しない。

 

まだ若いうちに訪れたその不幸に、ジャックは枕を濡らすことしかできなかった。

 

今日も今日とて、すっかり寂れた新し目の木でできた診療所に溜息が響き渡る。

 

白衣を着た、茶髪のショートカットの女性医師、ジャックは不幸を噛み締めながら魔術の教科書じみた分厚い本を読む。

 

残念ながら、ジャックに魔術の才能は一切無いらしく。

常人ならば一年程度でマスターできる魔術も、どうにもコツを掴めない彼女にはその奇跡の片鱗すら見せようとはしない。

一周回って、笑う余裕すら出て来てしまう。

 

魔術という奇跡を行使する為にに使用されるのは、人間の脳のとある部分。

そこをなんやかんやして活性化させることで、現実世界への改変を可能にするのだ。

 

つまり、ジャックはそこをどうにも活性化させることができないのだ。

 

不本意ながらに魔術師に診てもらったところ、原因は不明だそうで。

その魔術師曰く、

 

「頭の病気なんじゃ無いですかね。」

 

だ、そうだ。

言い方が悪い、言い方が。

 

「はぁ…」

 

今度はさらに大きくため息を吐く。

満足にご飯も食べられないひもじさも、慣れたのか麻痺したのかはわからないが今朝からマシになっていた。

ここ最近は、まともな食事をとっていない為生きているものを見るとなんでも美味しそうに見えてしまう。

 

そんなことを考えていると、診療所の扉の前にドタドタと大きな足音が止まる。

久しぶりの患者さんか!?

 

と、嬉しそうに軽く声を洩らす。

 

期待に満ちた眼差しで、扉が開くのを硬い椅子に座って待つ。

 

ドアが蹴り開けられ、魔術によって弾を放つことができる拳銃を構えた警官が何人も押し入ってくる。

 

困惑するジャックを尻目に、警官は頑丈な手錠を両手に掛けて。

 

「ジャック!貴様を殺人の容疑で逮捕する!」

 

そう、叫ぶ。

 

「え?」

 

当然、彼女には心当たりはなく、ただただ困惑して狼狽える。

 

確かに、自分の名前を呼んだ。

しかし、しかしながら、自分は殺人など、なんなら法に触れることは一切していないはずなのに。

これが、冤罪ってやつか…

 

現実から離れ始めた思考を他所に、警官たちはジャックを連行していく。

 

 

ゾッとした。

 

その殺人鬼は、私達警察官を待っているようだった。

 

ここ最近何度も起こっていた、魔術による通り魔殺人。

魔術というのは、強力な力が故に世界に痕跡を残しやすい。

 

腕の良い魔術師が、追跡する魔術を発動させれば直ぐにでも犯人は捕まるのだ。

 

異常性の塊のその殺人鬼を早く捕まえてしまいたい、と焦燥する気持ちも勿論あったが、心の奥底では恐怖もしていた。

 

その殺人鬼は、被害者の脳を喰らうのだ。

 

魔術によって作られた刃で、獲物の手足を切り離したそいつは、獲物の命を少しずつ食い荒らしていく。

 

正直なところ、張り巡らされていた監視用の魔術の映像を見たときは、私も嘔吐してしまった。

 

まるで散歩を楽しむかのように近づき、犬でも撫でるかのような気安さと優しそうな表情を浮かべ、手足を切り離す。

泣き喚く被害者に、あくまで紳士的に、

 

「…少々、お静かに願いますかね?」

 

などと尋ねながら、手足から吹き出す真っ赤な血液を汚らわしそうに避ける姿には、嫌悪感を覚えざるを得なかった。

 

その後は追跡を続け、その殺人鬼の名前も経歴も、居場所すらも突き止めた。

 

ジャック。

家族は居なく、孤児院の出だ。

女性にしては男性的な名前、理由はその凛々しい顔立ちから、孤児院の仲間たちが男と間違えてつけた名前をそのまま自分の名前にしたらしい。

 

孤児院を出てからは医学を学び、この田舎に診療所を開く。

人柄がよく、周囲の住民との関係も良好。

魔術による医療技術によって、経営が立ち行かなくなっていたらしいが、その様子は大して変わらなかったらしい。

 

人が出来すぎている。

 

それが情報を纏めた時の第一印象だ。

 

病院を始めるには、相当に膨大な金が必要だ。

それが小さな診療所であっても、個人で賄うには相当な負担がかかるはず。

 

にも関わらず、経営が危ないにも関わらず、だ。

 

そいつは笑顔を絶やさないらしい。

 

なぜ、そんなに余裕を持っているのだろうか。

 

なにか、大きな悪の、一部分を見ている気がしてならない。

 

そんな奴を野放しにしたままではいけない。

そう考えた私は、仲間を連れて逮捕に乗り出したのだ。

 

にも関わらず、まるで来るのがわかっていたかのように、扉を開けたこちらの顔を、笑顔で見ていたのだ。

 

なにかさせてはいけない。

 

恐怖にとらわれないように、相手の眼から目を逸らし、私はそいつに手錠を掛けた。

 

 

「……これ…は…。」

 

絶句である。

 

殺人などやっていないと、何度も何度も否定していたジャックに見せられたのは、自分が人を食べる映像。

 

私の網膜に映されたそれは、確かに自分で、人を、殺していた。

 

顔から血の気が引くのがわかった。

私は、私が、私が、殺したのか。

 

その現実を残虐な動画とともに突きつけられたジャックは胃から上がってくるものを抑えきれなかった。

 

嘔吐されることは予想外だったようで、バケツも何も用意されていなかったために床には既に少なかった胃の内容物をそのままぶちまけられる。

 

平和に生きてきたはずのジャックには大きすぎるショック。

既に止まった映像が、何度も何度も頭の中で反芻される。

 

嫌悪感とショックを胃の中身とともに吐き出したあとに残ったのは疑問だ。

 

「・・・これは、誰ですか。」

 

少なくとも、自分ではないはず。

自己暗示にも近い独り言でなんとか、脳からその映像を切り離す。

 

「お前だよジャック。・・・この殺人鬼め。」

 

監視役だろうか、同じ部屋にいた複数人の警察官の内の1人。顔色の悪く、落ち着きのない男が未だに気分の悪さが抜けきらないジャックの独り言に親切にも答える。

 

事実を伝えたその警官の言葉に

 

 

「ええ、その通りですとも。」

 

 

殺人鬼は、得意そうに口角を釣り上げた。

 

事実に目を向けることができず、怯えていた女性医師の姿はなく、不審に思って武器を構えようとする警官を嘲笑う殺人鬼がそこにはいた。

 

「妙な真似は起こすな!」

 

纏う雰囲気を変えた眼の前の人物に対する警戒度はぐんぐんと上がっていく。

 

そんな警戒を他所に、その殺人鬼は紳士的な口調で話す

 

「…なにもしませんよ。…全く、貴方達が私の”食事”を見せるから…善良なレディに耐えれる訳がないでしょう。」

 

「…なんだお前は。…意味がわからんぞ。」

 

そんな丁寧な口調も、不気味な雰囲気に拍車をかける。

警官の一人は豹変っぷりに理解が追いついておらず、今まで話していた人物とは別人なのではないのだろうかとまで思い、つい口を挟む。

 

それと、見た目が幼すぎるためにレディという言い方もなにかしら引っかかりは感じているのだろう。

思った瞬間に感じたことのないほどの悪寒を感じたため直ぐにその思いは振り払ったが。

 

「いえ、いえ。やはりやめです。レディにとっても私にとっても、貴方方は結局好ましくはないでしょうし、ええ、そうですね、ああ、精々血を撒き散らさないように努力してください。汚いものは苦手なのですよ。ええ、勿論私も努力しますとも。」

 

と、纏っている雰囲気がまたも変わる。

 

先程までが殺人鬼のような冷たさを感じるものだとしたら、今は芸術品の鑑賞に美術館に来た紳士のような、柔らかい雰囲気を纏わせている。

 

雰囲気とは裏腹に、言葉には殺意がこもっているのだが。

 

言葉と様子に差異が有り過ぎたがために、警官たちの行動は一瞬と少し遅れてしまった。

 

魔弾を発射する拳銃を抜くよりも早く、紳士じみた少女が1人の警官の心臓を穿つ。

 

手には真っ黒いナイフ。

見ると、何かしらの鉱石から削り出されたかのような美しさを誇るが、その鋭さは削り出したものとは思えないほど繊細であり、命を刈り取るために魔力から練り上げられたものという事がわかる。

 

美術品とも見間違うその得物の美しさの前に、六人ほど居た警官は等しくひれ伏した。

 

放たれるはずだった魔弾すらも、言葉を失って立ち尽くしているかのように銃身から離れようとはしなかった。

 

 

それほどの美しさの正体は圧倒的な魔術の才能だ。

 

魔術の才能がある、ということは現実への干渉力が強いということと直結する。

 

少女にはないその才能はしっかりと発揮され、『死の芸術』という結果が残ったわけだ。

 

干渉力の低い、醜い魔弾では、その力は行使されることすら許されない。

 

 

穿たれた胸と口からは赤黒い血液がポタポタと垂れ、元凶となった紳士はそれを嫌そうに一度視界から外す。

魔術によって編まれた凶器、ナイフを霧散させながら。

 

「・・・では、いただきます。」

 

死体へと視線を戻すと微笑んで呟く。

 

そして、その死体へとかぶりつく。

 

一般的な食事のスピードよりは少し遅いくらいの速度で食べ進め、しばらくすると胸の部分は殆どなくなっていた。

次に取り掛かったのは頭だ。

 

警官が挿していた拳銃らしきものを腰から抜き取る。

それを鈍器として扱い、頭蓋骨を割って中身を取り出す。

 

そうして内容物を嬉しそうに咀嚼しだす。

 

 

破いた警官の服をそこら辺に投げ捨てながら立ち上がり、満足そうにため息を吐くと踵を返してその場から立ち去る。

 

返り血やらなにやらで全身がグチョグチョだったため、それらを洗い流すために村の端の方にある池へと飛び込んだ。

 

 

 

目が覚めたら水の中で溺れていた。

 

真っ暗で、真っ赤で、はじめは水の中とは思えなかったけれど呼吸ができず、とても苦しいことと、妙な浮遊感があることから水中だということに気がついた。

 

いつの間に水の中に落とされたのか、とか。

この赤いものはなんなのか、とか。

警察官の人と話してたはずなのに、とか。

 

いろいろ疑問は浮かんできたけれど、服が重くて中々浮かぶことができずにバタバタともがいてしまう。

 

それによってさらに沈んでしまい、息が苦しい。

 

まるで死んでしまったかのように体が動かなくなって、漸く浮かぶことができた。

 

が、体が動かないのでそのまま空を見上げていることしかできなかった。

 

体中がだるくて、なんだか疲れていたのでプカプカと浮かんでいるのは少し気持ちよかった。

 

しばらくそのままでいると、誰か男の人の声が聞こえてくる。

 

ああ、助かった。

 

このままだと、きっと沈んでしまっていたから。

 

なにか大きな音が聞こえると、私の意識は更に高いところへと浮かんでいった。


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