私は無我夢中であの場所から逃げた。安全と思われるところまで飛ぶと逃げるように走った。時節ビーストの咆哮が聞こえてくる。
私はとても怖かった。常に野生解放していて血走ったような殺意をむき出しにしているあの目。半ばけものに戻っていて鈍く光る鋭い爪。そしてあのフレンズとは思えない異様な巨躯。あんなのを見て恐怖を感じない方がおかしい。
しばらく走ると私は勢いよく寝転んだ。
「ハッ…!ハッ…!ハッ…!」
せき込むように勢いよく呼吸をする。全力で走って逃げたんだ。こうなるのは当然だ。
「ハァ…!…あいつら…戦ってたな…」
勝てもしない相手に全力で戦っていた。力の差は歴然としているはずなのにどうして戦っていたんだ…?怯えていたのは私だけじゃないか。
「あいつら…助けを呼んできてって言ってたけどもう死んでるんじゃ…」
だとしたら助けを呼ぶ意味がない。一人でさっさと逃げてしまおうか…けどそうしたらプロングホーン様になんていえばいいのか…
考えてみたってそうだ。相手はあのビーストだ。何人のフレンズを殺してきたと思うんだ。あいつは殺すために殺している。相手の命を奪うことに何の抵抗もないはずだ。
片や私たちはどうなんだ?私は言わずもがな戦えるのはイエイヌ一人だけだ。さっき見た戦闘でもまったく歯が立っていなかった。それどころか攻撃するためには相手のリーチに深く切り込む必要があったじゃないか。
それに今ここで帰っても別にいいんじゃないのか?プロングホーン様だって私を追い出すようなことはしないはずだ。あの二人のことは忘れて悪徳者として生き伸びてやろうか…今まで通りプロングホーン様とチーターと馬鹿やって過ごすんだ。
……いいや、あいつらは私を信じて送り出したんじゃないのか。私は今まさしくそれを裏切ろうとしていないか。そう考えるとむかっ腹が立ってきた。
「逃げるわけにはいかねえ。あいつらは助けを呼ぶようお願いしたんだ。私はあいつらの友達じゃねえか!戦えない私に何を頼んだっていうんだ!行くしかねえじゃねえか!」
震える足に力をこめる。体力はまだ十分に回復してはいないが構わなかった。私は全力で走った。
ここがどこだか私にはわからない。だが走っていれば誰かに出会えるはずだ。
しかし誰でも良いというわけではない。草食系のフレンズであればあのビーストと戦えば秒で殺されるはずだ。ミナミコアリクイなんかは論外だ。できればアイツと対等に渡り合える肉食系のフレンズが良いんだが…
「おーい!誰かー!」
誰も反応しない。シーンと静まり返っている。今は夜だけど夜行性の子くらい反応しても良いはずだ。それなのに誰も反応を示してくれない。
「まさかビーストの気に圧されてみんな逃げたんじゃ…」
考えててもしょうがない。私はまた走りだした。この様子ではこの地方に住むフレンズはみんなあてにならないはずだ。どこか別の地方に行かないと…
…………
「おーい!誰かいないのかー!?」
どれくらい走っただろうか。気が付けば日は高く昇っていた。もしかするとといけない妄想が頭を駆け巡るが、そんなはずはないと必死に拒否する。
「おーーい!誰かいないのかよー!?」
泣きそうになりながら辺り一面に向かって叫ぶが、まるでそこには私しかいないとばかりに何の反応も示さない。
ひどい孤独感と絶望に包まれた。
「誰か…いねえのかよ…」
私は広い平野の中にただ一人膝をついて泣いていた。一人叫んで走ることしかできない私が悔しくてならなかった。水色のビープと書かれたシャツもなんだか虚栄にしか思えず空しいだけだった。
「私は…どうすればいいんだよお!」
そのとき何とも言えない不思議な音が聞こえてきた。
「~~~♪゛ ~~♪゛」
世界中のいびきを煮詰めたようなすごい音だ。だけどその音に私はひとつの希望を感じた。
「誰かいる…誰かいるんだ…!!おーーーーーーい!!!」
私はめいっぱい力の限り叫んだ。どこにいるのか、誰なのかさえわからない、そんなやつらのために叫んだ。頼む…返事をしてくれ…!
そしてそいつは私のもとに舞い降りてきた。
「私を呼ぶのは…あなた…?」
「あぁ…よかった…よかったぁ…!」
「…?どうしたの…?」
「ひぐっ…えぐっ…うええええぇぇぇええぇええ!!」
…………
「そう…あなたのお友達が…」
「なぁ、頼む!なんとかできないか!?」
藁にもすがる思いで私はそのトキというフレンズに助けを求めた。明らかに頼りにならなそうだがそれは私だって同じだ。こうしてあちこち走り回って助けを求めることしかできない。
「でも…私もビーストには手を出せないわ。私は歌うことしかできないし、ヘタすればセルリアンだって集まってきちゃう…」
「セルリアン…それだ!」
トキの歌声はセルリアンを集める効果があるという。あんな歌を聞かせられたら止めにも入りたくなるだろうがどうやらセルリアンにも効くらしい。物理的に止めようとしているのかわからないがこれなら頼りになりそうだ。
「セルリアンを集めれば少しはあいつの注意をそらすことができる!その間に…!」
「待って、この地方にはヘラジカやライオンがいたはずよ。その子たちにも応援を頼みましょう」
「ああ!そうだな!」
ヘラジカとライオン…私も聞いたことがある。
森の王者であるヘラジカはその圧倒的な力でこの平原地方一帯を統べるといわれている。王者の名に恥じずその力量もさすがなもので彼女の右に出るものはいないとのことだ。
一方のライオンは百獣の王の名に恥じない圧倒的なカリスマと力でこの平原地方を支配するもう一人の支配者と呼ばれているそうだ。パワー一編倒しのヘラジカと違ってちゃんと作戦の立案もするのだとか。ただ若干めんどくさがりと噂だ。
この二人さえいればともえも助けられるかも…!
「なぁトキ!今すぐそいつらのもとに案内してくれないか!ともえのやつもいつまでもつかわからないんだ!あいつきっと今ごろ…!」
「泣かないの。いつも通りならあの子たちもいつもの場所で遊んでるはずだからそこに行きましょうか」
そうして私はトキに連れられてそのヘラジカとライオンの元へと向かうのだった。
…………
「…ほう。それでこの私のもとに助けを求めに来たと…」
「…っ。ああ…」
話しているだけなのにその雰囲気に気圧される。静かに話すその口調からは王者たる威厳がビシビシと感じられる。
「して、その子は今どこに…?」
「あの…森の中だ。……もう何時間も前からあそこ戦っているんだ。なぁ、あいつ今ごろどうなっているかわかんねえんだ!頼む!今すぐ一緒に来てくれ!」
「そう急くな。急いては事を仕損じるというぞ」
「なに悠長なことを言ってるんだよ!?人の命がかかってるんだぞ!?」
「…それがフレンズにものを頼む態度か?」
ギロリと二つの眼があたしを睨む。一瞬怖気づいてしまったが私も負けじと睨み返す。
「そう意地悪をするなライオンよ。だがいまいち話が見えないな。誰がビーストと戦っているのだ?」
壁に寄りかかっていたヘラジカが間に割って入る。
「私の友達だって言ってるだろ!?名前はともえとイエイヌだ!なんか文句あんのかよ!?」
「ほう、ともえ…」
なんだか思い当たる節があるようでしばらく考えるそぶりを見せる。ああ、イライラする…!
「ともえといえば最近遊びに来たカラカルが言っていたな。なんでもヒトの子だとか。ヒトといえばあのカバンがここに来たことを思い出すな」
「そうだねぇ~。あんたの所に送って勝たせるよう工作したんだっけ~」
「な!?お前そんなことをしたのか!?」
「あっはは!」
なんだあいつ。急に雰囲気が変わりやがった。でもカバン?他のところでもその名前を聞いたぞ。ともえと同じヒトなのか…?
「だけどどうしてビーストと戦うことになったんだい?」
「私にもわかんねえ…ただともえたちと次はどこへ行こうかって話しながら歩いてたらひょいって草むらの陰から飛び出してきたんだ」
「ふむ…しかしあいつもここいらに出るようになったか。どこへ行くかもわからん暴風のようなものだとは思ってはいたが…」
「…わたしたちも胡坐をかいて見ているようではいかなくなったようだねぇ」
ライオンがのっそりと立ち上がった。立ったということは…
「お前ら…助けてくれるのか…?」
「…うん、前に一度、同じヒトの子に助けられたからね。これも何かの縁さ。ここはひとつ、その願いを承ろうじゃないか」
「っ…!!すまねえ、恩に着るぜ…!」
そうして私たちはライオンの本拠地である城を飛び出した。あとはこいつらを連れてともえのもとへ戻るだけだ。
「説得は終わったようね。これからどうするの?」
「トキはヘラジカを連れて行ってくれ。私は飛ぶより走る方が得意だからライオンを背負って走っていく。見失わないようにしてくれよな。さぁ、行くぜ!」
そう言うと返事も待たずに走りだした。どうか無事でいてくれよ…!
「早いわね、あの子たち」
「お前も急いだ方が良いんじゃないのか?あの様子だと相当切羽詰まってたようだったぞ」
「そうね、急ごうかしら」
……何もない平野をただひたすらに駆けていく。あの日走ったかけっこ以上の速さでひたすら走り続ける。心臓が激しく脈打つ。今にも破裂しそうだ。
「クソッ…!なんでもっと速く走れねえんだよこの体はよぉ!」
「…別にわたしが走ってもいいんだぞ」
「そんなことできねえよ!お前には体力を温存してあのビーストと戦ってもらう必要があるんだ!ここで体力を消耗させて負けてしまったらどうすんだ!」
「むぅ…」
飛んで走って少しでも早くあいつの元へ行こうとするけどどうしても私の不甲斐なさに唇を噛んでしまう。
「…そう焦るんじゃないよ。言っただろう。急いては事を仕損じる。焦る気持ちはわかるが、焦って転んでケガでもしてみな。今まで速く走れたのが走れなくなるかもしれないよ」
「ッ…!!」
あの時のかけっこを思い出した。イエイヌのやつ派手に転んで右足からかなりの血を出していたっけ。私はその時なにをしていた?
「わかった…すまねえ、ライオン」
「ん。わかったのなら良し」
(すまねえ、イエイヌ…あのとき、私は…!)
そんな思いを噛みしめながら悔しさをバネに走っていく。ライオンは遠く一点をじっと見つめている。見つめる先はともえがいる森林だ。
少し先に濁流が流れているのが見える。その先には数匹のセルリアンがたむろしている。
「こんなところにセルリアンが出るなんて珍しいね。しかもそこそこな大きさがあるよ」
「クッ…!なにもかもが私の邪魔をしやがってえええええええ!」
一気に加速して濁流の川を飛び越える。そしてその先にいるセルリアンに突撃していく。
「邪魔なんだよおおおおおおおおおおおおおお!」
思いっきり蹴り飛ばす。うち一匹のセルリアンの石をたたき割った。他にも数匹いたが石は割らずにそのまま突き進んだ。
「頼もしいね。今の君は猛禽類の子たちにも負けていないよ」
「へっ!そうかよ。確かに心だけならスカイインパルスのやつらにも負けないかもな!」
待ってろよ…!今そっちに向かっているからな…!
…………
日が高く昇っている。容赦なくその光が私を照り付けてくる。ジワジワと体力が奪われていき、とうとう私は倒れてしまった。
「ハァ…ッ!ハァ…ッ!」
「まったく無茶をするね…」
ひょいと抱きかかえられる。
「ダメだ…あんたは休んでないと…」
「頑固なことを言うんじゃないよ。あんたは十分に走った。それにわたしだってちょっと走っただけでへばるようなタマじゃないよ。わたしが走ってやるからあんたは少し休んでな」
そう言ってライオンは走りだした。決して速いというわけではないが優雅で安心感のある走りだった。元のけものでもこんな感じで走っていたのだろうか。
「この方向で合ってるのかい」
「ああ……すまねえな、なにもかもあんたに頼っちまって」
「いいんだよ、わたしが好きでやってることだしね」
「へへ…あんたが百獣の王と呼ばれる理由がわかる気がするぜ…」
「……おい、起きて。起きな!」
ふと揺さぶられて目を覚ます。
「ここからともえの場所まではもう近いのだろう。ここからは君が走っておくれよ」
「あ、ああ、すまねえな。すっかり眠っちまった」
森が近くに見える。ライオンがここまで走ってきたのだろう。もうともえのいるところまでも近い。
日も傾いている。辺りは夕日に照らされて赤く染まっている。夜が来るまでに急いでともえの元に急がなくては…
「…早く行かなくっちゃな。あいつもきっと待っているはずだ。…待っててくれよ。きっと間に合ってみせるからな!」
森の中から煙が上がっているのが見える。あれはきっとともえが生きて戦っている証だ。
後ろにはトキが飛んできているのが見える。準備は万端だ。
私は覚悟を決めると森へと向かって走り出した。