ここはどこだろう。
ボロボロの廃墟のようなところにあたしはいた。どうやらカプセルのようなものであたしは寝ていたようだ。ところどころに割れたガラスの破片が散らばっている。
その中のひとつである比較的大きい破片で自分の容姿を確認してみた。左右の瞳の色が違う。髪は若干緑がかっている。背は低いようだ。
「おーい!だれかー!」
誰かいないかと叫んでみたがなしのつぶてだ。人の気配がまるでない。そもそもこんなボロボロなところに人はいるのだろうか。なにか大きな災害があってみんな避難しきった後のように思えた。
そんなことを考えていると天井の方からバタバタとすごい音が聞こえてきた。ひとしきり天井全体を走り回ったと思ったらその音は下の方に降りてきた。途端にバン!とものすごい勢いでドアが開かれた。そこには全体的に白っぽい犬のような…女の子のような…?ともかく不思議な印象を与えるような不思議な子がそこにいた。
「あいたかったーーーーーー!!!」
パァッと目を輝かせたその子はそう叫んでこちらに飛び込んでくる。そのまま勢いよく抱き着かれ二人一緒に倒れてしまった。
「───いたた…」
「す、すみません…ケ、ケガ、してないですか…?」
パッと飛び退きその子は尋ねてきた。あたしと同じ色違いの瞳でこちらを上目遣いで様子をうかがっている。
「いや、だいじょうぶ…ちょっと頭打っちゃったけど…」
「あわわ…どうしよう…ごめんなさい、ごめんなさい!!」
頭に生えた犬っぽい耳をたたみ女の子自身も縮まっていく。あれ動くんだ。そういえば尻尾もある。怯えているのか内側に丸まってしまっている。どうにかして落ち着かせないとなんだか申し訳ない気がしてきてならない。
「だいじょうぶ、本当に大丈夫だから!ね?そういえば君、なんていうの?お名前を教えてもらえるかな?」
「え…?名前って…」
きょとんとした様子でこちらこちらを見つめてくる。なんか変なこと言ったかな?
「あ、えっと、そのぉ…」
「うん?」
「怒って…ないんですか…?」
「怒ってなんかないよ。ちょっとびっくりしただけ」
「そっかぁ…よかったですぅ…」
女の子は安心したのかへにゃんと脱力してしまった。
「わたし、イエイヌっていいます。イエイヌのフレンズなんです」
「フレンズ?」
「えっと、フレンズっていうのはわたしたち動物がサンドスターの力でヒト化したものをいうんです。私のほかにもいっぱいいろんなフレンズがいるんですよ!」
「サンドスター?ヒト化?」
なんのことだかちんぷんかんぷんだ。突拍子すぎてわけがわからない。
「深く考えない方がいいですよ。そういうものだと思っておいた方がいいです」
「は、はぁ…」
「そういえばあなたの名前は?なんていうんですか??」
尻尾をパタパタさせてうれしそうに聞いてくる。かわいい。
「それが思い出せないんだ…自分が誰なのか、なんでここにいるのかさっぱりで…」
「え……そんな…」
「え?」
なんだか予想外の反応が返ってきた。ひどく失望したような裏切られたようなそんな反応だ。
「あ…いえ!なんでもありません!でも参りましたね…自分が誰なのかわからないなんて…」
「うーん、そうだなあ…」
どうしたものかとあたりを見回すとかばんが落ちていることに気づいた。中にはスケッチブックとクレヨンとどうぶつ図鑑が入っていた。
「なんだろう、これ…」
と…もえ…?あたしの名前…?パラパラとスケッチブックの中を見てみたが白紙ばかりで何の手掛かりもない。
「なにかわかりましたか?」
「うわっ!」
横からヌッとイエイヌちゃんの顔が伸びてきた。またハッとした様子のあと縮まってしまった。かわいい。
「そうだ、イエイヌちゃんが本当にイエイヌならにおいかなんかでわからないかな。ちょっと嗅いでみて」
「は、はい。では失礼して」
まずはスケッチブックのにおいをかぎはじめた。ふんふんと納得した様子で次におもむろにあたしの首筋のにおいをかぎはじめた。
そりゃそうだ。あたしのにおいがわからない以上かぐ必要もあるんだし。でもいざされると恥ずかしいな。
「間違いないです。これはご主人様のものです」
「そっか、ありがと。そうかぁ、うーん、ともえかあ…」
「?」
イエイヌちゃんがちょこんと座ってこちらを見ている。鋭い目つきとは裏腹に純粋でなんだかこどものように思えた。
…ん?ご主人様?
「イエイヌちゃん、ご主人様って…?」
「ご主人様はご主人様ですよ。私に命令してくださりましたし。それにイエイヌは主に従うものなのです!それがイエイヌの幸せでもあるのです!」
イエイヌちゃんが尻尾をブンブンと振って興奮している。ハッハッと息も荒げている。
目を爛々と輝かせているし次の命令を待っているようだ。
……ホンモノのイヌだったら喜んで命令するんだけど…
「ごめん、できないよ…」
「っ!?」
ひどく驚愕したようだった。けど事実あたしにはそんなことできない。まだ出会って間もないしそんなことしたらそれこそ罪悪感で埋め尽くされちゃう。
「わたしの話聞いてなかったんですか!?イエイヌは主に従うことこそ至上の喜びだって!」
「そこまで言ってないような気が…… まぁでもともかく、まずはおともだちから始めていこうよ。お互いその方が良いような気がする。」
「うぅ…」
イエイヌちゃんはしゅんとしてしょげてしまった。まだ納得していないようだけどあたしのためにもおともだちから始めていってほしいな。
どうしよう…
「わかった。これは命令です。あたしはどうやら記憶喪失のようであなたのことはなにもわからないし覚えていません。だからあたしをエスコートしなさい。くれぐれも行き過ぎたマネはしないように!」
「!!」
ビクッとイエイヌちゃんの体が跳ねた。最初はわけがわからないようだったけど次第にパァッと顔が明るくなって嬉しそうに飛びついてきた。
やっぱりしゅんとしたりビクビクされるよりはこっちの方がいいかな。そっちの方がかわいいしね。
「わかりました!精一杯エスコートさせていただきます!ご主人様!」
「あ、それとご主人様呼びは禁止。あたしのことはともえちゃんと呼びなさい。いいね?」
「あぅ…わかりました、ともえ…ちゃん………さん」
「とーもーえーちゃん!はい!復唱!」
「ううううううううううう!!!」
顔を真っ赤にさせてもじもじしている。今まで見た中で一番の反応だ。すごくかわいい。もっといじめたいような気もするけど自重しておこう。
けどおともだちになるためにもご主人様呼びだけはちょっと避けたい。そのためにもそれだけは更正させておこう。
「ちゃんと呼べるようにならないとイエイヌちゃんの主にもならないんだからね」
「わかりました!呼ばせていただきます!ともえ…ちゃん!」
「よし、よくできました。えらいえらい」
「え、えへへ…」
そう褒めて頭をなでなですると照れ臭そうに笑った。尻尾も控えめにパタパタと振っている。
本当に主人に従うことがイエイヌちゃんにとっての喜びなんだろう。覚えておこう。
「できれば話し方も親しげに変えてほしいんだけどだめかな?」
「こ、こればっかりはちょっと…うぅぅぅ…」
ちょっとやりすぎかな。イエイヌちゃんのためにもここまでにしておこう。
そういえばここがどこだかまだわかっていない。イエイヌちゃんなら知っているだろう。
「そういえばここってどこなの?建物もすごいボロボロでまるで廃墟みたいだけど…」
「ここはジャパリパークです。そして今いるところがパークの中心にあるパーク・セントラルっていうところなんですよ!」
「ジャパリパーク…」
なんとなくぼんやり覚えてるような…覚えてないような…
どうしてそんなところで眠っていたんだろう?しかもたった一人で…
「わたしみたいなフレンズがいっぱい住んでいてとても楽しいところなんですよ!よければ案内してあげましょうか?」
「うん、じゃあお願い。しっかりエスコートお願いするね」
「はい!お任せを!どんな危険からもあなた様を守ってみせます!」
自分が何者かを知るためにもジャパリパークを巡るのも悪くないのかもしれない。
あたしはいったい誰なのか。どうしてここで眠っていたのか。フレンズという存在。サンドスターの謎。全部の謎が解けなくてもここにいてもしょうがないしあたしはここを出ることにした。イエイヌちゃんには少し迷惑をかけるかもしれないけどちょっとあたしの旅に付き合ってもらおう。
「よろしくね、イエイヌちゃん!」
「はい!こちらこそ!」
こうしてあたしたちの旅は始まった。