たとえば、こういう親子喧嘩   作:オリスケ

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第2話

 結論だけを言えば、成り済ましは拍子抜けするほどに完璧だった。

 

 留守を守っていた家臣達は、いきなり現れた王にぎょっと目を丸くしたものの、すぐに我を取り戻し、眼前の王に仰々しく頭を垂れた。

 外見だけで言えば、円卓の騎士でさえ見抜けないだろうというモードレッドの変装だ。当然と言えば当然。ただの一兵卒が、誉れ高き王に対し、まさか偽物かと疑う訳にもいかない。

 それに加えてアーサー王に扮したモードレッドは、ランスロット討伐の遠征から引き返してきた理由として、誰もを唸らせる答えを用意していた。

 

「一人の騎士の不義に、我を忘れ遁走する場合ではない。円卓の結束に綻びが産まれ、国全体が揺らいでいる今こそ、私が上に立ち民を率いなければいけない。故にこそ単身翻し、この王座に就くことを選んだのだ」

 

 我ながらよく出来た回答だった。円卓の末席であり比較的自由に動き回れたモードレッドは、女たらしのランスロットの不出来な行いと、それに引っ掻き回される王の行動について、臣下が密かに不満を募らせている事に気付いていた。

 王が完璧でも、民が人である以上、齟齬は必ず産まれる。それによって発生した民衆の不満は、復讐にも懐柔にも利用できる。モードレッドは類い希なる剣の才の他にも、人の機微を読み隙間に付け入る狡猾さも併せ持っていた。

 一人の懲罰よりも国が大事。そう言う王が、全くの別人であることに気付く者はいない。むしろ、やっと国政に集中してくれると、ほっと胸を撫で下ろす者までいる始末だ。

 

 そんな訳でモードレッドは、あっけなく玉座に座り、並み居る家臣達に平伏して迎え入れられる事になった。

 騎士が居並ぶ円卓ではない、情勢の報告や謁見に用いられる玉座だ。数段高く作られたそこでは、謁見の喜びに輝く、仰ぎ見る視線があちこちから注がれる。

 アーサー王に扮したモードレッドは、凜々しき王らしく表情をキリリと引き締め……

 その実内心、天井を突き破る程に浮かれきっていた。

 

(うっひょぉぉ……! ひっれえ。たっけえ! 視線がむず痒……うおお、むずむずするぜぇぇぇ……!)

 

 人生初の、玉座である。

 憧れの王の目線である。

 浮かれるなという方が無理がある。どれだけ平静を装っても、頬がうっすらと紅潮し、唇の端がにんまりとつり上がる。

 ほんの数日前。ただの一騎士であった頃は、ここに座る事など考えられなかった。

 だが、自分は王の息子である事を知った。その瞬間、彼女の中に、王位を譲り受ける正統な資格が産まれたのだ。憧れの王座に、自分が座る。それを夢想しない訳がない。

 夢に描いた光景、今ここに実現している。誰もが尊敬の目で自分を見つめている。

 この瞬間だけは、怨念も復讐も忘れ、王の視線に酔いしれていた。

 視線のむず痒さにもぞもぞと身を捩り、無闇に肘掛けをスリスリさすってみたりする。

 

(すっっっげえぇぇ。父上はいつもこうやって民を見下ろしてんのか。そりゃ優越感じるよ、人間越えちまうわ……いやもうたっまんねえなあコレぇ!)

「あの……いかがされましたか?」

「ん、んん。大丈夫だ、何も問題ない」

 

 家臣にそう訪ねられてやっと我に返り、キリリと表情を引き締める。そうなれば彼女の姿は、誉れ高きアーサー王と寸分違わず同じになる。

 その威光にほっと胸を撫で下ろしながら、家臣が嬉しそうに言った。

 

「いや、しかし戻られて安心しました。ブリテンの象徴たる騎士は席を外し、残る騎士は、あの粗暴で気の短いモードレッドのみ。国政をこなせる者がおらず、皆不安でいたのです」

(あぁ……?)

 

 有頂天だったモードレッドの内心が、それでスッと静まった。

 確かに、血の気の多さは自覚している。騎士失格の性格だと、揶揄する者もいるだろう。が、こうも正直に言われると面白くない。

 曲がりなりにも円卓の騎士で、オマケに王譲りの才能がこの身に溢れている。そんなオレを、頭数にすら数えていないとはどういう狼藉だ。

 そう、内心でムカつくモードレッド。

 けれど次に続いた言葉によって、それはたちまち雲散霧消した。

 

「貴方がいてくだされば民も安心です……どうかブリテンをお導きください、我が王よ」

(フォーーーーーーーーーーーーー!!)

 

 我が王。我が王。我が王!

 自分に向けられたその一言が脳内で何度もリフレインし、モードレッドの心を遙か上空までぶち上げた。

 噴火したように喜びが迸る。鼻血がボタボタ流れ落ちるようだ。今なら徒競走でブリテンを一周することだって余裕に思えた。

 悶絶する程の興奮を、鋼の精神力で表情には出さず……けれども心の底からの嬉しさを滲ませて、王はゆっくりと首を縦に振った。

 

「う、うむ。任せよ。何でも来るといい。まるっと解決してやろうじゃあないか。うむっ」

「? ……え、ええ。ではまず、今季の作物の収穫量と、来期までの兵糧について……」

 

 いやに上機嫌な王に戸惑いながら、各部門の長による謁見が蕩々と行われていく。

 

 

 ものの五分で、モードレッドは自分の見通しが甘かった事を知った。

 食物について。兵士の練度について。各それぞれの町の近況に、住民からの評判。西の飢饉に北の流行病。近隣諸国の同行に、辺境にて起こる盗賊事件。

 ブリテン全土を網羅するための情報はまさしく怒濤のよう。いきなり王様になって一日目の人間に、処理ができる筈もなく。

 

 

 果たして小一時間後。玉座には思考回路を完全に焼き切らせ、真っ白になって口から煙を吐き出す王の姿があった。

 様子を見に来たグネヴィアが止めに入らなければ、モードレッドの支配計画は、たった一日で水疱に帰していたかもしれない。

 いそいそと王を運び、グネヴィアの自室に匿い、知恵熱をゆっくり冷まさせて数分。

 気分直しの蜂蜜を一気に飲み下してから、モードレッドは憎々しげに机を叩き付けた。

 

「キッッッッッッツイ!」

「まあ、こうなるだろうって思ってたけどね~」

 

 自室に匿ったグネヴィアは、声を荒げるモードレッドを、背伸びする娘を見守るように笑う。

 無理もない事だろう。何せ彼女はモードレッド。一時間だってじっとしていられない野生児で、誰よりも血気盛んで斬り合いの好きな無頼漢だ。

 椅子に座りただひたすら頭を回すなど、空腹の虎を檻に閉じ込めるようなもの。暴れなかっただけ上等だと言える。

 いや、上等どころじゃない。看病をしながら、グネヴィアはモードレッドの振る舞いに舌を巻いていた。

 彼女は確かに、王の代役を見事に勤めて見せたのだ。

 

「しっちゃかめっちゃな事もあったけど、抜けてる情報は根掘り葉掘り質問して、摂るべき最善手を指し示す。誰にだってできる事じゃないわ」

 

 知恵熱こそ起こしてしまったが、モードレッドの指示は的確で、核心を突いていた。理知的な言葉で、それこそ王が指示を下すが如く、だ。

 

「当然だ。オレは王の息子なんだからな……それに、できるで満足していちゃダメだ。オレは越えなきゃいけない。王以上の政を執り、奴を見返してやるんだ」

 

 モードレッドの瞳に、満足するような色はない。

 彼女は知っている。王はもっと凄かった。考えずとも答えを出せた。疑いようのない解で戦に勝利をもたらし、国を平穏に導いた。

 自分は熱を出すまでに考えて、やっと王の無考に並ぶ。満足などしていられない。

 考えるんだ。自分と王は、何が違う?

 何が駄目だった? 何が足りない?

 そうやって、モードレッドは反省し、比較する。

 今まで、仰ぎ見るしかなかった王。羨望の眼差しで脳裏に焼き付けていた美しく凜々しい姿。

 その目には今、復讐の炎が宿っている。見返してやるという決意に固く澄んでいる。

 王になると決めたなら、完膚無きまでになってみせるのだ。

 

 記憶に焼き付けた王の姿を、指先一本に至るまで分析する。雲の上の存在に辿り着くべく、己が手で崖をよじ登る。

 完璧な王ならば、オレは完全な王になるのだと。そう言わんばかりに。

 

「蓄えてる情報量が違いすぎる……何年分もの知識と経験があるから、決断も早く確実なんだ。一つの案件毎に過去を遡ってれば、当然その分出遅れる」

 

 そうして自分の不足を見つければ、モードレッドは直ぐさま埋めるために行動を起こす。

 

「グネヴィア。書庫にある過去の政務歴を、十年前から片っ端掻き集めてこい。お前の覚えていることも全部教えろ。王の数年を、二日で全部さらってやる」

「えぇ~、徹夜はちょっと……お肌荒れちゃうしぃ」

「テメっ……不倫を促進する肌なら多少汚しとけ! だいたい、口答えするんじゃねえよ。王に対する不忠で、お前をもう一度磔刑にする事だって出来るんだからな!」

「やらないとは言ってないのにぃ。モーちゃん怒りんぼで厳しいよぉ。ひんひんっ」

「ひんひんっ、じゃねーよ! 自分の歳考えろ脳内砂糖菓子女!」

 

 子供っぽく駄々を捏ねるグネヴィアの尻を蹴り飛ばして駆り立てる。

 国を崩壊させる絶世の美貌に、愛にとことん素直でひたむきな、女神の顕現のような女性。

 その軽率さ故に国に波乱を巻き起こす生きた爆弾ではあるものの……今は脅してはあるが協力関係、仮初めではあるが自分の妻だ。

 ひょっとしたら、初めての家族でさえあるかもしれない。

 そう気づき。部屋から締め出し、扉を閉めてから。

 誰もいないことを確認した室内で、モードレッドは何ともいえないむず痒さに、唇をもにょもにょと歪ませるのだった。

 

 


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