「う~ん、暇だなぁ…」
あたしはイエイヌちゃんがなかなか起きせいで出発しようにもできないでいた。つついてもゆすっても声をかけても起きない。どうしたものかと頭を悩ませる。
「………」
よこしまな心があたしに芽生える。
「今なら…大丈夫だよね…」
出会った時からずっと気になってたしっぽとお耳…… 今だけ…今のうちだけ…もふもふさせてもらいます!
もふもふもふもふ!
「あうううううううう気持ちいいいいいいいいいいい………」
あたしはしっぽとお耳を全力で楽しんだ。ちょっと毛が固いけどまたそこが良い。お耳も倒すとピコンと立ち上がって面白い。
「いつもぴこぴこ動いてて気になってたんだよね~。えへへ…」
イエイヌちゃんのもふもふを両手いっぱい使って全力で楽しむ。はたから見たらドン引きするかのような異常な光景なんだろうけどもう止められない。
「イエイヌちゃんが悪いんだよ…イエイヌちゃんがかわいいから…」
あたしは欲望のままにイエイヌちゃんをもふり続けた。
…………
あたしは気づいた。相手の意向を無視してやる行いには後悔しかないと。ひと時の快楽の後に残ったのは後悔と罪悪感しかなかった。
「謝って許してもらえるかな…」
お日様が昇るにつれてあたしの気分は下がっていく。最悪のスタートだ。
「う…う~ん…」
「!!」
目覚めた!
「お、おはようイエイヌちゃん…」
「ん、おはようございます、ともえちゃん…」
罪悪感から距離をとってしまう。イエイヌちゃんのピュアなハートを汚してしまった気がしてならない。
「どうしたんですか?なんだか元気がないようですけど…」
「いや、なんでもないの… なんでも…」
「?」
「そういえばなんだか体中からともえちゃんのにおいが…」
「!!」
イエイヌちゃんが自分の体をくんくんとかいでいる。これはばれちゃうか…
「ともえちゃん、私が寝ている間になにかしましたか?」
「あ、え、いや… ちょっと… もふもふって… しっぽとか… お耳を…」
「……ぷっ……」
「イエイヌちゃん…?」
「あっははははは! まさかそんなことでしょげてたんですか?あなたもおかしなヒトだ!」
「イエイヌちゃん!」
怒られると思ってたけど豪快に笑い飛ばされてしまった。おかしなヒトって…
「だいじょうぶです、気にしてないですよ。わたしもどうぶつだったころはことあるごとにもふもふされてましたから。むしろ自分からなでられに行っていたくらいですからそんなことでは気にもしませんよ」
「そ、そうなの?」
「はい。触りたくなったらいつでもいいですよ。それで癒されるっていうならいつでも触らせてあげます」
「う、うん…わかった…ありがとう……」
怒ってないうえにいつでももふもふしてもいいと言われてしまった。変な嫌な気持ちだけが残ってしまった。
…………
「今日はどこに行きましょうか」
「う~ん、そうだなぁ」
そう考えながら道の真ん中を歩いていると…
「!!」
「どうしたの?イエイヌちゃん」
「なにか来る…!」
イエイヌちゃんがとっさに警戒態勢に入る。なにか敵に反応してるようだ。
「な、なに?セルリアン…?」
「わかりません…お気をつけを…!」
イエイヌちゃんが遠くをにらむ。あたしにも遠くに砂嵐らしきものが舞っているのが見えた。それがものすごい勢いでこっちに向かってきている。
「うあああああああああああああああああああああああ!!!」
「な、なに?」
「来ます!気を付けて!」
「どきなさあああああああああああああああああああい!!!」
とっさのタイミングであたしたちはかわすことができた。イエイヌちゃんがいなければそのまま轢殺されてただろう。イエイヌちゃんの耳と鼻には感謝だ。
……次もふもふするときにはキチンと断ってからもふもふしよう。
「危なかった~…今のなんだったの?」
「わかりません…セルリアンではないようでしたけど…」
そうしてふたりでまた歩き出す。なんかあの嵐みたいなのから声が聞こえたような気がしたけどセルリアンではないのかな…?
しばらく歩いてると一人のフレンズさんが見えてきた。水色のTシャツに灰色のショートヘアの女の子のように見える。何をしてるんだろう。ちょっと声をかけてみよう。
「こんにちはー。なにしてるんですかー?」
「お?誰だお前ら」
「あたしはともえ、この子はイエイヌちゃんっていうの。あなたは?」
「私はグレーター・ロードランナーってんだ。このジャパリパークでもっとも偉大なプロングホーン様の右腕なんだぜ!」
「プロングホーン?そのプロングホーンっていうのはどんな子なのかな?」
「おいおい、プロングホーン様を知らねえっていうのは聞き捨てならねえな。よし!いいだろう。この私がプロングホーン様のことをみっちり教え込んでやるぜ!」
そうして数十分にも渡るロードランナーちゃんによるプロングホーンちゃんの武勇伝が始まった。
ジャパリパーク最速の足を持つこと、かけっこによる勝負では無敗であること、そしてそんな彼女にあこがれていることなどその魅力を余すことなく語ってくれた。
……イエイヌちゃんの耳が明後日の方向を向いていたことについては聞かないでおこう。
「そういえばさっきものすごい勢いでわたしたちを追い越していったのがいましたけどあれがそのプロングホーンさんだったのでしょうか」
「あれはチーターだ。プロングホーン様のライバルだな。チーターもプロングホーン様に劣らず速いんだけど大体いつも最後にはプロングホーン様が勝つんだぜ!」
「へ~そうなんだ~。もしまだやるならちょっと見てみたいかも」
「おっ?見てみたいか?いいぜいいぜ!ぜひ見て行ってくれよ!観客がいたほうがプロングホーン様も喜ぶからな!きっとドギモを抜かすぜ!」
そういってどこかへ走って行ってしまった。自分では言っていなかったけどロードランナーちゃんも結構速く走れるようだ。
「プロングホーンさんのことについて話すロードランナーさん、楽しそうでしたね」
「そうだね。好きなものがあるっていいな~」
ふと横を見るとイエイヌちゃんがしっぽをぱたぱたと振りながらこっちを見ていた。
「ど、どうしたの?イエイヌちゃん」
「わ、わたしとともえちゃんはどうなのでしょうか!あのロードランナーさんのように相手を楽しく紹介できる間柄になれているでしょうか!」
「え?そ、そうだね… なれている…かな…?」
「む~歯切れが悪いですね~。じゃあもっとともえちゃんから信頼を得れるように頑張りますからね!」
そう言ってそっぽを向いてしまった。あたしももっとイエイヌちゃんに近づけるよう頑張らないと。
「やあやあお前がゴマちゃんが言っていたともえとイエイヌか」
「あ、はい。そうです」
不意に名前を呼ばれた。
って、うん?ゴマちゃん?誰だろう。
「あの、ゴマちゃんって誰のことなのかな?」
「む?ロードランナーのことか?わはは!確かにいきなりゴマちゃんと言われてどいつのことを指すかわからないか!」
そういってそのフレンズさんは豪快に笑う。なるほど、たぶんこのフレンズさんがプロングホーンちゃんなんだろう。いや、プロングホーンさんって言った方が良いかもしれない。
「もー!ゴマちゃんっていうのはやめてくださいって言ったじゃないですかー!」
「わはは!良いじゃないか!かわいいぞゴマちゃん!」
「ふふ、かわいい名前をもらってるんだね、ゴマちゃん」
「もーお前までー!ゴマちゃんいうなー!」
「でもどうしてゴマちゃんって言われてるの?もとのロードランナーっていう名前からからまったく想像もつかないけど」
「うむ、どうしてだったかな。誰かがなんか使い始めててわたしもそれに便乗したんだったか。お前は覚えてるか?」
「いや知らないですよ。みんなが勝手に使い始めてて気づいたらそう呼ばれるようになってたんですもん」
なんか気に入らないなんて言って膨れ上がってしまった。
「そういえばチーターはどこに行ったのだ?あいつがいなければかけっこはできないぞ」
「どこかでへばってるんじゃないんですか?あいつも速いけど長く走れないですし」
「そうか。うーーん!早くこの子たちにわたしの走りっぷりを見せてやりたいぞ!久しぶりだからな!わたしの走りを見たいという者は!」
そう言ってストレッチを始めるプロングホーンさん。その様子からも早く走りたいという気概が見て取れる。
「いいなー、わたしも走りたいですー!」
「おっ、おまえも一緒に走るか?走るのは楽しいぞ!風と一緒になって走るのだ!気持ち良いぞ!」
「いいんですか?どうしましょうご主人さま!」
「あはは。いいよ。行っておいで」
「はい!」
そしてイエイヌちゃんは一緒にストレッチを始めた。
「はぁ…はぁ…やっと着いた…」
一人のフレンズさんが現れた。黄色い肢体に黒いぶち模様が特徴のフレンズさんだ。スラっとしていてそれでいてかなりの美人さんだ。
しかしかなりへばっている。
「遅いぞチーター!そんなことでは最速の名が泣くぞ!」
「あ、あたしが長距離走れないの知ってるでしょ!?よくもそんなことを言えるわね!」
「はっはっはっ!もっと鍛えよ!一秒でも長く走れるようにな!」
「ぐっ…!」
この子がさっきの爆走していたフレンズさんみたいだった。ふむふむチーターちゃんは長く走れないのか。でもさっきのあの走りからは想像もつかないほど疲れてるような…
「もう1回よ!もう1回勝負なさい!プロングホーン!今日という今日は叩き潰してやるわ!」
「おうともさ!だが今は少し休憩だ。わたしは全力のお前と勝負したいからな」
「クッ…」
「くっくっくっ…挑発が効いていますね、プロングホーン様…」
「いや、挑発してるつもりはないのだが…」
なにやらすごく盛り上がっている。面白いレースになりそうだ。イエイヌちゃんもチーターちゃんたちの熱気にあてられて興奮している。
…たぶんじゃなくともあたしには絶対追いつけないだろうからどこか見晴らしの良いところで見ていようかな。
………砂嵐が一本の道を駆け抜けている。その先端に見えるのはチーターちゃんだ。
第一走者はチーターちゃんとプロングホーンさん。圧倒的な差でプロングホーンさんを引き離していっている。
「すごいなー…あんなに速いんだ…」
それしか言葉が出なかった。ただその速さに見とれていた。
「走る姿も絵になるなぁ… そうだ!」
そうしてあたしはスケッチブックを取り出した。まだ一度も使ってないし今のままでは宝の持ち腐れだ。せっかくこんな素晴らしいものがあるんだしこの瞬間を絵として残しておこう。
しばらく絵を描いていると後ろからジワジワと距離を詰めるフレンズさんが見えてきた。プロングホーンさんだ。
チーターちゃんがジワジワ速度を落としてきているのに対して安定した走りを見せている。普通だったらチーターちゃんみたいに速度を落としていきそうなものだがプロングホーンさんは最高速度を維持したままずっと同じ速度を保っているように見える。ちょっと怖いよ。
やがてチーターちゃんを追い抜きトップに躍り出てきた。
そうして次の走者にバトンが渡る。
「任せたぞ!ロードランナー!」
「はい!お任せを!」