転生少女リリカルはやて   作:すどうりな

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第一話 はやてである生活

 

 朝から最悪な気分やった。

 

 小学校に登校途中の生徒が面白半分に鳴らした防犯ブザーはうちの睡眠を見事に邪魔してくれた。

 眠たい中、わざわざ車椅子を押して不機嫌気味に『それは玩具やないんやで』と注意すれば帰ってきた言葉は『ウルサイくるまいす』、声を荒げて怒れば生徒はまるで脱兎のように逃げていきよった。

 

 注意すれば馬鹿にされる......これで上機嫌になる人間はおらへん、例え相手がこどもであったとしてもや。 大人気ないと思うかもしれへんけど、うちも今年で9つになるんやから常識的には子供で大人気ないとは思われへんはず。

 

 「黙って寝とけばよかったんかなぁ......」

 

 怒りで多少興奮してしまった頭からは眠気は中途半端になくなってしもうた。 どうやらさっきの防犯ブザーの音は無視して眠り続けるのが正解やったみたいや。

 

 未だ抜けきらんと中途半端に残り続ける眠気を覚ますために車椅子を押して洗面台に進めば鏡の中から小さな女の子が迎えてくれた。

 

 彼女の名前は『八神はやて』栗色の髪、青く大きな目、容姿は全体的に整っていて世間一般的に見ればなかなかの美少女なんやないやろうか? ......寝不足のせいか、ちょっとだけ目つきが悪いのを除けば。

 

 鏡の中の少女は......否、『俺』はこんな容姿はしてなかった。 髪や目は真っ黒だったし容姿はお世辞にも良い物とは言えなかっただろう。 そもそも性別からして全く違う。

 

 所謂転生、鏡の中の少女は......うちは生まれ変わった俺の姿だった。

 

 死んだ瞬間のことなんて覚えてへんし、それ以前に覚えてることのほうが少ないくらいや。 精々両手の指で収まるくらいやろうか? 知識はある、記憶がない。

 

 覚えてること言うてもろくなものがない、趣味やゲームの知識ばっかりや。

 大事なものであるはずだった前世の家族はもう思い出せへん......声も顔も名前すら。

 

 それが悲しいとは全く思わへんかった。

 

 自分が薄情で冷血な人間とは思いとうないけど、うちはなんにも感じへんかった。 何も思い出せんのや、他人よりも遠い存在になってしもうた人達のことで悲しめる程うちはお人好しやない。

 

 淡々と歯磨きを済ませて朝食を作る。

 

 ......と言っても昨日の残り物を温め直して終わりっちゅう簡素な朝食。 メニューはカレーライスや。 手間が面倒で具はミックスベジタブルのみなんやけど、家の中に文句を言う人間はおらへん。

 

 「......いただきます」

 

 うち以外誰もいない家、うちが知るこの家の住人は3人やった。

 

 仕事が忙しくて滅多に早く帰って来なかったけどいつも優しかったお父さん。

 好奇心が子供みたいにつよくてみんなを振り回すことも多かったけどいざという時は頼もしかったお母さん。

 

 そして、うち......幸せやった。 これ以上にないくらい幸せやった。

 

 

 あんなことが起こる前は。

 

 

 飛行機の墜落事件。 家族旅行に行くはずやったうちらを襲った不幸。

 ......世間的には飛行機の整備不良によって起こされた事故っちゅうことになっとる。

 

 本当はある団体の一部の過激派が起こした事。

 

 情報操作に隠蔽、偽物だらけの証拠に嘘吐きだらけの証言......納得なんて出来るわけない、けど本当のことはきっと誰も信じてくれへん。

 

 だってそうやろ? 誰が生身の人間が槍を飛ばして空を飛んどった飛行機を落としたっちゅう話を信じるんや? 良くて同情、悪くて精神病院送りの無茶苦茶で冗談みたいな話......そんな話を信じるよりずっと彼女が作ったストーリーの方が信憑性があったんやから。

 

 「ごちそうさま」

 

 カレーの味は微妙やった。

 きっと手を抜きすぎたんやろう。 鶏肉と玉ねぎくらいは入れたほうが良かった......なんや先週も同じような事やっとった気がする。

 

 ......たまには手の込んだ料理でも食べたいなぁ。

 

 そう思うて冷蔵庫の中身を見てみればガランとしとった。

 お茶に牛乳に調味料、野菜室を見てもキャベツの切れ端一つはいっとらん。 その代わり冷凍庫には大量のミックスベジタブルを始めとした沢山の手間のかからない冷凍食品が入っとったんやから、当時のうちの正気を疑うっちゅうもんや。

 

 「これは......買いに行くべきなんやろうか」

 

 買いに行くべきなんやろうなぁ......と呟いて冷蔵庫を閉める。

 

 憂鬱や、すっごく憂鬱や。

 うちが外に出るとロクなことが起こらん。 

 人が外に倒れとったり、車に轢かれそうになったり、変態さんに攫われそうになったりもしたなぁ......三回に一回は面倒事が起こるんやから洒落になってへん。

 

 今日は何もない平和な日でありますように、うちはそう願いながら玄関の扉を開けた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 何時も調味料やインスタント食品を買いに行くコンビニを通り過ぎて、とあるスーパーを目指す。 うちがまだ赤ん坊だった頃からあったスーパーで店員さんとは顔なじみや。 

 

 「相変わらず繁盛しとる......」

 

 店には人だかりができとった。 付近に止まっとる大量の自転車は少しでも道の邪魔にならんように綺麗に並べられとってチラリと見える駐車場には車がズラリと並んどる。

 

 この中を車椅子で進む事を考えると少し憂鬱になる。

 

 「おや? 珍しいねぇ、はやてちゃん買い物かい?」

 

 うちが憂鬱な気分で時間をずらすべきか考えとると後ろから声が聞こえた。

車椅子の方向を変えて体ごと振り返ればよう見知った顔がおった。

 

中崎おばさん......お母さんの友人やった人で、両親がいないうちのことをよく気にかけてくれる人や。

 

 「あはは、たまには料理でも作ってみようかと思って」

 

 「た・ま・に・は?」

 

 「あ」

 

 おばさんはニコニコと笑いながらゆっくりと近づいて来とる。 失言やったかぁ......そう後悔しても後の祭りみたいや、手を伸ばさんでも届きそうな距離まで近づいてきたおばさんは表情を一切崩さずに口を開く。

 

 「はやてちゃん? まさかインスタント食品ばっかり......って事はないわよねぇ?」

 

 図星や。

 うちの食生活は基本的に即席料理のフルコース。缶詰め、レトルト、冷凍食品のオンパレードでミックスベジタブルしか使ってないカレーでさえ最近では一番手間のかかった料理や。

 

 「そそそそんなわけないやろ! うち、ちゃんと料理してるで! 昨日は自分でカレーライス作ったんやから!」

 

 「ミックスベジタブルで?」

 

 「......あ、あはは、はは」

 

 あかん、バレとる。

 おばさんの頭に見えるんは鬼の角。 顔は般若のように歪み、うちのことを睨み付けとる。

 

 実際はニコニコとしながらゆっくりと顔を近づけてきとるだけなんやけどこれが恐い。 オバケなんかよりよっぽどや。

 

 やけど、おばさんは気付いとるんやろうか? おばさんの後ろには天敵とも言える......鬼で言うなら閻魔様が立っとるちゅう事に。

 

 「中崎さん......」

 

 ビクッとおばさんの肩が大袈裟に震えた。 後ろからおばさんに声をかけたんは眼鏡をかけ髪はオールバックの男の人やった。

 

 「い、石田店長......」

 

 「こんな所でおしゃべりですか? この忙しいピーク時に?」

 

 「いや、これはあのですね」

 

 「言い訳は結構、ただでさえ遅刻しているのですからこれ以上時間をかけさせないでください」

 

 さっきまで自分を叱っとったおばさんが縮こまって引きずられていく光景はまるでコントみたいで思わず吹き出してしもうた。

 

 なんや、おばさんも人の事言えんやん。

 

 石田店長とおばさんに着いて行くように店に入る。 綺麗に車椅子が通れるスペースが空いているのは店長が気を使ってくれたんやろうか?

 

 ......これは財布の紐が緩んでしまいそうや。 うちはそんなことを考えながら車椅子を押して野菜コーナーに向かった。

 

 

 

 買い物を終えて店から出たのはあれから二時間ほど経ってからやった。 結局、買った食物の半分はインスタント食品で侵食されてレジ打ちをしとった中崎おばさんに睨まれてしもうた。

 取り敢えず見逃してくれたみたいやけど次に会う時どうなるか今からでも予想できて軽く憂鬱な気分になる。

 

 やけど......。

 

 「楽しかったなぁ」

 

 顔を少し緩ませて家を目指す。 そう言えば普通に人間と会って会話するなんて久しぶりやった、知らんうちに生の会話に飢えとったんかもしれん。

 今度からは近くのコンビニやなくてあのスーパーにしようと思いながら十字路に差し掛かる。

 

 その時やった。

 

 ブチン......と右側で何かが千切れる音が聞こえ反射的に視線をそちらがわに向ける。

 

 音の出所はトラックやった、トラックの荷台に積まれた何本かの柱らしき物が支えを失い此方に転がり落ちてくるのが見えた。

 

 運転手さん、お気の毒やなぁ。

 

 うちは表情を変えずにやけたまま、変わらないペースで車椅子を進めた。

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 やってしまった。

 

 鈍く、大きな音が車の中に居ても響いてくる。 荷台に積んだ荷物が落ちた音に違いない。 足が震えているのがわかった、あれだけの物が落ちたのだ何も被害がない筈はない。

 道路側に落ちれば車に......少なくとも道は壊れてしまっただろう。

 幸い車が押しつぶれるような音は聞こえなかった。

 

 窓から祈るような気持ちで車道側を確認する。

 

 落ちて......いない。

 

 震えが強くなって考えすら纏まらなくなる。 

 

 車道に落ちていないなら歩道に......では歩道には何がある?

 

 自問すれば答えは簡単にでた、簡単だ、簡単だ、何せ自分は音が聞こえる直前に見ているのだから。

 

 車道側の歩道を通っていた車椅子の少女、彼女はどうなったのか?

 

 車から飛び出して歩道側を確認する。

 

 「あぁ......なんで......こんな......」

 

 ひしゃげた車椅子、まるで染料のように色鮮やかな液体............そしてその中心にある真っ赤な塊。

 

 其処にあったのは当たり前の光景だった。

 

 人を殺してしまったという罪悪感、これから自身の未来への絶望。

 あの時ああしていればとそんな思考がループし、いっそ死んでしまおうかと考えた。

 

 「おじさん、ちょい通れんから退いてくれへん?」

 

 「......は?」

 

 視線を真下に下げれば少女がいた、車椅子(・・・)に乗った少女がいたのだ。

 

 慌て少女の後ろの事故現場をみれば血溜まりはおろか車の中に居ても聞こえた音を発した柱もない。

 目を擦り、頬をつねり、何度も何度も確かめるが結果は変わらない。

 

 「おじさん......? どうしたん?」

 

 少し心配そうに見上げてきた少女に何でもないと言い道を退ける。 少女はありがとうな、と言って進んで行った。

 

 ......未だに心臓の鼓動は止まない。

 

 幻覚を見たのだろう、最近は働きづめでろくに休みもとっていなかった。 上司はうるさいだろうが貯まった有給をここで使ってしまおう。

 

 そう考え、柱がきちんと固定されているかを確認しようと荷台を見上げた。

 

 「っ!?」

 

 柱は確かに荷台にあった。 が、その外観は変わってしまっていたのだ。

 

 手、手、手、手手手手手手手手手手手手手手

 

手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手

 

           手手手手手手手手手手手手手手

手手手手手手手手手手手手手手

手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手

 

 

 おびただしい程の赤黒い手形が柱にだけにとどまらず車の歩道側全てを覆い尽くしていた。

 

 血のように赤黒いソレは生き物のように蠢く、まるで先程の出来事が夢でないと、現実だと責めているように。

 

 「あっ............」

 

 悲鳴はあげられなかった、唐突に視界は暗くなり何も考えられなくなる。

 

 

 

 

 

 俺が次に起きたのは......病院のベッドの上だった。

 

 過労による幻覚症状だと医者は言っていたがアレはきっとそんなものではないはずだ。

 

 あれが何だったのかは解らない、しかしこれだけは言えた。 

 

 アレをきっと......アノ恐ろしいナニカを自分は生涯忘れないだろう。

 

 

 

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