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廃棄された拠点から道無き道をハンヴィーで踏破し、409小隊はついにS9地区の最外縁部へと辿り着いた。とはいえ404小隊から渡された例の部隊の作戦予定エリアからはやや離れた位置に、ではあるが。
『さて、現時点から無線封鎖。409小隊らしく行きましょうか』
『了解だリーダー。しかし今からか?』
『確かに。こんなに離れた位置から無線封鎖は珍しいですね隊長』
ハンヴィーを倒壊した建物の影に隠し、各々が自分の武器や弾薬を持って降りてくるなりイーグルアイが部隊間通信で指示を出したことに皆は驚きながらも従う。だがその中で唯一、ハンヴィーの中で私の指示で電子的索敵を行なっていたマテバがハンヴィーから出てくるなり険しい表情で、隣に立つフィアから地図を受け取っていた。
『隊長、この地区にほど近い場所に鉄血の大部隊が接近中。規模は下手したら旅団クラス、最低でも大隊規模。予測進路は例の部隊の作戦予定地点で、現時点でその地点付近に居るのは全て代理人直轄の部隊。敵の戦力から考えても直接戦闘だと足手まといにしかならない私はこのままハンヴィーから皆を支援する』
『代理人が自ら動いているって事は、例の部隊をそれだけ注視しているって事かしら。というか最低でも大隊規模とかこの辺り一帯の部隊を根こそぎ投入してるって事よね』
『作戦変更よ。シグは予定地点に先行して周辺に罠よろしく。フィア、シグにC4を追加で5kg位渡して。エイト、乱戦を想定してアンダーはMASS、弾種はバックショット。ただし初弾だけは一粒でお願い』
『了解』
『了解だ』
ウニカの緊張した報告に、フィアが顎に手を当てて考え込む。イーグルアイは即座に当初の予定を破棄して新たに作戦を組み上げると指示を出す。フィアがバックパックから取り出した5kg弱のC4を受け取ったシグがバックパックを担いで素早くラペリングワイヤーで建物に登ると建物の上を先行して行く。エイトもC8-SFWのアンダーレールにバックパックから取り出したM26 MASSを取り付けていた。
『ウニカはこの場から複数の上級人形との乱戦を前提にした全力電子支援。ただし、危険になったら即座にこれで合流』
『了解だよ隊長』
ウニカに指示を出しながらもイーグルアイはハンヴィーの後部ハッチから複数のガンケースと四つの特注大型アサルトパックを取り出すと、その半数をフィアに渡す。
『リーダー、それマジで使う気か?』
『代理人が来るみたいだし、最低でも大隊規模の奴ら相手だからね。まあ備えあれば何とやら、よ。フィアと私の機能制限を限定解除。それと、現場にはあの方法で向かうわ』
『了解です』
そのガンケースとアサルトパックの正体を知るエイトが顔を引攣らせるが、イーグルアイとしては使う事がないに越した事はないモノだけに、あくまでも念には念を入れてのモノだと説明する。そして諦めたのかイーグルアイとフィアの間にエイトが立った事を確認すると、フィアとイーグルアイに掛けてある機能の制限を限定的に解除する。
『行くわよ。合わせなさいフィア。エイト、着地はヘマしないでよ?』
『はい』
『任せとけって』
自身の分身たる銃をそれぞれ背負い、そのガンケースとアサルトパックを私達が持つとそれぞれのベルトにラペリングロープを繋いだエイトが頷く。それを確認したイーグルアイとフィアはタイミングを合わせて建物の上に跳び上がると次々と建物から建物へと跳び移って移動するのだった。
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その頃、S9地区にほど近い場所で16LABからの依頼で"とある人物"のデータを回収していたAR小隊。その人物の情報を回収している最中、AR小隊は鉄血の上級人形の一人であり、上級人形の中でも指揮官級であるとされている代理人傘下の部隊からの絶え間ない猛攻を受けていた。
AR小隊の隊長であり、AR小隊の中でも特に特別な仕様である戦術人形"M4A1"は数日前にS9地区付近で、鉄血の猛攻が原因で廃棄された司令部に所属していた他の戦術人形らを自身の傘下に加えると、絶望的とも言える防衛戦を展開する。
「M16姉さん、データの転送が終わりました!AR-15達を呼び戻して、急いでこの場を離れないと・・・!」
「逃がしませんよ・・・・!」
「代理人の反応が防衛線の反対側から急速接近中!?M4、今すぐそこから・・・!」
目的のデータを秘匿通信を利用して転送を完了し、離脱するために仲間に連絡しようとするM4A1。しかしそれを許さない、とばかりに代理人はAR小隊の予想とは違う場所から突撃してきていた。小さく聞こえた爆音にいち早く気づいたM16A1だったが、注意を促す前に部屋の壁が爆散する。
「M16・・・・姉さん・・・・?」
「人の心配をする前に、自分の心配をするべきよ?M4A1・・・!」
「うぐっ・・・・!代理人・・・・・!(何故代理人はあそこまでズタボロに?それに代理人の侵入方向には何もなかったはずなのに何故反対側から・・・・!)」
爆風で吹き飛び、そのダメージで意識が朦朧とするM4A1。そんな彼女の首を右手で容赦なく掴み上げる代理人。掴み上げられたM4A1だったが、そこで彼女は代理人がかなりのダメージを受けている事に気づく。
「ご主人様の大事な物を盗んでおきながら、無事に逃げられるとでも思っていたのかしら?まずは貴女、次に忌々しいAR小隊。次に健気に戦っているグリフィンの戦術人形。全員ボロ雑巾のようにわたくしたちの餌食にしてさしあげるわ」
「っ・・・・!(M4A1を死なせるわけにはいかないのに・・・・!)」
忌々しそうな掴み上げたM4A1を睨みつける代理人。その様子を不運にも瓦礫に挟まってしまったM16A1は意識が朦朧としていながらも唇を噛み、必死に意識を繋ぎとめながら睨みつける。
「さあ、まずは貴女が死ぬ時間よ?M4A1・・・・!」
「残念だけど、その予定は永遠にキャンセルよ代理人。ってかあれだけ叩き込まれながらも建物に突入するなんてね」
「っ・・・・!?」
サディスティックな笑みを浮かべて両足のサブアームをM4A1に突きつける代理人。だが、次の瞬間、破壊された部屋のスピーカーから(M4A1達は知らないが代理人は知っている)ややノイズ混じりの声が発せられ、その声に思わず代理人が反応、周辺にサブアームを向ける。
『エイト、エイト突入!ウニカ、やれ!』
『了解』
『了解』
『了解』
「なっ・・・!?」
代理人が驚きで目を見開く。なにせ天井と壁の一部が粉砕され、それぞれの場所からM16A1とUMP45によく似た戦術人形が突入してきたかと思いきや、自身の索敵システムと配下の鉄血兵との戦術リンクが一斉にダウンしたのだから。
「貴様らまさか・・・・!」
「ぶっ飛べボケ・・・・!」
「そのまま死ね・・・・!」
咄嗟にサブアームを交差させて防御態勢をとる代理人。そこに容赦なくヤクザキックを叩き込んでから更にC8-SFWのアンダーレールに装備したM26 MASSから一粒弾を代理人のサブアームにほぼゼロ距離から撃ち込むエイト。
サブアーム越しに一粒弾をほぼゼロ距離から撃ち込まれ、その衝撃に思わず蹲った代理人の右肘を可動域の勢いよく反対側から蹴りを入れて破砕し、M4A1を救出すると飛び下がりながらMPX-SD を代理人に叩き込むシグ。
「これで死なないとか、マジで頑丈だな?代理人よお。や、殺す気で構わないって言われてだけどさ、流石は上級人形の指揮官級。呆れた頑丈さだぜ」
「ま、今回の目的は代理人じゃないからね。その悪運に感謝なさい」
右肘を粉砕され、更にシグのMPX-SD の1マガジン全弾とエイトがM26 MASSに装填されていた全弾叩き込んだためにサブアームは全損し、全身血まみれとなった代理人が壁にめり込むようにもたれかかる。
余りのダメージに睨みつける事しかできない代理人を嗤いながら瓦礫に挟まっていたM16A1を救出するエイトと抱えていたM4A1を地面に下ろすシグ。
「あの、貴女達は・・・・」
「それは後回しだ。リーダーとフィアが足止めをしているけど、敵に案山子を複数確認してると連絡があった。409小隊が足止めするからAR小隊は逃げろって話だ」
「ついでに傘下の部隊も引き連れて行きなさい。一番近いS9地区に新米だけど指揮官が着任すると聞いている。上手くいけばヘリアンと連絡を取れるでしょ」
M4A1の問いに、遮るようにエイトが情報を伝えると、シグが補足を入れる。その内容にM4A1はM16A1と顔を見合わせる。
「それは構わないが、お前達はどうするんだ?AR小隊みたいに特別製だというのは分かるが・・・・」
「もう一つの依頼があるからある程度鉄血の人形を減らすさ。もし、縁があればまた会えるだろうよ」
「ほら、仲間が来たみたいだから早く行きなさい。隊長が敵を足止めしてるみたいだし」
M16A1の問いかけに、飄々とした笑みを浮かべてM26 MASSの弾倉を取り替えるエイト。シグも小さく笑みを浮かべると、こちらにやってくるAR小隊のメンバーである"ST AR-15"と"SOPMODⅡ"の二人と、M4A1が傘下に加えたグリフィンの戦術人形達を見やる。
「ああ、代理人は破壊しないでくれ。ヤツを破壊されると電子戦で面倒なことになるからな」
「いくら409小隊の電子戦担当が優秀とはいえ、案山子三体と竜騎兵や護衛の群れを同時に相手にするのはキツイのよ。でも、今は代理人がコイツらを統括しているからね。エージェントを抑えればなんとかなるのよ」
壁にもたれかかる血まみれの代理人にAR-15とSOPMODⅡが銃口を向ける。しかしそれをエイトが止め、シグが理由を告げる。
「ほら、とっとと離脱する。じゃないと409小隊も撤退の準備ができないんだから」
「ま、安心しろって。409小隊にとっては日常茶飯事な状況だからさー」
「分かりました。・・・・・ありがとう、ございます」
「よし、離脱するぞ!」
C4を超高張力ワイヤーで蓑巻きにした代理人の周辺に設置しながらシグが促し、エイトも朗らかに笑う。それを見たM4A1は小さく礼を述べるとM16A1の声に頷き、グリフィンの部隊を率いて離脱を開始するのであった。