たとえば、こういう親子喧嘩   作:オリスケ

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第3話

 王の資質があることを証明する。

 その一心で、モードレッドは一日の全ての時間を勉学に費やした。

 昼も夜も無く机に齧り付き、かつて王が学び、執り行ってきた施政を脳味噌に流し込んだ。

 

 十四歳で聖剣を抜いてからの全てを、数日で学ぼうというのだ。その剣幕は、鬼気迫るという表現が最もよく似合った。

 自然と、弱音が出なくなった。共に机に座るグネヴィアが睡魔に耐えかねて船を漕いでも、怒るエネルギーさえ惜しいと学びの手を止めなかった。

 王を見返す為に、王から学ぶ。越える為に、全てを取り入れて昇華する。

 

 全て、息子と認めて貰いたいが故に。

 

 血眼になって、血管が焼き切れる程に脳を回して、父上に追い縋る。それは歪で僻んでいたが、モードレッドが初めて経験した親子の交流だった。

 

 

 

 そんな命を燃やすような執念の学びを続けて、三日。

 モードレッドはとうとう王の治世の過去を遡り終え、隈と充血だらけの目を、机に広げた書類に落としていた。そこには現在のブリテンの情報をまとめた羊皮紙が広げられている。

 人口。食料の備蓄に普及率。兵士の人数にその練度。他国の動向や反乱因子といった外敵要因。つい数日前まで気にも留めなかったそれらを頭に、モードレッドは唸る。

 眼前の大いなる問い……国の行く末を見極めようと、疲弊しきった知恵を振り回している。

 今にも倒れそうな様子を見かねて、グネヴィアがそっと彼女の肩に手を置いた。

 

「……ねえモーちゃん。少し休んだらどう? 頑張りすぎは身体に毒よ」

「馬鹿言うな。父上はいつ遠征から戻ってくるか分かんねえんだ。中途半端で終わらせる事なんて出来ない。だから一秒たりとも無駄に出来ねえ」

「そうは言っても、そんなに目を真っ赤に腫らしちゃ、変装も難しいわよ。アーちゃんはどんな時でも凜々しく、格好良かったもの」

 

 モードレッドは今もアーサー王の変装をしている。しかしその目には深い隈が浮かび、疲労で顔面に生気はなく、土気色だ。グネヴィアの言うとおり、寝不足な自分の姿は、理想の王には似ても似つかない。

 グネヴィアが優しく肩をさする。その温かさは、全て投げ出したくなるほどに、たまらなく耽美だ。そう思ってしまい、モードレッドはギリと歯噛みする。

 

「ったかだか王の予習をしたくらいで、オレは何を……!」

「いけないわ、モーちゃん。あなたはよく頑張ってる。本当にすごいわ……だから、できない事を自分のせいにしちゃダメよ」

「……くそっ」

「ほら、おいで? 休める時に休むのも、立派な王様のお仕事よ」

 

 グネヴィアは渋面を作るモードレッドの手を取り、ベッドへと誘った。気力の限界に来ていたモードレッドは、明かりに引きつけられる羽虫のように、彼女に引かれる。

 グネヴィアの甘い言葉によって、水槽に穴が開いたように、モードレッドの身体から力が抜け、倒れるようにベッドに沈み込んだ。

 シーツに埋めた頭。それがひょいと持ち上げられたかと思うと、柔く温かいものに後頭部が乗せられた。

 うっすらと目を開くと、視界に大きな二つの膨らみが影を作っている。

 

「何してんだ、グネヴィア」

「えへへ、ひざ枕。頑張ったモーちゃんに、わたしからご褒美をあげようと思って」

「ガキじゃねえんだぞ。舐めたマネを……」

「おままごとじゃないわよ。私の愛だって、一応ちゃんと役に立つんだから」

 

 歌うように言うと、グネヴィアは滑らかな掌で、そっとモードレッドの目を覆った。

 優しい温みに包まれる。額に触れる掌から、グネヴィアの規則正しい心臓の鼓動と、母のような慈愛の心を感じる。

 それに加えて、ぽう、と魔力の火が灯る。

 底なし沼に嵌ったようだった疲労が抜け出ていくのを感じた。苦しさしかなかった心が、日だまりの中で微睡むような心地よさに包まれる。

 グネヴィアの愛が為せる、癒しの魔術だった。心地よさに陶酔しながら、モードレッドは鼻を鳴らして笑う。

 

「いいのかよ? 夫の王座を奪おうとしている奴に、こんなに尽くして」

「目の前で苦しんでいる人を放っておいて平気な愛なんて、わたしは知らないわ……ふふっ、それに」

 

 そこで言葉を区切り、グネヴィアはモードレッドの額を指でなぞり、父上に似せて編み上げた三つ編みをそっと撫でた。

 

「お父さんを越えたいというあなたの思いは、健気で、力強くて、とっても優しい。わたしは、あなたのそのひたむきさを、心から愛したいの」

「ハンッ……叛逆を目論む復讐鬼にまで優しいとは、つくづく尻軽な駄女神だな」

 

 そう嘯き、けれども包み込まれるような優しさに安堵の吐息を漏らし、モードレッドは王妃の膝の上で、静かに胸を上下させる。

 思えば、誰かに褒められ、掛け値無しに寵愛をかけてもらえるのは、これが初めてかもしれなかった。

 息子である事を認めろと詰め寄った時、彼女が求めたのは名誉と自己の証明だった。

 しかし本当は、言葉にならないほど深い心の内側で、こうして愛してもらう事を求めていたのかもしれない。

 モードレッドの内なる心を救済しているとは知らず、グネヴィアはまさしく母のように微笑んで、彼女の金色の髪を指で梳く。

 

「……モーちゃんが王になるって意気込んだ時、やー、無理だろなーって思ってたのに……まさか本当にこなしちゃうなんてね。びっくりしちゃう」

「まだ全然だよ。アーサー王は完璧だ。彼の治政を、オレはまだ半分も理解できていない」

「半分でも凄いじゃない……崇高っていう言葉は、手が届かないと宣言するのと同じ。そんな王を目標として据えられる貴方は、それだけで十分格好良いと思うわ」

 

 もちろん、そんな言葉がモードレッドの慰めになる訳ではない。息子として認められるまでは、彼女の渇きは収まる事はないだろう。

 グネヴィア当人としても、モードレッドが息子であると納得した訳じゃない。

 しかし……もし息子がいたとしたら、こんな風に傍に居て、成長を見守ったりするのかもしれないなあ、と。そんな事を考えると、膝の上の少女の野心にも、愛着を感じずにはいられない。放っておけない危なっかしさも、傍にいて支えてあげたいという庇護欲を掻きたてる。

 

 もっと近くで、王によく似た顔を見たい。

 そう思い、グネヴィアが上体を屈めたのと、寝室の扉が荒々しく開けられたのは、殆ど同時だった。

 

「失礼します、王よ!」

「ッ何事だ――ぶわっ!?」

「むぎゅっ!」

 

 飛び起きたモードレッドの顔面が、屈んだグネヴィアの顔に激突。視界に火花が散った。先ほどの安らかさなど嘘のように吹き飛び、二人鼻を押さえ、ベッドの上でもんどり打つ。

 

「っ~~~は、はにゃ。鼻ゃがぁぁ」

「も、申し訳ありません! ご休憩中とは知らず……!」

「あ、ああ、大丈夫だ。しかし次からはノックをしろ……それで? 何が起きた」

 

 のたうつグネヴィアを尻目に、ようよう王らしい調子を取り戻し、聞く。

 不意打ちに飛び込んできた家臣の連絡は、今のモードレッドにとっては渡りに船のような事件だった。

 

「西の砦が、我らに反旗を翻しました! 近いうちに近隣にも攻め込むとの情報があります」

「何者だ。賊の仕業か?」

「い、いえ……籠城を行っているのは、砦を守っていた兵士達です。付近の農村の住民を誘拐し、城内に監禁しているとのこと」

「――なるほど、謀反か」

 

 瞬間、王は口を三日月に吊り上げて笑った。凜々しき翡翠の目に、獣の如き炎が灯る。

 家臣が驚き、我が目を疑う間に、彼女は居住まいを正し、傍らの剣――宝剣クラレントを手に取った。

 

「討伐隊を組み、それから馬を一頭用意しろ。私が行く」

「な……お、王自ら出向かれるので!?」

「ブリテンの栄華を、遍く全土に広めるためだ。反逆者に攫われた民の心の傷を癒やせるのは、私以外には居るまい」

 

 もちろん詭弁だ。凜々しい表情の裏側で、モードレッドは内心獰猛に嗤う。

 謀反。願ってもない事件だ。何せオレはモードレッドとして、そうした愚か者を幾人も屠ってきたのだから。

 まさしく本来の自分があるべき場所だ。政に気疲れした気分転換にちょうどいい。

 命を受けて駆け出す家臣を見送り、モードレッドは鼻を押さえてようよう起き上がったグネヴィアに目を向ける。

 

「感謝するよ。お陰で随分楽になった」

「モーちゃん……」

「心配すんな。全員スパッと叩き斬って、翌日には首をひっさげて戻ってくるさ……その間、留守は頼んだぞ」

 

 モードレッドは腰に下げた儀礼用の剣――クラレントの柄を手でなぞる。

 反逆者を叩き斬り、不忠の魂を打ち砕く。

 王として。国の頂点として。

 ならばこれから自分が振るう剣は、さながら神の雷か。

 さぞかし気分がいいに違いない。王に蔑ろにされた怒りも、多少は和らいでくれるだろう。

 

 




 以下、興味ある人はどうぞなグネヴィア設定。


 かつて世界は、愛によって滅んだ事が幾つもある。
 数々の皇帝を虜にしエジプトに大波乱を呼んだ美女、クレオパトラ。
 トロイア戦争の引き金を引いた、世界で最も美しい女性、ヘレネー。
 彼女達の愛は、時に魔法のように人々を魅了し、狂わせる。
 グネヴィアもまた、そのような魔性の魅力を持つ愛の獣の一人である。

 グネヴィアの愛は健気で情熱的で、本当の意味で分け隔てがない。求められれば求められるままに、愛されたままに愛する。相手が妻帯者でも国王でも関係ない。あらゆる倫理も障害も、彼女の愛を止める力を持たない。
更にグネヴィアの愛は、その対象に凶悪と呼んでいい心身の増強効果をもたらす。たとえば彼女の愛を得たランスロットは、モードレッドを含めた13人の精鋭を、傷一つ負わずに瞬く間に打ち倒してみせた。


 数多くの男を虜にし、また怪物せしめる能力は、国を崩壊するだけの力を有する。
 グネヴィアの存在を危惧したアーサー王は、彼女を妻として迎え入れる。優れた対魔力と精霊の加護を持ち、また男装の麗人であるという自身の特性を生かし、グネヴィアを『王妃』という枠に閉じ込め、愛が暴走することを防いでいたのだ。


 彼女の精神は幼く、愛に憧れる少女の姿を常に胸に宿している。どんな形でも、自身が絡めばラブロマンスとして捉えてしまう極甘な日和見脳の持ち主。あらゆる倫理観も固定観念も、彼女の愛を邪魔することはできない。
 その一方で、彼女もまた愛した人に惜しみのない献身を行う。彼女の愛はある種の魔術として作用し、対象者に肉体強化・心身の回復といった作用をもたらし、強力な精神的支柱となる。



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